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金木犀を知らない私達  作者: 砂山 海


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第二章~その1~

 二年生最大のイベントといえば、修学旅行。それはもう一年生の時から楽しみで、二年生になってまた心寧と詩織と一緒のクラスになった時には春からその時が待ち遠しかった。

「絶対一緒に回ろうね」

 三人で笑い合いながら約束し、手を取り合う。飛び跳ね、腕を振り、わぁっと一斉に上げる私達は正に青春真っ只中と言っても過言じゃない。新しいクラスでこれからどうなるかわからないけど、三人一緒にいれば絶対に楽しめる。そんな確信があった。

 そしてその日が近付くにつれ、二年生全体が盛り上がって浮足立っているのが鈍い私でもわかった。行き先は大阪、東京の二泊三日。それに向けてグループを作り、旅のしおりを作り、現地でどう動くのか詳細を詰めていく。

 それは大変さよりも圧倒的に楽しいが勝っていた。


「いやー、とうとう明日かぁ」

 学校からの帰り道、私は心寧と詩織の三人で歩いていた。十月頭の風はもう冷たさをまとっていたけど、私達の熱気までは吹き飛ばせない。むしろすっきりとした感覚で私は秋晴れの空を見上げていた。

「なんか、あっと言う間だったね。準備している時はまだ先だなと思ってたんだけどさ」

「うんうん、心寧の言う通り。私なんか学校の行事の他に部活で大会とか出てたから、なおさらあっと言う間に来ちゃったって感じ」

 詩織もさすがに今日ばかりは部活も休みらしく、この空に負けないくらい晴れやかな笑顔を見せている。

「でもさー、私ふと思ったんだよね」

 流れる雲を少しばかり目で追ってから、私は二人に視線を戻す。

「この修学旅行が最後に飛行機に乗る人って、割といたりするんじゃないかな」

「あー……どうなんだろう。でもそうかも。海越えるって結構大きいからさ、余程の事が無い限りはそういう人もいるんじゃないかな」

 最初に反応したのは詩織だった。割と真面目な顔でうなずきながら私に目を向けると、私は深くうなずいた。

「飛行機、高いもんね。あと、本州とか行っちゃうとホテル問題もあるからさ。結構大きい金額になるもんね。うちなんかはこういう機会でも無いと飛行機なんか乗れないからさ、本当に私最後になるかも」

 自虐気味に軽く笑っていると、ふと隣で気まずそうに愛想笑いしている心寧に気付いてしまった。そう言うつもりはなかったのだが、でもやっぱり失敗したなと背中に汗をかく。だから私は誤魔化すように心寧の肩をパシンと叩いた。

「心寧は飛行機とか何回も乗ってるんでしょ。だから乗ったらどうするのか教えてよね」

「あ、うん」

「あと、大阪とかは行った事あるんだっけ?」

「三回くらいかな。それこそ、今回行くUSJに行くために」

 すると詩織が心寧の肩を抱いた。心寧はびくっと肩を震わせながら目を丸くしていたので、私もすかさず逆側の肩を抱いた。すると驚いた心寧が私の方を見る。その時、思わず顔が近くなったので私は胸が強く跳ねた。

「じゃあ、案内任せたからね。効率の良い回り方とか知ってるんでしょ」

「まぁ、一応。でも追加でお金出さないと厳しいよ」

「大丈夫大丈夫、最大限に楽しむためならかまわないよ。ねぇ、詩織」

 同意するように私が詩織を見れば、彼女も力強くうなずいた。

「当たり前でしょ。人生最高レベルの思い出にするつもりなんだからさ」

 するとすうっと心寧の頭が下がった。私と詩織はどうしたのかと顔を見合わせ、次いで心寧に目を遣る。すると心寧が私達の肩ををがしりと力強くつかみ、笑いながら顔を上げた。

「なら任せてよ、最高に楽しい回り方してあげるから」

 私達はまた顔を見合わせ、笑う。肌寒い風が通り抜けるけど、やっぱり私達の熱気を奪えない。きっとまだ大阪や東京は暑いのだろう。だったらなおさら、北海道らしいこの十月の風を浴びておきたかった。


 飛行機の離陸におののき、フライト最中の雲の上にいる自分に高揚し、でも大きな私語ができないから機内のイヤホンを使って音楽を聴いてぼんやり過ごしているうちに、私達は大阪に到着した。

「うわっ、あっつ」

 飛行機から出た途端、もわっとした空気の壁が私達を押し戻そうとしてきた。私達は苦笑いしながらその壁を突破した途端、本州というものを感じる。少し歩いて手荷物を受け取ろうとすると、耳に届く関西弁。テレビや動画でしか聞いた事のないそれは新鮮で、どこか喜劇的だった。

