第120話 略奪者アルンビョルンの最後 7歳 夏
僕の証言を聞いた観衆たちのざわめきがとまらない。
なんだか、ずっとざわざわとしている。
僕は証言を終えたので下がってもいいんだよね、と法話者に視線を移したら、法話者は僕の隣に立つシグヴァルド様へ、何ごとか目で合図していた。
法話者の視線の合図を受けてなのか、シグヴァルド様が首を左右にゆっくりと振る。
なんだその不審なアイコンタクトは。
どうしたらいいのかな…と、戸惑っていたら民会の人が声を上げた。
「グリームルの子、トールステインよ。幼いながら、誠に整理された証言であった。民会の者達もそなたの証言のおかげで、事件の状況をよく掴むことができる。正当な判断を下すための大きな助けとなるだろう」
「ありがとうございます」
良かった。民会の人には理解してもらえたみたいだ。
これで盗賊アルンビョルンの命運は尽きるだろう。
「ところで、そなたは何かその…助言ようなものを受けたのだろうか?いや咎める意図はない。そなたぐらいの年齢であれば代理人を立てることも可能なのだから」
ところが、民会の人ときたら奥歯に物が挟まったような言い方をするのだ。
「法話者シグヴァルド様に、裁判の流れを教えていただきました。ただ、それ以上のことはなにぶん時間がなくて…宣誓のやり方もわからず。何か証言で粗相があったでしょうか?」
「いや、そうではない。時間がなかった、か。そうであろう。確かに。そうであろうなあ」
何を聞きたいのかよくわからなかったので、とりあえず素直に答えたら一人合点して納得してしまった。
一体、何が言いたかったんだろうか。
よくわからないまま、僕は首をかしげながら下がる。
「ムニ、偉いぞ。よく裁判の間、大人しくしてたな」
「ふぎん!ふぎん!」
証言の間、肩に止まったまま黙っていられたムニへ、ご褒美にズボンのポケットからナッツを取り出して食べさせた。
「あれは…?」
「ムニンか…?」
また何か注目を浴びている気がする。
そういえば、貴族の衣装や装飾品も黄金の剣もシグリズ様に借りっぱなしだった。
いつ返せばいいんだろう?
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僕の後は、エリン姉の証言の番になった。
エリン姉の証言は、僕とは違った感じで、大変賑やかに盛り上がった。
「…あの男達がいきなり沢山の船で押しかけてきて、村の皆は逃げて長屋式に籠城したんです。それで食料を持って山へ逃げようって。
だけど、弟のトールがお父さんが帰って来るまで、皆が逃げる時間を稼ごうって言うから。私とお爺さん達で、とにかく交渉しようとしたんです。
それなのに!あの男は私達から家畜も食料も全部寄越せ!家を焼いて、お前たちをみんな奴隷にするって!」
当時の恐怖を思い出したのか、半分泣きながら証言するエリン姉に、観衆達は大いに義侠心を刺激されようで。
「とんでもねえ野郎だ!」
「許せねえ!」
たくさんの野次が飛び、終いには「「殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!殺せ!」」の大合唱。
法話者が一時、観衆が落ち着くまで裁判を中断を宣言する羽目になった。
「いいなあ…僕の証言のときは、ああいう世論の後押しがなかったなあ」
「ふぎん!ふぎん!むに!むに!」
僕のぼやきに賛同してくれるのはムニだけだよ。
ご褒美に多めにナッツをあげた。
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続いて老戦士たちの証言の番になったわけなのだけれど。
「…お爺さんたち、なんか顔が赤くない?」
一足早く祝杯を上げちゃったのかな。
絶体絶命の危機からの起死回生だったから、気持ちはわかるけど。
それで。爺さん達の証言は、証言と言うより酔っぱらいの独演会のようになってしまったわけでして。
「…あの愚か者が誰何しよったのよ。我らの道行きを、ただ一騎で遮る貴様は何者か、とな。すると、トールは黄金の剣を高く掲げて応えたものよ。
『愚か者め!我が名はグリームルの子、トールステイン!この浜に一歩でも足を下ろしてみよ!貴様らはたちまちアスガルドの神々の怒りに触れ、永久に盲いることになろうよ!』とな。
大喝の言葉は雷となって、奴等を激しく強く打ち据えた!
