第138話 北方の支配体制の行方は? 7歳 晩夏
村長婦人の馬に載せられて海岸に駆けつけると、ちょうど村のフギンの印を帆に掲げた長船がゆっくりと浜に接岸するところだった。
村の長船には、村長をはじめ見知った顔が乗っていたので、何かの謀略ということもなさそうだ。
「父ちゃーん!」
村長婦人に馬から落ちないよう後ろから抱えられながら、僕は場上で父ちゃんに手を振った。
つい数日前に発ったばかりの長船がどうして戻ってきたのか、その理由は気になるけれども単純に家族が揃うのは嬉しい。
父ちゃんは周囲の目を気にしてか、キリッとした顔で軽く手を上げただけだったけれど、取り敢えず意思が通じたので満足する。
「あら。兄がいますね」
「本当ですね。シグヴァルド様だ」
村の長船には、なぜか村長婦人の兄で、故郷の大きな村で法話者を務めているシグヴァルド様が乗り組んでいたのだ。
「いったい何をしにきたのでしょう?」
シグリズ様の声には、常に何かをやらかしてきた兄への警戒感が隠せていない。
きっと故郷の村でも苦労させられてきたんだろうなあ。気の毒に。
「僕は後ろの続いている長船の方が気になりますね。1,2…5隻ですか。結構な数ですし、戦士達も大勢乗っているように見えます」
「そうですね。村の男達で押し返せない数ではありませんが…」
今の村には警戒のために長船一隻とクナトルレイクで鍛えられた若者たち。
そして村長と父ちゃんに率いられる熟練の戦士達。あとは子供戦士団や老兵もいれば生石灰による目潰し作戦もある。
なにより先日の大艦隊に奇襲されたときとは、防衛の体制も心構えからして違うのだから。
「…戦意はないようですね」
村の長船に続く5隻の長船からは戦意が感じられず、上陸するどころか、むしろ村へ近づくことを怖れているように沖合で停泊している。
「まあ。とりあえず村長(うちの人)から話を聞きましょう」
シグリズ様は、上陸してきた村長達の元へ馬を向かわせた。
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「父ちゃーん!」
「おっと」
僕が馬から飛びつくのを、父ちゃんは抱きとめて地面に下ろしてくれた。
「トール。少し村長と兄とで話してきます。そこで待っていなさい」
「はーい!」
シグリズ様が偉い人同士で話し合いをしているので、僕も父ちゃんに事情を聞く。
「ねえ父ちゃん、早く戻ってきてくれたのは嬉しいけど、あの船の人達はなに?」
「ふうむ」
父ちゃんは少し困ったように、髭を撫でながら言葉を選ぶように教えてくれた。
「彼らは、先日のアルンビョルンの襲撃に加わった者達だ。途中で心変わりして正義の道に戻った。つまりは見捨てて逃げ出したもの達なんだが…」
「ええっ!?」
数日前に、朝靄を衝いて村を奇襲した10隻の長船がいた。そのうち5隻は、僕とアルンビョルンの問答を聞いて逃げ出してた、ということがあった。
「その人達がなんでまた村に来たの?賠償…は民会で必要ないことになったんだっけ。どの道、たった数日じゃ村に戻って賠償の品を持ってくる時間もないだろうし」
父ちゃんは少し呆れたように溜息をつき言葉を続けた。
「うむ…。実は、21隻の艦隊でアルンビョルンの生家がある村へ賠償を求めに行く途中で、逃げ出したのは良いがどうしてよいかわからずに、近海をウロウロしていた彼らを見つけてな…」
「ウロウロしてた?なんでまた?」
「彼らの言うには、襲撃を拒否したのは良いが、そうすると王の報復が怖い。それに襲撃された村の状況は気になるし救助に出向いたほうが良いのでは。いや下手に近づけばまた襲撃に来たと勘違いされる。あるいは復讐の対象になるのでは。などと、まとまらない議論を続けていたようでな…」
まさに船頭多くして船山に登る、という諺の通り。
「そこへ20隻を超えるフギンの印を象った帆を掲げる大艦隊が通りかかって…」
「うむ。降伏というか、条件面の話し合いに来たわけだ」
それでシグヴァルド様も来たわけだね。
5隻の長船の乗員たちから戦意が伝わってこない理由も、それでわかった。
