第185話 子どもクナトルレイク大会開催? 7歳 晩冬
家々を埋めていた雪が、軒先からばさり、と落ちる。
フィヨルドを渡る風は冷たいが、刺すような傷みはすでにない。
明り取りの板窓を開ければ、入ってくる空気に混じる微かな土の匂い。
雪と氷に閉ざされていた世界に、ゆっくりと春の息吹が近づいている。
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「もうすぐ、春が来てしまいます」
「そうですね」
全ての北方の民に喜びをもたらす、はずの春。
雪解けの大地には緑が芽吹き、全ての生きとし生けるものが待ちわび生命を謳歌するはずの季節。
だけど今は、まだ春に来てほしくない。
なぜなら、やることが全然終わらないから…!
「結局、子どもクナトルレイク大会は実施する、ということで良いんですよね?」
「やむを得ません。北方21星の大結束の寛容さを示すには、これ以上ないイベントですから…」
シグリズ様が、苦い表情で頷いた。
今回、子どもクナトルレイク大会に招聘を考えている3つの村には、アルンビョルンの襲撃に参加して、途中で離脱したという瑕疵がある。
普通なら疎外されるである村の子たちだけれど、僕たちは敢えて襲撃の事件など忘れた振りをして招くことにした。
なぜなら、今は王と家臣に対抗するために少しでも多くの味方が欲しいから。
せっかく襲撃を思いとどまってくれた村々を、冷遇してわざわざ敵対する王の側に追いやる理由がない。
そして僕たちの行動は、じっと息を殺しながら、王と僕たちの側でどちらにつくべきか、判断の天秤を揺らしている多くの村々に一定の方向性を与えることになる、と思うんだ。
結局のところ、その人や集団が信頼に足るかどうかは、何を言っているかという言動ではなく、何をしているかという行動に拠ってのみ判断されるものだと思うからね。
そして味方を増やすために、たった数十人の子どもを招いてクナトルレイクの試合を開催するだけで良い、というのだから。
政治的投資として破格のパフォーマンスを誇る施策であることは間違いない。
ゆえに、子どもクナトルレイク大会は、如何に人手が足りなかったとしても、必ずや開催されなければならないのだ。
賢いシグリズ様は、そのあたりの事情も全て飲み込んだ上で、苦い顔をしていたわけだね。
「それじゃあ、さっそく日程を決めましょうよ!天気の良い日を選んで使いの方を出してもらって調整して…」
いろいろ政治的理由はあるんだけど、僕としては去年の子どもたちが見せた、お土産の盾を無邪気に喜んだり、村に帰りたくない、とべそをかいた表情が忘れられないんだ。だから開催には前向きなのである。
親が何をしでかそうと、子どもに罪はないからね。
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さて。そうして3つの村を招いて子どもクナトルレイク大会を開催しようとすると、本当に人手が足りないことに改めて気付かされる。
去年と比較すれば、開催のためのインフラもあるし手順も整理されている。
だから、開催コスト自体はもの凄く引き下げられているはずんだなけど。
「一応の手順を確認します。まず、村にやって来た子供達は全員の健康診断をして、体調に問題ない子どもたちと衣服はサウナに入れます。村に病気を蔓延させないためですね。風邪をひいている子どもは隔離します」
「はい…」
「たしかに。子どもはよく風邪をひきますし、互いに移しますものね」
去年はいなかったアルフヒルドさんとエリスさんに、全体の流れを説明する。
「参加人数が名簿通りであるかも確認します。食事の提供に影響がでますから。
サウナから出てきた子どもたちは、そのまま宿泊所に誘導します。
移動日で疲れているでしょうから、食事を出して、そのまま寝てもらいます。夜に抜け出す子どもたちがいないよう、見張りもします。これで初日が終わります。
ここまでで質問はありますか?」
アルフヒルドさんから、手が上がる。
「名簿を事前に手に入るのですね?」
「はい。人数と頭文字だけの大まかなものですが」
エリスさんからも質問が出る。
「あのう…宿泊所には私たちの荷物があるのですが」
「数日のことですから、長屋敷にお移りいただいた方が良いかと思います。なにせ数十人の元気を持て余した男の子たちが宿泊するわけですから、たぶんもの凄く煩くて落ち着かないと思います」
