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夏美の誕生日と傷

 今日は8月18日。

 明日は記念すべき日、夏美さんの誕生日だ。


 1班の夏美さん以外の3人で集まる。


「それじゃあ、プレゼント買いに行こう」


 と、由紀の提案でプレゼントを買いにデパートへ行くことになった。

 外出届に行き先を書き、施設を出た。


「あっちぃなあ~」


 まだまだ、夏真っ盛り。

 セミの合唱が響いている。

 暑さのせいか、特に会話もせずに歩いた。


 デパートに着いた。


「それで由紀、どうするの?」


 僕は由紀に指示を仰いだ。

 夏美さんが好きなものはカレーと手芸くらいしか知らない。

 去年は無難に文房具をあげたけど、今年は最後なんだし何か凝ったものをあげたい。


「来年から一人暮らしなんだし、何か一人暮らしに役立つものかなあ?」


 なるほど。

 そういえば、そうだった。


「さすが、由紀ちゃんだな」


「えっへん」


「じゃあ、手分けして探しましょう。1時間後に、現在地に集合ということで」


「ああ、わかった」


「うん」


 僕たちは分かれて役立ち品を探すことにした。

 僕は生活用品が並ぶ店に入る。

 

 僕は料理が好きなので、料理グッズに目が行く。

 最近は時短グッズなども多く出ているようだ。

 僕は電子レンジでご飯が炊ける、一人用炊飯器を選んだ。

 炊飯器と言ってもそれほど高くなく、1400円くらいだ。


 まだ、30分ほどある。

 僕は本屋へ寄り、少し立ち読みしてレシピブックを買った。

 そろそろ時間だ。

 集合場所へ戻ると、由紀と元さんがいた。


「よし、揃ったな」


「はい。それじゃあ、帰りましょう」


 そして、デパートを出た。 


「そのまま渡すのもなんだし、私が可愛くラッピングしてあげるよ」


 と、由紀が帰り道に言ったので、プレゼントは一旦預けた。


 施設に着いた。


「お帰り」


 智恵理先生に迎えられる。

 挨拶を返し、そのまま自室に戻ろうと思った。

 いや、その前に由紀の部屋に行こう。


 ドアをノックする。


「僕だけど」


「はーい」


 ドアが開く。


「お兄ちゃん、用事?」


「宿題やってるかなって」


「う……」


 由紀の部屋の中に目をやると、携帯ゲーム機からゲームのBGMが流れていた。


「ゲームしてたの?」


「うん」


「宿題は?」


「後で……」


 そういうのが積み重なって、今日になったんだよなあ。

 

