第139話 加入条件を定めるなら追放条件もね 7歳 晩夏
先日、発足したばかりの北方21星の大結束。
そこへ、奸臣アルンビョルンの奸計に騙されたが寸前で正義に立ち返り襲撃を放棄した5ヶ村 が加わりたい、と申し出てきた。
「そんな話でしたっけ?」
「建前としては、そのようなことになるな」
シグヴァルド様の説明する筋立ては微妙に事実と異なる気もするけれど、そのような方向性で宣伝していくのだろう。政治だなあ。
「というわけで、5ヶ村をどのような形で受け入れるのが良いか、皆の意見を聞きたいのだ。
そもそも受け入れるのか。受け入れるとしたら、どのような条件をつけるのか。
他にも多くの村が加盟を望むであろう、という見込みに立てば、最初の事例として加盟の条件を明らかにしておく必要があるだろう」
「追放や脱退の条件も、ですよね。シグヴァルド様」
「…そうだな。強い結束のためには、追放や脱退の条件も定める必要がある。トール。その通りだ」
シグヴァルド様は北方21星の大結束を一刻も早く拡大し、王に対抗する勢力に育てて行きたいみたいだけれど、僕はどちらかというと反対の立場だ。
第一に、そんな急拡大に僕達の村は人材面で対応できないし、第二に結束が出来ていない集団は烏合の衆に過ぎない、と思うからだ。
「では、トールよ。どのようにすれば5ヶ村の参加を認めるのだ?」
シグヴァルド様に問われて、少し考える。
うーん…書くものが欲しい。
「…ちょっと黒板を持ってきますね。父ちゃん、ちょっと手を貸して。シグリズ様、お部屋の黒板と貝殻棒を借ります!」
「お、おう」
「好きに使いなさい」
父ちゃんとシグリズ様の許可を得て、黒板と貝殻棒を広間に持ってくる。
やっぱり話し合いをするなら黒板が要るよね。
「まず5ヶ村の加盟については条件付きで認めるべきだと思います。
その条件は既に加盟している21の村々が不満に思わないものであるべきです」
この点については誰にも異論がないようだ。
僕は黒板にルーン文字で条件を書いていく。
「僕は最初の21星の村々を優遇するべきだと思います。なぜなら彼らは協定成立の神話を体験しているからです。
舳先を並べて悪王の奸臣と戦って勝利しました。
戦勝を祝う酒席を共にし、牛を屠って喰らいました。
奸臣を民会によって裁き、共に同じ旗を仰ぐと誓いました。
これだけのことを成した村々を、利を求めて後から参加する村々と同じように扱うことは出来ません」
北方21星の大結束が成立した瞬間、斜面に刻まれた互いの村々と航路を示す杭と縄を見上げて熱狂した戦士達の様子を、僕は覚えている。
あの昂揚を共にした人達だからこそ、一緒に戦っていけると信じられる。
そう考えるのは僕だけではないらしく、村長はじめ父ちゃんとシグリズ様も、そして少し苦い表情でシグヴァルド様も頷いてくれた。
「ですから、後から加盟を希望する村々も同等の義務を追うべきです。
具体的には…」
考えをまとめつつ、黒板に一つずつ条件を書いていく。
・北方21星の大結束の規則に従うこと
・北方21星の大結束が主導する戦争に従事し、勇敢に戦うこと
・北方21星の大結束が主導する事業に融資すること
・一年に一度行われるクナトルレイク大会にチームを派遣すること
・北方21星に所属する周辺三ヶ村以上から加入の推薦を受けること
・一年に一度行われる民会において3分の2以上の賛成を得ること
「…こんなところかなあ」
貝殻棒の粉を払いながら、書き上げた条件を見直す。
村長と父ちゃんはルーン文字を読むのが苦手なので、口頭で改めて説明をしていく。
「まずは、北方21星の大結束に加入するからには、定められた規則に従ってもらわないといけません。詳細は文書にしていないので、これから決めないといけませんが、互いの戦争や略奪の禁止、交易の促進、相互防衛の義務、などが入る予定です。ですよね、シグヴァルド様?」
規則の中身については、建国に熱心なシグヴァルド様が検討しているはず。
