第122話 勝利の宴と女狩人たち 7歳 夏
「ケティルよ。汝は民会の平和を汚し、王の証を偽り、隣人の家畜と名誉を掠め取ろうとした。これは恥を知らない行いであり、法を解する自由民の列から汝を追い出すに足る罪である。また追放者アルンビョルンと同村であり、行動を共にしながらその言葉の嘘を見抜けなかった責任は重い」
「ケティルは、牛8頭もしくは相当する銀、羊毛を支払うように!期限は夏の間とする」
「ぐっ…はい…」
賠償を命じられた男が肩を落とす。
民会が法話者の助言を受けて量刑の判決を下すのが北方式の裁判だ。
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アルンビョルンの長船の船員達について裁判は続けられているのだけれど、なにしろ被告の数が多いんだよね。
裁判は流れ作業のように事務的に進行し、だいたいの判決も法話者シグヴァルド様が予想した通りとなっている。
そもそも、裁判で争う余地がないからね。
性格診断とかのイエス・ノーのチャートとかあるじゃない?
まさに、あんな感じで裁判も進むんだ。
問:襲撃に参加していたよね? イエス
問:アルンビョルンに従ったか? イエス
問:嘘だと知っていたか? ノー
問:指導者か? イエス/ノー
問:賠償を支払いますか? イエス
最初に出身の村と名前を確かめて、1人1人に北方式フローチャート質問をしてから、判決を出していくだけなんだよね。
もうまとめてやったらいいんじゃないかな?
裁かれる当人にとっては非常に重い賠償責任を課されるか否かの瀬戸際なので、そういうわけにはいかないのだろうけど。
裁判をする側も、できるだけスピードを意識して判決を出してはいるみたい。
北方社会の裁判に三審制とかないからね。即日即決裁判なのであるのが救いだ。
法話者も民会の貴族達も地元の村への責任があるので早期に帰還しなければならないし、滞在している僕の村の方でも、囚人を含め村の5倍にもなる大勢の男達を長期には養うことができないし。
大きな軍隊というのは、本当にただ一箇所に滞在を続けるだけで食料資源を食い尽くしてしまうのだよね。
流通が未発達な時代の軍隊が、常に移動し続けなければいけなかった理由がよくわかる。
そのあたりの事情をよく理解しているのか、法話者も民会もさくさくと裁判を進行させていき、ごく少数の例外を除いて被告側も抗弁をすることはなく。
僕もエリン姉も老戦士達も、アルンビョルン以外には特に証言を求められる機会はなかった。
実際、略奪者の軍勢と対峙した僕もアルンビョルンとしか会話してないからね。
証言を求められても、先の証言以上のことはできなかっただろう。
そうやって早め早めに裁判を勧め、なんとか首謀者一党。つまり、アルンビョルンの長船に乗りこんでいた船員達50人の判決まで終わったところで、今日の裁判は時間切れ。
夏だから太陽はまだ高いけれど、時刻はきっと夕方を過ぎている。
村の浜の方からは、実に美味そうな臭いが漂いだしてきているからね。
僕の空腹の虫も、今日はもう限界だと言っている。
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「皆の衆、まずは杯を掲げよ! 今宵、我らの農場が焼けず、家畜が盗まれなかったのは、ここに集まった勇敢な隣人たちのおかげだ。救援の勇者たちよ、感謝する!村の上等な牛を潰して、肉をたっぷりと用意した!好きなだけ食ってくれ!勝利に!乾杯!」
「「勝利に!乾杯!」」
残念ながら、酒の仕込みの余裕がないので、大麦酒の多くは長船からの持ち出しだ。
長船は長期航海に備えて飲水代わりに大麦酒を積んでいるからね。
けれども、祝宴の食事は、もちろん村の方でもつ。
あとで途中で逃げた村の連中に祝宴の費用を請求するためか、村長も振る舞いに太っ腹だ。
