第115話 貢納問答
「代表者は誰か!」
僕の呼びかけに対し、10隻の艦隊の先頭にいた長船の男が応えた。
この男が艦隊のリーダーかな。
背丈は普通くらいだけれど髭が豊かで体つきは逞しい。
上半身をチェインメイルで包んでいるが、身体を覆うマントはくすんだ緑。
鮮やかな色の顔料は高いからね。
マントを留めるブローチは銀だろうか。剣は履かず斧を持っている。
経験を摘んだ戦士ではあるが富裕ではない、という印象の男だ。
男は名乗りをあげ、用件を告げた。
「我らは偉大なるハーラル王の有能な家臣トーレル卿の部下。親衛隊が1人アルンビョルンである!
偉大なるハーラル王の施政のために、この村には貢納を求めるために参った!
抵抗することなく応じよ!
海岸に全ての家畜を並べ、酒と大麦と鱈を全て樽に詰めて捧げよ!
さもなくば村の家は焼かれ、女子供は奴隷となるであろう!」
なんだ、その要求。山賊か。
いや山賊の方が繰り返し略奪を目的とする分、まだ合理的だわ。
「貢納ってなんでしたっけ。税?」
「そうじゃな。税を求める口実じゃな」
そういえば以前、父ちゃんが言ってたな。
貢納とは強請の言い換えである、という文脈で。
「うちの村って、村長を通じて税を払ってますよね?」
「そう聞いておる」
小声で老戦士に確認してから、再び尋ねる。
「我らの村は、村長を通じてすでにハーラル王への税は納めている!トーレル卿を通じて納税しており、鱈の一尾、麦の一粒たりとも欠かしたことはない!
なにゆえ、この寒村に過大な税を求めるか!
まして今は夏!一年を通じて最も蓄えのない季節!
村が最も貧しき季節であり、村の食料庫には蜘蛛が巣を作るほどである!
なんの利得の成算があって貢納を求められるか!そもそも貴方は真実に偉大なるハーラル王の家臣トーレル卿の部下であるのか!身の証を立てられよ!」
意訳すると。
こんな金持ってない時期に来るなんて馬鹿じゃねえか?
小悪党が小遣い稼ぎに私腹肥やしに来てんじゃねえの?
ということである。
相手方にまともな知性があれた伝わるだろうが。
いや。もっと下手に出てみせて時間を稼いだほうがいいだろうか?
けれど要求が、村の家畜と食料を全部よこせ。さもなくば全員奴隷だ。
では交渉の成り立つ余地がないんだよなあ。
「生意気な小僧め!肩に鴉など載せてオーディン気取りか!」
ああ。怒っちゃった。というか怒るふりで誤魔化したな。
本当にろくでもない。
「再び問う!我は勇敢なるグリームルの子、トールステインの名において問おう!
貢納を求める?良かろう!だがすでに我らはトーレル卿に税を納めている!
このように貧しき村の、最も貧しき季節に、なにゆえ追加で過大な貢納の負担を求められるか!
村を滅ぼし、今後の納税の機会をトーレル卿より奪うおつもりか?
それはトーレル卿、ひいては偉大なるハーラル王の財産への攻撃ではないのか!
