いじめられてもしょうがない
教室に入る。
僕は学校に友達がいない。
かといって、いじめられてるわけではない。
誰とも深い関係にない、というだけだ。
特に困ることはない。
体育なんかで二人組作るときは、誰かしら組んでくれる。
修学旅行も、誰かと組めるだろう。
施設で暮らしていることは、知っている人もいる。
そのことで、何か悪口を言われたりしたことは、高校ではない。
小学校時代の一時は悲惨だったけれど、高校はみんな大人なので分別があるのだ。
いつも通り、席に着いて自主勉強を始める。
読書することもあるけれど、テストが近いので今日は勉強することにした。
「勇気君、勉強教えてくれない?」
一人の男子が、そう頼んできた。
このように、ある程度の交流はある。
その男子に勉強を教えつつ、ホームルームの時間まで過ごした。
一時間目は音楽だ。
音楽室へ行かないといけない。
僕は教材を揃え、席を立つ。
廊下に出て、音楽室へ向かう。
音楽室へ行くには、3年生の教室の前を通る必要がある。
3年生の教室、夏美さんのクラスの前を通り過ぎる時、教室内へ目を向けた。
夏美さんは教室の隅で、窓から外を眺めていた。
いつも思う。
夏美さんは何を考えているのだろう。
ちゃんと、人生楽しんでいるのだろうか。
僕が知らないだけで、何か楽しみがあるのかもしれない。
でも、そうは思えなかった。
夏美さんが笑ったところを見たことがない。
というより、表情を変えたところを見たことがない。
その時だった。
誰かが、夏美さんに向けて消しゴムを投げつけたのだ。
夏美さんの頭に当たった。
投げた生徒とその周りの生徒たちは、クスクスと笑っていた。
驚いた。
こんな幼稚なことが行われていることに。
そして、夏美さんは何の反応も示さなかった。
「勇気君、どうしたの?」
長い間立ち止まっていたので、クラスメイトに声を掛けられた。
もう、授業が始まってしまう。
僕は音楽室へ向かった。
昼休み。
僕はどうしても気になって、夏美さんのクラスへ向かった。
しかし、夏美さんはいなかった。
仕方なく、僕は自分の教室へ戻る。
そして、借りてる本があったことを思い出し、図書室へ返しに向かう。
図書室に夏美さんはいた。
図書室の隅で、本を読んでいた。
ただ、その様子は読んでいるというより、ただ文字を見ているという感じだった。
なぜなら、ページが全くめくられていないからだ。
「夏美さん」
僕は声をかけた。
夏美さんはビクっとして、こちらを向いた。
「何?」
「その……」
いじめられてるんですか?
などと、聞けるわけもなく何と続けようか迷ってしまう。
「困ったことがあったら、教えてください」
そんな、当たり障りのない言い方になってしまった。
「うん」
沈黙が流れる。
「何を読んでいるんですか?」
「本」
いや、それはわかるけど。
力が抜けてしまいそうだった。
「タイトルは何ですか?」
夏美さんは黙ってしまう。
その時、昼休み終了5分前のチャイムが鳴った。
助かったと、思ってしまった。
「それじゃあ、戻ります」
僕はそう言って、図書室を後にした。
結局、何もできなかった。
他のクラスのいじめなんて、どうすればいいかわからない。
一日の授業は全て終わった。
僕は部活に所属していないので、このまま施設へ帰ることになる。
鞄に教科書を入れて、帰る準備をする。
教室を出て、玄関を出て校門を出た。
熱い日差しが照り付ける中、部活動中の生徒の声が聞こえてくる。
帰り道は一人だ。
テスト前なので、バイトもなく施設に着いた。
「お帰り」
智恵理先生に出迎えられる。
「ただいま」
挨拶を返し、施設に入る。
「お兄ちゃん、お帰り~」
「ただいま」
由紀にも迎えられる。
先に帰っていたようだ。
