第119話 父ちゃんは貴族になりトールは証言する 7歳 夏
シグヴァルド様について村のクナトルレイク競技場に向かうと、これまで見たことがないほど大勢の人でごった返してきた。
考えてみれば、村の人口にプラスして、襲撃者10隻と救援者20隻分の人がいるのだものなあ。
いや襲撃者は半数が逃げ帰ったから、5隻分か。
人数を最大限に見積もると、300+250+1000=1550人ぐらい?
つまり普段の人口の約5倍だ。そりゃあ混んで見えるはずだよ。
もちろん一部の人員は見張りに立ってたりするから、全員が競技場にいるわけじゃないけれど。
競技場はフィールドにも観客席も人が詰めかけていた。
フィールドの中央には民会の人らしき偉い人達が毛皮を敷いて円座を組んでおり、護衛っぽい人達が立って周囲を囲んでいる。
うちの村の村長は座っており、父ちゃんは後ろに立っていた。
シグヴァルド様に連れられて向かうと、父ちゃんはこちらに気がついたのか、軽く手を上げてくれた。
どうにか人混みをかき分けて近づくと、父ちゃんと民会の偉い人達がなにやら話し合っている。
「ところで、将軍はなぜそこに立っているのだ。輪に入らんか」
「私は貴族ではありませんので」
「なに!まだ貴族ではないと!?
「エーギルよ、貴様はいったい何をしていたのだ」
民会の貴族達の集中攻撃にあって、村長さんが露骨に狼狽する。
「い、いや来年にでも貴族に任命しようかと思っていたのだ」
「遅すぎるな。他の村に引き抜かれても知らんぞ。なあ?」
「ああ、将軍。今からでもうちの村に来ないか」
「まったくだ。将軍。家族ごと厚遇するぞ」
引き抜きを匂わされるにあたって、村長さんは折れた。
「待ってくれ待ってくれ。わかった。たった今からグリームルは貴族と認める。
その功績、人品、財産。そして武勇。いずれも貴族として相応しい。
公的にはいずれ任命式を行う。これで良いな?」
「まあ、それで良かろう」
「そうだな。早速輪に入れ」
「は、はい」
そうして父ちゃんは民会の輪に迎え入れられて、座った。
「トール、エリン。ですから今からあなた達も貴族の子弟ですよ」
「え?今のやりとりで貴族になっちゃったの?父ちゃんが?ほんとに?」
「ようこそ、貴族の世界へ」
シグリズ様とシグヴァルド様が、茶目っ気を込めて礼をしてくる。
「僕が?」
「あたしが?」
僕とエリン姉は急変する事態に追いつけず、口を開けて互いに見合うばかりで。
「そうです。では輪に入りましょうか。兄さん、後見をお願いします」
「では行こうか」
「は、はい」
慌ててシグヴァルド様に遅れないよう続きながら、僕は混乱していた。
貴族って、こんな簡単になれるものなの…?
いや確かに父ちゃんはすごくやらかしたっぽいけど…。
僕とエリン姉と母ちゃんも貴族様…?
そんな僕たちの混乱をよそにして、裁判は始まった。
◯ ◯ ◯ ◯ ◯
被告であるアルンビョルンが逃亡防止のために手足を縛られた上で、人の輪の真ん中に立たされる。
裁判では、最初に法話者が今回の裁判の関連法規と争点について、民会及び傍聴者である民衆に説明を行う。
「民会の友よ。そして民よ。聞くがいい。
我らが祖先より受け継ぎし法を今ここに朗読する。
この男は王の名を騙り、王の家臣の親衛隊を名乗り、民会の和平を破り、村の自由民より家畜と穀物と鱈の全てを奪おうとした。
さらには女子供を含む村日を奴隷にしようとした。
これらは我々の法に明確に反する3つの大罪である。
第一に、民会の和平を破った罪。法に曰く、民会において平和を破り、武器を抜き、または武力を用いて人を脅した者は財産を失い、完全追放される、とある。
この者は民会の和平を破った極悪人である。
第二に、王の権威を偽り違法な徴税を試みた罪。法に曰く、王の名を騙り、王の命令を偽って財を奪う者は、王への裏切りと同等なり。財産没収の上、完全追放に処す、とある。
この者は王権への反逆者である。
第三に、自由民を奴隷にしようとした罪。法に曰く、自由民を奴隷の地位に落とそうとする者は、最も忌むべき行為なり。企てただけで完全追放、財産すべてを被害者に渡すべし、とある。
村の自由民を奴隷に落とし家畜同然に扱おうとした者。この者の行為は家畜以下である。
ゆえに民会の者達よ。
次の証言を聞き、この者と一党の行いを吟味し、正しく判断せよ」
法話者による争点の整理が終わると僕達、被害者の証言の番となる。
僕は肩にムニを載せ、シグヴァルド様と共に証言の場へと進み出た。
「グリームルの子、トールステインよ。宣誓せよ」
裁判での宣誓を求められた。
「宣誓?何に宣誓したらいいんですか?」
宣誓が必要とか聞いてないぞ。
恥を忍んで小声でシグヴァルド様に尋ねる。
「法話者よ。裁判に不慣れな幼子のため、助言をお許しいただきたい」
シグヴァルド様が一言断りをいれて、助言してくれる。
「特にどの神とは決められていない。君の信じる神々に宣誓するが良い」
なるほど。裁判のための神様が決まっていて読み上げる必要はないのね。
では、僕の信じる神に誓おうか。
「知識の神フギン、知恵の神ムニン。司法神フォルセティに誓います。
父を守り村に恵みをもたらす恵みの神フレアと海の神ニョルドに誓います。
あと運命の糸の神にも誓います」
最後に運命の糸の神様を付け加えたのは念の為ね。
ささやかなチートをくれた神様にも誓っておかないと拗ねそうだから。
法話者には、ちょっと変な顔された。誓った神様が多かったかな?