僕の予測は、シグヴァルド様が頷くことで裏付けられた。
「あとの条件は、基本的に北方21星の大結束に最初に参加した村々がしたことと同じことをしてもらおう、ということです。
戦争に参加して勇ましく戦うこと。事業に融資すること。最低でも、この条件を満たしてくれなければ、仲間と見なすのは難しい。
クナトルレイク大会にチームを送るのも必須条件です。なにせ北方21星の大結束の最初の絆はクナトルレイクなのですから」
僕の意見に、父ちゃんが嬉しそうに頷いた。
僕は未だに父ちゃんがどうやって20の村の戦士達を率いることになったのか知らないのだけれど…。
「それから、加入のタイミングは一年に一度のクナトルレイク大会と民会の時期で良いと思います。周囲の3つの村からの推薦を要求するのは、周辺の村々に略奪などで悪評を得た村でないかを保証するものです。また民会で3分の2以上の賛成を得る、との条件も同じく北方21星の大結束に相応しくない村を除外するための措置です」
通信手段が限られている世界では、やはり顔合わせによる意思決定が重視される。
常設の議会や議員が存在しない以上、大きな意思決定は一年に一度の民会で行うこととして、通年の対応は規則のうちに入れ込んでいくしかないと思う。
「なるほど。周辺の村から推薦をもらう、という仕組みは良いな。地域の無法者が参加することを防ぐことができる」
「確かに。互いを攻撃せず、交易の紐帯を太くし互いに豊かになる、との理念を理解できない輩には参加はして欲しくない」
村長や父ちゃんの賛同が得られたところで、シグヴァルド様から意見が出た。
「民会で3分の2以上の賛同を得る、という条件にしたのはなぜか?全員が賛同することに改めたほうが良いのでは?」
シグヴァルド様は理念派だなあ。
とても育ちが良い法話者っぽい考え方をする。
「それは一つの村が意地悪をして参加を妨害することを防ぐためですね。例えば王から密かに賄賂をもらい、加入参加者を増やさないよう工作をする、といった村を出さないためです」
「なるほど…あり得ることだ」
シグヴァルド様には王の陰謀論をもって説明したけれど、実は僕はそうなる可能性よりも、単に気に入らないとか挨拶に来なかったとか漁場で利害が対立するとか、その手の個人的な理由で妨害される可能性の方が高いと思っている。
多くの人が集まると、どうしても感情的な対立は起きるものだからね。
全員一致は理念としては美しいけれども、実務が動かなくなるので却下だ。
「追放と脱退は、加入の条件をほぼ裏返したものになりますね」
僕は加入条件の右側に矢印を引いて、追放脱退条件を追記する。
・北方21星の大結束の規則に従うこと
→ 規則に違反が認められる
・北方21星の大結束が主導する戦争に従事し、勇敢に戦うこと
→ 戦争への兵力派遣を拒否する、戦場で臆病に振る舞う
・北方21星の大結束が主導する事業に融資すること
→ 事業への融資を行わない
・一年に一度行われるクナトルレイク大会にチームを派遣すること
→ 大会にチームを派遣しない
・北方21星に所属する周辺三ヶ村以上から加入の推薦を受けること
→ 三ヶ村以上から追放の動議を提起される
・一年に一度行われる民会において3分の2以上の賛成を得ること
→ 民会で3分の2以上が追放に賛成する
「…なるほど。なかなか厳しい条件だが、よく考えられている。あとは規則。いや法を早く定めねばならんな…」
カツカツ、と固い音をさせて字を書く音が聞こえたので、ふとシグヴァルド様の手元を見れば、どこで手に入れたのか、小さな黒板と貝殻棒でメモを取っている。
おそらくは僕が父ちゃんにお願いして黒板を運び込んでいる間に、シグリズ様あたりから借り受けたんだろうか。目端が効くというか何と言うか…。
「ところでトールよ。北方21星が守るべき規則についても何か案はあるか?」
そちらも僕が考えて良いものだろうか?
