第135話 想像する仕事と親切な心 7歳 晩夏
「荷物の方、準備できましたが」
「あ、今行きます!」
広間に山と積まれた武器防具のうち、とりあえず酒蔵のために掘った横穴へ移送する分の第一陣の荷物が牛に積み終わったようだ。
「では、行きましょうか。トールは馬に…一緒に乗りましょうか」
「…お願いします」
僕はシグリズ様が操る馬に同乗させてもらうことにした。
屈辱である。まだ足が短くて鐙に届かないのだ。
荷を積んだ牛を牽く郎党の人や酒造り三人衆の女性達の視線が、微笑ましいものを見るような生温さを感じる。
…早く大きくなりたい。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
険しいフィヨルドを少し登ったところ、日光があまり差さない影になった場所に横穴が掘られている。
材木で補強した穴の中は夏だというのに空気がひんやりとしている。
冬の間に雪を詰めておけば、夏の間も低温を保つことができそうだ。
「荷物、下ろすぞ―」
郎党の人達が牛に背負わせていた武器防具の類を下ろしていく。
「穴の中の地面に直接、鉄の武器を置いておくと、斧とかは錆びそうですね」
「そのあたりの工夫は郎党達が詳しいでしょう。ほら、見て下さい」
見れば、郎党の人達周囲の木を斧で切り出して枝を落とし始めている。
別の人は斧の刃の部分に脂のようなものを塗り込めていた。
槍は紐で互いに縛り地面に金属部分が触れないようにしている。
「あとは定期的に焚き火を焚きます。湿気を防げますんで」
「ああ、なるほど」
郎党の人の説明に頷く。
燃やしたあとに出た灰も刃物にかけると錆びないそうだ。
ステンレスなどない時代だから、鉄製品は毎日磨いていないとすぐに錆びる。
父ちゃんも母ちゃんも、斧やナイフをよく磨いているものなあ。
「早いところ鍵と扉をつけたいですね」
今は横穴を枝などで塞いだだけなので、その気になれば持ち出すことも容易だろう。
酒が醸造されるようになれば、村の男衆全てが狙ってくるだろうし。
「冬でも見張れるよう、見張りの小屋も建てて常駐できるようにした方が良いかもしれません」
「そこまでは…いえ、必要になりますか」
この村が交易都市として発展を続けるなら、村には不特定多数の人達が溢れることになるからね。警備を強化するに越したことはないだろう。
「ここからだと、村がよく見えますね」
フィヨルド全体を見渡せる高台にある長屋敷の、さらに高地から見下ろしているわけだから、文字通りフィヨルド内を一望できるのだ。
フィヨルドは西に口が開いた緩やかなU字型をしており、凹んだ中央の高台に村長の長屋敷がある。長屋敷から見て右側、つまり北に僕の家や社交場があり、左手はやや村内の開発が遅れている。
「この村の姿も大きく変わるのでしょうね…」
「はい。間違いなく」
この村が長閑な漁村であった時代は、もうすぐ終わりを迎える。
今後は北方21星の大結束の中心として生まれ変わらないといけないのだ。
「トールは、この村をどうしたい、と考えていますか?」
シグリズ様が僕に尋ねた。
「僕がこうしたい、という考えは特にありません。ただ、こうならねばならない、という想像はします」
「まるで宮廷詩人のようですね、トール」
シグリズ様が笑う。
僕はただ、思った通りのことを言っただけなんだけど。
「シグリズ様。僕はただ想像するんです。例えば、近い将来の村の姿を」
「例えばどんな風に?」
僕は眼下に見えるフィヨルドを指差して想像を説明する。
「来年、多くの船がフィヨルドをやって来ます。この村を目指して、クナトルレイクと美味い酒と美味い食事と交易による利益を求めてです。
長船で来る人達もいるでしょうが、多くは輸送船になるでしょう。
輸送船には多くの荷が積まれています。商人は、村のどこに船をつけて停泊するか迷うでしょう。港も必要ですが案内人も必要です。商人たちは船と積み荷の警備を望むでしょう。警備の人間が要りますね。中には船の整備や修理を望むかもしれません。船小屋も必要になるでしょう」
僕は言葉を一度きって、シグリズ様が想像できているか確かめる。