八百万の神々に感謝する感覚で、多くの神様に誓ってしまったけれど、ちょっと常識的には違ったのかもしれない。
「ふむ。ではこれより審理を始める。グリームルの子、トールステインよ。証言するが良い」
さて。僕は周囲を見回した。
大勢の聴衆達。民会の貴族達。父ちゃんと母ちゃん。そしてアルンビョルン一党達。
一人一人の顔と目を見つめ、説得する心持ちで証言した。
「グリームルの子、トールステインです。
まずは、最初に言わせて下さい。
あの男、アルンビョルンは卑怯者です。
男達がいない留守を狙い、女子供ばかりの村を襲いました。
自らの力を頼まず、王の権威を騙りました。
1人では略奪もできないので、大勢の仲間を引き込みました。
悪事を成すにあたってさえ、名誉もなく、力もなく、勇気もなく!
そして、僕のような子供の言葉にも破れ、知恵さえもなかった!
卑怯で、愚かで、弱い男です!
北方の勇気ある戦士ではありません!」
まずは、アルンビョルンとは北方の戦士の風上にもおけない卑怯者である、と糾弾し聴衆に印象づけた。
僕は一息入れてから、具体的な罪状を数え上げることにする。
「あの男は、村を襲い、要求しました。
全ての家畜、鱈、穀物を寄越せ。さもなくば家々に火をつけ、我ら全員を奴隷とする。これは全て王の家臣トーレル卿の命である、と。
あまりに非道な要求です。
もしも僕達が彼の要求に従っていれば、今頃は村人の全てが野山をさまよい、獣のように飢えていたことでしょう
もしも拒否していれば、抵抗した半数の村人は死に、残りの半数は奴隷として手かせ足かせをつけられて船に積み込まれ涙に暮れていたことでしょう。
僕はことさら流血の決着を望む者ではありませんが、あの男は北方社会において許されぬ大罪を幾つも犯しました。
僕は、彼とその一族一党が以降、同様の悪事に手を染めることができぬよう北方社会において力を失うことを望みます。
村が被りかねなかった甚大な被害に対する適性な補償を求めます」
罪状を数え上げた後、また一息入れた。
最後に、今回の罪状を決定する民会の面々の顔を見ながら請願する。
「民会の皆様。
あの男は卑怯かつ強欲です。皆様の保有する財産への脅威でもあります。
あの男は決して反省などしないでしょう。
再び力をつけることがあれば、次に襲われるのは。あるいは襲われるはずだったのは、皆さんの村であり、家族であり、家畜や財産であったかもしれません。
どうかその点を考慮頂き、第二、第三のアルンビョルンを北方社会から出すことのないよう、我がこととしての厳正な処罰と補償を望みます」
言い終えて、僕は証言の場を譲る。
「…ふう」
とりあえず言いたいことは言えた、と思う。
この後はエリン姉や老戦士達の証言も続くだろうけれど、基本的には僕の証言の裏付け的な問答になるはずだ。
アルンビョルンとやらが反論できるだけの具体的な証言や証拠を持ち出せるとも思えないけれど。
さて。民会の人々は、どう判決を下すだろうか?
僕の証言が始まるまでは野次を飛ばし騒いでいた聴衆が、妙に小声でざわめいているのが気になった。




