第一章 伯爵の判断
まさかのアイリスが伯爵の姪だという事実に驚愕していた俺達だったが、事はそれだけで済まなかった。
それどころかその所為で色々と予想外の展開になっていったのである。
アイリスが『氷雨の魔女』であり魔王として目覚める可能性が存在するとなった時点で俺は何としてでもアイリスを傍に置いておくつもりだった。
少なくともその問題が何らかの解決を見るまでは目の届く範囲に居て貰わなければと思っていたのである。
だが一介の騎士を預かるのと――本人曰くほとんど意味などないとは言え――貴族を預かるのではその意味は大きく異なってくる。それ以外にも色々と面倒な手続きやらが必要になる事だろう。
だが、
「概ねの事情は理解したわい。それでは姪の事はオズワルド殿に頼むとしよう」
と、応接間らしき奥の部屋に通された俺達に対して、こちらのそんな予想を裏切るかのようにあっさりと伯爵からの許可が出てしまった。
拍子抜けするぐらい実に簡単に。
「いいのか? そんな簡単に決めて」
魔王の事とかも含めて色々と考えるべきだと思うだが。そう思ってもう少し考えるべきではと暗に促しても伯爵は気に掛けもしない。
「本人もそれが良いらしいし、アイリスはもういい大人じゃ。何をするにしても儂がいちいちどうするか口を挟む必要はあるまいて。それに正直に言ってその魔王とやらを儂らでどうにか出来るとは思えんからのう。対処できそうな人物に任せるのが最善というものじゃろう」
騎士になった時も儂がいくら反対しても無駄だったから結果は見えている、と伯爵は苦笑いを浮かべてそう言った。
確かにその通りだし、こちらとしても面倒がない分だけ助かるのだがそれにしたって如何せん物わかりが良過ぎる気がした。まあ恐らくは何か思惑があっての事なのだろう。それでもこちらとしても助かるので問題はない。
そんな形でアイリスについては魔王関連の事が終わるまで俺が責任を持って預かる事であっさりと合意をすることが出来たが、もう一つの方は流石にそうはいかなかった。
それは当然フラクションについてのことである。既に伯爵はアイリスが用意していた書類を呼んで赤い石やナバリ男爵のところで起こったことについて一通り頭に入れていた。
「ふうむ、王都での社交界が狙われておるか。それが本当だとしたらかなり厄介じゃのう」
「やっぱり中止にするなんて事は無理だよな」
「国の威信というものがあるし、それは難しいじゃろうな。それに今後の事を考えれば下手に弱腰なところを見せるのは得策とは言えん。王もそう判断することじゃろう」
これはいわばテロリストに屈してはならないという類の問題だ。一度でも要求を呑むと続く要求ものまざるを得なくなるという感じの。
しかもそれは大抵エスカレートするのだから始末に負えないのである。
それ以外にも敵はフラクションだけではないだろうし、そう簡単に中止にも延期にも出来ないのは予想通りの結論だった。
それでも警備を強化するように王に進言することを約束してくれただけマシと考えなければならないだろう。貴族社会の面倒な事が分からない俺ではそういった事をするのはまず無理なのだし。
「それで物は相談なんじゃが、オズワルド殿達も今回のフラクションの行いには色々と思うところがあると聞いておる。という訳でそちらさえ良ければ警備に協力して貰えないじゃろうか?」
これは渡りに船である。というかそうなるように出来ないかとアイリスに頼んでいたのだ。
もっともその時はまさかアイリスが伯爵の姪だとは思っていなかったので「確約はできませんが提案だけはしてみます」という言葉の意味を軽く見ていたのだが。まあそれで何か問題が生じたどころか話が早く済んだので文句はない。
ミラ達にも相談済みなのですぐに了承の意を伝えると伯爵は有り難いという言葉を返してくる。ここまでの好々爺然とした態度だけを見るととても腹芸に長けた貴族、それもコーウェン侯爵一派の重臣である人物だとは思えないくらいだった。
獣人であるネイやゴラムを見ても特に態度を変えたりもしないどころか、礼儀を持って接しているのは見るからに明らかだし
(さっきのアイリスへの態度は身内だからだったのかな)
と、そんな事を考えていた俺だったがそれは間違っている事をすぐに思い知らされることになる。
何故ならそこでアイクがとんでもない提案を言い出したからだ。
「さてと、それでは念の為にオズワルド殿達の力量を確認させてもらえるかのう。いや、そちらの力を見くびっている訳ではないが、どれくらいの力を有しているのか知っておかないとどんな役目を頼むかも決められんのじゃよ」
「まあ確かにそうだよな。それでどうやって確かめるんだ?」
大方外で待っていた騎士の誰かと戦うのかと思っていた俺だったが、アイクはニコニコと笑みを浮かべたまま、
「なに、簡単な話じゃよ」
突如として足元に隠していた剣を抜くと俺に向かって斬りかかってきた。
それも老体とは思えぬ身のこなしと剣速で。




