第116話 包囲と降伏と賞賛 7歳 夏
「そーれ、こっちには逃げられんぞ!」
「く、くそっ!後退だ!後退しろ!」
一方の長船が突出しようとするところ、別の長船が行く手を遮る。
やむを得ず別の方向へ転換しようとすると、そちらへも別の長船が回り込んでいる。
さすがは北方の男達の手腕と言うべきか。
当初は緩やかで逃げ出す隙がありそうだった包囲網も、巧みな操船技術と連携で包囲の輪がだんだんと縮められていくばかりで。
「突破だ!突破しろ!」
「無理です!もう後退できません!」
襲撃者達は何度か長船を後退させたり方向を転換したりして、包囲網を突破しようとして果たせず追い込まれていき、とうとう岸に乗り上げてしまった。
そうなれば長船の一番の武器である機動力は、死んだも同然である。
「よーし。後続は上陸しろ!怪我してもつまらんから、包囲だけでいいぞ!」
襲撃者の長船の艦隊が陸で動けなくなると、海上で包囲していた側の長船からもざぶざぶと波打ち際に上陸を始めて包囲の輪を形成した。
そうして襲撃者の艦隊は、海と陸からの完全包囲を受けることになった。
まさに手も足も出ない、という状況だ。
「我らがお守りいたします。こちらへ」
「あ、はい」
波打ち際で襲撃者と対峙し老戦士数人囲まれていた馬上の僕達の周囲にも、上陸後の戦士達の一部が護衛のために集まってきてくれた。
どうも村長婦人から授けられた豪華な衣服や装身具を身にまとい、黄金と宝石に輝く剣を履き、乗馬している、などの外見的条件のお陰で身分が高いと思われているらしく、子供であっても戦士達に恭しく扱ってもらえている。
「トール…これっていいの?」
「まあ、今はいいんじゃない?安全第一だよ」
なにか誤解があるみたいだけど、安全が保証されるなら今は誤解させておいた方がいいか、と身を任せることにした。
襲撃者達が窮鼠猫を噛んで怪我なんてしたら面白くないしね。
ただ、包囲網の厳重さを見ている限りは、そうした事態は起きそうにもなさそうだった。
「そろそろ戦も終わりかなあ」
襲撃してきた艦隊の面々も、首謀者のアルンビョルンとかいう男が乗っている長船以外は、陸上に乗り上げさせられた時点で早々に降参してしまい、今は武装解除に応じて一箇所に集められ座らせられている。
「私は偉大なるハーラル王の有力な家臣トーレル卿の部下、親衛隊のアルンビョルンであるぞ!慮外者どもめ!包囲を解け!」
などと、首謀者の男は叫んでいたけれど、もはや誰も相手にしていない。
「おーい。もう勝負はついた。さっさと降伏せんか?」
「うるさい!さっさと包囲を解け!」
この期に及んで誰も怪我などしたくないので降伏するよう呼びかけているのだけれど、アルンビョルンという男の目は血走っていて斧を振り回すものだから危なくて近づけない。
立て籠もり犯人を包囲する警察みたいな構図になっている。
「面倒だな…いっそ火矢で船ごと焼き払うか?」
「いいや。それではせっかくの長船が勿体ない。矢で射殺してはどうか?」
ただ、北方社会は未来の日本社会とは違って犯人側に人権など無いわけで。
最短距離での問題解決を探り始めたところで、包囲側の会話が聞こえたのか。
「死ぬなら貴様だけで死ね!」
「俺達を巻き込むな!」
と、長船の同乗者達に殴り倒されて立て籠もり犯人は縛り上げらてしまった。
勇ましく大艦隊を率いて王の権威を振り回した男の顛末としては、あまりに哀れな姿であると評するしか無い。
こうして、唐突に始まった村への襲撃未遂事件は終わりを告げたのだった。
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「エリン!トール!無事か!?」
「父ちゃーん!」
「お父さん!」
浜にごった返す大勢の兵士達をかき分けるようにして、父ちゃんが僕達を見つけてやってくる。
僕とエリン姉は、馬から飛び降りて父ちゃんに抱きついた。