「上陸する際には、船と船長と船員の記録を取らないといけません。積み荷の申告も必要です。積み荷が申告どおりであるかどうか、確かめる必要もあるでしょう。検査する人は文字や数字を理解でき、かつ賄賂を取ったり荷物を盗むような人間であってはなりません」
それが出来る人間を育成しないといけないのだ。
「船長と船員は子供クナトルレイク大会で行ったように、サウナに誘導したいですね。長期航海してきた人間は不潔ですし病気を持っている可能性もあります。一人一人の健康を確認しましょう。服もサウナで一緒に消毒してしまいましょうか。
乾式の煙サウナでは不定期に訪問する船員に対応できませんから、湿式のサウナ小屋を建てる必要があるかもしれません」
つまり港湾管理業務のあとは検疫業務だね。
簡易な形で子供クナトルレイク大会で実施していたことが役に立ちそうだ。
「21星の村に所属する商人は優遇を求めるでしょう。21星に信用が保証された商人もいるかもしれません。商人は信用度で分けられると良いですね。つまり商人の信用度別のリストが必要になります」
商人の信用度リストは、商取引の要になる情報になりそうだ。
交易の中心地になれば、その情報が労せずして手に入る。
「サウナから上がった船長と船員には、歓迎のために水と特製の大麦酒を一杯だけ振る舞いましょう。長い船旅を終えて、サウナ上がりに飲む特製の大麦酒はさぞ衝撃的な味として記憶されることでしょう」
要するにただの試飲なんだけど、美味く感じるための環境がこれという程に整えられている施策だから、必ず響くはず。
「そのまま商人達を村営の酒場に誘導します。彼らは、必ずや特製の大麦酒の追加を頼むことでしょう。例えそれが、非常に高価であったとしても。
ですから村営の大きな酒場と、特製の大麦酒をたっぷり提供できるようにしなければなりませんね」
村に到着した商人には歓迎の印に大酒を浴びるほどに飲んでもらおう。
もちろん、適正な対価をとった上で。
「大酒を飲んだ商人たちは、気が大きくなって暴れるかもしれません。あるいは、そこらで好き放題に放尿をし始めるかも。ですから、警備の人間と、トイレが必要です。酔っ払いは海に叩き込んで目覚めさせても良いですが、牢屋が必要になるかも。
トイレは海に突き出た場所につくり、潮の満ち引きで流せるようにしましょうか。酒場には清掃人が専門に必要かもしれません」
北方の男達、酒癖が悪そうだものなあ。
村の景観が汚されたりしないよう、体制が要るだろう。
「酔った男達を宿泊させる施設も要りますね。外で凍死などされては困ります。そして起きると、銀貨の減った商人は酒で痛む頭を抱えて、積み荷を交易所で換金しようとするでしょう。
宿屋で朝の麦粥は無料で振る舞っても良いでしょうね。自炊したいと申し出る者が火事を起こすのを防ぐためです。
到着時のサウナも同様に無料にしましょう。どうせ酒代で取り返せますから。サウナ代などをケチった不潔な船乗りが村の中を闊歩するほうが問題になります」
訪問者の行動を制御するために、無料というインセンティブを使う。
その分の利益は酒と交易から捻出すれば良い。
「トール、あなたは…いいえ。まるで、そこで実際に何が起きるのかが見えているかのように話をするのですね」
シグリズ様が褒め言葉半分に呆れたように言う。
「仕事を想像するのは得意なんです。大丈夫、《《皆で頑張れば》》なんとかなりますよ」
僕はニッコリと微笑んだ。
実はまだ必要な量の4分の1も喋っていなかったんだけど―― だって特製大麦酒の大量生産や大クナトルレイク大会がもたらす混乱や業務拡大については何も触れていないからね ―― 理解に精一杯な感じのシグリズ様の様子や、何となく怖れている感じの郎党や、興味なさげな酒造り三人衆の人達を見て、続きを話すのは止めておいた。
想像できる全ての仕事について話してしまっては、積み上がる仕事の量に恐れ慄いたり、ストレスで怒り出してしまうかもしれないし。
もしくは手近な対象に怒りをぶつけたくなったりしたら困るものね。
知ることが幸せにつながらない場合は、黙っていることも親切のうち。
僕は村長婦人の心の平安を強く願って、微笑みを浮かべつつ口を噤むことにしたんだ。




