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金木犀を知らない私達  作者: 砂山 海


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その2

「いやぁ、助かったよ心寧」

 十一階の部屋に戻り私が心の底からそう告げると、他のみんなも大きくうなずいた。みんな歩き疲れ、各々のベッドに腰かけている。心寧は照れ臭そうにはにかみながら私達の顔を見回していた。

「ほんとだよね。心寧が色々知っていたから私達迷わなかったし、美味しいものもたくさん食べれたもんね」

「そう、マジそれ。たこ焼きメッチャ美味しかったねー」

「お好み焼き屋のおばさん、優しかったよね。私達見て修学旅行でしょって言ってサービスしてくれたし、焼いてくれたもんね」

「ヤバいよね、三日で何キロ太るんだろ?」

「今はそれ、考えなくてよくない?」

 実際、思ったより楽しくて思ってた以上に食べた。なのに晩ご飯の時間が近付いている今はもうお腹が空いている。何キロ太るかは考えたくない。それは帰ってから考えればいい。旅先でそんな事を気にすると、旅自体を楽しめなくなりそうで嫌だ。

「そうそう、今はやめよ。だってこれから、ホテルの晩ご飯だよ。絶対美味しいはずだから、たくさん食べようよ」

 がばっと心寧が立ち上がると、私達はみんな顔を見合わせる。そうして全員ある種の決意を目に宿すと、夕食の会場へと向かったのだった。

 晩ご飯はバイキングかなと思っていたのだが、まさかのコース料理だった。フォークやナイフ、スプーンがずらりと並んでおり、私を含めほとんどの人が戸惑いを隠せない。多分、これも勉強の一環なのだろう。

 とりあえず外側から使うのだけは知っていたので、最初の前菜である茶碗蒸しみたいなのは小さなスプーンを使う事には成功した。けれど、その次に出された小さな魚の切り身によくわからないソースがかかっている奴はもうどうすればいいのかわからない。勉強というからには事前に教えて欲しいし、何なら今でもいいから食べ方を教えて欲しい。

 どうしたものかと少し悩んでいた時だった。

「和葉、一番外のフォークとナイフを使うんだよ」

 心寧が私達の班を見回すと、ゆっくり外側のそれを使って一口大に切り分ける。そうしてすっと口に運ぶ様はまるでお嬢様。いや、実際にそうなのだろうから当然テーブルマナーもある程度は知っているのだろう。

 私の気付きと同じように、詩織達ももう心寧が次にどうするのかを見てから真似をする。だから私達の班は他の班に比べ、慌てふためく事無く食べ進められた。

 部屋に戻ってからお風呂に入り、何だかんだとしていればもう消灯時間が迫っていた。見回りの先生がいるだろうからと私達は部屋の電気を消し、薄明りとなる。一応それぞれ布団の中に入ったものの、やっぱり眠れるわけがない。

「ねぇ、起きてる?」

 梨々花のひそひそ声が静かな室内に響く。私達はみんなそれに敏感に反応すると、梨々花が手招きしていた。私は隣の心寧と顔を見合わせ、互いに悪戯っぽい笑顔になるとそっと梨々花の傍に近付く。

「やっぱさぁ、こういう時って恋バナが定番じゃない?」

「そういうものなの?」

 私がやや眉根を寄せると、梨々花と鏡花が同時にうなずいた。

「そういうもんなの」

「でもさ、恋バナって言っても梨々花も鏡花も彼氏いるじゃない。ノロケ話とか聞かされるわけ?」

 詩織の指摘はもっともだった。別に彼氏の話をされるのはかまわないけど、そういうのばかりを聞かされるのはちょっと面倒。それならば明日のためさっさと寝たいのだが。

「ううん、違う違う。こういうのってさ、普段話せない事を話してもっと仲良くなりたいじゃない。だからさ、詩織。好きな人教えて?」

 梨々花がにっこりと笑うと、詩織の笑顔が引きつった。さすがに言わないだろうと思いつつも、詩織のそう言う話は私も心寧も聞いた事が無い。だからちょっとだけ、興味があった。

「……同じクラスの高木」

 その一言は正に私達の目を大きく開かせ、大声を出しそうになるくらいの衝撃があった。

「え、マジで? 高木なんだ」

 鏡花の追及に詩織は照れ臭そうに笑いながらうなずく。

「まぁ、ほら……普通にかっこいいじゃない。野球部で色黒なのもいいし、坊主頭も可愛いんだけど、腕の筋肉とかすごいしょ」

「あー、確かに。わかる。腕とかヤバいよね。あと、割と頭もいいし」

 梨々花が同意すると、詩織の顔がふわっと明るくなった。

「そうなの。森田とか山内とかは下品なんだけど、高木はそういうのあまり見せないからってのもポイント高いんだ。それにこの前も、元気無さそうだけどどうかした? って訊いてきてくれたの」

 思えば私達、あまり恋バナとか今までしてこなかったかもしれない。だからかこんなにも早口で楽しげに話す詩織はほとんど初めて見た。

「えー、それ詩織の事が好きなんじゃないの? だって嫌いな人とか興味無い人になんかそんな事、絶対言わないじゃん」

「やっぱりそうかなぁ」

「絶対そうだって」

 梨々花の声が大きくなってきたので、私と心寧が静かにするようジェスチャーをした。梨々花は申し訳無さそうに苦笑いすると、また声のトーンを落とす。そして同時に、私の方へと目を向けた。

