由紀の友達作り
翌日の学校。
今日は音楽の時間がないので、3年生のクラスの前を通ることはない。
このまま、関わらなければ平穏な日常は保たれる。
だけど、それはできなかった。
夏美さんのクラスの前へ行く。
恐る恐る、教室内を外から覗く。
今度は空になったジュースのパックが、夏美さんに投げつけられていた。
パコ。
軽い音がして当たる。
また、あの笑い声が聞こえた。
夏美さんは無反応だ。
僕は居ても立っても居られず、教室に入る。
突然下級生が教室に入って来たので、視線が少し集まった。
僕は夏美さんの手を引いて、教室を出る。
夏美さんは特に何も言わなかった。
着いた場所は図書室。
人もいないだろうし、話をするならここでいいだろう。
「夏美さん」
僕は手を離し、向かい合って話し始める。
「いじめられて、嫌でしたか?」
「別に」
「どうしてですか?」
夏美さんは答えない。
また、あの目だ。
視線を合わせない目。
「嫌なら、嫌って言ってください。そうすれば、周りの人が助けてくれますから」
「そう」
虚ろな目だった。
「勇気君は幸せだね」
夏美さんは呟くように言った。
「え?」
思わず、聞き返してしまった。
僕が幸せ。
どういう意味だろう。
「私は助けてもらうほど、価値のある人間じゃない」
また、そんな悲しい言葉が聞こえて来た。
「どうして、そんなこと言うんですか?」
夏美さんは再び沈黙する。
「もう、私に関わらないで」
夏美さんはそう言って、図書室を出た。
結局、何もできなかった。
「はあ……」
ため息をついてしまう。
明らかに拒絶された。
期末テストの日になった。
僕は勉強の成果を発揮し、ほとんどの問題に答えることができた。
「お兄ちゃ~ん」
その日、施設に着くと由紀が早速報告に来た。
偶然にも、期末テストは同じ日だった。
「どうだった? テスト」
「それが……」
あまり良くなかったらしい。
「まあ、大丈夫だよね」
由紀はそう言って、部屋に戻って行った。
あまり、楽観視してほしくはない。
そして、夕食の時間。
「勇気はテストどうだったんだ?」
元さんに声をかけられる。
「いつも通りですね。大体できました」
「ほう、結構な自信だな」
「勉強はしてありますから」
「うむ」
夏美さんは黙って食事している。
あれから、いじめは悪化していないし改善もしていない。
本人に関わるなと言われている以上、手が出しづらい。
無理にでも、助けるべきだろうか。
「お兄ちゃん、テストも終わったし明日水着買いに行くからね」
そういえば、そんな予定もあったなあ。
「よし、荷物持ちは任せろー!」
元さんが意気込む。
「うむ、元に任命する」
と、由紀は偉そうに命令する。
僕は夏美さんをちらりと見る。
黙々と食事している。
「どうしたの? お兄ちゃん」
「いや……何でもない」
僕も食事に戻る。
消灯時間になった。
ベッドに寝転んで、考える。
どうして、夏美さんはあんなことを言うのだろう。
自尊心が全くない。
原因は、ある程度推察できる。
だけど、それを取り除くことは僕には出来ない。
結局、本人が変わらないといけないのだ。
また、悪夢を見た。
両親に殴られている夢だ。
どこに行っても、逃げ場はない。
翌日。
今日は休日だ。
みんなで買い物に行く予定がある。
朝食を終え、職員室の前へ行く。
学校以外で出掛ける時には、外出届を提出しないといけない。
僕達は外出届を出し、隣町のデパートへ向かった。
電車に乗り、隣町の駅に着いた。
ここからはすぐだ。
デパートは休日ということもあり、たくさんの人が訪れていた。
早速、水着売り場へ向かう。
水着売り場では色とりどりの水着が並んでおり、まるで花畑の様だ。
「お兄ちゃん、この水着どうかな?」
由紀が持ってきたのは、いわゆるビキニの水着である。
結構布面積が狭い。
「だめ」
「え~!? 何で?」
「もっと、落ち着いたのにするんだ」
「はいはい」
由紀は水着を戻しに行く。
「勇気も大概だな」
と、元さんに声を掛けられる。
「どういう意味ですか?」
「過保護」
自覚がないわけではないが、僕達には両親がいないのだ。
僕が守らないといけない。
