第187話 他所の村から来た子どもたち 7歳 晩冬
「うっうっうっ…」
「びえええーん」
「お、俺は怖くないぞ、怖くないからな!」
「うんうん怖くない、怖くないからねー」
僕とエリン姉で、泣いたり腰を抜かして座り込んだりしている子どもたちを、懸命になだめて回る。
「ねえ見てごらん?風で回る前は、ただの細工した板だから。生きた目玉なんかじゃないから。強い風を受けるとぐるぐる回って模様が浮きでて、いっしょに笛みたいに音が鳴る細工なんだよ?
このひらひらしている腕みたいなものも、ただの縄に羽を結んだから!」
目玉の風車を一つ引き抜いて見せて周り、ただの技術だと教えるんだけど、怖かったせいで、あんまり言葉が耳に届いてないみたい。
「困ったな…」
泣いている子、話が聞けなくなっている子にどんな言葉をかけたら良いかわからず立ち尽くしていたんだけど。
「えいっ!」
突然、鋭い気合とともにエリン姉が持っていた白樺トンボを勢いよく空に飛ばしたんだ。
ぴいぃぃぃっ!と、甲高い音を立てて、白樺トンボが空に飛んでいく。
すると泣いていた子どもたちが、ぽかんと空を見上げた。
「あの目玉、これと同じよ!ただの細工!」
落ちてきた白樺トンボをつかみ、エリン姉が掲げてみせると、泣き止んだ子どもたちの視線が、腕の先に集中した。
「こんなの簡単に作れるんだから!後で作り方を教えてあげるわよ!」
エリン姉は泣き叫ぶ男の子が見ていられなくて言っただけかもしれないけれど、反応は劇的だった。
「ほんとに!?それ、作れるの?」
「空とぶ羽を教えてくれるの!」
またたく間に泣き止むと、ちょっと照れたように目元を袖で拭って散らばった荷物を集め始める。どうにか、混乱から立ち直ってくれたようだ。
ふう、やれやれ。
なんとか村の境に危険物を放置した責任は誤魔化せたか…。
「それにしても…」
改めてみると、すごい数の目玉が並んでいる。
子ども風車コンテストで優秀な成績を修めた選びぬかれた作品たちだけあって、どの目玉風車も、恐ろしげな色使いと不気味な音が鳴るように工夫が凝らされている。
ぴゅうう、とフィヨルドからの海風が吹くたびに、数十基もの並べられた目玉の歯車が一斉に向きを変えて、ピィィィとか、キャラララァ、とか恐ろしげな音を鳴らすんだ。
初見で、これは怖いわな…。
僕ならおしっこ漏れちゃう。
その後も、子どもたちが荷物を積んだり、曳き馬を呼び戻したりするのを手伝ってから村へと向かった。
その場は上手く誤魔化せたつもりだったんだけれど、村に到着してすぐの健康診断で目が赤く腫れた子がすごく多いと不信を抱かれ、純真な子どもたちにはあっさりと理由をバラされ、そこで子どもの名簿を確認していた2人からシグリズ様に報告がいくこととなり…。
「歓迎するはずの子どもたちを脅して泣かせなんて、どういうつもりなの!」
と、めちゃくちゃ怒られた。
反省してます…
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「じゃあ、宿泊所に荷物を置いたらすぐにサウナに入るからね。みんな、ついてきてるかなー?」
村に入ると、シグリズ様が選んだ年長の男の子たちがお客の子どもたちを誘導してくれる。
「わー!あったけー!」
「ひろーい!」
わっ、とサウナに駆け込んで脱ぎ散らかされた服を、小言と文句を言いながら村の手伝いの女の子たちが拾い集める。雪でこすってから、冷燻施設に干すためた。
宿泊所を温める床暖房のついでに排出される熱を無駄にしないためだね。
鱈の冷燻も終わったので、今は施設が空いているし、また食料を干すときは改めて掃除するからね。冬は熱を回収して無駄にしないことの方が大事。
子どもたちがサウナに入ると、少しの間、手が空いた。
「エリン姉、ありがとう、助かったよ」
「あんな目玉の風車、なにがそんなに怖かったのかしら?」
エリン姉にお礼を言ったら、子どもたちの反応を不思議がっていた。
「僕たちは慣れちゃったからね。最初は大人たちだって怖がってたじゃない?」
「そういえば、そうだったわね」
うちの村では、最初に白樺トンボを作り、次に音が鳴る白樺トンボを飛ばして、大きな音が鳴る風車を設置して、と段階を踏んで認知を高めていったのに、目玉模様が浮き出る大きな風車が登場しただけで、村の人を大いに驚かせてしまったわけで。
