夏祭り
施設に着いた。
「二人とも、お帰り」
智恵理先生に迎えられる。
挨拶を返した。
「智恵理先生、後でお話いいですか?」
「いいよ。待ってるね」
僕は進路について、相談することにした。
自室に戻る途中、由紀とすれ違う。
「由紀、ちゃんと宿題やってる?」
「えっと……」
「遊んでばっかりじゃだめだよ」
「はーい」
由紀は走り去ってしまう。
こういう時、親だったら厳しく叱るのだろうか。
そして、夜の学習時間。
僕は職員室に来た。
智恵理先生を呼んだ。
「話って?」
「進路の件なんですけど」
「うん」
智恵理先生は返事をしつつ、資料を取り出す。
「進学か就職か、迷ってるんです」
「勇気君的には、いつまでに決めたいの?」
「3年になるまでには」
元さんの言葉をそのまま、言った。
「そうだね、それくらいまでには決めないとね。まあ、熱心な子は2年の冬くらいには受験勉強始めるけど」
僕もそれくらいには、始めないといけないだろうか。
「智恵理先生は、どっちに進んでほしいですか?」
あまり、いい聞き方はではないと思う。
「勇気君は私がこっちと言ったらその通りに進むの?」
「いえ……」
「ごめんね。でも、勇気君自身が考えて答えを出さないといけないと思うの」
その通りだ。
でも、信頼できる大人の意見を聞きたい。
「勇気君の学力と成績なら、一般入試でも他の方法でも結構いい大学いけると思うよ。それこそ、学費免除だって狙える」
今まで、模試も受けている。
偏差値的にも、高いほうだと思う。
「でも、大学に行ったらバイト漬けの生活だろうね。生活費稼がないといけないから。サークルなんかで遊んでる暇はないと思う」
迷う。
あちらを立てれば、こちらが立たず。
「高卒で就職すれば、とりあえず生活は保障される。だけど、大卒ほどの給料は望めないよ」
元さんにも言われたことだ。
「勇気君は今まで勉強頑張って来たから、選択肢があるんだよ。就職しか選択肢がない子だっている。努力してきた勇気君には選ぶ権利があるんだよ」
その後も、話し合った。
奨学金の資料なども見せてもらった。
しかし、結論は出なかった。
「勇気君がどちらを選んでも、全力で応援するよ」
最後に、心強い言葉を貰った。
僕は信頼と期待に応えないといけない。
ベッドに寝転ぶ。
目を閉じる。
考えても、迷いが深まるばかり。
いっそ、誰かに決めてもらえば楽かもしれない。
いや、だめだ。
それは、良くない。
自分で決められない人間になってしまう。
答えは出ず、眠りに落ちた。
数日後の夕方。
今日は夏祭りの日だ。
施設の子供たちの多くが参加する。
僕も特に参加しない理由はないので、参加している。
由紀は毎年、浴衣を着る。
「お、由紀ちゃん似合ってるね」
元さんが由紀を見て、そう言った。
「えへへ、ありがと」
由紀の浴衣は水色で、金魚が描かれている。
一方、夏美さんはいつもの地味な私服だ。
「さ、行こう」
僕がそう言って、歩きだす。
夏祭り会場が近づくにつれ、賑やかな音が大きくなり、熱気が強まる。
「今年も、人たくさん来るかな?」
由紀は、ウキウキしながら言った。
「そりゃ、来てるでしょ」
僕が答える。
既に周りには会場へ向かう人々が多い。
「お兄ちゃん、かき氷奢ってね」
「はいはい」
そして、会場に着いた。
様々な光が、夜をきらびやかに彩る。
「それじゃあ、夜9時までには施設に戻ること。私もその辺にいるから、何かあったら声掛けて」
智恵理先生はそう言って、施設の子供たちの見回りに行った。
ちなみに、今日はさすがにジャージではなく私服だ。
いつもジャージなので、新鮮だ。
「じゃあ、俺は高校の友達と遊んでくる。勇気、両手に花だな!」
元さんはそう言って、人混みに入って行った。
「これからどうする?」
僕は元さんの言葉を流しつつ、由紀に聞いた。
「金魚すくいやりたい!」
由紀は元気よく、言った。
「だめだよ。食べ物のカップとかと違って、金魚は捨てられないから最後にするんだ」
