プロローグ
メルクリウスを出てから幾度となく盗賊やら貴族の刺客やらに襲われながらも、その悉くを簡単に撃退し続けた俺達は次なる目的地であるメスト伯爵が居る都市・アーバンゼリアの前まで来ていた。
「それにしてもこれまたとんでもなく大きな都市だな」
遠目からでもその大きさは分かっていたが、それでも近くに来れば来るほどにその巨大さを改めて認識させられる。なんと言うか城壁も壁というより塔って感じだ。
「アーバンゼリアはこの国の中でもトップクラスとされる城塞都市として名高いですからこのくらいは当然です。もっとも流石に王都には敵わないですが」
これ以上とは王都の城壁はどれだけ凄いのやら。まあ王都と言うだけあってこの国の中心地だろうし凄くて当然なのかもしれないが。
「基本的に正門は開かないのでその横にある監視塔の近くまで行ってください。そこで私が話を付けてこのまま中に入れるようにしますので」
「えーあの大きな門が開くとこが見たかったわ」
「ちょっとだけ残念なのにゃ」
アイリスの言葉にチャットやメルが残念そうにそう述べる。もっとも今回だけはその気持ちも分からなくもなかったが。
四、五階建てのマンションくらいの大きさがある門が開く姿は迫力が有りそうだし、俺も正直に言うと一度くらいは見てみたいとは思う。
もっともだからと言ってそれが今回でなければならない理由はないし、またの機会を期待して今回は諦めるとしよう。
ミラが勝手な発言をしてアイリスを困らせた二人を窘め叱っているのを聞きながら自分は余計なことを言わないで良かったと改めて思う。そこで近くに居たゴラムと目が合うと、
「口は災いの元だな、師匠」
「ああ、余計な事は言わないに限る」
そんなこんなで透明になって姿を隠した肉屋を乗せたまま馬車はその監視塔とやらの近くに到着する。
するとその窓などから見張りらしき奴らがこちらを警戒するように見下ろして来て、
「あ、アイリス隊長!?」
そんな壁を越えてこちらにまで聞こえるくらいの大きな声が響く。
どうやらアイリスの姿を向こうも認識できたようだ。そして案の定、数分後にその塔から何人かの兵士が居阻止でこの場にやって来る。息切れの仕方からしてとんでもなく急いだみたいだ。
「ア、アイリス隊長……」
「言いたい事は息を整えてからで構いませんよ」
「す、すみません……」
それから少しして息を整えたその兵士は改めて敬礼すると、
「アイリス隊長、無事にご帰還されたようでなによりです!」
本当に嬉しそうな表情でそう言ってくる。どうやらこの様子だと自分の部隊以外でもアイリスは慕われているようだった。
「それは護衛である彼らのおかげです。メスト伯爵には連絡が行っているはずですので、この馬車のまま中に入っても構いませんね?」
「は! そちらがA-ランクの冒険者、通称『黒騎士』のオズワルド殿とその仲間の御一行ですね。メスト伯爵様から直接邸宅に案内するようにと指示が出されていますのでどうぞこちらへ」
馬車に乗ったままでいいとのことなので俺達はアイリスを乗せるとそのまま案内されるままに進んで行く。
そして進んだ先にあった魔法陣らしき物の上に乗るように言われたのでその指示に従う。
「それでは行きます。準備はよろしいでしょうか?」
「大丈夫です」
再び馬車に乗ったアイリスがそう頷くと魔法陣が起動し出したのか魔力を感じる。
そして次の瞬間、周囲の景色が一気に変化した。そう、まるでヘイズの転移魔法で跳んだ時のように。
そうして俺達の前に広がる一変した景色は正直に言って理解不能なものだった。
何故なら鎧を着た騎士達が先に進む道のそれぞれの端の方が列になっていたからだ。それも左胸に手を当てる敬礼をした状態で。
そう、まるで俺達を出迎えるかのようにだ。
(いや、マジでそうなのかこれ?)
こんな形で歓迎されたことは初めてなので戸惑ってしまう。
それはミラやゴラム達も同じようだが、そんな中でチャットだけは平然としている通常運転だったのはある意味で当たり前の事と言うべきだろうか。
(まったく、チャットらしいな)
そのおかげもあってすぐに冷静さを取り戻した俺はアイリスに促されるまま馬車を下りてその騎士達の間を進んで行く。ちなみに馬車は使用人に任せればいいとの事なのでその場に置いてだ。
そうしてその先に有る巨大な邸宅、恐らくはメスト伯爵の屋敷らしき物の前まで来た時だった。その入り口付近に伯爵らしき人物が見えたのは。
「『黒騎士』オズワルド殿とその一行じゃな。話は聞いておる。よく部下のアイリスを守ってここまで来てくれた。感謝する」
そうやって礼を言ってくる伯爵に俺が返答する前に、
「そしてなによりよくぞ帰った我が愛しのアイリスよ! 儂は心配で心配で今にも心臓が止まるかと思っておったぞ!」
伯爵は何故かアイリスに向かって突っ込んで行くとその体を抱きしめようとする。
もっともそれはアイリスの無言で身軽な動きで簡単に躱されてしまったけれど。
「うむ、相変わらずのつれない態度でなによりじゃ」
(相変わらずなのかよ。ってかそれでいいのかよ)
道理で躱されても特にバランスを崩すことも無く着地した訳だ。
普通なら勢い余って倒れるか最低でもバランスを崩すだろうあの状況でもそんな様子は欠片もなかったのは慣れていたからという訳である。
もっともそれもどうかとは思うが。少なく伯爵と騎士の関係としては些か異常である。
「伯爵様、客人の前ですよ。それに肝心の自己紹介をなされていません」
「おっと、そうであったな。すっかり失念しておった」
傍に控えていた執事らしき壮年の紳士といった感じの男性に窘められた伯爵はそこでようやく名乗る。
「儂がコーウェン侯爵一派の重鎮にして、この領地を治める者でもあり、そしてなによりそこのアイリスの伯父でもあるアイク・フォーロス・メスト伯爵じゃ。ああ、片苦しいのは嫌いじゃから正式な場以外では気軽にアイクと呼んで構わんぞ。敬語も要らん」
「「「「……」」」」
姿を消している肉屋は別にしてそれ以外の俺達四人がそのあまりにぶっ飛んだ態度と言葉の内容に絶句している中でも、
「よろしくね、えっと……アイクおじさん?」
「いやチャット。さっきの伯父はそういうおじさんとはまた違った意味だからな」
「それじゃあアイクお爺ちゃん?」
チャットはこの平常運転である。咄嗟に突っ込んだ俺以外の三人に至ってはまだ思考停止状態だというのに。
「はっはっは! 流石はA-ランクの一行。色々と面白いメンバーが揃っているようじゃのう」
おじちゃん及びお爺ちゃん呼ばわりされても普通に笑顔で対応するメスト伯爵改めアイクを見ながら俺は、
「……アイリス、出来れば先にこういう事は言っておいて欲しかっただが」
その言葉に対する返答は「特に聞かれなかったので」というある意味で予想通り残念なものだったことは言うまでもない事だろう。
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