9:怖くないよ
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そんな理由で始まった野生動物主催のマラソン大会だったが、正直俺はこの状況が把握しきれず混乱するばかりだった。
「え!え!?何!?何が起こってんの!?何でこの動物達こんなに走ってんだ!?」
「わわわわかんないっ…!」
並走しながらもどうにか動物達の様子を伺うと、皆一様に同じ方向に向かっているようだった。
先程まで進行方向に居た俺達に見向きもしない事から、恐らく俺達以外の『何らかの目的』の為に走っている様に思えた。
「この子達、何だかお、怯えてるみたい…も…もしかして…何か怖いものに、追いかけられているんじゃ…」
真っ青な顔をしながらも、王子は俺に抱えられているからか、案外よく周りが見えている様だった。
「何かって何だ!?何か見えない!?」
「今の所…何も…」
切羽詰まった状況で敬語を忘れてしまったが、もうそれどころじゃないので仕方がない。
王子も気にしていないようなのでこのまま進める事にした。
「クッソッ…止まりたいけど…止まれば絶対にこの動物達に巻き込まれるだろうし…かと言ってこのまま動物達に付いて行ったら、ますます師匠達の所から離れる…!」
精神状態及び魔力の状態が不安定な王子を、このまま抱えて走っていれば魔法に巻き込まれる可能性が高い。
未だ魔法の専門知識に欠ける俺だけで、このまま行動し続けるのは大変危険すぎる。
出来れば、師匠とは接触をしておきたい。
「仕方ない!ランス!ちょっと向き変えるから振り落とされないでな!!」
「え!?な、なに?」
俺は、話をしながらも何とかイメージを浮かべ、魔法で水のマジックハンドを作り出した。
最初はどこかに水がないと何も出来なかった俺だが、今では修業の成果もあり空気中の水分を使う事で、手で持てるサイズならイメージ次第で大抵の形は簡単に作れるようになった。
ただ相変わらず形はフニャッとはしているが。
けれど、イメージ力が魔法の基礎だという事もあり、水属性の魔法では長さや形態に関してはほぼ変幻自在であり使い勝手は大変宜しいのだ。
ちなみに魔法を出すイメージとしては、何かこう、頭の中でとにかく空気の中から必死に水をかき集める感じである。
そして、かき集めた魔力は粘土やスライムのような感覚なのだが、正直俺自身の語彙力では論理的に上手く説明出来ない。
とにかく感じろ、である。
そうやって具現化したマジックハンドを、走っている最中に目に入ったまぁまぁに太そうな木の枝を捉えるように『長さを伸ばした』。
そして掴んだその枝に、ハンド部分を『固定』する形状に変化させると、ハンド部分がしっかりと枝に巻き付けた。
そしてしっかりと固定された事を確認すると、マジックハンドの『長さを短く』するようイメージする。
そしてイメージした通りマジックハンドが短くなり、走っていたことですでに通り過ぎてしまったその枝に向かって身体が後ろに引っ張られるよう飛び上がった。
「う、わああああっ!!?」
王子がいきなりの出来事に驚きの声を上げるが気にしている余裕など無かった。
俺はその勢いのまま、その木の幹に足を付けるとぶら下がる形をとり、落ちないようにしっかりと腕自体にも固定を行った。
そしてしばらくの間は、様子見も兼ねてブラブラとぶら下がったままになっていたが、その間にあれだけ居た大量の動物達は、あっという間に過ぎ去っていってしまった。
ホッ…と安心したのも束の間、咄嗟に選んだ枝は思ったより負担に耐えられなかったらしく、根元からメキメキと怪しい音を立て始めていた。
「げっ!?やべっ…」
このまま更に怪我をする可能性があると判断した俺はすぐさま魔法を解いた。
そして勢いよく落ちた俺達は、咄嗟の事ですぐに着地への対応が出来ないまま子供2人分(片方デブ)の重量そのままズウウンッ!!と激しい音をさせて着地した。
「っっっぶっはあ!!いってぇ!でも良かった!!上手くいったあ!」
