第181話 北方社会に顕現する風の力 7歳 冬
「おーし、そっちにも杭を立てろーっ!」
「もっと杭がいるぞ!どんどん持って来い!」
朝から浜へ繰り出して、ガンガン人の背丈ほどもある大きな杭を打ち込んでいるのは村中の男衆たち。
近海の鱈漁から戻り、サウナと大麦酒と新鮮な鱈鍋ですっかり英気を回復したためか、木製の杭を担いで歩き、指示された場所に杭をうつ。
「はいはい。じゃあ鱈を干していくからね!縄をかけるのを手伝って!」
「おうよ!」
浜に打ち込まれた杭へ、尾のくびれを縄で結ばれた鱈の開きが掛けられていく。
ある程度は塩で水分が抜けているとはいっても、1メートル近い鱈の身はかなりの重さがある。
「どんどん掛けるよ!しっかり縛りな!干している間に落ちちまうからね!」
「まかせろ!もっとよこせ!」
しかし男も女も、重さを苦にせず力強く、手際よく即席の干し竿に鱈を掛けていく。
その様は、まるで鱈の巨大な縦縞のカーテンを浜の幅いっぱいにかけるように見える。
まだ水分を含んでいる鱈の身は白く、背中の斑模様の銀色は太陽を反射して鈍く輝いている。フィヨルドからの冷たく乾燥した風が吹き付けるたびに、ユラユラと揺れては、吊り下げられた鱈の列はあたかも一枚の布のように、その色合いを幻想的に変化させ続ける。
まだ力の弱い子どもたちは、魚の尾に縄を縛るのを手伝ったり、まだ空いている杭を見つけて知らせる、あるいは魚を狙う海鳥を追い払ったりと、手伝いに走り回る。
「やっぱり、ニシンよりも鱈だよねえ」
「トールったら…。ニシンのときは、あんなに美味しそうに食べてたじゃない」
「いや、味じゃなくてさ…」
ニシンのときも浜いっぱいに干された光景はすごかったのだけれど、巨大な鱈が干されて、ゆらゆらと風に吹かれて揺れる光景は、また違った迫力があると思うんだ。
「エリン、トール!お昼にするわよ!」
「はーい!」
お昼ごろには、鱈を吊るす作業も一段落。
数日干して表面が乾いてきたら、冷燻施設に移して一週間ぐらい干す。
そうすると直接に冷燻するより表面が苦くならず味が良くなるらしい。
これも去年から進歩したことだね。
味が良くて競合がいなければ、高く売れる。
真似する人たちが出ないうちに、一挙に市場を席巻してブランドを確立してしまおう、という戦略のために商品の改良も続けられている。
「おう。やっぱり鱈は新鮮なうちに焼くのが美味いな」
「う、うん…」
お昼に食べるのは、水抜きで重ね方が悪くて潰れてしまい形が悪かったり、一部を海鳥にかじられてしまった、いわば事故で商品にはならない鱈。
それを浜の焚き火で焼く、いわゆる一夜干しとなった鱈の焼き魚だ。
1メートル近い大きな鱈を焼いて、ナイフで切り分けて食べる贅沢さよ。
母ちゃんが焼いた巨大な鱈を、父ちゃんとエリン姉と僕の分とに分けてくれる。
鱈のシーズンの食事は、とにかく鱈尽くし。保存手段が限られているから、傷みが早いものはどんどん消費しないと無駄になってしまうからね。
まあ、それはいいんだ。鱈は美味しいし、母ちゃんは料理が得意だから色んなメニューを開発してくれるし。
「ちょっと、しょっぱい…かな」
「それがいいんじゃないか!」
塩の取りすぎは良くない、とかいう現代人の感覚はないから、ときどき酷く塩っぱい料理が出たりするけど。
水分を抜くための貴重な塩が塗られた鱈は、塩を水で洗い落としたりはしないで、そのまま食べる。それが贅沢、という感覚なんだよね。
塩が村で自給できるようになって、だいぶ気軽に消費できるようになってきたけれど、依然として高級品には違いないわけで。
塩はあればあるだけいい、という感覚が抜けるのには、もう少し世代がかかりそう。