「詩織は一回おいといて、和葉はどうなの? 全然そういうの聞かないからさ」

「えっ、私?」

 いつか来るかなと詩織の話を聞きながらぼんやり覚悟していたけれど、いざ水を向けられると胸がキュッと苦しくなる。

「うーん……隠したりとか本当にしてないんだけど、いないんだよね」

 申し訳無さそうにそう伝えた直後、不意に隣にいる心寧の顔が脳裏に浮かんだ。けれどそれは霧のようにすぐに消える。

「マジで? じゃあ誰かに告白されたとかは? 和葉って可愛いから、絶対何度かあるでしょ?」

「いや、本当に一回も無いんだけど……」

 場を壊すような発言しかできなくて、本当にごめん。私はそう心中頭を下げ、手を合わせる事しかできない。

「嘘だぁ。心寧、本当? 和葉といつも一緒にいるから、そういう情報無いの?」

 鏡花の発言に私はドキドキしながら心寧に視線を移すけど、心寧は小さく首を横に振るばかりだった。

「私は知らないなぁ。だからきっと、本当に無いんじゃないかな」

 その言葉に梨々花と鏡花が頭を抱えた。一体どれはどういう感情なのだろう。本当にもったいないと思われているのか、それともネガティブなものなのだろうか……。

「じゃあさ、好きなタイプは? それだけでいいから」

 梨々花が随分と食い下がるので、私も仕方なく腕組みをしながら天井を見上げる。

「うーん……そうだなぁ……」

 みんなの距離が十センチ近付いたのがわかる。本当に恋愛とか興味が無いと言うか、何故か今までそっちの方向に気が向かなかったからなかなか出てこない。

「気遣いがあって、頭が良くて……私が知らないような事をたくさん知ってて、頼り甲斐がある人、かなぁ」

 一生懸命にひねり出してそう伝えると、みんな何か考えるように眉根を寄せていた。そうして少しの間沈黙が続いた後、視線が心寧に集まったのに気付く。

「クラスの男子で色々考えたんだけど、それって心寧が一番マッチするんだけど」

 詩織がそう言うと、梨々花と鏡花も深く何度もうなずいた。当の私と心寧は互いに顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる事しかできない。

「もうさ、付き合っちゃえばいいじゃん。今はほら、何でもありの時代だよ」

 説得するように梨々花が私の肩に手を置く。鏡花も詩織も深々とうなずく中、私はもうどうすればいいのかわからずに、取り繕うだけで精一杯。

「いやいや、何言ってるの。そりゃあ心寧みたいな人はなかなかいないよ。でもだからと言って、そういうのは……ねぇ」

 もうしどろもどろで、何を言ってるのか自分でもよくわからない。さすがにそれ以上追い詰めたら場が壊れると判断してくれたのか、梨々花も鏡花もそこで言葉を区切って笑顔を保っていた。

「じゃあ、心寧はどうなの?」

「えっ……私もいないよ」

 さらりと言ってのける心寧に私は安堵しつつも、どこか胸に棘が刺さったかのような痛みを密かに感じていた。

「えー、心寧もいないの? でもほら、告白されたとかはあるでしょ。心寧めっちゃ可愛いんだからさ」

 確かにそうなのだが、その言い回しは明らかに私と差がつけられているみたいでモヤッとした。心寧が相手だから仕方ないと自分の心を無理矢理にでも納得させ慰めようとするけれど、それでも心に黒いもやが残る。

「告白は……まぁ、二度あったかな。でも急だったし、そう言う気も無いのに付き合っても傷付けるだけだから断ったよ」

 このエピソードは私も知っていた。だから特別驚きはしなかったものの、他のみんなははぁっと感嘆の息を吐き出しどこか憧れたような目で心寧を見詰める。

「大人……カッコイイ」

「私、そんな風に絶対言えない……心寧かっこよすぎ」

 梨々花と鏡花が見惚れているかのように目を輝かせているのを見て、私は内心深くうなずく。そう、心寧はカッコイイ。美人系の顔立ちでおしとやかなのに、所作振る舞いや言い回しが格好良いのだ。

「えー……じゃあさ、好きなタイプでいいから教えてよ」

「好きなタイプかぁ……そうだなぁ、優しい人かな」

「そんなの当たり前じゃないの」

 梨々花が思わず少し大きな声を出したため、慌ててみんなが静かにするようジェスチャーする。すると、見回りの先生だろうか廊下を歩く音が聞こえた。私達は素早く自分達のベッドに戻り、布団をかぶる。

 部屋には入ってこないだろうか、怒られやしないだろうか。私が軽く背中に汗を感じていると、かさりと隣にいる心寧の布団の音が聞こえた。

 心寧?

 目を向ければ心寧がそっと布団をあげて、こちらを見ていた。薄明りの中でも微笑んでいるのがわかる。私はどこか特別な瞬間を感じつつ目が離せないでいると、ゆっくりと心寧の口が開いた。

「おやすみ、和葉」

 私だけに聞こえる小さな声、けれどそれは大きく心に響く。私は胸が熱くなるのを抑えきれず、満面の笑みでそっと手を振った。

 しばらくしてみんなが寝息を立て始めた頃、私はまだ眠れなかった。

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