「は~い」
「夏美さんは何か希望あります?」
夏美さんはどこか明後日の方を向いていたが、僕に声をかけられこちらを見る。
「ない」
「じゃあ、由紀に付いて行くから」
「うん! じゃあかき氷ね」
由紀を先頭に、かき氷の店を探す。
「人多いね」
由紀は転びそうになりながら言った。
「うん、気を付けて」
「はぐれたらいけないから、手繋ごうよ」
「嫌だよ、恥ずかしい。それに、夏美さんはどうするの?」
「3人で繋げばいいんだよ」
それこそ、恥ずかしい。
かき氷の出店に着いた。
結構値段が高い。
「おじさん、3つください!」
由紀が元気よく言った。
「はいよ、味は?」
僕がメロン、由紀がイチゴ、夏美さんがレモンを頼んだ。
氷が機械で、簡単に削れていく。
「はい、できたよ」
おじさんから、受け取る。
「わーい、ありがとー」
由紀は満面の笑みで、かき氷にそのままかぶりつく。
「ちょっと、スプーン使いなよ」
「えー、いいじゃん」
鼻の頭に氷が付いてる。
僕たちは、ひとまず座ってかき氷を食べることにした。
「おいしいね、なっちゃん」
「うん」
「なっちゃんの、一口ちょうだい。私のもあげるから」
夏美さんと由紀はそれぞれ交換した。
「はい、お兄ちゃんも。あ~ん」
由紀は一口分、差し出してくる。
「恥ずかしいよ」
「いいから、いいから」
仕方なく、口を開けて食べようとする。
その時、カメラのシャッター音がした。
「智恵理先生……」
「ふふふ、撮ったよ」
いつの間にか、智恵理先生に撮られていた。
「来月の絆の学園通信に載せようかな」
「やめてくださいよ!」
「ま、仲良くね」
智恵理先生は去って行った。
「あ、お兄ちゃん」
「何?」
由紀の視線の先には、この前の同級生たちがいた。
「行ってきなよ」
「でも……。うん、行ってくるね」
「行ってらっしゃい」
由紀は立ち上がり、歩き出した。
夏美さんと二人になった。
「あの」
夏美さんが小さく言った。
「何ですか?」
「この前は、ありがとう」
この前とは、いつのことだろう。
「ジュース、紙パック」
僕が黙っていると、夏美さんはそう続けた。
そういえば、夏美さんに向けてジュースの紙パックが投げつけられた時、助けたんだっけ。
でも、ずいぶん昔のことに感じる。
もしかして、二人きりになる時をずっと待っていたのだろうか。
「施設の仲間が困ってたら、助けるのは当然ですよ」
それに、いじめの根本的な解決はできていない。
また、2学期になったら、いじめが再開するかもしれない。
「ありがとう」
それでも、夏美さんはお礼を言ってくれた。
それに対して、気の利いた返事は出来なかったけど、いつもの気まずい沈黙はなかった。
僕が思ってる以上に、夏美さんは色々考えているし、優しい人なのかもしれない。
「夏美さん、花火見やすいところに行きましょうよ」
「うん」
僕たちは立ち上がり、歩き出す。
ほぼ毎年来ているので、花火が見やすい穴場を知っている。
それは、近くの神社だ。
その神社は高い場所にあり、花火がちょうど見やすい所にある。
夏祭り会場から少し離れ、神社に着いた。
しかし、先客がいた。
その先客はカップルで、ちょうど情熱的なキスをしていたところだった。
向こうは気付いていないが、こちらの視界にバッチリと入ってしまった。
気まずい。
しかし、それ以上に変化があった。
夏美さんがカップルの行為を見て、青ざめた顔をしていた。
「夏美さん?」
夏美さんは口元を押さえ、苦しそうにしている。
息が荒く、乱れていた。
「大丈夫ですか!?」
夏美さんの背中をさすろうとする。
「触らないで!」
初めて、夏美さんの大声を聞いた。
夏美さんはそのまま、うずくまってしまった。
僕は智恵理先生を携帯電話で呼んだ。
すると、すぐに来てくれた。
「勇気君は戻って。なっちゃんは私がなんとかするから」
と言われた。
「でも……」
「ごめん。事情は話せないの」
そう言われると、何も聞けなくなる。
仕方なく、施設に戻った。




