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プロローグ

 僕、岩佐勇気の将来の夢は、幸せな家庭を築くこと。

 暴力や恐怖は存在せず、子供たちが幸せに育つ家庭。

 いろんな場所に連れて行ってあげたい。

 スポーツや勉強も一緒にやりたい。

 そして将来、子供の結婚式で僕は泣くんだ。





 夢。

 夢を見ている。

 それは、過去のこと。

 いつからだろう、理不尽な暴力が始まったのは。

 

 子供と大人。

 圧倒的な力の差の前に、僕と妹は耐えることしかできなかった。

 生まれてから初めて出会った、両親というかけがえのない存在から、殴られていた。

 

 痛い。

 辛い。

 苦しい。

 悲しい。

 

 親から与えられた感情は、そんなものだけだった。





 目が覚め、悪夢から解放された。

 あれから、10年以上経ったというのに恐怖は消えない。

 パジャマは冷汗でびっしょりと濡れていた。

 ベッドから体を起こそうとした時、スピーカーからアナウンスが流れ始めた。

 

「起床の時間です、当番の人は速やかに食堂へ向かいましょう」


 普通の家庭の部屋に、起床の時間を告げるスピーカーは付いていない。

 そう、ここは家庭ではない。

 児童養護施設だ。

 名前は絆の学園。

 

 孤児院という呼び方は児童福祉法の改正に伴い、なくなった。

 施設の子供の9割は親がいるというデータもあるので、確かに孤児院という呼び方は相応しくない。

 今日、僕は朝食当番だ。

 班員の朝食を用意しないといけない。

 

 この施設では、子供たちはそれぞれ班分けされている。

 僕は急いで着替え、部屋を出た。

 廊下に出ると、妹の由紀に出会った。


「おはよう、お兄ちゃん」


「おはよう」


 由紀の髪型はお下げで、身長はとても低い。


 そのまま、一緒に食堂へ向かう。


「由紀、ちゃんとテスト勉強してる?」

「うーん、あんまり」

「だめだよ、ちゃんとやらないと」


 今は七月。

 もうすぐ、期末テストだ。

 由紀は中学三年生。

 高校受験に向けて、本腰を入れなければいけない。

 高校に落ちたら、そのまま施設にいることはできず、施設を出て働かなければいけない。

 人生がかかっているのだ。

 なのに、由紀にはあまり真剣さが感じられない。

 

「じゃあ、今度勉強教えてよ、お兄ちゃん」

「しょうがないなあ」


 食堂に着いた。

 食堂はかなり広く、学校の学食に近い感じだ。

 絆の学園には、約40人の子供がいるのでこれだけの広さが必要なのだ。

 由紀も今日は食事当番だ。

 僕たちは食事の準備に取り掛かる。

 といっても、0から作るわけではないので、それほど難しい作業ではない。

 20分ほどして、準備は終わった。


「お兄ちゃん、私の方味見して」

「うん、わかった」


 味見をする。


「うん、上手になったね」

「えへへ」


 由紀がじっとこちらを見てくる。


「何?」

「頭撫でて」


 由紀は僕に対して、兄の役割と父の役割の両方を求めているのではないかと時々思う。


「早く早く」

「う、うん」


 由紀の頭を撫でる。


「えへへ」


 由紀は嬉しそうに笑う。

 その時、一人の眼鏡の男子が食堂に入って来る。


「お、仲が良いねえ」


 その男子はニヤニヤしながら、こちらを見ている。

 この人は僕と同じ班の奥山元(はじめ )さん。 

 高校3年生だ。

 僕は高校2年生なので、先輩にあたる。


「俺も可愛い妹が欲しかったよ」

 

 元さんはそんなことを言った。

 元さんは弟が沢山いて、経済的困窮のため施設にいる。

 妹はいないそうだ。


「なあ由紀ちゃん、俺の妹にならないか?」

「嫌、気持ち悪い」


 由紀はぷいっと、そっぽを向く。

 由紀は施設内では、年上に対しても敬語を使わない。


「きっつー」


 元さんは悔しそうに笑いながら、食器を取って自分の席に向かった。

 元さんは割と冗談も飛ばすほうなので、きっと学校でも人気者だろう。

 そして、一人の少女が食堂に入って来る。

 