着地の際にビリビリと足が痺れた感覚と多少の痛みを感じたが、それ以外は軽く動かしてみたが特に問題はないようだった。
俺は寧ろ、着地の痛さより魔法が成功した喜びと興奮のほうが強かった。
実は水マジックハンドが自分の重さに耐えられることは庭の木で検証済みだったが、何か行動しながら魔法を同時に発動させるといった使い方は今までしたことが無かったからだ。
普段魔法を発動させる時は、基本魔法だけに集中するので何かと並行しながらは上手く発動出来るか少し自信が無かった。
鞭などを使えていればもっと格好がついただろうが、アリスと違って俺は不器用で上手く鞭を扱えないのでそういった物は普段から持ち合わせていなかった。
大抵の物は作れる、というのもあるがこういった時のの為にも何かしら用意は必要かと考える。
「…はっ!やっべ!ランス!大丈夫か!!」
そんな成功を噛み締めていた俺だったが、王子を抱えている事を忘れているのに気付き、一旦王子を降ろして状態を確認する事にした。
「…だ、だいじょーぶ…なんかグラグラして、ちょっと気持ち悪いけど…」
そう言うと王子は、先程とは違う意味で真っ青な顔をしながら気を失ってしまった。
…うん、そりゃこうなるよな。
腹を肩で支えられ、圧迫された状態であんだけ振り回されればな。
正直スマン。
そんな状態の王子を、流石に再び俵抱きにするのは可哀想だ。
よく見ると王子が目を回しているからなのか、手足が触れている地面に魔法の影響も起きていない。
なので、とりあえず移動方法をおんぶに変え、念のため王子の手足はローブの中にちゃんとしまってから背負う事にした。
しかし俺達がそうこうしている間に、先程まで逃げ惑っていた筈の動物達の気配が全く無くなっているのに気付いた。
「いつの間に…」
周りを見回しながら他に動物が居ないか確認するが、先程の様子が嘘のように静まりかえっていた。
すると、遠くではあるが動物達が走ってきた方向から木か何かがメキメキッ…と鈍い音を立てているのが聞こえてきた。
「もしかして…マジで熊か…?」
俺はその考えに顔が真っ青になる。
いくら師匠から鍛えられているとはいえ流石に熊は倒しようがないし、1人ならどうにか逃げようもあるが、王子をおぶったこの状況で上手く逃げ切れる気がしない。
しかも木を倒す程となると、例の騒動のような"魔獣"の可能性もある。
「…早く師匠の所へ行かねーと…」
俺は王子を抱え直すと、急いで師匠達の所へ向かおうと一歩を踏み出した。
『ギシャアアアアアアアアア!!!!』
しかし、それ以上歩を進めることは出来なかった。
何かの生き物の声が辺り一面に響き渡り、此方にに迫ってくるのが聞こえたからだ。
「…マズイ、か…?」
俺は辺りを見渡し、何処か隠れる場所がないか探した。
すると、5メートルほど先に小さな洞穴を見つけたので、俺は急いでその洞穴に駆け寄った。
『ギギギギギギ…』
徐々に近付いてくるその呻き声と共に、ゴウッゴウッと何か風を切るような音を立てているのが聞こえた。
その音を聞きながらもどうにか洞穴に入ると、俺は王子の身を隠す様に縮こまった。
そして、外からは成るべく見えない様に、顔を入口に近付けながら様子を伺った。
そしてそこに居たものの姿に俺は思わず目を見開いた。
それは全長5メートルはありそうな梟が、逃げ切れなかったであろう鹿らしき動物を、足で押さえ付けながら啄み喰らっていた。
「…マジかよ…この世界の梟ってあんなデカイの…?」
俺が知っている梟とは、実際には見たことはないが、テレビで人の肩に乗ったりそのまま餌を与えるなどの微笑ましい映像を見たことがある。
しかし今目の前にいる梟は、明らかに人の肩には乗らない大きさだ。
乗せたら確実に押し潰される。
そしてテレビでは本当に小さな鼠などを餌にしていた様だったが、この梟は大抵の動物だろうが人だろうが、関係なく喰ってしまいそうである。
見つかったが最後、餌になることは必至と思えた。
「うぅ…」
すると、目を回し少し意識を飛ばしていた様子の王子が目を覚ました。
「…う…ここは…?」