「今すぐやること」


「はーい」


 由紀はゲーム機の電源を切り、宿題を取り出す。

 僕は由紀の部屋を出ようとした。


「お兄ちゃん」


「ん?」


「私、友達のみんなと同じ高校行けるかな?」


 由紀の表情は暗い。

 不安なのだろう。


「私、頭悪いし。頑張っても無駄なのかなって思うの」


「そんなことないよ。今から本気で頑張ればきっと、同じ高校行けるよ。なんなら、僕が勉強見てあげるよ」


「うん」


 僕だけじゃない。

 施設には勉強を見てくれる職員さんもいるし、大学生のボランティアなども時々来る。

 後は、由紀次第だ。

 そして、夕食まで勉強することになった。


「あのね、お兄ちゃん。私友達といても、疎外感を感じるの」


 勉強の合間、由紀がそんなことを言ってきた。


「どうして?」


「みんなには、ちゃんと両親や温かい家庭があるのに、私にはないから。ふとした時に感じるの」


「それは……」


 しょうがない。

 なんて言葉で片付けていいのだろうか。


「僕が、いるじゃないか。ちゃんと、家族がいる」


「うん、そうだよね。ごめんね。ありがとう」


 由紀はたった一人の愛する家族。

 僕が守ってあげないといけない。


 そして、夕食まで勉強した。

 宿題は10分の1くらい終わった。

 このペースなら、夏休み中になんとか終わりそうだ。


「ねえ、お兄ちゃん」


「何?」


「お兄ちゃん、してほしいこととかある?」


「どうしたの? 急に」


 こんなこと、聞かれたのは初めてだ。


「私、お兄ちゃんに助けてもらってばっかりだよ。何か恩返しがしたいの」


「由紀がちゃんと高校行ってくれたら、それで充分だよ」


「でも……」


「ほら、もう夕食の時間だよ。食堂行こう」


 由紀の部屋を出た。

 由紀が後ろから付いて来る。

 なんとなく、愛おしくなって頭を撫でる。


「えへへ」


 由紀が笑う。

 いつまでも、この笑顔を絶やさなように僕は。


 一日のやることをすべて終え、自室に戻る。

 ベッドに寝転ぶ。

 そのまま、眠りに落ちた。




 今日は夏美さんの誕生日だ。

 朝、食堂に向かう途中、夏美さんに出くわす。


「夏美さん、誕生日おめでとうございます」


 夏美さんは固まる。


「忘れてた」


 それだけ言った。

 そして、すれ違おうとした時。


「ありがとう」


 夏美さんは小さく呟いた。


 夕食の時間。

 テーブルの中央にはケーキがある。


「なっちゃん、誕生日おめでとう」


 由紀が可愛くラッピングされたプレゼントを渡す。


「ありがとう」


 夏美さんがお礼を言う。

 他の子供たちからも、口々に祝福の言葉が投げかけられる。

 家庭で祝福されなくても、ちゃんとここで祝福される。

 僕たちは生まれたことを祝福される存在なのだ。


 その後、みんなでケーキを食べた。


 その夜。

 僕はトイレに行きたくなって起きた。

 食堂の横を通り過ぎようとした時、食堂に人影が見えた。

 よく見ると、夏美さんだとわかった。

 夏美さんは暗い食堂の席に、たった一人で座っていた。


「夏美さん?」


 僕は声を掛けつつ、食堂に入る。


「あ……」


 夏美さんはこちらに気付き、ゆっくりと視線を向けてくる。


「どうしたんですか?」


 僕は夏美さんの隣に座る。


「悩んでた」


「何をですか?」


 夏美さんは黙ってしまう。

 そして、しばらくした後口を開く。


「これが、ここでの最後の誕生日。もう、来年は……」


 来年は、ここにはいられない。

 社会に出ないといけない。


「もっと、居たい。ずっと、ここに居たい」


 夏美さんの目から、涙がこぼれる。


「ここを出たら、一人になる……」

 

 夏美さんはそう続けた。

 

「夏美さんを一人にはしませんよ。僕たちが会いに行きますよ」


 元さんは仕事で忙しくなるのでしょうがないが、由紀と僕だけでも夏美さんの寂しさを紛らわせるために頑張る。

 そう、心に決めた。


「ありがとう」


 夏美さんの涙が少し引いた。

 でも、夏美さんの不安は収まっていないだろう。

 どうすればいいんだろう。

 この不安を取り除くために、何をすればいいんだろう。


 そうだ、夏美さんにはちゃんと帰って来られる場所がある。

 卒園したからといって、絆の学園に来ちゃいけないわけじゃない。


「夏美さん」


「何?」


「いつでも、帰って来てください。この場所に。いつでも、待ってますから」


 夏美さんの表情にわずかに、変化があったように感じた。


「うん」


 夏美さんはそう言って、食堂を出た。


 そして、残り少ない夏休みは過ぎていく。

 由紀の宿題を見たり、バイトをしたりして2学期になった。

  

 2学期になるにあたって心配なことは、夏美さんへのいじめがまた始まるのではないか、ということ。

 これは、放置できない問題だ。


 2学期の初日の休み時間、夏美さんの教室の近くの廊下に行ってみる。

 教室を覗くと、いじめは行われていないように見えた。

 夏美さんを見る。

 あれ、と思った。

 夏美さんの手首に、包帯が巻かれていた。

 怪我でもしたのだろうか。


 僕は気になったものの、チャイムが鳴る時間が迫っていたので教室に戻った。

 

 その日施設に帰ると、夏美さんが職員室に向かって行くところだった。


「夏美さん、手首怪我でもしたんですか?」


 僕は呼び止めて聞いてみる。


「……教室にいる時、自分で切った」


 僕は何も言えなかった。

 どうして、という思い。

 一方で、いつかこんなことが起こるんじゃないかという思いもあった。

 夏美さんは職員室に入って行った。


 夏美さんへのいじめは、なくなった。

 きっと、クラスメイトの中で教室で手首を切るヤバい奴、という認識になったからだろう。

 いじめはなくなったが、孤立は深まっただろう。


 悲しさと寂しさが押し寄せる。

 もっと、自分を大切にしてほしい。

 この夏休みにあったことは、夏美さんを変えるに至らなかったのだろうか。    

 

 そんなはずはない、と思いたかった。

 でも、事実として、夏美さんは自傷行為をした。

 体の傷は治っても、心の傷は治らない。


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