第182話 風車が欲しい 風車は要らない 7歳 冬
くるくるくる
小さな板が回ると、板に塗られた模様が目まぐるしく変わる。
「見てください、シグリズ様。これはね、とっても役立つ工夫なんです。誰でもできる技術です。魔術なんかじゃありません」
僕は、ぐりぐりされた後に小さな白樺トンボを持ち込んで、シグリズ様と2人のお嬢さんに向けて懸命にプレゼンテーションを行っていた。
「この板の端っこに色を塗って、くるくる回すとですね、丸く見えるんですよ。外にある村の人達を脅かした風車は、真ん中を黒く塗って、外側を白く塗ったから目に見えるようになっただけでして。ちょっと塗ってみましょうか。回しますよ?」
くるくるくる
「ひいっ!」
「きゃあっ!」
風車を回して顕れた目玉に、2人のお嬢さんが悲鳴を上げた。
いや驚くことないじゃないの。原理も説明したんですから。
「やってみてください。この棒を持って、くるくる回すだけですから」
僕が差し出した風車を、2人のお嬢さんたちは、まるで呪いが移るかのようにおそるおそる受け取った。
「あら。うーん?あら?」
「まあ。ふーん…」
風車を手に持って、くるくると回して遊んでる。
と、ぱさり、と卓上に放り投げた。
「…やっぱり不気味ですわ」
「ええ。気持ち悪いです」
お嬢さんたちには、あんまり、お気に召さなかったみたい
「これは海鳥を脅すために作ったんです。吊り下げた鱈をずっと見張って追い返し続けるのは負担ですからね。少しでも村の役に立てばと思って…」
反応はいまいちだったけれど、僕は懸命に弁解する。
「…悪気がない思いつきであったことはわかりました」
シグリズ様はわかってくれたみたい。さすが!
勇気づけられた僕は、頑張って売り込みを続けた。
「はい!この目玉が見える風車はきっと役立ちますよ!春や夏の畑に置いておけば作物を狙う鳥や獣を追い返せますし、村の境に置いておけば獣よけに役立つかもしれません!
あとは、首の向きで風向きがわかりますし、音で風の強さもわかりますよね。
それとですね、工夫すれば、もうちょっと怖い感じにできると思うんです
横木の腕をつけて、そこに縄を結ぶんです。縄には海鳥の羽を等間隔で結びつけておけば、風でひらひらと舞うでしょうから…」
たぶん触手を振り回して唸る大目玉ができるはず
ちょっぴり邪悪に見えるだろうか?
面白そうだから後で作ってみようかな。
「そうだ、いっそ村でコンテストをしましょうよ?誰がつくった鳥威しが、もっとも効果があるか、とか。絶対、面白いですよ!」
村の中に、人々が工夫を凝らした様々な鳥威しが並んだら、さぞ愉快な光景になることだろう。とっても楽しそうだ。
だけどシグリズ様と2人のお嬢さん達は、そう思わなかったみたいで。
「トールステイン」
「はい!」
「お仕事を増やさないように」
「いや、これは別に仕事じゃ…はい、わかりました…」
低くドスの聞いた声と、ぎろりと睨むような目つきに、僕はそれ以上の抗弁を断念せざるを得なかった。
うーん…絶対にやったら面白いと思うんだけどなー。
大人はわかってくれないな!
