第186話 とっても安い政治的投資なんですから 7歳 晩冬
「人がね、ぜんぜん足りない…」
未来の社会なら、人が足りなければ金銭で他所から募集することもできるのだけれど、冬季の北方フィヨルドで労働力の募集や移動など出来るはずもなく。
「人手が増やせないなら、効率を上げるしかないんだけど…」
効率化の本筋としては、女性の糸紡ぎを手回し糸車あたりを実用化して労働力の効率化が出来るといいんだよね。
問題は、効率化された糸車の開発などという発明は今のところ僕の頭の中にしかなくて、全くの手つかずということ。
「そうなると、食事の準備自体を効率化するか」
効率化の基本は、個別作業を集めて分業化すること。
それを食事の準備に応用すると、村全体で一緒に食事の準備をすること、という結論に鳴る。セントラルキッチン方式とかと、同じ考え方だね。
実際、村が漁期で忙しい時期などは、村全体で一緒に食事の準備をする。
「子どもクナトルレイク大会を、お祭りとして位置づけて、食事は皆で準備して取りましょう。もちろん、お客さんの子どもたちも一緒に。
試合の期間は、ほんの数日なのでお祭り準備方式でいけるでしょう」
実態としても、他所の3つの村から子どもたちを呼び込んだお祭りだよね。
村人300人の食事の用意が350人になるけれど、お祭りの食事のようにラインを組んで分業化して準備すれば、増員分は吸収できるはず。
たくさん食べるといっても、しょせんは子どもの胃袋だしね。
「それは良い考えと思いますが、当日の天気が荒れていたらどうしますか?」
大勢の女衆が分業で食事の準備できるのは、外の天気が良いときだけ。
当日の天気が大雪だったときの代替プランはどうするの、とシグリズ様が訊ねる。
「そうですね…悪天候の場合は、幾つかの有力者の家を指定して多めに食事を作ってもらい、宿泊所に届けてもらうようにしましょうか」
一時的に負担をかけることになるけれど、そこは貴族で有力者なのだから家人や郎党や奴隷を総動員して何とかしてもらおう。
「次に、到着した子どもたちの健康診断と受付ですが…健康診断は医療の心得のある人にやってもらいましょう。受付は、アルフヒルドさんかエリスさんでお願いします。交代しながらやっていただくのが良いかも」
「私たちが?」
「なぜ?」
「名簿を読める人たちが、他にいませんので」
事前に提出された名簿通りの人数なのかどうか、きちんと確認しないとね。
今は子どもの大会だから特に問題は起きていないけれど、これが将来の大人の大会で政治的権益や金銭などが絡むようになったら、替え玉選手とか出てくるかもしれないし。そのための予防措置として、今のうちから、出場選手を名簿で確認するのは当然、という認識を植え付けておきたい。
「それから誘導してサウナに入れて衣類の洗濯は…。子どもたちに手伝ってもらいましょうか。洗濯はエリン姉に村の女の子ったちを指揮してもらうとして。
子どもの誘導は村の男の子にお願いしたいんだけど、誰に指揮してもらおうかな…。僕が知っているのは、一緒に遊んじゃいそうな子ばかりだし。
シグリズ様、誰か良い子はいませんか?」
シグリズ様は、村の子供達を集めては、ちょっとした手伝い仕事や村内のメッセンジャーのようなことをやらせている。そうして子どもたちの適性を見極めて、将来の官僚候補などを探しているっぽいんだよね。
きっと目をつけている子どもがいるはずだ。
「そうですね。賢くて大人しい子ではありませんが、落ち着いていて言うことが聞ける子には何人か心当たりがいます」
やはり。最近のシグリズ様は、とくに将来の人材の収集に熱心だもの。
「でしたら、その子達をリーダーにして誘導の指揮をお願いしましょうか。それと、他所の村から来た子たちの中にも、チームのリーダーはいますよね。
将来のリーダー同士で話しあって、仲良くなってもらいましょう」
子どものリーダー同士の面識があるのは、良いことだと思うんだよね。
北方21星の大結束が大きな組織として動き始めたときに、顔を知っているかどうかで効率も協力度合いも全然違うだろうし…。
あれ?でも、この考え方を推し進めていくと、子どもクナトルレイク大会こそ、全ての村の子どもを集めた大会を開くべし、という結論にならない?