「おおっ、牛だ!」
「豪勢だな!」
提供される祝宴の食事の多さに参加者の戦士達からも、驚きと喜びの声が上がった。
祝宴の主役は、やはり肉。それも潰したばかりの新鮮な肉だ。
村には今、1500人以上の人間がいるわけなのだけれど、牛を15頭も潰せばかなりの肉量が行き渡る計算だ。
それに鍋でスープにすれば、かさも増えるし。
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実は競技場で裁判が行われている裏では、村の女衆が大人数の宴の料理の仕込みへ動員されて、大変な騒動になっていたのだ。
「牛が来たよー!今日は大量に処理していくからね―!」
「「はーい!」」
村長や村の有力者が所有する大きな牛が屠殺され、どんどん解体されていく。
「そこ!牛の血は一滴たりとも地面に零すんじゃないよ!」
「脂肪ちょうだい!あとは大麦もよこして!」
新鮮な血は大麦と刻んだ脂身と塩でブラッドソーセージへ加工される。
ブラッドソーセージは前菜として供される。
「骨を割るよ!斧を持ってきな!」
牛の骨は叩き割られてスープの出汁になる。
「ハラワタはよーく海水で洗いな!畑から野菜を持ってくるんだよ!」
内臓は洗ったうえでカブや豆、セージと煮込まれてスープとなる。
北方民にとって鍋の煮込みスープはメインの食事だ。
「枝肉は上げて!串を通すよ!」
良いところの枝肉は取り出されて串焼きになる。
串焼きは祭りや高貴な人々の食事という意味合いが強い。
今日は大盤振る舞いだ。
本当に牛には捨てるところが何一つない。
村の女衆は、鰊や鱈の処理でも見せた手際の良さで、効率的に分担作業を行い、祝祭の牛を解体し、祝宴の料理へと仕上げていく。
仕上げには、野には味を整えるための野草もあるし、塩は村で提供する。
鯨の解体でも活躍した村の大きな青銅の鍋も大活躍だ。
浜の各所には三脚鍋と焚き火が灯され|北欧神話で謳われるヴァルハラ《戦死者の館》の祝宴の如き大量の料理が並べられ、村を救援した勇姿達を迎えた。
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「「将軍!将軍!将軍!」」
「スピーチ!」
「話をしてください、将軍!」
一通り腹を満たし、何度目かの乾杯の段になったところで戦士達から声があがり、父ちゃんがスピーチに立った。
父ちゃん、本当に将軍って呼ばれてるんだ…。
「勇敢なる盟友たちよ!
諸君の迅速な救援により、今日の勝利はもたらされた!
村が焼かれ、女子供が奴隷として連れされるところを救ってくれた!
俺の妻と息子と娘を救ってくれた!
感謝する!
諸君の武勇はヴァルハラの館でオーディンに語られることになるだろう!
勝利に!乾杯!」
「「乾杯《スコール!》」」
妻と娘と息子。僕達のことだね。父ちゃんに手招きされて横に立つ。
父ちゃん凄いな。すっかり戦士達のカリスマだ
父ちゃんは、スピーチを続けた。
「最後にひとつ!
飯が足りなければ、申し出でろ。酒はないが家畜はいくらでも潰してやる。
だから村の家畜を盗むなよ!自分で焼いても大して美味くないぞ。
きちんと料理上手な村の女達に焼いてもらえ!」
「そうしまーす!」
「肉うまいですー!」
酒がまわってきたのか、戦士達からも陽気な合いの手が入る。
「それから!暗くなってきたからといって!お前ら、村の女に手を出すなよ!」
「ハハハ!」
「出したらどうなるんですー?しょうぐーん?」
一足先に酔っ払ったらしき戯け者から下品な声が上がるのに、父ちゃんは応えた。
「もしも村の女に手を出したら、牛20頭の持参金を持って婿に来てもらう!
妻がいるのに村の女に手を出したら、離婚して持参金持ちで婿に来るか、持参金の2倍を詫びに支払うかのどちらかを選ばせてやるぞ!
