8:迫ってきた野生動物たち
毎度閲覧等ありがとうございます。
思わぬ形で小説の主要人物であるランス王子とエンカウントしてしまった俺だったが、どうやらランスは何かに怯えた様子でカタカタと小刻みに震えており、まともに話せるのか微妙な様子だった。
その影響か、凍っていくの範囲が少しずつ広がっており、このままでは俺まで氷付けにされてしまう可能性がある。
そうなれば俺だけでなく、精神不安定なランスにも悪影響になりお互い危険だ。
「…ランス様、俺これから念のため少し下がりますが、その場から逃げないでくださいね?」
今の精神状態から上手く理解出来るか不安だったが、ランスにはどうにか伝わった様で震えながらもコクコクと頷き返してくれた。
俺は、ランスからなるべく視線を外さないようにジリジリと背後に下がると、約3メートル離れた所でようやく氷化が止まった様だった。
俺は氷化が落ち着いた事に胸を撫で下ろし、再度しっかりランスの状態を見据えた。
ランスの風貌は、子供が着るには大分大きめな焦げ茶色のローブを羽織っていたが、それはどう見ても王族が着るものにしては大分粗末なものにしか見えなかった。
そして周りを改めて見回すが、王子が居るというのに側近の様な者達の姿は見受けられなかった。
逸れたのだろうかとも考えたが、だとすればもっと大騒ぎになっているハズであり、本当に人っ子一人気配が感じられないのはあり得ないと考える。
というか、ここは俺の父…つまりオルコット公爵家の管理する土地である。
もし王子が来るのであれば、王族の来訪という大事についてここに向かう前に俺達に何らかの形で伝わる筈だ。
いきなりここに向かう事にしたにしても、全く何の情報も無いのはあまりにも不自然だ。
何より今のランスの状態は、まるで何かから逃げ出しているかの様だ。
王子が逃げるような状況とは、一体何か。
…うだうだ考えていてもしょうがない。
とりあえず震えてはいるが、息は整ってきた様子のランスに俺は質問してみる事にした。
「ランス様、いくらかお聞きしたいことがあるのですが、答えていただけますか?」
ランスは俺のいきなりの声かけにビクッとしたが、すぐ頷き返してくれた。
「ではまず、ランス様は今、御一人ですか?」
ランスはゆっくりと頷いた。
「次に、ここに来るまでに誰かに連れられて来たか、もしくは家臣と一緒に来ましたか?」
一応誘拐の可能性も兼ねてこの質問をしてみたが、この質問に対してランスは首を横に振った。
…嫌な予感がする。
「…もう1つ…ここまでどうやって来たか、説明出来ますか?」
「…こ、ここまでは…城を…よく出入りしている、いっぱい物を乗せた馬車で来た…」
いっぱい物を乗せた馬車…荷馬車か。
王城によく出入りしているという事は、定期的に運搬される日用品や食料品等を運ぶ荷馬車のことだろうか。
「…何故ランス様はその馬車に乗ったんですか?」
これは、ある意味一番大事な質問だ。
答え次第では今後の対応にも関わる。
「…家から…出たくて…」
「どこか行きたい場所でも?」
「…ううん、でもボクは…きっと、あそこに居ちゃいけない子だから…なるべく遠くに行かなきゃっ…て…」
…うん、よーく分かったよ。つまりは、だ。
王子家出したのかよ!!俺、王子の家出に遭遇しちゃったの!?超一大事に遭遇しちゃったウアアアア!!
俺はあまりの大事に、思わずその場に崩れ落ち膝をついた。
いや、うん、確かに小説のランス王子もさぁ、その生い立ち故にグレて孤高の一匹狼状態にはなってたけどもさぁ。
何故家出!?何でそんな大事しちゃったかなぁ!?子供の行動力怖い!!
というか何故実行出来ちゃったかなぁ!?
俺としては王城の警備体制に疑問が尽きないよ!警備さあああん!!