「お兄ちゃん、後で勉強教えて」
「うん、わかった」
ようやく勉強する気になったようだ。
兄としても一安心だ。
だが、気になる点がある。
「由紀、スカート短すぎ」
「え~、いいじゃん。こっちの方が涼しいよ」
まだ、由紀は一人にはできない。
そう思った。
自室に戻った。
私服に着替えながら、考える。
夏美さんはあのままで、いいのだろうか。
おそらく、クラスに友達はいない。
その点は僕と同じだが、いじめられているのだ。
どの程度のいじめかまだわからないが、見過ごしたくはない。
かといって、クラスに乗り込んでいじめをやめさせるなんてこともできない。
やっぱり、夏美さんに聞いてみようと思った。
現状をどう思っているのか。
30分ほどして、夏美さんが帰って来た。
廊下ですれ違うところを呼び止めた。
「夏美さん」
夏美さんの私服は、夏でも長袖長ズボンだ。
色も地味目で、まるで身を守る鎧の様だと思っている。
「何?」
「今日、夏美さんのクラスの前を通ったんです」
夏美さんは何も答えない。
「それで、消しゴムを投げつけられてるところを見て……」
夏美さんは目も合わせてくれない。
僕は必死に言葉を紡ぐ。
「あの、僕で良かったら力になります」
「別に、いい」
夏美さんは背を向けて、去って行こうとする。
「いいんですか? このまま、その、いじめられてて」
いじめという言葉をあまり使いたくなかったが、もうやめた。
「しょうがない」
夏美さんはそんな言葉を発した。
しょうがないとは何なんだろう。
どういう意味で言ったんだろう。
もしかして、僕なんかが力になってもしょうがない、という意味だろうか。
僕がそんなことを考えていると。
「私なんか、生きててもしょうがない」
夏美さんがそう付け加えた。
あまりにも、悲しすぎる言葉。
生きててもしょうがないから、いじめられてもしょうがない、と言いたいのだろうか。
「どうして、そんなことを……」
夏美さんは無言で去って行こうとする。
放っておけないと思った。
あまりにも、過去の僕と似ていたから。
「必ず、助けます」
僕は小さく呟いた。
夜の学習時間。
僕は絆の学園の職員室を訪れていた。
この時間は学習時間となっているが、子供達が職員と話しをすることも多い。
学習時間兼相談の時間という感じだ。
智恵理先生を呼ぶ。
「どうしたの? 勇気君」
「実は、夏美さんがクラスでいじめられてるみたいなんです」
「現場を見たの?」
僕は今日の光景を伝えた。
「そう……」
智恵理先生は考え込む。
「でも、何でなっちゃん本人じゃなくて、勇気君が相談に来たの?」
僕は言葉に詰まる。
だけど、夕方の会話を正直に伝えることにした。
智恵理先生は黙って聞いてくれた。
「あのね、勇気君。いじめってのはね、本人が助かろうって気がないと改善しないの」
「じゃあ、このままなんですか?」
「なっちゃんが、我慢してる限り変わらないよ」
「夏美さんはどうして、あんなに悲観的というか、自己嫌悪してるんですか?」
生きててもしょうがないなんて言葉、よほど自己評価が低くない限り出てこないはずだ。
「それは、教えられない」
「知ってはいるんですね」
「知ってはいるけど、勇気君には教えられないよ」
「どうしてですか?」
「個人情報だから。本人の口以外からは、言えない」
そう言われてしまうと、打つ手がない。
「私もね、なっちゃんには明るく元気でいて欲しいの。だけど、そうもいかないのよ」
結局、智恵理先生が学校に連絡を入れるという形で終わった。
状況が改善したとは思えない。
かといって、僕にできることはあまりない。
消灯時間。
目を閉じれば、またあの悪夢が襲ってくるかもしれない。
だけど、明日に備えて寝るしかない。
僕はゆっくりと意識を落とした。




