第188話 他所の村の子たちの進歩 7歳 晩冬
雪が積もる夜は、フィヨルドの村に耳が痛いほどの静寂をもたらす。
パチパチと弾ける篝火の音ががなければ、時が止まってしまったようにさえ感じる。
「どう?誰も抜け出したりしてない?」
「トール様!夜に、こんなところに来ては危ないですよ!お一人なんですか?」
「大丈夫、今日は宿泊所の隅っこにでも泊まるから」
村にやって来た他所の村の子たちが、ちゃんと宿泊所で大人しく寝てくれているのか、どうしても気になって見回りの人に声をかけたら、危険だとたしなめられてしまった。
でもさ、他の村々から何十人も子どもを預かっているんだから、それだけの責任があるじゃない?
それに、最近は優秀な獣よけのおかげで、すっかり狼も村には近寄らなくなったので、そこまで危険じゃないと思うんだけどね。
その後は、床暖房の管理で火の番をしている人らにも声をかけてから、宿泊所にそうっと忍び込んで、隅っこで毛皮に丸まって眠った。石の床は暖かくて、よく眠れた。
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翌朝は早朝に少しだけ雪が降ったけれども、薄曇りで風も弱い。
クナトルレイクをするには、とても良い日だ。
開会式のために、競技場に子どもたちを集めて整列させる。
みんな、クナトルレイクの盾と棒を持った選手の姿だ。
ちょっと格好いいね。
「やっぱり…整列が早くうまくなってるな」
去年の大会のときには、他所の村の子たちは、そもそも整列をしたことが無さそうな感じで列は曲がっていたし間隔は適当だしで、酷いものだった。
それが今年は、うちの村の子達と遜色ない水準できちんと並べていて、私語もない。
整列と行進は軍隊の基本であり、軍隊を模した集団スポーツであるクナトルレイクでも基本である。つまり、他所の村の子たちも基本が出来ている、と言える。
1年間の練習と進歩の跡がうかがえる。
今年の試合は、内容面でも期待ができそうだ。
「村長様からお話をいただきます!」
進行の人の合図で、村長さんが挨拶に立った。
「クナトルレイクとは、戦争である!若いものたちは大いに競い、戦って欲しい!以上!」
とにかく戦いの闘志が大事、ということは伝わった。
去年のように、前日に大酒を飲んで二日酔いで適当な挨拶をする、という醜態を晒さないでくれて助かった。
シグリズ様あたりが、ちゃんと管理してくれたんだろう。
「続いて、大会運営よりのお話!」
村長さんに続いて、僕も開会式の挨拶をすることになった。
貴族とはいえ7歳の子どもが挨拶をするのは変だと自分でも思うんだけど、今年の大会は僕が企画したものだからね。ちゃんと責任は果たそう
「皆さん。おはようございます。
今日は、皆さんを迎えて第2回子どもクナトルレイク世界大会を開催できることを嬉しく思います。
世界大会?そう!世界で一番強いチームを決める大会なんです。
大人たちから話を聞いている人もいるかもしれませんが、来年から大人たちはとても大きな規模のクナトルレイク大会を開きます。何十もの村が集まり、一番を決める大会です。
その規模はどんどん拡大し、いずれは北方全体の大人たちが参加する怪物のような規模の大会になるでしょう!
大会の勝者は名誉と歴史にサーガとして永遠に語り継がれることになります。
一方で!僕たちは子どもです。今の大会に参加するチームはたったの4つです。
それでは、この大会の勝者には価値がないのでしょうか?
大人たちに比べて、子どもたちの勝利は語り継がれることはないのでしょうか?
いいえ!断じていいえ!そうではありません!
子どもたちの大会は、いずれもっともっと大きくなります!
大人たちの大会に負けないぐらい大きくなります!
そして勝者には大人にも負けない名誉がもたらされ、永くサーガに歌われるようになるでしょう!
皆さん、僕が最初に話したことを思い起こしてください。
僕は、世界大会と言いました。今回は第2回の世界大会です。
子どもクナトルレイク大会は始まったばかりですが歴史は永く続くでしょう。
北方の歴史が果てるまで、100回、1000回と続くでしょう!
ですから、この小さな大会に勝利すれば、その名は1000年の間、語り継がれるということになります!
皆さん。フォルセティの名の下に正しく戦い、1000年のサーガに歌われる名誉を得て下さい!