「っ!?ランス…!今喋ったら…」
「なに…?」
『ギェエエエエエ!!!』
王子に状況を伝える暇もなく、巨大な梟は大きな咆哮を上げだした。
「ひっ…」
「とにかく静かに!」
俺は慌ててフードを口元に当てて、王子の口を塞いだ。
王子はフードを通してカタカタと小刻みに震えているのが感じられた。
これだけ巨大な梟見たら、誰だって怖いだろう。
そう考えていると、地面に伏せた状態の王子が接している地面の一部がパキパキと音を立てて凍り始めた。
「(マズイな…このままだと魔法に巻き込まれて凍り付けにされる…かといって今出ていったらアイツの餌食だし…!)」
改めて外の様子を見るが、羽でも休めているのか梟特有のよく回る首であちこち警戒しながら周囲の様子を伺っていた。
「(うおおぉい!!なんでそんな所居んだよ!!さっきの機動力で早くどっか行けって!ってランス超冷たい!!このままだと凍える!!)」
フードを介していても、パキパキとさらに凍り続ける地面の冷気から、徐々に洞穴内の気温が下がっていくのが分かる。
「(~いくら分厚い脂肪があるっつっても限度あるからな!!)」
このままでは、折角転生したと言うのにわずか7歳にして第2の人生を終えてしまうことになる。
次もし転生出来たとしても、今のように記憶を持って生まれてくる可能性は不明だ。
なにより、折角の第2の人生を棒になんか振りたくない。
「(王子は恐らく感情発現型…さっきの様子なら落ち着けばどうにかなるんだろうけど…と、とにかく、まずは王子を落ち着けよう…子供を落ち着かせる…あやすってどうやればいいんだ…!?)」
俺は前世も含めた記憶を総動員して手掛かりを探る。
しかし、残念ながら俺は自身で子供を育てた事も無いし、病院で会う様な子供の患者達も俺が接した限り泣いたりする子はいなかったので、あやした経験などなかった。
更に頑張って考えてみると、そういえば前世もこちらの母さんも、俺が怖い夢を見たらよく抱き締めて背中を軽く撫でてくれたというのを思い出した。
『大丈夫よ、何も怖いものなんてないわ。お母さんが守ってあげるから。』
そう言って、俺が泣き止むまで背中や頭を優しく撫でてくれた。
正直、あの頃は何がそんなに怖かったのか覚えてはいないが、母達のそんな暖かい言葉と抱擁に安心感を覚えたのは確かだ。
俺はそう考えると、フードの上から王子の頭を優しく撫でてみた。
「大丈夫だぞ…ランス。この中に居れば安全だから…俺が守ってやるから…」
王子は、そう言って撫でられると、最初は大きく震えていたその身体が、だんだん落ち着いているように見えた。
「大丈夫…大丈夫…」
そう言いながら、こういう時手も握って暖めて貰ってすごく安心したなと思い出し、王子の氷化が落ち着いているのを確認した後、軽く手を握ってみた。
ビクリと反応した王子の手は、緊張のためか元々冷え性なのかかなり冷たくなっており、本当に氷のような手をしていた。
しかし俺は、太っていることもあり普通よりも体温が高めだ。
しばらく握っていると、俺の体温が移ったようで、王子の手もだんだん温かくなってきた。
王子も、心なしか真っ青だった顔が赤くなっているので体温が上がってきたのかもしれない。
「ん?」
すると、そんな王子に反応してか、周りの氷が溶け始めているのが見えた。
やはり感情発現型である王子が、気持ちが落ち着いた事で魔力の暴走も落ち着いたのだろうと考える。
そしてふと、握られた手を見つめながら、以前カルロス達が行った同調魔法を思い出す。
『同じ属性の魔力を持っている者同士で手を繋ぎ"同時詠唱"をすると、2人で一つの魔法を発動させることが出来る』
俺とランス王子は、偶然にも同じ水属性。
もしかすると、俺達でも使えるのではないかと考えた。
外を伺うと、幸いにも巨大梟は動いておらず、捕らえた獲物を喰らうことに夢中になっており大人しい様子だ。
その周りは大分エグい状況ではあるが。
ヤツとの距離は相変わらず近いため、移動は難しそうだが少しでも王子の気を反らす為にも何かしておきたかった。
