第121話 襲撃の賠償額は? 7歳 夏
悪党アルンビョルンが惨めな姿で競技場から縄を引かれ連れ出されていくのを見送る。
今後、あの男を見ることは決してないだろう。
「やれやれ…これで終わりかあ」
「何を言っている。これからが本番だぞ」
「えっ?」
大仕事を終えた、と肩の力を抜いていたら、法話者で助言者である村長婦人の兄シグヴァルド様に肩を強く叩かれた。
「これからが本番って、どういうことですか?」
「今、裁かれたのは首謀者だけだ。共謀者達が残っているだろう」
「あっ」
そうだ。10隻で押し寄せた500人近い襲撃者のうち、裁判ではたったの1人を裁いただけなのだ。
「とはいえ、アルンビョルンがハーラル王とトーレル卿の関与を証明できなかった。となると、共謀者達はアルンビョルンによって騙された、という理由での減刑は主張できなくなる。
信じるべき証拠もないのに、ただ口車に乗っただけということになれば指導者としての責任が問われるからな。重い賠償責任が課せられることになるだろう」
誰も彼もが追放刑になるわけじゃないのか。それは良かった。
アルンビョルンは村を焼こうとした酷い奴だったけれど、追放刑に処される場面は見ていて気分が愉快になる性質のものではなかったし。
それにしても北方社会では禁固刑はないのだね。社会に罪人を隔離して食わせておくだけの余剰リソースがないのだろう。
社会から追放するか、奴隷にして社会の底辺で使い潰すか、の2択なわけだ。
そうされたくなければ、頑張って賠償金をかき集めるしかない。
「途中で帰った船団達はどういう扱いになるんです?」
「彼らは途中で正義に立ち戻った勇気ある者の振る舞い、として賠償は課されない。ただし、後日祝宴を開く際の費用などを負担することになるだろう」
「そうなんですね…。船員の人達はどうなりますか?首謀者のアルンビョルンの船員と、共謀者の船員は扱いが変わりますよね?…あ、ちょっと待ってくださいね。少し整理しますから」
頭がこんがらがって来たので、今回の襲撃者達について表で整理してみた。
いつも持ち歩いている黒板と貝殻棒は、こんなときにも役立つ
「ええと、関係者は6種類いるわけですよね。首謀者船長1名、首謀者の船員50名、共謀者船長4名、共謀者船員200名、離脱者船長5名、離脱者の船員250名…と」
簡単に対象者、人数、責任、賠償額で整理してみた。
1.首謀者 1名 完全追放刑 全財産没収
2.首謀者船員 50名 ? ?
3.共謀者 4名 指導者責任 ?
4.共謀者船員 200名 ? ?
5.途中離脱者 5名 無罪 宴会費用もち
6.離脱者船員 250名 無罪 ー
注:表は読者向け。数字は適当にルーン文字を改変して書いたことにして下さい。
「責任と賠償を一覧化すると、こういう感じになりますよね」
「ほう…これはわかりやすい…ううむ。なるほど…?」
「シグヴァルド様?」
シグヴァルド様は懐から羊皮紙を取り出すと、観衆の1人が座っていた椅子を机代わりにして、猛烈な勢いで表を書き写し始めた。
あの…僕の裁判の助言が途中なんですが…。
そして無言でどかされた観衆の人が困惑している。
僕はしばらくの間、無言でカリカリとペンとインクを走らせるシグヴァルド様の傍で、観衆の人に白い目で見られながら立ち尽くすという居心地の悪さを味わった。
偉い人というのはときに気儘なものだからね。でもせめて机や台のある場所にいけばいいのに…。
ひょっとしてシグヴァルド様って、何かに夢中になると他のことが気にならなくなる性質の人なのだろうか。
「お兄様!何をしているんですか!」
「ああ、シグリズ様」
兄の奇行を見かねたのか、妹のシグリズ様が、シグヴァルド様を注意するためにやって来た。
「おお、シグリズ!この文書の形式を見ろ!実に素晴らしく整理されるぞ!いや確かに彼は地上のフギンだ。クナトルレイク競技総則を齢6歳にして著しただけのことはある!そうは思わないか?」
「そういうことを言いに来たんじゃありません!」
シグヴァルド様を叱りつけているシグリズ様は、実に兄妹として自然な感じに振る舞っているように見えるね。シグヴァルド様のストッパーとして常に一緒に行動して欲しい。
「それで…裁判の方のお話は?」
「ああ、そうだったね!残りの裁判は、賠償額を責任と支払能力に応じて決めるだけとなるね。基本方針として指導者責任は重く、船員は軽くなる。
せっかくだから、この表に書いてみよう。賠償額は基準を牛に揃えようか」
シグヴァルド様は、サラサラと数字を書き込んでいく。
1.首謀者 1名 完全追放刑 全財産没収
2.首謀者船員 50名 8頭 400頭
3.共謀者 4名 40頭 160頭
4.共謀者船員 200名 2頭 400頭
5.途中離脱者 5名 無罪 宴会費用もち
6.離脱者船員 250名 無罪 ー
注:数字はルーン文字で書かれています。
「これに加えて…」
「まだあるんですか?」
僕は数字を見て、慄いた。
牛を約1000頭!?うちの村では、とても面倒を見きれない数ですよ。
もちろん、全てを牛で受け取るわけではないのだろうけど。
僕の困惑などに構わず、シグヴァルド様は平然と続ける。
「それはそうだよ。まだ長船が残っているじゃないか。今後、今回のような襲撃事件を起こさせないためには、襲撃者達の長船という財産を没収する必要がある。
とはいえ、全てを没収してしまえば村に帰れなくなってしまうから、首謀者の1隻と共謀者の2隻を没収、というのが妥当な線だろうね」
つまり約牛1000頭と、長船3隻が、うちの村が受け取るべき賠償額ということになる、と法話者のシグヴァルド様は言う。
「村では、そんなに牛は飼えませんよ!牧草地も干し草も足りませんから」
「牛はあくまで例だよ。実際には、銀貨や銀片、武器や防具。装飾品や布、嗜好品、食料品等で支払うという方法もある。牛は遠くから運んでくるのも面倒だからね」
「それは…少し安心しました」
それでも、長船を追加で3隻か…。そんな隻数を運用する人員の余裕は、村にはないぞ?今回のように大民会にたった2隻の長船を派遣しただけで、村の男手がすっからかんになってしまったというのに。
僕が考え込んでいたら、なぜかシグヴァルド様は大きな声で助言を始めるのだ。
「なあに心配することはないよ。どうしても賠償金を支払えない、と主張する者が出てきたら我々が奴隷として買い取ろうじゃないか。民会には20人も村長が来ているし、農地の開拓や拡大のためには、いくら人手があっても困らないからね!」
シグヴァルド様の《《助言》》が聞こえたのか、縄をうたれ裁判を待つ男達の列が俄に落ち着きをなくし、そわそわとし始めた。
ははあ…なるほど。そういうことか。
「と、このように。支払いが出来なければ奴隷として売り飛ばされるぞ、と噂が流れれば、彼らも必死で金策して袖や靴の踵に縫いつけた銀貨の最後の1枚まで支払う気になろうというものさ」
シグヴァルド様が悪戯っぽく、ばさばさと長い睫毛の青い瞳の片方を軽く閉じてみせた。
この人も、見た目によらずなかなかの悪党だね。