一方、夏美さんは隅の方で特に何もせず、立っている。
声を掛けるべきかどうか迷っていると、由紀がなぜか水着売り場から慌てて出て来た。
「由紀、どうしたの?」
「同級生がいるの。あんまり会いたくない」
小声で言ってきた。
ちょうど、中学生の集団が水着売り場に入って行くところだった。
まさか、学校でいじめられてるのだろうか。
由紀はトイレに隠れ、僕たちは外で待つことにした。
10分ほどして、由紀の同級生たちは水着売り場から離れて行った。
夏美さんに頼んで、由紀をトイレから呼び出してもらった。
「何で同級生に会いたくないの?」
早速聞いてみた。
「だって、施設で暮らしてること隠してるもん」
「何で?」
「いじめまで行かなくても、気を遣われると嫌だし」
確かに、そういうこともあるかもしれない。
「じゃあ、学校に友達いないの?」
「うん」
僕が言えたことではないが、それは良くないと思う。
学校は勉強をするだけの場ではない。
由紀の性格からして、友達がいなくて寂しい思いをしているだろう。
なんとかしてあげたいと思った。
「由紀、行くよ。元さん、夏美さん、ちょっと離れます」
僕は由紀の手を引いて、さっきの同級生の集団を探す。
「お兄ちゃん、待ってよ」
「寂しいんでしょ?」
「……うん」
そして、本屋でさっきの集団を見つけた。
「あの子たちは、どんな子なの?」
「えっとね、割と大人しいグループかな」
「じゃあ、大丈夫なんじゃない? 声を掛けて来れば?」
「私なんかが声掛けて、迷惑じゃないかな?」
僕達、被虐待児はいつもそうなんだ。
自分に自信がなく、自分に価値が見いだせない。
「大丈夫、由紀なら」
「うん」
それでも、由紀はなかなか動こうとしない。
「何て声掛ければいいかな?」
「まずは、挨拶からでいいんじゃない? ほら、迷ってると一生動き出せないよ」
「うん、わかった」
由紀は歩き出した。
僕はその場を離れる。
きっと、うまく行く。
僕は元さんと夏美さんの所へ向かった。
「よう、勇気。どうだった?」
「大丈夫だと思いますよ」
「そうか」
元さんはふっと、笑う。
「本当に、過保護だなあ」
「いいじゃないですか。由紀には僕しかいないんですから」
「まあ、そうだけど。そういえば、どうしてお前は友達作らないんだ?」
「いなくても、なんとかなるからです」
「寂しくないのか?」
「ええ」
由紀にはああ言ったが、僕は怖がりだ。
特に信頼できる人意外と関わるのが怖いのだ。
辺りを見渡す。
夏美さんがいない。
「夏美さんはどこ行ったんですか?」
「ああ、あそこの店だ」
元さんは雑貨屋さんを指さした。
「何を買いに行ったんですか?」
「趣味のものだな。夏美の趣味、知ってるか?」
「いえ、知りません」
「手芸とか、編み物だな」
まず、趣味があったことに驚いた。
いや、それは失礼かもしれない。
夏美さんだって、暇な時間はぼーっと過ごすだけの人間ではないだろう。
今度、作った物を見せてもらいたい。
僕たちは夏美さんの様子を見に行くことにした。
夏美さんは真剣な様子で布やリボン、ボタンを見ている。
邪魔するのは悪いので、大人しく待つことにする。
やがて、夏美さんは数点選び、購入した。
そして、特に何も言わず合流するかと思いきや。
「由紀ちゃんは?」
そんなことを聞いてきた。
「同級生に声を掛けに行きましたよ」
「そう」
会話は終わった。
由紀は夏美さんと仲が良い、と僕は思っている。
二人の間には、会話こそ少ないし年の差もあるが、女同士の友情があるのかもしれない。
「そういえば、結局水着買ってないな」
元さんが思い出し、言った。
忘れていた。
買いに行こうと言い出した由紀がいないので、どうしようかと思い夏美さんを見る。
夏美さんは黙って首を振った。
「それじゃあ、お昼にしましょう」
僕の提案で昼食をとることになった。
「夏美さん、何が食べたいですか?」
何でもいいとか、別にない、といった答えが返ってきそうだが、一応聞いてみる。
「カレー」
意外にも自分の意見を言った。
「よし、じゃあ、カレー屋に入ろうぜ」
元さんが言い、デパート内のカレー屋に入る。