悪党どもの半数は、神々の怒りと雷を怖れて、哀れな野良犬のごとく尻尾を巻いて、スレイプニルさえ追いつけぬ速さで逃げ去りおったのよ…。
まことに、英雄の事績とはこのことよ!まさにサーガに長く謳われるに相応しい!
儂は、あの光景を生涯忘れんだろう!ヴァルハラへの良い土産が出来たわい…」
「いや、そんなこと言ってないし」
僕は小声で反論した。
こんなのが証言として認められるんだろうか…?
あまりにも事実が含まれていない、主観でいろいろ付け加えてる。
民会の人達は貴族教育を受けた大人だし、酔っぱらいの世迷言を真に受けたりはしない、と信じているけれど。
「雷か…!」
「たしかに俺は見たぞ!風のような速さで逃げていく奴等を!」
中途半端に事実を目撃していた観衆の人達が本気にしちゃうでしょ!
なんか民会の輪にいる父ちゃんまでが、何か問いた気な目でこっちを見てるし。
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被害者側の証言が終わると、今度は加害者側、つまり被告の証言の番となる。
とはいえ、強力な証拠がない限り、ほとんどアルンビョルンの命運は決まっているんだけどね。
「アルンビョルン。何か主張したいことはあるか?」
法話者に証言を許されたアルンビョルンの見た目は、村に乗り込んだ勇ましい姿は失われ、すっかり惨めな捕虜のものとなっていた。
全ての武器防具は没収されて、身にまとっているのは夏用の短衣だけとなっており、太い剣帯のベルトは、ただの荒縄に置き換えられていた。
皮のブーツを履くことも許されず、足元は裸足。
取り押さえられるときに殴られたのか、頭部から流血した跡が残る額には乾いた血が黒く張り付いており、左目の視界を妨げている。
結われていた髪はさんざんに乱れ、髭も一部が血で固まっている。
それでも、ギラギラとした目の力だけは失われていない。
残された力を振り絞り、虜囚アルンビョルンは、最後の抗弁を試みた。
「俺は、偉大なる王の有力な家臣トーレル卿の親衛隊が1人、アルンビョルンである!身分を照会しろ!徴税はトーレル卿の命によるものだ!この裁判は不当である!直ちに全ての拘束を解き、武装と船を返せ!」
まあ、そう主張するしかないよね。
身分を照会しろ、と時間を稼いでいるうちに親族が助けに来るのを期待しているんだろうか。長船を調達して略奪仲間を募ることができるぐらいの実力者だから、主張する身分は本物かもしれない。
アルンビョルンの主張を受けて法話者が問うた。
「すると貴様はトーレル卿が民会の和平を破った、との主張をするのか?
トーレル卿が王の命令を偽ったことにもなるぞ?
極めて重大な告発をしようとしていることになるが、証拠や証言はあるのか?
それに、自由民を奴隷にしようとした罪については免れないことになるが?」
「ぐっ…そ、それは…」
そこが論点なんだよね。
アルンビョルンが犯した3つの罪。
1.民会の和平を破った
2.王の命令を偽った
3.自由民を奴隷にしようとした
これらの罪状を上位者のトーレル卿に尋ね、アルンビョルンの身分照会をしたところで「確かに私が命令した。アルンビョルンは私の親衛隊だ。私が責任を取ろう」などと言うはずもなく。
「重ねて問おう。アルンビョルンよ。貴様は重大な告発をしようとしている。トーレル卿から王の名のもとに徴税をせよ、と確かな命令を受け取ったのか?命令を聞いた、という証言者はいるのか?徴税の命令書はあるのか?」
法話者は鋭く追求した。
アルンビョルンはついに耐えられなくなり、ただただ吠えた。
「うるさい!俺はトーレル卿の親衛隊だ!徴税の権利がある!俺を自由にしろ!!」
武装して部下を大勢抱えていた頃であれば、周囲を怖れさせて押し通すこともできた論理だろうが、惨めな虜囚の身となっては誰一人、一顧だにする者もない。
哀れなアルンビョルンは、暴れる家畜がされるように口枷を嵌められ、吠えることすらもできなくなり、完全追放刑とされるために、民会の輪の外へ観衆達の罵倒を受けながら連れ出される。
それが10隻の大艦隊を率いて村へ押し寄せた略奪者アルンビョルンを見た最後の姿だった。




