第134話 お酒を造って売る村になろう 7歳 晩夏
「北方一の大麦酒」と「北方一の蜂蜜酒」を我が村で造れそう、と酒造り三人衆の女性達は盛り上がっている。
「そうか…売れそうな大麦酒を作れちゃうのか…」
嬉しいことであるけれども、交易戦略の大きな修正が必要になるね。
僕の当初の戦略では、大麦種は腐りやすいので自家消費に回し、母ちゃんの造る蜂蜜薬草酒を高付加価値の製薬事業の商品の一つとして位置づけるつもりであったのだ。
ところが、酒造り三人衆は、ジュニパーと石焼で殺菌した腐りにくい、つまり交易の輸出品に回せる大麦酒を造れそうだという。
すなわち、新しく酒類製造販売業が成立してしまうわけだ。
これ、誰が管理するんだろう?シグリズ様かな?きっとそうだろう。
それに酒類を交易品に回すとなれば、また別の問題が出てくる。
僕は背の高いアストリッドさんに尋ねた。
「僕は大麦酒を作ったことがないんですけれど、村の規格化された樽で特製の大麦酒を作るとなると、どのぐらい量の大麦が必要になるんですか?」
僕の質問に対して、酒造り三人衆でごそごそ相談した出てきた回答は。
「一家4人が一月の間に消費する量ぐらい」
ということだった。
100リットル強の樽一つ分を製造するのに、大麦50kg弱ぐらいが必要になる計算になるのかな。
「…シグリズ様、酒造り用の大麦は外からの交易で賄わないと危険ですね」
「そのようね。酒を作って村人が飢えたのでは本末転倒です」
フィヨルドはただでさえ農地が狭いのだ。
貴重な保存食である大麦を酒の醸造に回してしまっては、万が一の不漁の時期に村が飢えてしまう。
「と、なると。どこからか交易で買い付ける他はないわけですが」
大麦の産地といえば何処になるのだろうか。
そのあたりの外国の知識が、僕には欠けている。
そこは知識の豊富なシグリズ様が、いくつかの候補を上げてくれた。
「質の高い麦と言えば、ノーサンブリアや東アングリアが有名でしょうね」
「アングリア?ということは、アングル人の領地ですか」
たぶんイングランドの何処かだろうか?
イングランドに穀倉地帯の印象は薄いのだけれど、フィヨルドよりはだいぶマシということなんだろう。
「東の同胞から買い付ける、という方法もありますね。言葉も通じますし、農地も広く奴隷も使った大規模な大麦畑を経営していると聞きます」
東の同胞。たぶんデンマークあたりかな?
言葉が通じるのは大きい。
このあたりの王様とは敵対していそうだし、政治的にも僕達には好意的に接してくれるかもしれない。
「あるいは、南のフランク人から買い付けるという道もあります。かなりの遠出になりますが、非常に質の高い大麦を産すると聞きます。葡萄を使ったお酒を買い付けることもできるかもしれません。高額で売れるはずです」
フランク人。つまりフランスか。長船で南下して行けば辿り着けるかもしれないけど、言葉も通じなければ、他の北方民の縄張りを通ることになりそうなのが不安だなあ。ワインを転売できる旨味はあても、リスクは高いように思える。
「うーん…実際問題、どのぐらいの大麦を買い付けたらいいんでしょうねえ」
購入代金については問題ない。
賠償金や没収した武器防具などで、初期投資分の資本は確保できている。
だから純粋に需要だけを予測してみようか。
「来年の夏には大クナトルレイク大会をしますよね。21チームで」
「ええ。それも頭が痛いのです。この村でそんな規模の試合が開けるとは、とても思えないのですが…」
シグリズ様が眉間の皺を解すように指で押さえる。
心労が多いのだろう。気の毒に。
「僕は試合形式としては、リーグ戦とトーナメント戦の組み合わせを採用したらいいと思うのです。5チームの総当たり戦を行い、トップの1チームを決めます。それを4地区で行います。
リーグ戦トップの4チームによるトーナメント戦で優勝チームを決めます。
そして優勝したチームが、父のチームに挑戦する権利を得る、という形式を考えています」
「総当たり戦?」
シグリズ様が不思議そうに問うので、ちょっと僕は先走ったかな、と反省する。
村長婦人で理解できないのであれば、他の村の男衆にはもっと理解できないかもしれない。そもそもリーグ戦方式で年間勝者を決める、という考え方は馴染まないのかも。地区代表的な性格をもたせたほう分かりやすいかな。
これはクナトルレイク大会の形式を考えるときまで記憶しておこう。
「お酒がどのくらい飲まれるかについては、少なくともクナトルレイク20チーム分の男達が村を訪れ、1人3杯は飲む、と計算してもいいでしょうね」
ジョッキを0.5リットルとして、1人3杯。クナトルレイク1チームが20人とする。それが20チーム。0.5✕3✕20✕20=600リットル!大樽約6つ分か。
「あたしらの酒が1人3杯で済むわけ無いだろう!5杯は飲むよ!」
「だ、そうです。5杯で計算すると、大樽10個分ですね」
ラグンヒルドさんの指摘が入り、需要予測を上方修正する。
大樽10個を大麦原料で計算すると500kg。
しかも、この計算は各チームの男達が1日に飲む分量で計算している。
もしも2日、3日と滞在して同じように飲むとなれば、その需要の計算は2倍、3倍と膨れ上がる。
「…この秋は、山ほど大麦を交易で買い付けないとなりませんね」
「そうですね」
遠方からクナトルレイクの試合にやってきた大勢の男達が、酒が足りないぞ!と暴れ出す光景を想像して胃が痛くなりそう。
酒が多すぎても暴れそうだけれど、足りなくても暴れそう。
怖ろしいことに、この需要予測には交易で輸出する分の計算は含まれていない。
クナトルレイクの試合に来た男達が土産に欲しいと買ったり、交易に来た商人たちが商品として買い付けるための分量は、また別に需要が発生するかもしれないのだ。
いや、確実に発生するだろう。だって北方一の大麦酒なのだから。
「…どうしましょう?酒蔵用の横穴、もうちょっと掘りましょうか」
「そうですね。大樽の製造も急がせないと」
僕は大クナトルレイク大会を毎年開催することで喚起される需要の大きさ、というやつを甘く見ていたかもしれない。
さしあたっての村の目標は、大クナトルレイク大会を開催する。参加者に十分に行き渡るだけの酒を製造する。
大会を開催し酒を製造すための設備と組織と人員を準備する。
あたりになりそうだ。とういうか、それ以上のことは出来そうにもない。
つまり僕の村は、まずは大クナトルレイク大会を開催しつつ、北方一の大麦酒を飲ませる街としての発展を目指すことになるのかもしれないね。
王の暴虐に対抗するため、北方21星の大結束を華々しく謳い上げた村々の中心の村としては何とも肩透かしではあるけれども、男達の紐帯を深めるという意味では、スポーツ大会と酒に焦点を当てた発展の戦略は案外悪くないのかもしれない。