正義と真実の神フォルセティのために!名誉のために!」
「「フォルセティのために!」」
参加する子どもたちの表情は興奮で赤みを帯び、力強く盾を叩いた。
「フォルセティのために!」
「「フォルセティのために!」」
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第一試合が始まる。
最初の試合は、赤い羽のフギンと、灰の腕のスルトのチームだ。
フギンは僕たちの村のチーム。スルトは、他所の村から来た子たちのチーム。
「選手、入場!赤い羽根のフギン!」
進行の合図で、選手が入場する。
赤い羽のフギンはおなじみのチャントを歌い、士気を高める。
観客席にいる選手たちの親は席から立ち上がり、足を踏み鳴らして歓声を上げた。
「灰の腕のスルト!」
続いて灰の腕のスルトの子どもたちも試合場に顕れる。
去年と違ったのは、灰の腕のスルトも戦歌を歌いながら入場したことだ。
我らはスルト! 灰の腕を灼く者よ!
白き雪を黒煙に変え 万物を灰燼に帰す!
我らはスルト! 赤い血の炎よ!
ガンガンと盾を叩きながら、戦歌を歌う。
村の観客たちも新しい戦歌に大喜びで、灰の腕の戦歌を一緒に歌った。
試合が始まった。
「すごい…壁盾の押し合いが、ちゃんと成立してる!」
変な言い方をするけれど、これって、本当に凄いことなんだよ。
うちの村の子達のチームと壁盾の押し合いが成立するチームなんて、内輪の試合を除けば、これまでなかったんだから!
なんなら、大民会での大人同士の試合でも成立しなかった、って父ちゃんが言ってた。それぐらい、うちの村で父ちゃんたちが鍛え上げた壁盾の押しは強烈なんだ。
「真ん中に大きい子を配置して、負けないようにしているのかな」
食生活の差もあるのか、体格的にはどうしてもうちの村の子達の方が大きい。
それを選手配置の工夫で乗り切ろうとしているんだね。
かなり考えられてプレーしている。
「あっ!走った!パスプレーだ!」
壁盾同士の押し合いを何とかこらえると、灰の腕のスルトのチームが足を使ったプレーを中心に始めた。
すごいなあ。
不意を突かれた赤の羽のフギンは、そのまま灰の腕のスルトにゴールを許してしまう。
フブゥ―ッ、と得点を合図する角笛が吹き鳴らされ、得点板の黒板には数字の1を表す記号が貝殻棒で大きく書かれた。
「やったあ!ついに点をとったぞ!」
まるで勝利したかのように、飛び上がって喜ぶ灰の腕のスルトの子どもたち。
なにしろ去年は、何もさせてもらえずに途中棄権だったからね。
いやあ、本当に進歩した。
その後の試合展開としては、初期の油断から立ち直った赤い羽根のフギンが大差で勝利したのだけれど、最後の挨拶をした灰の腕のスルトの子たちの表情は晴れやかだったし、観客席の大人たちからは温かい称賛の拍手が送られたんだ。
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輪になって競技場で食事。子どもたちは、他の村の子も一緒になってる
クナトルレイクで仲良くなってるね。
うんうん。これこそが、僕の望んでいた光景だよ。
「トールは、あの輪の中に入りたいと思わないのですか?」
「シグリズ様。そうですね…いずれは入れたらとは思いますが、難しいでしょう」
シグリズ様は、僕に同年代の子どもの友達がいないことを気にかけてくれているのかもしれないね。なにしろずっと村のための仕事ばかりしていて、子供らしく遊ぶ時間は限られているからね。
それと、クナトルレイクへにはなるべく参加しないようにする社会的圧力というやつも感じるんだ。父ちゃんも、僕がまだ体ができていないから早いと言うし。
「貴族の子どもが入って一緒にプレーしましょう、と言われても、迷惑でしょうから」
クナトルレイクは道具も使うコンタクトスポーツなので、いかに厚着をして防具を装着していても怪我をするときは怪我をする。
そもそもが、歩兵戦を模した擬似的な戦争スポーツだし。
そんな荒々しい男のスポーツに、小さい体のお貴族様の子どもなんて入ってきたら、忖度スポーツになってしまうだろうし、僕だって楽しくない。
貴族になるっていうのも、面倒くさいものだよ。
エリン姉はどうかって?
よくよく考えると、エリン姉こそが貴族のお嬢様というやつになって貴族の窮屈さを感じるはずなんだけど、本人はそんな身分に関係なく、馬を乗り回し、海鳥を密猟しては焼き鳥にして、白樺トンボを飛ばして喜んでるね。
僕も貴族がどうとか細かいことを気にせずに、思うように振る舞ったほうがいいのだろうか?
「それとですね。単純に、今日のようなレベルの試合にはついていけそうにありません。たぶん、北方で一番だと思います」
「…そうですね。無理はしない方が良いですね」
シグリズ様は、ちょっとだけ僕の背丈を同情するような目で見てから頷いた。
むっ。今はいいんです!そのうち父ちゃんみたいに大きくなって、エリン姉もシグリズ様も見下ろすような背丈になる予定ですから!
…とりあえず鰊の骨も焼いて食べたほうがいいのかな。