「移ります」
即答だった。そりゃそうだよね。僕でもそうする。
「翌日以降の予定も、繰り返しです。健康診断をして、朝ごはんを食べさせ、クナトルレイクの試合、昼ごはんを食べさせて、クナトルレイクの試合、サウナに入れて、晩ごはんを食べさせ、夜の見張りをする。翌々日も同じことを繰り返します。
そして最終日に、全員を無事に怪我なく病気なく全員を帰します。これが全体の流れです」
本質的に、あまり難しいことではないんだよね。
村に来た子どもたちに、ご飯を食べさせて、スポーツさせて、風呂入れて寝かせるだけなんだから。
去年は村に大勢の来客を迎え入れる経験が初めてだったので、いろいろと手探りで戸惑ったこともあったけれど、今年は村の人達も慣れたものだろうし。
「村に来る子たちの中に、有望な子どもがいると良いですね」
笑顔を浮かべながら言っているけれど、シグリズ様の目つきが怖い。
僕は知っている。あれは人買いの目だ。
前向きな表現の仕方をすれば、人材収集に貪欲、ということなんだろうけど。
「ええ。賢くて大人しい子がいれば、言うことはないですね」
「本当に。賢くて大人しい子がいいですわ」
大事なことなので2回、お嬢さんたちが言いました。
そうか。この村には、そんなに賢くて大人しい子が不足しているのか…。
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「仕事流れを聞けば、仕事自体は難しくないことはわかりましたわ。問題は、どこからそんな人手を出せるのか、ということですわね」
「うーん…」
アルフヒルドさんに言われて、僕は腕組みをして考えてしまう。
「食事の用意も、衣類を洗うのにも、子どもは本当にに手がかかりますからね」
「はい…」
生活便利家電や全自動洗濯機は存在しない時代、全ての家事は人力が基本。
数十人の子どもがやってきたら、その面倒を見る労働力を村から抽出しなければならない。
「女手、足りませんかね…?」
おそるおそる聞くと、とりつく島もない、と言った感じの答えが返ってきた。
「今冬は糸にできる羊毛の算出が劇的に増えましたからね。嬉しい悲鳴ではありますが、女衆はいつも懸命に糸を紡いでいますよ」
「うーん…」
この冬は社交場に、ご婦人方が山のような羊毛を持ち込んでは、お喋りをしながら糸を紡いでいるのを僕も見てる。トゲトゲ板が発明されて、クズ羊毛も糸にできるようになったからだ。
「村の食材は豊かになりましたし、大麦や大麦粉がふんだんに提供されるようになり料理の種類も増えました。ですが凝った料理には手間も時間もかかります。鍋で茹でるだけ、という料理は好まれなくなっています」
「うーん…」
冬の食材が豊かになって、調理する方法も料理のメニューも増えた。それを広めたのは母ちゃんだし、お願いしたのは僕だ。
「食事と環境が良くなったせいか、村の子どもも増えていますからね。子どもが増えれば、面倒見るのに手がかかります」
「うーん…」
交易が盛んになって略奪に行く必要がなくなり、家屋の清潔度は上がり、他の村から婿を迎えて、食材の質と料理のメニューを広げた結果として、安心した女衆は子どもを産むようになりました。
全ての事情が合わさっての人手不足だ。
なんだろう…?
この「誰かのせいにしたいが、誰のせいにすることもできない」という状況は…。
「男衆はどうなんでしょう?そちらの方は…」」
「言わずもがなですが、無理ですね。建築作業で手一杯です」
「あ、はい…」
僕は、男達が建築している建物を数え上げた。
・来春から活発化するであろう交易のための交易所
・クナトルレイク大会を行うための競技場
・交易にきた人たちを労う酒場
・交易にきた人たちに出す贅沢パンを焼くパン焼き釜
・交易にきた人たちを清潔にするサウナ
・交易にきた人たちの衣類を消毒する洗濯消毒部屋
・余った熱を利用する冷燻施設
これだけの施設を、夏までに優先順位を決めながら建設しないといけないのですね。大変すぎる。冬なのに男手は余らない。
「はー…なんでこんなことに…」
僕がリストを見ながら愚痴を吐いたら、3対の目がギロリと僕を睨むのを感じた。
いや、この件は僕は悪くないですよ!
悪いのは無茶振りするシグヴァルド様です!
シグリズ様、家族として責任取ってください!
…という弁明を僕はぐっと飲み込んで手を動かし続けたんだ。
叫んでも仕事は終わらないからね。