そなたが真実にトーレル卿の親衛隊であるならば、司法と正義の神フォルセティ様の名において答えられよ!」
小遣い稼ぎでやってるうちは見逃されるだろけれど、親分の財布に手を突っ込んでいることぐらい自覚してるのか?周囲の連中も巻き添えになるぞ?と言ってみたんだ。
「口達者な小僧めが…!待て!」
歯ぎしりをしていたアルンビョルンが、ふと何かに気づいたように尋ねてきた。
「その黄金の見事な剣は貴様のものか?それに名前はトールステインと言ったか?」
「そうだ!黄金の剣にかけて誓おう!我は勇敢なるグリームルの子!トールステインなり!」
名前をちゃんと聞いていなかったようなので、再び大声で名乗りをあげた。
「グリームル…?」
「トールステイン…?」
「グリームル……トールステイン…」
「グリームル!トールステイン!」
僕が馬上で胸を張って答えると、艦隊の連中が父ちゃんと僕の名前を口々に呟いてざわめき出しだ。
それは船上の人々の間で小さなさざ波のように始まり、がやがやとした喧騒になり、やがて怒鳴り合う怒号へと変わって行った。
ある長船では怒鳴り合うだけではなくて、殴り合いまで始まっている。
「…どうした!なにが起きている!」
「その…地元で雇った者共が、話が違うと騒ぎ始めまして…」
「いったいどうしたというのだ!黙らせろ!分け前が足りんと言うのか!?」
「そうではなくて…ヴァルハラがどうとか、魔術が怖ろしいとか世迷言を口にするばかりで、さっぱり要領を得ず…あーっ!貴様ら!離脱は許さんぞ!待たんかっ!」
なにか騒ぎが起きているな、と思っていたら10隻の艦隊のうち、数隻が櫂を漕いで後退を始めた。
ホイ!ホイ!ホイ!という櫂を漕ぐ掛け声が朝靄の中に消えていく。
長船の特性として帆を畳んでしまえば向きを変えずに前進後退ができるんだよね。
つまり。眼の前の出来事を簡単に説明すると。
徴税と称して強請に来た艦隊が仲間割れと言うか、分解を始めたのだ。
「どうなってるんです?」
「わからん…が。アルンビョルンとかいう男、要するに徳がないんじゃろう。身形からしても豊かであるようには見えんしのう」
金が無いから小銭稼ぎに略奪を企み、金がない村を襲おうと明らかになったから見放された。という筋道はわかる。
けれど、もう少し父ちゃんと僕の名前を聞いたときの反応が劇的であったような?
ブブゥ――ッ!ブブゥ――ッ!ブブゥ――ッ!
背後から角笛が三回吹かれる音が聞こえた。
まさか。略奪のために別働隊が回り込んでいたのか、と僕の背筋が冷たくなる。
振り返って長屋敷のあたりを見上げたけれど、怖れていたような戦や襲撃につきものの、火事の煙、女子供の悲鳴、斧や剣が打ち合う金属音は聞こえてこない。
「…なんだ?」
「トール!あれを見て!船よ!」
目の良いエリン姉が、朝靄の晴れだしたフィヨルドの奥を指さした。
後退していく数隻の長船を蹴散らすようにして、何十隻もの長船の大艦隊が帆に風を一杯にはらみ、波を蹴立てて一直線にフィヨルドの奥へと向かってくる。
「…船だ」
あの艦隊は、決して強盗団への援軍ではない。
ああ。僕が、あの印を見間違えるはずはないのだ。
艦隊の先頭の長船の帆には、フギンを象徴する大きなバインドルーンの文字が印されていたのだから!
「…父ちゃん!」
「お父さんが帰ってきた!」
「ふぎん!ふぎん!」
今まさに、父と村の男衆が村へと帰還を果たしたのだ。
大民会を制して、大勢の味方を連れて。
大艦隊はフィヨルドの奥まで進むと緩やかにバラけて、残り数隻となったアルンビョルンの艦隊を海岸に追い込むように、十重二十重と包囲の陣形をとっていく。
「…な、なんだこいつらは!ハーラル王に反逆するつもりか!?」
強盗犯の狼狽する声が、耳に心地よい。
ざまあみろ!
やったね父ちゃん!
「トール?大丈夫?」
「…もう限界」
僕は背の低さを誤魔化すために、ずっと掲げていた剣を取り落としそうになりつつ鞘にどうにかしまい終えた。
その上、父ちゃんが帰ってきた安堵感に馬上からずり落ちそうになってエリン姉に支えられる始末だ。
実際、長い事続いた緊張感で体力の限界だったんだ。
あとはもう父ちゃん達、大人に任せてもいいよね?
「はあ…良かったあ」
「トール、本当によく頑張ったわね」
馬上で力を抜いてエリン姉にもたれかかる。
村から誰一人怪我人を出さずに済んで、本当に良かった。
父ちゃんが味方を連れて来てくれたみたいだし、これだけ彼我の戦力差があれば、戦いなしで適当なところで事態を着地させることができるだろうし。
父ちゃん達がいない間、僕達は立派に村を守れたのだ。
…ただね。父ちゃん、ちょっと味方の長船が多すぎないかい?
20隻とか、それ以上いるように見えるんですけど?
父ちゃん、いったい大民会でなにをやらかしてきたのさ?