「…なんだ?人がずいぶん集まってるけど…エリン姉?」
その後、僕が浜に放置してた鳥威しを回収しに戻ると、周囲には村の子供達が群がって、きゃあきゃあと叫んでいた。
「すっげー!きもちわりー!」
「こわーい!」
目玉が動くたびに、悲鳴を上げて離れては、またこわごわと近づいてくる。
子どもって、こういう怖くてグロいもの大好きだよね。
「ふふん!これはね、こうするともっと怖いわよ」
「ぎゃあーっ!」
なぜか中心にはエリン姉がいて、風車の中心近くに赤い色を描き加えて充血した大目玉を出現させては、小さな子どもに悲鳴をあげさせていた。
ああ。これは流行るわ。大人が規制しても無駄だな、と僕は確信する。
だって子どもたちがエリン姉を見る目を見てご覧よ。
あれは、今すぐ真似して自分たちでも作ってみたい、という目だね。
家に帰ってすぐに、ご飯の後の家の手伝いを放り出してナイフで板材を削り始めるに違いないよ。
「おおう…みんな手が早すぎない…?」
そして翌朝には、浜辺一帯に吊り下げられた鱈を守るように、子どもたちの手によって作られた不気味でありつつも、どこか可愛らしい鳥威しが幾つも出現していたのだった。
やがて目玉の風車の鳥威しは村の伝統となり、永く受け継がれていくことになる。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「風車か…風車が欲しいなあ」
僕は浜に並べられた不気味な目玉の風車の列を見ながら、ひとり悩んでいた。
村で行っている冬の製塩で最も大変なのは、大量の海水を汲み上げる作業なんだ。
塩の消費量が増えた今、僕と父ちゃんだけではとても手が足りないので、多くの人にお願いして交代で海水を汲んでもらっている。村の製塩所でも事情は似たようなものだろう。
塩分濃度が薄い海水を沸かして塩にするのは、あまりに燃料効率が悪いので、凍結濃縮という方法で、海水の水分を凍らせて、残った濃度の高い海水をまた凍らせて、と段階を踏むことで塩分濃度の高い海水を作っているのだけれど、要求される塩の量が増えてくると、さすがに人力の限界は感じるんだよね。
だから何らかの方法で、海水の汲み上げを動力化をしたいんだ。
「どんな仕組みがいいのかなあ…」
地面に木の枝でアイディアをガリガリと描く。
「アルキメデススクリューなんて難しそうなものを作らなくても、縄に結びつけた桶を往復させるだけでもいいんだけどさ…」
あんまり難しいものを作るとメンテナンスが出来ないからね。
そして動力がやはり問題となる。
「製粉用の水車はあるんだけど、ちょっと海岸からは遠いしなあ…」
水車動力は強く安定しているという強みはあるのだけれど、製粉用の水車の位置がいかんせん海岸から遠い。仮に海水汲み上げ動力用の水車を作ったとしても、水車は川の傍にしか設置できず、川の真水が流れ込む場所は海水が薄いから濃度を上げるための桶で組み上げる、という仕組みに適さない。
「要するに、段々畑の水槽の一番上に、海水を汲んだ桶を運べればいいんだよなあ」
僕が考える自動凍結式塩田(仮称)の仕組みは驚くほど単純だ。
仕組みとしては段々畑のような水槽 ―― 木製でも粘土や漆喰を敷いた地面でもよい ――が段々畑のようになっていて、上の水槽に動力で海水を汲み上げて、夜の間に水槽の表面が凍りつく。
水槽の底部に開けた穴から、残った海水が次の水槽に移動する。また夜間に凍る。残った海水が下の水槽に流れる、という工程を繰り返して、冬の寒さで凍りつかないの濃度まで海水をを濃くする施設を作りたいんだ。
「風車動力を使いたいなあ。でも建築が大変すぎるかなあ…」
水車建築のノウハウがあれば歯車は作れる。しかし風車を建造するには、北方の冬の風や雪に負けない石造りの塔や剛性の高い風車の羽の骨組みなど、技術的に解決すべきことが多い。
「汲み上げ動力は単純化して畜力にするかなあ。牛さんにグルグル棒を回してもらうことにしようかな…」
海岸と水槽の上部を往復する桶が結びつけられた革紐のリフトを回してもらうのが良さそう。距離にして数十メートル、高低差も数メートルだものね。
それなら今の手持ちの資源と技術で出来そうだし。
もっともっと塩を安く作りたいし、魚の水抜きに役立つ濃い海水も欲しいんだ。
「でも、いつ岩塩が入ってくるかわからないしなあ…」
僕が風車のような大規模施設の投資に躊躇する理由として、今後予想される交易の拡大がある。
交易を通じて大陸から安価な岩塩が入ってきたら海水塩の価値は一挙に下落するかもしれない。
岩塩の採取なんて、極論すれば地面を掘ってるだけだからね。コスト的には太刀打ちできないことが目に見えている。
そうなると大規模な塩田施設への投資は無駄になってしまう。
だから冬にしか稼働できない自給の範囲を超えた塩田施設の増築には、どうしても二の足を踏んでしまうんだ。
「でも塩が自給できることを見せておかないと、交易でボッタクられるしなあ…」
塩のために外貨が流出することは避けたい。
悩ましいところだ。