地の果てまで追いかけて必ず支払わせるから、村の女には注意して手を出すようにな!
俺は冗談は言わんぞ!」
「ハハハ…ハハッ…ハァ?」
「ま、まさかぁー?」
酔っ払い達の揶揄する声には、先程までの勢いがない。
「本気だからな?俺は必ず約束を守らせる!」
父ちゃんの言葉に意気消沈した男とは反対に、目の色を変えたのは村の女達の方だった。
男側が持参金を持って結婚、という言葉にギラリと瞳を輝かせる。
「おーう…見事な攻守交代よ…」
僕は肩に止まったままで、うつらうつらしているムニを撫でながら呟く。
北方社会では、普通なら持参金がないと嫁にいけないからね。
実家が貧しいと女は結婚もできないのだ。
ところが!今ここに、なんと持参金つきで婿に来てくれる、という空前絶後の機会が現れたのだ。
その上、婿となる男達はみな若く逞しい戦士で。
おまけに勝利の興奮に昂り、酒に酔ってもいる。
この機会を逃すようでは、北方の女ではない!
戦場のヴァルキュリアのごとく、女たちは鋭い眼差しで己の館に招くべき生ける勇者を探し始めた。
女たちは大急ぎで家に戻り、牛の解体で汚れた衣服を脱ぎ捨て、できる限り薄い衣装と装飾品を整え、村娘と呼ぶには少し上の年齢のお姉様方までもが、唇に紅をひいて家に隠し持っていた酒などを振る舞いに回った。
「あなた独身?いいえ、結婚していても構わないのよ?」
「あら、少しお酒が足りないのではなくて?」
とか言いながら、見たことのない凄い笑顔を浮かべて、かいがいしく若い戦士達の間でお酌をして回っている。
あの中の男達のうち、何人が女狩人のハンティングから逃れられるだろうか。
まあ、どんな形であっても村に新しい血が入るのはいいことだよね。
いやあ。皆逞しいなあ。
「それにしても…なんて1日だったんだろう…」
早朝に大艦隊に襲撃があり、父ちゃん率いる大軍勢に救援されて、襲撃犯が捕まって裁判が行われ、今は祝の宴の真っ最中。
これらの事件が、たった1日の出来事なのだ。
今日という日は、この村にとって永く謳われる戦歌の日となるだろう。
僕とエリン姉は決して離すまいときつく母ちゃんに背中から抱きしめられながら、多くの人々に取り巻かれ、貴族への昇任を祝われている父ちゃんを見ていた。
「俺の娘に結婚を申し込む男は、決闘を受けてもらうことになるぞ!」
赤ら顔の父ちゃんが唐突に叫び、エリン姉は焚き火の照り返しのせいもあってか、真っ赤に頬を染める。
父ちゃん、だいぶ酔ってるなあ。
「眠くなってきた…」
「そうね。そろそろ帰りましょうか」
大人達の祝宴は夜通し続くだろうけれど、子供はそろそろ寝る時間だ。
夏だし、ほとんどの人達は野宿のつもりなんだろうなあ。
貴族の人達だけは、村長の長屋敷と宿泊所で収容することになるはず。
本当に宿泊所を建てておいて良かった。
幸い、天気は良く雨が降る気配はない。
篝火を浜でたくさん焚き続けているし、寒ければ戦士達は自分の長船から革製の寝袋を持ち出してくるだろう。
船員たちの革製の寝袋は、海原で海水に濡れながらでも寝られる防水製だからね。
たっぷりと肉を食べて滋養もつけたし、風邪を引くようなことにはならないはず。
「あー」
「わっ…」
酔った男達のうちかなりの数が、村の娘に腕をとられて焚き火の明かりが届かない暗がりへ消えていく。
さてさて。今夜、うちの村に持参金つきで婿に入る男達は何人ぐらいいるかなあ
ニヤニヤしていたら、教育に悪いから、という理由で僕とエリン姉は母ちゃんに目を覆われたままの帰宅を余儀なくされた。