そんな内心大パニック状態の俺だったが、急に崩れ落ちて黙りこんだ俺を心配してか、オロオロしながらランスは口を開いた。
「あの…大丈夫?お腹…痛いの?…それとも、僕の魔法のせいで…?」
あぁランス王子、今の君は可愛らしいだけでなくとても優しい子なんだね。
それだけでも分かってお兄さん安心したよ。
ちなみに痛いのは頭だよ。
物理的な意味でなく精神的な意味で。
そして凍ったのは背筋だよ。
事態のヤバさに大分寒気がしただけさ。
そのまま伝えると余計心配しかねないので、俺はとりあえず「大丈夫デス。考え事シテマシタ。」とだけ告げる。
その答えにホッとした様子のランスに、俺は本当に小説のランス王子と違うなぁ、と感じてしまった。
小説のランス王子は、『氷の王子』の名に相応しい程に他人に対しても冷たい男だった。
今まで強い魔力を理由に隔離され、他者と深く関わって来なかった為か、他人への興味を全く持たぬ男へと成長した。
最初にヒロインのサラと出会った際にも、サラを一瞥するとすぐ顔を逸らし、興味を持たず去っていってしまった程の無関心さだ。
そして、そんな「ただの人間には興味ありません」オーラを普段から出しまくるランス王子に、周りの男子生徒達は王子の顔がイケメンな事も更に苛立ちを加速させ、止めておけばいいものを王子にイチャモンをつけたりしていた。
そんな男子生徒達に対し、表情も変えぬままに魔法で周囲を凍り付かせ、生徒達を屈伏させていたその姿はまさに『氷の王子』そのものだった。
そして丁度そのランス王子の問題行動の一部始終を見てしまったサラは、恐ろしさに震えながらも王子の行動へ注意を促すが、その時の王子は全く聞く耳持たずどこかへ消えてしまう。
その後も同じことがあれば諦めず注意をするようになったサラ、かなりガッツがあるが大変危険である。
まぁサラもヒロインなだけあって、ほぼ最強な魔法の使い手ではあるが。
そんなサラに苛立つランス王子。
しかしそんな変わり者のサラに、次第に興味を持っていく自分に気づき戸惑い始める。
そんなこんなでだんだんサラに心を許していくのだが、そんな最強のヒロイン力の前に王子は思わずサラに自分の話をし始める。
『ボクは…誰かを傷つける為に、産まれてきた、王族の欠陥品だ…。嘗ては誰も傷つけぬようにと、誰も居ぬ土地へと行こうと遠くまで逃げた…しかし、それすら出来はしなかった。そうやって王族という立場が、ボクを縛り付け、この忌まわしき力が、ボク自身を蝕む…。こんなボクを縛り付ける世界の…何を愛せというのか…』
それに対し、サラはまだ誰にも話してこなかった自身の力を告白し、同じような苦しみを持つ者同士共に強くなろうという誓いを互いに立て、ランス王子も真っ直ぐなそのサラの姿に完全に惚れていったのだった。
そんな小説の一部を思い出しながら、俺はとある一部分を脳内で再度思い出す。
『嘗ては誰も傷つけぬようにと、誰も居ぬ土地へと行こうと遠くまで逃げた』
…もしかしてそれが今!?つまりこれって、あのヒロインに心を許すあの瞬間の一部なの!?超レアシーンじゃないか!何それ超滾る!!
っって!!違う!!そんな事に感動してる場合じゃない!!読者目線で楽しんでるような状況じゃねぇから!!
俺は一呼吸置くと、今やるべき事について思考する。
今目の前に居るのは、家出中の我が国の王子様。
ならやるべき事は1つ。
王子の保護だ。
そして王子を保護しつつ、なんとかして速やかに王城に返さねばならない。
王城に行くためにはまず山を降りるべきだ、と
考えるがそこでふと疑問が浮かぶ。
王子を乗せた馬車とやらは何故この山に来たのか、この山は王城の近く、つまりは大陸最北の地に位置している。
普通の荷馬車なら物の補充や売買の為、もう少し町中に行きそうなのに…何故こんな山奥に来たのだろう?
