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アルバイトと進路

 カレー屋はまだ11時なのに、混んでいた。

 僕たちは20分ほど並び、ようやく着席できた。


 メニューを開き、どれにするか迷う。

 僕はあまり食べる方ではないし、辛いのは苦手なので、普通のカレーに決めた。


「みんな、決まったか?」


 元さんが確認する。


「はい、決まりました」


 夏美さんも頷く。

 そして、元さんが店員を呼んだ。


 僕と元さんは普通のカレーを頼んだのだが。


「辛さ9の大盛りで」


 夏美さんは静かに言った。

 この店では辛さが1~9まであり、9は激辛だ。

 しかも、大盛りときた。


 店員さんは注文を受け、厨房に伝えに行く。


「夏美さん、大丈夫ですか?」


 思わず、確認する。

 夏美さんは黙って首を縦に振る。

 妙な説得力があった。


 やがて、夏美さんは運ばれてきたカレーを表情を変えずに完食した。

 僕と元さんは驚き半分、恐怖半分といったところだ。


 カレー屋を出る。

 その時、由紀とその同級生達とすれ違う。

 由紀は笑っていた。

 楽しくやれているようだ。

 心の中で、思わずガッツポーズをする。


 その時、驚くべきことがあった。

 夏美さんの表情が少し、変わったように感じる。

 ほんのわずかだが、由紀たちを見て穏やかな表情になっていた。


「よし、そろそろ帰るか」


 元さんがそう言い、帰ることにした。

 結局、水着は買わなかったが、いいだろう。

 それよりも、由紀が同級生たちと打ち解けられたこと。

 そして、夏美さんの変化が見られたこと。

 今日は良い一日だった。

 そう、思える。


 施設に着いた。


「あれ、由紀ちゃんは?」


 智恵理先生に迎えられ、そう聞かれた。


「由紀は同級生と会ったので、そのまま一緒に遊んでますよ」


「そう、良かった。友達ができたんだね」

 

 どうやら、智恵理先生も由紀に友達がいないことに気付き、心配していたらしい。


「なっちゃんは、何買ってきたの?」


 智恵理先生は夏美さんが持っている紙袋を見ながら聞いた。


「趣味の道具です」


「そう、楽しんできた?」


「はい」


 夏美さんの口から、楽しんだと聞けたので良かった。


 その後、由紀が施設に帰って来た。


「由紀、お帰り」


「うん、ただいま!」


 由紀は今日の話をたくさんしてくれた。

 また一緒に遊ぶ約束をしたらしい。

 

 夜、ベッドに寝転ぶ。

 今日はいろいろあった。

 僕にとって、大切な思い出になるだろう。

 そんなことを考えつつ、眠りに落ちた。 





 それから時は流れ、夏休みになった。

 といっても、友達もいないので勉強とバイトがメインになる。

 由紀は友達と頻繁にでかけている。

 時折、施設に友達を呼んでいる。

 施設に友達を連れてくることは、禁止されていない。

 もう少し勉強をしてほしいと思う時もあるが、友達ができたばかりなので大目に見ている。

  

 一方、夏美さんと元さんは高卒で就職するため、その準備に追われている。

 面接練習もそうだし、職場見学にも行ってるらしい。

 

 僕はバイトのシフトを多めにして、なるべく稼ごうと思っている。

 それは、大学に行くかもしれないからだ。

 行くにせよ行かないにせよ、施設を出たら一人暮らしをすることになるのでお金がいろいろと掛かる。

 そのための貯金だ。


 今日もバイトの日だ。

 

「行ってきます」


 外出届を書き、智恵理先生に挨拶する。


「暑いから気をつけてね」


「はい」


 僕がバイトしているコンビニに着いた。

 このバイト先は、智恵理先生が紹介してくれた。

 以前、卒園した施設の先輩もバイトをしていたところだ。

 施設の子供というのは、世間のイメージが悪い。

 親から教育を受けていないせいで、まともな子ではないというイメージを持つ人もいる。

 なので、バイト先を探すのも一苦労だ。


 だから、こうした信頼が大事になってくる。

 僕たちが真面目に働けば、絆の学園のイメージアップにも

 繋がり、後輩の子たちも雇ってくれるのだ。

 また、社会勉強の一つと自立のための資金集めとして、施設側からもバイトが推奨されている。


 高校生なのでさすがに夜勤は法律で禁じられてるが、本音を言うと給料の高い夜勤をやりたい。

 