それも海岸に一つ、試作品を作っただけだったのにね。
一方で、他の村から来た子どもたちは、全く何の前情報もなく、村の境に何十もの列を成した、制作者の子どもたちによるあらん限りの不気味な工夫が凝らされた音が鳴る風車群を、いきなり目にすることになったんだもの。
子ども達が泣いたり腰を抜かしたりしたのは、全く仕方のないことだと思う。
「でも、作り方を教えてあげる、と言ったら喜んでたわよ」
「そうだね」
あんなに怖がってたのに、自分たちも作れるとなったときの喜びようと来たら。
きっとあの子達も、この村で作り方を憶えたら、故郷で親に怒られながら目玉の風車を量産するのだろう。そんな気がする。
本当に、子どもは不思議だ。
「あの子たち。あんなに怖がって泣いてたのに、盾は捨ててなかったわね」
「…うん」
荷物はそこら中に散らばせていたけれど、クナトルレイクの盾は捨てていた子はいなかった。勇敢な子は構えたり、内気な子は抱きかかえたりしてた。去年、僕が打算込みであげた盾を本当の宝物のように大事にしてくれている。
「お土産の盾、作ってよかったわね」
「…うん」
ちょっと鼻の奥が熱くなったので俯いていたら、珍しくエリン姉が僕の頭をそっと優しく撫でてくれたんだ。
いつもの背の高さマウントとは違った感じだったので、少しの間だけ小さかった頃のように大人しく撫でられてやった。
「ところで、目玉の風車って残しておいてよかったの?まだ他の村の子達が来るんでしょ?」
「ああっ!ちょっとエリン姉!気がついてたらどうして言ってくれなかったの!」
「あたしのせいじゃないでしょ!?」
慌てて村の境まで馬を走らせると、ちょうど新たな悲鳴と鳴き声が聞こえてくるところだった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「はいはい。夕食の準備ができたよー」
料理をしている御婦人が、ガンガンと鍋を叩くと大勢の子どもたちが勢いよく集まってくる。
「すげー!美味そうな匂い!」
「すごいねえ!収穫のお祭りみたいだ!」
幸いなことに、今日は晴れだ。
計画した通りに、村長の長屋敷前の広場に集まり全員で調理して、全員で食べる。
食材の代金は村の方で持ち、御婦人たちが効率よく分業して全員分の食事を調理するという形式は、確かに収穫祭と同じだ。
村の女衆たちは大量の鍋と鉄板を引張り出して、冷燻鰊と野菜のシチューを煮込み、牛乳を練り込んだ贅沢パンを焼いている。
「ねえ!このスープ、白いよ!」
「ばっか。牛の乳が入ったスープぐらい飲んだことあるだろ?…でも匂いが違う?」
「ねえねえ!おっきい鰊が入ってる!」
「すごいよ、この大麦パン!甘いよ!」
「うっそだあ…ほんとだ!甘い!柔らかい!なんで?」
大声で驚き喜んで、夢中になってパンを頬張る他所の村の子供達の様子を、村の大人たちが微笑みながら見守っている。
他所の村の子にも優しく余裕のある態度がとれるのも、食料事情が大きく改善したからだよなあ。
もしも村人に飢えている家があったりしたら、他所の村の子どもよりも先に村人に食料を与えろ、という話にしかならないもの。
もちろん子どもたちの食料の代金は後で受け取るんだけど、人の感情は理屈じゃないからね。
「うめぇー!」
「おいしーいっ!」
さっきまで泣いていたことなどすっかり忘れて、出身の村の区別なく夢中でほおばる子どもたちを見ていると、クナトルレイクの招待試合を企画して良かったな、と思う。
「はーい、食べ終わったらおやつをあげるわよー。チームごとに並んでね―。村の子たちは、地区ごとにならんでー。並べたところから渡していくからねー」
食後に、風邪の予防と栄養補給に蜂蜜鱈肝油飴をおやつとして渡すため、子どもたちに整列を呼びかける。
そうしないと、全員に正しく1つずつ配れないからね。
おやつをもらうために、いそいそと子どもたちが並び始めるのを眺めていたら、他所の村の子たちも指示されるまでもなく、かなり早く並べている。
これは今回のクナトルレイクの試合内容は、かなり期待できるかもしれない。
母ちゃんが、1人1つね、と言いながら蜂蜜鱈肝油飴を渡していく光景を見ながら、僕は明日から始まるクナトルレイクの試合内容に思いを来していた。