「あの、ランス様。ランス様が乗ってきたという馬車は、どちらに向かわれたか分かりますか?」
その質問にランスは、首を傾げた後にふるふると横に振った。
「…馬車は、大分走ったあと途中で小屋?みたいなものに、止まった。それ以上、動きそうになかったから…馬車から降りて…人気の無い…草の中に入った。」
その答えに俺はある話を思い出し、成る程と少し納得がいった。
恐らくはランスの乗った荷馬車は王城専用の配達馬車なのだろう。
他の一般的な荷馬車だと、運搬の道中にいつの間にか族が馬車の内部で待ち伏せし、城内へと進入されてしまう可能性がある。
それに、その運搬を行う行商も買収されグルになる可能性もある。
王城へ入る馬車をあらかじめ決定しておけば、荷物を乗せる前に中の様子を確認しておき、さらにその運搬を王城で働く騎士などが行えば、何か異変があればすぐ分かるだろうし、セキュリティ的も確かとも言える。
以前師匠もその買い出し兼運搬作業をしに、よく町へ出ていたという話を聞いた気がする。
馬車は、何かが起きた際にすぐ対応出来る様に王城の近くで管理するらしいので、運搬を終えても町には向かわなかったのだろう。
そしてランスは、その馬車に乗ったはいいが大して離れている事もない場所に止まってしまい、こんな王城が見えそうな程の位置で彷徨う事になってしまったのか。
まぁ外にあまり出たことが無い王子が、馬の速度や走行距離を馬車の内部から詳しく把握する事は出来ないだろう。
ランスとしては"大分走った"先の、さらに人気の無い山の中に入れば充分"遠くに来た"事になる。
俺も前世の世界で小さい頃、冒険と称して歩いた道を久々に通った時「あれ?こんな近かったっけ?」と拍子抜けした記憶がある。
まさにそれだ。
それに、幼い王子が例え闇雲にこの山の中を歩いたとしても、普段は主に王城内しか移動しない少年の移動距離はたかが知れているだろう。
本人にとっては充分『大冒険』である。
…つまりは、恐らくこの近くにその乗ってきた馬車を管理する場所がある筈だ。
そこまでランスを連れていけば、誰かしら王城へと送って行ってくれるだろうと考えた。
…しかし、問題がある。
ランスを連れていくにしても、氷の魔法のせいで直接触れるのは危険だ。
普通の子であれば手を引いて行けばいいが、今は容易に触れれば凍り付けにされ大怪我必至である。
離れたまま着いてきて貰うにしても、大分歩いて疲れた状態のランスと一緒に、場所のハッキリしない所へ向かうのは正直賢明とは思えない。
それに、中身は成人男性である俺だが今はただの七歳児だ。
王子に何かあっても子供の姿ではどうしようも無いだろう。
…このままここで考えていても埒が明かない。
ここは師匠に助力を求めるべきかと考え、せめてそこまで連れていく方法を考える事にした。
そこで、改めて王子を観察し逸れ無いようにする為にもどこか触れられそうな所を探す。
そしてよく見ると、ランスの羽織っている古びたローブは全く凍っていない様だった。
「ランス様、そのローブって何で出来てるんですか?」
その質問に王子は少し考えた様子だったが、知ってる事をちゃんと答えてくれた。
「…これは母上が、強い魔術師の人に頼んで、くれたもので…とっても古い、着た人の魔法が使えなくなる、魔法具なんだって…」
着た人の魔法が使えなくなる…とはどういう事だと思い王子のローブを注視する。
すると、古いローブの胸元にはキラキラと不釣り合いな程美しい宝石が取り付けられており、それは見覚えのある虹色に輝いていた。
まさかと思い、より近くで確認するため許可を得てから、恐る恐るローブを手にとってその宝石をよく見てみた。
輝き具合と僅かながらに感じる魔力の感覚から、やはり『純度5』の妖精石だと判断出来た。
どういう原理かはさっぱり分からないが、妖精石はローブに縫い付けられ完全に一体化しており、どうやらこの妖精石の影響でローブ全体に魔法が作用しているようだった。
『着たら魔法が使えない』という事から、恐らく着用者のみに作用する魔法具であり、これに王子が包まれていればある程度は周りに影響が及ばないという事らしい。
小説の情報や今の状況的に、ほぼ確実と言っていい程ランス王子はアリスと同じ感情発動型だと考えられた。
先程草が凍ったのは、逃げている状況で何故か俺に追いかけられ、恐怖心を抱いた精神状態の中でさらに俺がローブを引っ張ったせいで、ローブから手や足がローブから出てしまった事が影響してしまったのだろう。
その証拠と言えるのか、手足以外のローブに包まれている部位に僅かに触れている枝は全く凍る気配が無いようだった。
そうとなれば話は早い。
俺はランスにしっかりローブにくるまる様に伝えると、不思議そうな顔をしながらもちゃんと指示通り、しっかりと頭の先までローブを被ってくれた。
そして俺は、そんなランスを試しにギュッと抱き締めてみる。
ランスがローブの中でビクリと身体を震わせたのを感じたが、どうやら俺自身は全く凍る気配はなかった。
「うん、よし。これならいけそうですね。ランス様。これから安全な場所へ連れて行きますので、ローブの中で大人しくしててくださいね。」