シグヴァルド様に問われて、少し迷いつつも黒板に追記していく。
「基本的には、相互の略奪や攻撃の禁止、交易の促進、事業の出資、クナトルレイクの試合参加、防衛義務あたりだと思いますが…こんなところでしょうかね」
・民会の呼びかける防衛戦争には必ず出兵し勇敢に戦うこと
・民会の主導する事業に融資し返済を受けること
・互いの交易を促進し便益を図ること
・一年に一度の民会に代表が参加し、クナトルレイク大会に選手団を送ること
・互いの戦闘や略奪は禁止
・互いの決闘も禁止
・紛争があれば民会に訴え出ること
・紛争解決の手段としてクナトルレイクでの裁判も選択できる
「加入条件と重なる部分も多いですが、、3つの違いがあります。1つ目は、北方21星の大結束では、税ではなく事業への融資という形で出資を求めることになると思います。
融資を受けて、村ではクナトルレイク大会を実施できる競技場や観客席を整備しますし、交易のための港も整備します。新しい商品も開発します。融資は10年間を目処にして分割で少額の利子をつけて返済していきます。
2つ目は、交易の促進を図ることです。今のところは、取引単位や、帳簿や数字のつけ方、輸送用の樽の大きさなどについても 統一していくことを考えています。その方が便利ですからね。
3つ目として、互いへの略奪や攻撃を禁止する代わりに、紛争解決の手段を用意することになると思います。民会の裁判やクナトルレイク大会がそれです」
紛争を最終的にはクナトルレイクで解決する、というのはありだと思うんだよね。
決闘で血を流したりするよりは恨みが残りにくいし、クナトルレイクという競技の勝敗は神前裁判的な意味合いを持って受け止められる文化的な素地もある。
神々は正しい方に味方する、という考え方だね。
他にも細かいことを規則で定めるならば、北方21星の大結束の旗を船に掲げるように求めるとか、村でもよく見える位置に旗などで示すようにとか、北方21星の大結束の国歌にあたる英雄歌を定めて歌うとか。
共同体としての一体感を演出しナショナリズムを刺激するための仕掛けはいろいろと考えられるけれど、どれだけ出していくかは迷うところ。
実際の利益に繋がらないものを大量に押し付けたところで上手く行きそうにもないからね。
なんとなく理念選考しそうなシグヴァルド様に教えるのは危険な気もするし。
「なるほど…ふむ。我々の方の法話者たちで検討していたものよりは、だいぶ実践に寄っているな」
「そうかもしれません。僕はあまり法については詳しくないので」
法話者達は北方社会における紛争解決については、膨大な慣習法と事例を記憶しているからね。僕のような素人の出番は、本来はないのです。
「いや。参考になる。特に交易を促進する具体的な方法については、また意見をもらうかもしれん。
とにく5ヶ村の加入条件については、参考になること大であった。
トールよ、将来は法話者なるつもりはないか?」
「法話者、ですか?」
兄様!と村長婦人が非難する声が聞こえた。
村長や父ちゃんも僕の顔を見つめる。
シグヴァルド様からの北方社会における貴重な数少ない文系専門職へのお誘い。
確かに魅力的なキャリアに見える。
「うーん…」
今のところ、僕が父ちゃんのように背が高く逞しくなって斧を振り回せるようになるか、というと、だいぶ疑わしいからね…。
いや、諦めたわけじゃないけど!まだ7歳だし!
「…僕はまだ将来を考えるのには早いので、考えておきます」
「…そうだな。そなたは、まだ幼いのであったな」
まだ他の村に移動できるような体力がないからね。
それに家族から離れたくないし。
僕の返答を聞いて、他の会議参加者たちからも何となくホッとしたような空気が流れているを感じた。
…それにシグヴァルド様のところに行ったら、なんかこき使われそうだし。