「将軍、こちらへおいで下さい!まずは長屋敷まで!」
シグヴァルド様から呼ばれて父ちゃんが長屋敷へ向かうので、僕も後からついて行った。
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長屋敷の構造は、実はあんまり話し合いに向いてない。
広間は謁見に使うことを意識して建築されているので、王様の席っぽく正面に一つだけある椅子に村長が座ると、他の人達はかなり離れた壁際の座席から横向きで話をしなければならなくなる。
今はそんなまだるっこしい礼儀を守っている時間はないので、椅子を持ち出してきて村長の椅子の周囲に主要な意思決定の人員が集まる。
村長と、村長婦人と、シグヴァルド様。それに父ちゃんと僕だ。
他の有力者の人達はいいのかな。
「まずは早急に話し合い結論を出す必要があります」
シグヴァルド様が話し合いの口火を切ったことで、話し合いのメンバーを選んだのがシグヴァルド様であることがわかった。
シグヴァルド様って、話の理解が遅い人を嫌いそうだものなあ。
「5つの村の船長は、アルンビョルンに脅されて襲撃に加わったことを認めています。また、名誉が保たれる形での勝利のお祝いと宴席への協賛。つまりは賠償の支払いにも同意しています」
これは民会での結論と同じだね。正義の道へ戻ったので襲撃に対する賠償の支払い義務話し。ただし、祝宴でかかった費用の支払いは行う、と。
今回は大勢の戦士達がたくさん牛を潰して食べたから、結構な食費はかかったけれども、それでも5つの村で割れば大した負担にはならないはず。
「それでは、特に話し合うことはないのでは?牛でも大麦でも銀でも、好きな方法で支払ってもらいましょうよ」
思わず口を挟んでしまったけれども、シグヴァルド様は首を左右に振った。
「そうではない。彼らは、我ら北方21星の大結束への加盟を求めているのだ」
「ええっ!5つも村全部がですか?
「そうだ」
いやまだ北方21星の大結束は、発足して数日なんですが。
そこへもう5ヶ村も加わろうというの?
「あのう…そもそも北方21星の大結束への加盟条件って、決めてませんよね?」
「そうだ。だから私が来たのだ。今回の5ヶ村だけでなく、今後も多くの村が加盟を求めることが予想される。今のうちに、加盟と脱退の条件について詰めておく必要がある」
「シグヴァルド様。お言葉ですが、加盟の輪はそんなに広がるものでしょうか?王を敬い従う村も多いと思うのですが」
父ちゃんはシグヴァルド様の意見には疑問があるようだ。
「グリームルよ。疑うのも無理はない。だが考えてもみよ。
王の支配下では、気まぐれな徴税と絶え間ない軍役の義務にさらされ、王は肥え太り強大な軍を得る一方で、配下の村々はやせ衰える。それなのに肥大化した軍を支えるための負担はますます増える。つまり王は王以外の全ての北方を貧しくする政策を敷いている、と言えよう」
軍事的中央集権体制の行き着くところ、というやつだね。
税を増やして軍を大きくし、大きくなった軍を増やすためにさらに税が重くなる。
「一方で、北方21星の大結束はどうか。互いの交易は盛んになる。互いの襲撃に怯える必要がなくなる。クナトルレイク大会への参加の権利もある。一方で出費と言えば、賠償金の分割一時負担のみだ。それも返済されて返ってくる。軍役は防衛協定に基づき復讐のために実施されるだけだ。加盟する村々全てが得をする。
今後、どちらの体制が強勢を誇るようになるか、明らかではないか」
交易は盛んになり、襲撃のリスクは減って軍事の費用も減る。
シグヴァルド様が王権の支配体制と、北方21星の大結束の支配体制を比較してメリット・デメリットを挙げてみせる。
うーん…ひょっとして、ものすごい勢いで北方の体制が書き換わってしまうのではなかろうか。
そして、その体制の中心はこの村になる、と言っているわけだ。
そんな事態に耐えられるような人員の体制は全く整っていないのだけど?
シグヴァルド様はあまりに無茶振りが過ぎると思うんだ…。