そう告げると、俺はそのままランスを肩に抱える様に持ち上げた。
所謂俵抱きという体制だ。
正面から抱えたので、必然的にランスは俺の背中に顔がいく体勢になっている。
「え!ど、どどどこに行くの…?」
「俺の師匠の所です!師匠は強いので、きっと力を貸してくれる筈です!あ、俺に触れると凍っちゃうんで、絶対に動かないでくださいね?」
いきなり持ち上げられ身体をバタつかせたランスだったが、俺のその言葉にモゾモゾしていた小さな身体はピタリと動きを止めた。
うん、良い子だ。
そのまま俺は、ランスを抱えたまま元来たであろう道を戻り始めた。
夢中で追い掛けていた俺だが、ちゃんと方向はある程度把握しながら追いかけていたのだ。
俺がランスを見かけたのは、俺達から見て北東に位置する王城を背にした向きだった。
因みに北東という判断は、丁度昼食時の傾きかけた太陽の方向から大まかに判断しただけだ。
そこからランスはほぼ真っ直ぐに逃げたので、俺達は南西に向かって走っていた事になる。
つまり戻るには王城のあった北東側に向かえば良い事になる。
大分日が傾いてしまっているが、その傾いている方向から方角を見て、北東側へ向かって歩けばおそらく戻れる筈だ。
コンパスが無いので、誤差はかなりありそうだが仕方がない。
とにかく少しでも開けた場所に出れば王城が見えてくると思うので、師匠達と合流出来なかったとしても方角の目安にするために、どうにかそこまでは歩かなくてはいけない。
まだ太陽は夕日にはなっていないが、それに近い沈み具合いなので急ぐ必要がある。
俺はそう考えながら、しっかりとランスを抱えたまま歩を進めた。
しかし、と俺は不意に考える。
最初はただのデブだった俺だが、師匠のお陰で結構筋力も付き今ではデカイと言っても"相撲取り"と言うべきものへと変化していた。
なのでこんな風に、子供一人抱えたまま動くなど造作もない事なのだ。
今の状況ではこのしっかりとした体型に感謝する。
しかし実はダイエットの件だが、食事制限の方が微妙に予定通りにいってないのだ。
残すと義母さん怒るし、料理長に量の相談もしたが、何故か泣きながら「私の料理はそんなに不味いのですか!?」と勘違いされ泣かれた。
どうにか宥めたが、どうやら今までお残しもなく際限もなく思いきり食いまくっていた今までの俺の行いにより、"減らす"という事は「自分の料理の腕が落ちたのか!?」と不安になったらしい。
んな訳あるか!
不味かったらこんなにダイエットに苦労しねぇよ!!
俺は前世で段々食が細くなっていたという反動のせいか、この世界の食べる物全てが美味すぎて食い過ぎてしまうというデメリットが発生していた。
どれだけ動いても食ってちゃ減るもんも減らない。
なので、話し合いの結果『とりあえず山盛りは止めよう』という結果に落ち着いた。
そして間食の方も、アリスがよくお茶に誘ってくれる為になかなか止められなかった。
最初断った時、ウルウルと涙目上目遣いでションボリされた時のあの罪悪感と言ったらもう…。
呼んでくれるのは嬉しいが、ダイエット的には困ったものだ。
こちらもとりあえず、話し合いの結果『お菓子の量だけちょっと控えよう?』とアリスに促して量は減らすことに成功した。
予定では、出来れば鶏肉や野菜中心の所謂『糖質制限ダイエット』とやらで効率的に痩せればと思っていたが、中々上手くはいかないようだ。
ライ○ップもやっているとテレビで言っていたので取り入れたかったのだが。
そこでふと、ランスは今日のご飯はどうしたのか気になったので、着くまでの会話がてら聞いてみる事にした。
「ランス様、今日お城を出てから何か食べられましたか?」
「…一応、出る前に食べて、給仕場から…リンゴやパンを、とってきたから。昼はそれ食べた…」
あらヤダ!この子ったらさりげに泥棒までしてる!
王子だから王城の物を勝手にとっても泥棒にはならないだろうけど。
逃げ出す時といい何このステルス系王子!?
王子というより盗賊か暗殺者向きじゃないか!?
っていうか、どこか遠くに行きたいにしては食料それだけかよ!!
何事もないのは小説で知ってるけど!無計画過ぎるだろ王子様よぉ!?
俺は少年のあまりの無謀さに、思わず力が抜けそうになった。
抱えてるのでそんなことはしないが。
…ん?そういえば、ランス王子って無事に学園に入学してるんだよな?じゃあ放って置いてもいずれ誰かに助けて貰ったんでない?
いや、でもこんな小さい子あの場にほっとけないし…
結局何が最善だったか結論が出ず、モヤモヤと色々考えながら歩いていると、いきなり何かが自分の足先を擦った感覚があった。
「ん??」
何かが横切った様なその感覚に、俺は視線を足元に向ける。
すると、兎や鼠などの小動物がチョロチョロと左から右へと通り過ぎて行った。
しかも、一匹二匹でなくかなりの数だ。
「な、何だ??」
何故こんなにも動物達が横切るのかと思い、俺はその動物達が来ている方向を見てみた。
するとその見た方向から、さらに凄い量の動物達が草や小さな木を薙ぎ倒しながらこちらに迫ってきていた。
…そしてそんな状況で、俺は動物達に釣られる形で、状況不明のマラソン大会に参加する事になったのだった。