できるだけ表面の塩っぽいところを避けて食べていたら、皮の部分はエリン姉が残らず食べてくれた。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「いい、飛ばすよー!」
「いいよー!」
エリン姉が持っているのは、改良型の白樺トンボ。
プロペラ部分が発射回転機構と分離されるようになっており、その発射機構は弓切りと呼ばれる縄の摩擦と弓の弾力を利用した火をつける回転機構を応用している。
飛躍的な軽量化と回転速度を実現する、まさに新世代の白樺トンボなのだ。
ブルルン、ブルルン、と軽く弓を引っ張りながら回転機構をテストしたら、いよいよ発射である。
「そーれっ!いけーっ!!」
「わあっ!すごーい!」
ぴいいっ!と回転翼のスリットから甲高い音を立ててプロペラは、見たこともないほどの速度で、天高くまで舞い上がり、のんびり飛んでいた海鳥たちを追い散らし、ぐんぐんと海からの風に乗って…見えなくなった。
「…あれ?」
「あーっ!!」
白樺トンボの行き先を見失うのと同時に、エリン姉の悲鳴が聞こえた。
「ちょっとトール、どっか行っちゃったじゃない!」
「えー?僕のせいなのー?」
エリン姉に理不尽に怒られたけれど、せっかく作ったものがなくなったら可愛そうだからね。家で無精していたムニを引っ張り出して、なんとか探し出したよ。
ちょっと玩具としては性能が上がりすぎたかもしれない。
実用品としては、どう改良するか難しいところだね。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
「風を利用するという発想はいいんだよね。音がなるのもいい。問題は、飛びすぎると回収が難しくなることで…」
僕はムニが見つけた白樺トンボを、手元でぐるぐると回した。
横向きにしてみる。
「とりあえず、こいつで鳥を脅せたらいいんだけど…横向きで首が回るようにして、少し大型化して、穴は小さい方が鳴りやすいかな?」
エリン姉にお願いして、鳥威しのために横向きの風車を作ってもらった。杭に縛り付ければ、風向きに応じて首を振って、音を鳴らして海鳥を脅してくれそう。
「わあっ!よく回るわね!」
「うーん…なんか面白くないなあ」
ちょっと大きな風見鶏、といった感じの風車は、たしかに干した鱈に寄ってくる海鳥を追い払うのに大きく効果があった。
カラカラカラ!ピィィィィィ!
ぐるぐる回るし、首を振って大きな音を立てるやかましい人工物は、野生の海鳥の警戒心を刺激したらしい。
なにせ、この村だけでなく、ひょっとすると北方全体で初めての機械式の鳥威しだからね。
だけど、鳥だって馬鹿じゃないからすぐに慣れてしまうだろう。
「もうちょっと改良してみるか…内側には松脂と炭で黒い色を塗って、外側は消石灰と塩水で白く塗って…」
色を塗ると白樺の木の保護にもなるしね。
そして、この風車が回転すると顕れるのは…。
カラカラカラ!ピィィィィィ!と、風向きに応じて首を振り、大きな音を立てる、巨大な目玉の完成だ!
ギャアギャア!バサバサバサッ!
出来上がった首振りながら叫ぶ大目玉は、海鳥を威すのに、ものすごい効果を発揮した。
鳥の言葉はわからないけど、明らかに悲鳴らしきものをあげて逃げていく。
うんうん。効果は抜群だ!
「ぎゃああっ!ま、、魔物だ!」
「ま、魔術だ!精霊だ!」
「おお、オーディンよ、お助け…」
「あっ」
振り向いたら、浜で作業をしていた村の人達が悲鳴を上げて逃げ出していた。
海鳥だけでなく、人を脅してしまったらしい。
対人効果も抜群だった。
「トール!あなたという子は!」
「いたひいたひいたひ」
その後、村人からの泡を食った報告を受けたシグリズ様に、めちゃくちゃグリグリされた。