 コンビニのバイトはやることがたくさんある。

 他のバイトをしたことがないので、比較できないが大変な方だと思う。


「いや~、高校生のみんながテストでいなくて、大変だったよ」


 と、店長に迎えられる。

 店長はいつもやつれていて、その大変さが予想できる。

 店長と言っても、みんなに指示を出すだけでなく現場に立つことも多々ある。


 早速裏で着替え、商品の陳列作業に入る。

 今は夏なので、おでんがない。

 その点は助かる。

 おでんは電子レンジで作るわけではないので、結構難しいのだ。


 忙しい時間はあっという間に過ぎる。

 もうすぐ、バイトも終わりの時間だ。

 

「勇気君、高校卒業したらどうする?」


 ちょうどお客がいない時間、店長に話しかけられた。


「今は、迷ってます。進学か就職か」


 まだ、決めていない。

 本当はさっさと決めて、注力すべきなのだろうけど、決められない。

 夢は温かい家庭を築くこと。

 だけど、これを勉強したいとかこういう企業に勤めたいといったことが、一切ないのだ。

 この現状を変えたいと思ってはいる。


「もし、行く当てがなくてお金に困ったら、ウチでバイト続けてもいいからね」


「ありがとうございます」


 店長は智恵理先生と一緒で、信頼できる大人だ。

 店長も僕のことを信頼してくれていると思う。

 これが、バイトを頑張って来た成果の一つだと思うと嬉しい。


 その時、元さんが入って来る。


「よう、勇気。頑張ってるな」


 元さんは他の場所でバイトをしている。

 たまに、この店に立ち寄ってくれる。

 

「元さん、お疲れ様です」


「ああ、疲れたぜ。マルボロ一つ」


「馬鹿言わないでくださいよ」


 バイト歴が長くなるにつれ、タバコの銘柄も覚えた。


「勇気、バイトあとどれくらいで終わる?」


「あと1時間ですね」 


「じゃあ、立ち読みして待ってるから一緒に帰ろうぜ」


「買ってくださいよ」


 その後、何事もなく時間は過ぎて行き、バイトは終わった。


 帰り道。

 

「元さん、就職どうですか?」


「ああ、なかなか面白そうな職場もあったぞ」


「僕も大学行かずに、就職すべきなんでしょうか?」


「どうしてだ?」


 大学は研究機関だ。

 勉強のために行く場所だ。

 まあ、今となっては就職予備校になってる面もある。

 だけど、何も勉強したいことがないのに、大金を支払っていくべきではないと、思うところもある。

 それに。


「僕、早く自分の力で生活したいんです」


 僕は早く、施設に恩返しがしたいのだ。

 施設への恩返しとは、自立した姿を見せることだと思う。

 大学に行けば、最低でも4年間は学費や生活費をバイトなどで、捻出し続けなければいけない。

 だけど、就職すればバイトより大きく稼げるし、様々な保障がある。


 要は、進学より就職の方が安定するのだ。


「いや、お前は大学行っとけ」


 だけど、元さんは僕の考えを否定する。


「どうしてですか?」


「大卒の方が色々可能性が広がるし、給料だって高い。行けるなら行った方がいい。奨学金もあるしな」


 それでも、納得はできない。

  

「家庭を築くにも、金がいる。多いほうがいいなんて言わないが、少ないと確実に困る」


 元さんは、経済的困窮により施設にいる。

 以前話してくれた。

 最低限必要な物さえ、買えなかったこと。

 お金の大切さのこと。


「俺は小さい弟たちがいるから、就職する。お前は違うだろ?」


 由紀はどうなんだろう。

 僕が就職して、助けてあげるべきなんだろうか。


「まあ、智恵理先生とも相談するんだな。せめて、3年になる前にはどっちにするか決めるんだ」


「はい」


 もしかしたら、今まででの人生で一番の選択になるかもしれない。

 よく、考えないと。

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