「ヤバい、本場の関西弁だ」

 小声で詩織がそう言うと、私は思わずその口を手でおおった。冷や汗が全身を伝い、身震いするかのような恐怖に貫かれ、険しい顔で詩織を見詰める。

「バカ。そうやって茶化したら目つけられて殴られるよ」

 きっと偏見だというのはわかっている。それでも色んな媒体でキレる大阪の人を見ていたら怖いと思うのは当然で、つまりはデフォルメされた関西人しか知らない。

 ただ、注意深く礼儀正しく、我を出さなければきっと安全だろう。

「ともかく、楽しい修学旅行にするんだから変な事言わないでよね」

「ごめん」

 素直に詩織が頭を下げると、私もにこりと笑って前を向く。何はともあれ私にとっては初めての大阪。もしかしたら一生もうここに来れないかと思うと、ほんの少し胸が熱くなった。

 それから全員で移動し、空港を出ると大型バスに乗り込んだ。初めて見る大阪の街並みはとても新鮮で、建物の立ち並び方や道路の広さ、そこらに生えている街路樹だって普段見ているものとは違う。

「和葉、楽しそう」

 私は隣に座っている心寧にそう指摘されると、照れ笑いを浮かべた。詩織は通路をまたいだ席におり、彼女も私の方をにやにやしながら見ている。

「だってしょうがないじゃない、初めて来たんだもん。見てよほら、瓦屋根。こんなの地元に無いから、本州来たんだってテンションも上がるよ」

「気持ちはわかるよ。北海道と比べても、全然違うもんね」

 そう言いながら心寧も窓の外へ目を向ける。私も一緒になってそうすると、じんわりとむず痒い衝動に襲われた。だから思わず、口元が緩む。

「ねぇ、和葉」

 ほんの囁くような小さな声。私は思わず振り返ると、目が合った。まつ毛が長く、いつも羨ましいその目は輝きに満ちている。

「いっぱい楽しもうね」

 その言葉にどれほどの意味が含まれているのか、私にはわからない。けれど、今はただ言葉通りに受け取りたかった。そうしていればきっと、お互い笑顔になれるはずだから。

 バスは梅田にあるホテルの前に着いた。見上げるほど大きなホテルに私達は例外なくおぉっと驚きの声を上げ、息を漏らす。煌びやかな外観をきょろきょろと眺める私はきっと地元の人からすれば田舎者丸出し。でも、こんな素敵なホテルに泊まった事が無いから今だけはどう思われたって気にしない。

「それじゃあ、各班のリーダーにカードキーを渡すからな。部屋に荷物を置いたらすぐに一階ロビーに集まるように」

 学年主任の田村先生が号令をかけると、担任の先生が名前を呼びあげる。私の班のリーダーは心寧。旅やホテルに慣れているからという事で満場一致だった。心寧がカードキーを受け取ると、私達は十一階にある部屋に向かった。

「うわぁ、すごい眺め! 部屋も広いし綺麗だし」

 同じ班の梨々花と鏡花が駆け足で窓辺に行くと、私もすぐに続いた。大阪の街並みを一望できるこの景色はきっと一生残るだろう。晴れているから、少し遠くまで見える。

「ねぇ、ベッドも気持ち良いよ。すっごいふかふかしてる」

 その声に振り替えると、詩織が入口近くのベッドに靴を脱いで寝転がっていた。私は窓辺のベッドを取りたかったが、そこはいち早く梨々花と鏡花が占拠する。残っているのは壁際にある二つのベッド。私は思わず心寧の方を見ると、にこりと笑いながら一緒にそこに近付いて座った。

「ほんとだ、すごい気持ちい」

 朝早く起きて、電車に飛行機にバスと移動ばかりしていたからもう疲れた。このまま横になれば眠れそうだけど、そうはいかない。だってまだ今日はこれから班行動で夕方まで色々回るのだから。

「さぁさぁ、荷物置いたらロビーに行こう。お腹空いたから、早くお昼食べたいからさ」

「さんせーい」

 心寧の一言でみんなベッドに沈みかかっていた身体を起こし、部屋を出た。大阪は食い倒れの街、色んな美味しい物を食べよう。この日のためにバイトも頑張ってきた。この三日間は目一杯楽しむんだから。

 お昼はまずお好み焼きを食べ、それからたこ焼きを買い、目についたものを手当たり次第買ってシェアする。こうする事で色んなものが食べられると事前に決めておいたのだが、大正解。

 それにしても、大阪は人が多い。札幌の街中だって結構いると思っていたのだが、それよりもずっと多いのには驚いた。外国の人も多いし、大きな声で関西弁を喋っているのを聞いているとちょっと怖くなる。

 それでも有名な観光地を色々回り、特にトラブルも無く私達は既定の時間前にホテルに無事帰る事が出来た。それも心寧のおかげだ。電車に乗ろうと路線図を見ても札幌のそれとは大違いに複雑で、きっと心寧がいなかったら迷子になっていただろう。

 事実、集合時間に遅刻する班もチラホラいた。

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