「……おはよう」


 長い黒髪が印象的なこの人は、天田夏美さん。

 いつも物静かで、感情を表に出すことはほとんどない。

 というより、表情が変わったところを見たことがない。

 元さんと同じく、高校3年生だ。


「おはようございます」

「おはよう、なっちゃん」


 僕と由紀はあいさつを返す。

 夏美さんは特に会話もせず、食器を取りに行く。


「いつものことだけど、テンション低いね」


 由紀はぼそっと、呟いた。

 夏美さんがはしゃいでいる所は見たことがない。

 何を考えて生活しているのか、見当もつかない。


 夏美さんが来たことで、班員が全員揃った。

 由紀、元さん、夏美さん、僕。

 この4人が1班だ。


 僕と由紀も食事をお盆に乗せ、席に着いた。


「それじゃあ、勇気。挨拶を」 


 元さんに促される。


「いただきます」


「いただきます」


 僕の号令に従って、全員が挨拶をして食べ始めた。


「おはよう、みんな」


 一人の職員さんに、挨拶される。

 この人は宇谷智恵理さん。

 僕達、一班の担当だ。

 髪はショートカットの黒髪で、ジャージを着ている。

 ほとんどの子供は智恵理先生と呼んでいる。

 

 他の施設のことは知らないが、ここの職員はジャージが制服のようになっている。

 子供が相手の仕事なので、動きやすく汚れてもいいようにとのこと。

 年齢は20代後半か30代だと思う。

 児童養護施設の職員は割とすぐ辞めてしまうそうなので、大卒後ここに就職し、ずっと勤めている智恵理先生はベテランに分類されるそうだ。

 

「おはようございます」


 僕たちは挨拶を返した。


「どう、みんなちゃんと寝れてる?」


 智恵理先生が聞いてくる。


「快眠ですよ」


 元さんはそう答えた。


「寝れてるよ」


 由紀も同じく、そう答えた。


「寝れてます」


 夏美さんはそう答えた。


 迷う。

 悪夢を見たことを伝えるべきか。


「ちゃんと寝れてますよ」


 結局、伝えなかった。

 心配をかけたくないのだ。


「そう、それなら良かった」


 付き合いの長い智恵理先生のことだから、バレてるかもしれない。

 でも、それ以上の追及はされなかった。


 食事を終え、登校する。

 玄関で智恵理先生に見送られ、出発する。


 朝の登校は、基本的に班員で一緒に行く。

 ルールとして決まってるわけではないが、自然とこうなった。


「勇気、今年は海だぞ」


 元さんが唐突に、そんなことを言った。


「施設のですか?」


 施設のイベントで、夏休みは毎年どこかしら出掛けている。

 今年は海のようだ。


「ああ、そうだ。楽しみだな」


「じゃあ、水着買いにに行かないとね。なっちゃん、一緒に買いに行こう」


 と、由紀は嬉しそうに言う。


「うん」


 夏美さんは小さくうなずいた。


「お兄ちゃんも一緒に行こうね」


 由紀はなぜか、僕も誘う。


「僕が行ってもしょうがないよ」


 そもそも、僕は泳がないし水着姿にもならない。


「いいからいいから」


「俺も付いて行っていいか?」


 元さんが入って来る。


「元は荷物持ちね」 


「はいはい、仰せの通りに」


 と、中学3年生にいいように使われる、高校3年生。

 その後も、海に関する話題が続いた。

 

「それじゃあ、みんなテスト頑張れよ」


 分かれ道で元さんはそう言って、自分の高校へ向かった。

 元さんは僕や夏美さんと違う学校に通っているので、ここでお別れだ。


「テストかあ……なくなればいいのにー」


 由紀はそんなことを言った。


「ちゃんと勉強しないとだめだよ」


 改めて、注意する。


「はーい。それじゃあね」


 由紀は中学へ向かって歩いていく。

 夏美さんと二人きりになる。


 夏美さんとはほとんど話をしない。

 僕も夏美さんもしゃべる方ではないので、沈黙が流れる。

 決して、嫌な沈黙ではないけれど何か話したい。


「夏美さんはテストどうですか?」


「いつも通り」


「得意な教科って何ですか?」


「特にない」

  

 どの回答も、一言で終わってしまう。

 僕自身、コミュニケーション能力がある方でないので、会話の続け方がよくわからない。

 もっと、人と会話すべきだろうか。


 結局、いつも通り会話は盛り上がらず学校に着いた。


   

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