というより、気になり出したらやりたくてしょうがなくなった。
「ランス。今から俺が言うこと想像してもらっていいか?」
「?なに?」
「目を瞑って…そうだな…小さな花…そう!小さな花を思い浮かべて、そこに咲け!って感じで手をかざすんだ。」
「おはな…」
王子は俺の言う事を素直に目を閉じると、うーんと悩みながらも繋いでない反対の手を控えめにかざしながら思い浮かべてくれている。
俺は王子の手を握りながら、自分でも花を想像してみる。
そうすると、不思議と繋いだ手から何か熱いものが流れ込んでくるのを感じた。
同時に頭に可愛らしい花のイメージも頭に浮かび、漠然とそれが王子の花のイメージなのだというのを理解した。
俺は、その流れこんだものを先程示した場所に放出するように手を向けた。
『我らに宿りし水の力よ。この地に可憐なる命を宿らせよ。』
王子は伝えていないのに、俺と揃える様に詠唱を行っていた。
どうやら同調が上手くいった影響なのか、思考も少し同調しているらしいかった。
すると、パキパキッと音を立てながら想像したような小さな氷の花がその地面からポコッと咲き出した。
ただ、想像したより沢山の氷の花が生み出されてしまい洞穴の中が一瞬にして一面花畑になってしまった。
「…おぉう。」
俺は予想以上の成果に思わず驚きの声を上げた。
「わ、お花…いっぱい…」
俺の声に王子も目を開けたらしく、突如生み出された一面の花に驚きの声を上げた。
俺はその氷の花が、氷にしては柔らかそうなつるっとしたように見え、試しに指先で軽くつついてみた。
すると、その花は見た目通り固くなく、それどころか軽くしなり指先もさほど冷たさを感じなかった。
その花を思わず一房摘み取ってみるが、プツリと音を立て簡単に摘み取れたそれは氷というより、色素の抜けた普通の花のようだった。
「これ氷には見えねぇな…むしろ草の方に近い…?」
俺は先程のパキパキという音と、王子の魔力で産み出したものなので氷なのだと思いこんでいたが、どう見てもただの氷ではなかった。
だが水で作ったにしても、かなり本物に近い質感に俺はマジマジとその花を見つめてみる。
「…ねぇ、それ、一体…?」
驚いた表情をしながらもどこか不安そうに問いかけてくる王子に俺はその摘み取った花を渡す。
「すげぇな!これランスの魔力で作ったんだぞ?」
「え?ボクが…?」
キラキラとした目で花を見つめる王子は、本当に嬉しそうな表情をしていた。
「そうだよ、ランスの力はこんなにスゲーの作れるんだ!俺の魔力だけじゃ、こんな本物みたいな質感だせねぇって!だからさ、その力ってそんな怖くて強いだけのもんでもないかもな。」
俺の言葉に、王子は俺を見詰めると瞳に涙を浮かべながら微笑んだ。
わお、可愛い笑顔だ。
やっと笑ってくれた。
俺は思わず王子の頭を軽く撫でると、王子は嫌がる事もなく嬉しそうに目を瞑った。
『ギェエエエエエエエエ!!!』
そんな雰囲気をぶち壊すように、ドーンッ!!と激しい音を立てながら、巨大梟が洞穴の入口から首だけを中に突っ込んできた。
あ、やっべ、お前の事ちょっと忘れてたわ。
俺は即座に王子を抱えて、洞穴の奥へと飛び退き避難した。
巨大梟は入口で体をばたつかせているが、どうやら身体が大きいため羽の部分が穴につっかえてそれ以上入れないらしい。
身体を激しく動かしているからか、段々と淵が削れこのままだと中に入ってこられるのも時間の問題に見えた。
「(ヤッベェな…退路がねぇ…闘うにしてもどうやって…)」
そう考えてふと、腕の中で少し状況について行けず放心している王子が目に留まった。
あ、もしかしてやれるかも。
「ランス。ちょっと耳貸してくんね?」
「え?」
俺は思わず笑顔を浮かべるが、どうやら悪役顔が更に引き立ったようで、王子は腕の中でヒクリと顔をひきつらせた。
怖がらせてすまないが今は気にしていられないんだ。
という訳で、一発かましましょうや。
逃げる際、ギルバートは本当に野性動物とほぼ同じ速度で並走してます。