「おおっ。2人とも無事で良かった。それにしても、どうして馬に乗っているんだ?それに浜辺にいたら危ないじゃないか!それとトール、その格好はいったい…?」
子供2人の体重を危なげなく受け止めた父ちゃんは、自分の娘と息子がなぜ危険な戦地にいるのか、おまけに豪華な衣服を着込んで武装して乗馬までしていたことに、理解が追いつかないみたいで、無事を確かめた嬉しさ半分、困惑が半分という表情で戸惑っていた。
「グリームルよ。お前の息子は立派に村を守った。大いに褒めてやるがいい」
「村を守った…?いったいなんのことです?」
父ちゃんの胸に顔を埋めたまま言葉のでない僕とエリン姉に代わって、付き従ってくれていた老戦士達が簡単に事情を説明してくれたのだけれど、父ちゃんは全く当惑するばかりで。
「それでね…急に角笛が鳴ったから皆で長屋敷に避難してね…」
「僕は父ちゃんが戻って来るまで時間を稼ごうと思って…」
「トール1人じゃ馬にも乗れないから…」
「立派な言葉戦でやり込めてなあ…」
少しして落ち着きを取り戻した僕とエリン姉と老戦士達が交互に説明を続けていたら、段々と理解が追いついてきたものか。僕とエリン姉を抱きしめていた父ちゃんの腕の筋肉が強くこわばり始め、安堵で優しく緩んでいた顔がみるみるうちに憤怒で赤く染まったかと思えば、腰の斧を引き抜いて走り出したのだった。
「ちょ、ちょっと父ちゃん!ダメだって!誰か父ちゃんを止めて―っ!」
「お、お父さん!?」
「奴め!許さんぞ!よくも俺の子どもたちをっ!!」
「ひ、ひいっ!」
結局、怒号を上げてアルンビョルンの頭をかち割ろうと追い回す父ちゃんを止めるためには、10人以上の戦士達の力を必要とした。
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「援軍だ!勝ったーっ!」
「良かった!あなたーっ!」
「父さーん!」
戦況が落ち着いたからか、長屋敷に避難していた女子供が一斉に夫や息子を迎えるために浜へと歓声を上げて走り降りてきた。
「あなた!トール!エリン!よく無事で!」
その中には、夫ばかりか息子と娘を死地へ送り出したとばかり思い身も引き裂かれんばかりに心配していた母ちゃんも含まれていたわけで。
「母ちゃん!僕、頑張ったよ!」
「わたしも!…わっ」
僕とエリン姉は無言の母ちゃんに息が詰まるほどきつく、本当にきつく抱きしめられた。
やわらかい胸に顔を埋めたままで母ちゃんの嗚咽を聞きながら、僕もエリン姉も改めて命が助かった安堵に涙が出てきた。
ああ。本当にこんなに心配をかけるつもりはなかったんだ。
「アーシルド…心配をかけたな。不在の間、よくやってくれた」
父ちゃんは僕とエリン姉を抱きしめたまま動かない母ちゃんを、僕達ごと抱きしめて生きて再会できた喜びを家族で分かち合った。
同じように家族で無事を喜び合う姿は浜のあちこちで見られた。
つい数時間前まで村ごと家族の全滅も覚悟をしていたのだから、状況が劇的に一転しての安堵は大変なものがあったろう。
そうして安堵した彼らは、今回の逆転劇の一番の功労者を見つけると歓声を上げて集まり、讃え始めた。
「見ろよ!あの少年が村を奴隷となる運命から救ったんだ!」
「トール!あんたのお陰だよ!家も焼かれず私も娘も奴隷にならずに済んだよ!」
「すごいや!トール!お前ほんとにすごいよ!怖くなかったのか?」
「あの悪党どもを相手に一歩も引かず渡り合ったのを儂は見た!まことに胸がすく光景であった!まさにサーガに語られる英雄のようであったぞ!」
感情が爆発するまま口々に語られる言葉達は、やがて一つのフレーズへと収束していった。
「「トール!英雄トール!守護者トール!フギンのトール!」」
僕はがっしりと母ちゃんに背中から抱きしめられて動けず、父ちゃんと母ちゃんとエリン姉とムニと一緒に、人々に十重二十重と囲まれるまま、村人達からの賞賛を受け続けたのだった。