「…無理です。できません」
「なにが無理なのですか?」
シグリズ様に聞かれて僕は子どもクナトルレイク大会の将来構想について口を開きかけたのだけれど、黙って首を左右に振るだけにとどめたんだ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「食事の後の、おやつタイム。薬草茶と蜂蜜鱈肝油飴は、村の子どもにもあげないと駄目ですね。扱いが違うのは良くないです」
食後の蜂蜜肝油飴の配布は、うちの村の子達にもあげないと文句でるだろうから、お手伝いの御駄賃であげるかな…。もちろん、ちゃんと仕事をやってくれたらね。
他所から来た子どもたちだけが優遇されていたら、村の子たちも良い気持ちはしないだろうし。
試合の審判は、父ちゃんたちに任せよう。
村内にクナトルレイク愛好家たちのネットワークができているから、喜んでやってくれそう。
これで人の手当は、なんとかなりそうかな。
「トール?食事の準備はともかく、蜂蜜鱈の肝油飴を3日間、村の内外の全ての子どもに提供することは、かなりの出費になりますね。全てがあなたの家からの持ち出しになりませんか?」
シグリズ様が我が家の出費について心配してくれる。
僕の家はたしかに裕福になってきたし、貴族になったから村のために支出するのは構わないんだけど、今回の出費の補填については、当てがある。
「シグリズ様、食事代金も含めて、全部の出費はシグヴァルド様に請求しちゃいましょうよ。だってこれは王との争いを有利にするための政治的投資ってやつですからね。北方21星の大結束全体の予算から出るはずですよ」
なにしろシグヴァルド様が主導する北方21星の大結束による、王と家臣の勢力の切り崩しの政治的に重要な一手だものね。
その負担を僕たちの村だけが負う、というのは理屈に合わない。
「…兄は、その負担を良しとするでしょうか?」
「僕は出すと思います。たかが子どものクナトルレイク大会の出費の一部を補填するだけで、幾つもの村を自らの陣営に惹きつけることができるですから。きっと出してくれますよ」
その程度の計算ができない人ではないだろう。
ときどき頭の良さのあまり暴走して策士策に溺れる的な面も見えるし無茶振りばかりしてくるけれども、基本的にはとても優秀な人なのだから。
「それに、他の村の子と接触すると、どうしても病気になりやすいですからね。蜂蜜飴程度の出費で、村の子どもたちの健康が買えるなら安いものです。
そういえば、シグヴァルド様から追加でなにか言ってきていますか?」
「今のところは便りないですね。次の便りはおそらく春になるでしょう」
ふーん。
状況が動いているなら、逐一知らせてほしいなあ。
「そういえば。産院の方がようやく開設できました。次の出産からは、そちらで行われることになります」
「良かった!ついに、ですか」
以前から計画していたように、醸造所の隣に産院の小屋を建設してもらってたいた。
冬のお酒造りのための醸造所の稼働の開始から少し遅れて、産院も稼働することになったそう。
長期間保つお酒を作るための醸造所と、赤ん坊を生む産院は、設備も従事する人も清潔でなければならない、という点で隣接するメリットが大きい。
「良かった。これでもっと赤ちゃん増えますね」
託児所で僕に登山する子どもも増えるけど。
それは、赤ん坊を産んだお母さんに手伝ってもらえばいいかな
そうして大体の計画と労力の目処がついたので、3つの村に使いを送った。
使いの郎党はスキーを履いて出ていった。
フィヨルドの間の移動は、天気の良い日であれば移動は難しくないからね。
陸上移動に限って言うならば、夏よりも早いぐらいだ。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
そして、他所の村の子どもたちがやってくる日を迎えた。
幸いなことに天気が良く、澄んだ大気のおかげで遠くまで見渡すことが出来る。
「ああ、見えた!」
遠くのフィヨルドの山の端を越えて、小さなゴマ粒のような集団が、えっちらおっちらやってくる。
そしてゴマ粒の列は、やがて村の近くまでやってきて…突然止まった。
それどころか、転げたり散ったりしている。
「あっ」
しまった…村の境に、獣避けの目玉風車を並べて置きっぱなしだった!
「エリン姉、馬を出して!」
「えー。寒いからレットも外に出るの嫌がるよ…」
「いいから、早く!」
渋る姉をなだめすかして馬で駆けつけたら、わんわん泣いてる子達がたくさんいて、パニックに陥った曳き馬が逃げて、荷物がいたるところに散らばるという地獄絵図が広がっていたんだ。
ご、ごめんなさい…。




