その5
「それじゃ、お疲れ様ー」
「お疲れ様」
詩織の音頭でカチリとグラスを重ねて乾杯すると、私達はそれぞれお酒を飲む。私がレモンサワーで詩織はビール。ビールは何度か飲んでみたものの、あの苦みがどうも馴染めないから美味しそうに飲んでいる詩織を見て、すごいなぁと素直に思う。
「でもすすきのとか札幌駅周辺でなくて良かったの? 私の家の近くの居酒屋なんかで」
場所は私の最寄り駅近くにあるチェーン店の居酒屋。たまにしか飲まないから、別にもっと美味しいお店でもいいのにと思っていると詩織が豪快に笑う。
「いいのいいの、和葉と飲めるならどこでもいいの。それにここなら酔っても帰りやすいでしょ」
「ありがと。でも詩織、そんなに気遣い屋さんだったっけ?」
私が意地悪く言えば、詩織も頬を膨らませる。
「ひどいなぁ、私ほど気遣い屋さんはいないよ。ほら唐揚げよそってあげるから」
運ばれてきた唐揚げを詩織が取り皿に取り分けてくれる。私はもう面白くて嬉しくて、普段感じている心の重しのようなものがすうっと自然に消えていくのを感じていた。
「いやしっかしさ、しんどいわ働くの。わからない事だらけだし、一日は長いし。やりたい事があんまりできてないんだよね。和葉はもう五年目でしょ、やっぱ慣れた?」
私は苦笑しながらグラスを口に運ぶ。
「慣れたというか、まぁ存在を認めてもらえてるとは思うんだけど……いつだって辞めたいよ。知ってるでしょ、大学行けなくなって急遽決めた会社だって」
「それでも五年続けられてるのが偉いよ」
まぁ、確かにそこだけは自分を認めてあげたい。急に来なくなったドライバーさんもいたりする中、嫌な事があっても怒られても会社には行っている。遅刻も当然しないし、休日出勤だって一応は笑顔で引き受けているのだから。
「ただいるだけだよ。それより、詩織のやりたい事って何?」
私が唐揚げを頬張ると、詩織は目を輝かせながらずいっと身を乗り出して来た。
「押し活。いや私さぁ、ぶっちゃけ仕事と家の往復ばかりなのよ。で、最近動画とか色々見てたらブイチューバ―ってのにハマってさ。和葉知ってる?」
「まぁ、一応。アニメの絵柄で動いたりする人達でしょ」
すると詩織がグイッとビールをあおり、小気味よくテーブルに置くと私に顔を寄せる。
「そうそう。そのとある男性の人にハマったんだよね。会話が面白くて、声が良くて。でもリアルタイムでなかなか見れないし、配信時間長いからいっつも最後まで見れないの。ほんと、今覚えば大学生って自由の極みだったんだね」
気付けば詩織のグラスが空になりかけていた。私は自分の分と合わせてもう一度注文をする。
「私はよくわからないけど、話を聞いてて羨ましいなとは思ってたよ」
「だよねぇ。ほんと、疲れるしストレス溜まるし、生きていくって大変だわ」
学生の頃は流行りものの話題やアイドルグループ、どこに遊びに行こうかなんてのをよく話していた。けれどお互いに社会人になればやや疲れた話題が自然に出る。大人になった証拠がこれだとするのなら、なんとも寂しい限りだ。
「和葉は心寧と話してる?」
「あぁ、うん。まぁね」
笑おうと思ったけど上手く笑えず、誤魔化すように私はグラスに口をつけた。
「あれれ、その様子だとまたケンカでもしてるの?」
けれどすぐに詩織がニヤニヤしながら私に少し赤くなった顔を近付ける。私はフライドポテトをひょいとつまんで頬張ると、ゆっくりと首を横に振る。
「ケンカはしてないよ。連絡もよく来る。ただ……」
「なになに、言いなよ正直に。ここの会話は今日、絶対秘密にするから」
それをどこまで信用していいのかわからないけど、今日折角こういう場があるのだ。隠したまま帰ったって、絶対にモヤモヤが大きくなるだけだろう。
「いやまぁ、私が勝手に卑屈になっているだけなんだろうけどさ。心寧が東京でどこそこのカフェに行ったとか、ネイル変えたとかこういうイベントに行ってみたとか聞かされる度に辛くなって」
「それって、自分がそうじゃないからって事?」
私は目を伏せ、フライドポテトを二本同時に食べる。
「そうだね。嫉妬みたいなものかな。結局私は頑張ってもどうにもならなかった。心寧は私が叶えたかったものをどんどん叶えて前に進んでいる。仲良くしてくれているけど、とっくにもう対等じゃないんだなってのがさ、わかるんだよね」
「和葉はさ、ちょっとだけ思い違いをしてるんじゃないかな?」
その言葉に私は視線を向ければ、詩織が静かに微笑みながらビールを傾けていた。
「思い違い? どう言う事?」
「まぁ、確かに心寧は恵まれているよ。言っちゃなんだけど、和葉のとこと比べたらかなりね。でも、それで対等じゃないと感じるのはおかしいんじゃないかなって思うの」
「そうかな?」
私はモヤついた心を鎮めようとグラスを傾けたが、空だった。やや苛立ちを覚えながら、最近ハマってる白ワインに移行する。
「心寧だって努力はしてる。もちろん和葉も。ただ和葉は自分の努力や頑張り、やって来た事を過小評価し過ぎている。だから余計に心寧が凄く見えすぎているんじゃないかな?」
「何言ってるのよ」
私は苦笑いを浮かべ首を横に振る。私が歩んできた道より、心寧の道の方がずっと立派で凄い。それはもう、ハッキリとした事実。慰めなんかいらない。
「あのね和葉、高校生の時から家計を助けるためにバイトなんか普通はできないの。ましてや学年で半分以下の成績だった人がそんな中、北大に手が届くまで頑張れるなんて普通は無理なの。後ろ盾無く十八の子が覚悟を決めて自力で就職なんてのも、なかなか無いの。誰の援助も無く免許取って車買って、仕事も続けている。メチャクチャすごいんだよ」
「それはどうも」
けれど素直に受け入れられない。だって人生は過程ではなく、結果。確かにそういう意味では頑張ったかもしれない。でも、幸せではない。それが全てだ。幸せでない人生に意味なんか無い。
白ワインが届くと、一気に三分の一ほど飲んだ。視界が少し揺れたけど、どうって事は無い。ただ目の前の詩織がさっきから私を値踏みするかのように見ているのが気になる。
「和葉さ、心寧の事が好きなんでしょ? そんな考え方だとお互い不幸になるよ」
一瞬、私の心臓が止まったかのような衝撃を受ける。けれど、すぐに思い直した。これはそう、親友としての好きを訊いているのだろうと。
「まぁ、そうだね。でもそういうのは詩織だってあるでしょ」
すると詩織が小さく吹き出す。私はどうしてそういう事をしたのかわけがわからず、眉根を寄せる。
「ごめん、言葉足らずだったね。あー……そうだな……ねぇ和葉、ここでの事は今日何もかも秘密でいこうね。本音で話そう」
「あ、うん、もちろん」
何を念押ししているのかわからなかったが、私だって何でもかんでも喋るわけじゃない。それでも詩織との間に嘘はつきたくなかった。
「和葉さ、ずっと心寧に恋してるでしょ」
「はぁ?」
あまりにも意外な言葉に私は大きく否定するような声をあげる。一瞬、周囲のお客さんの視線が集まったような気がしたけど、私はそれどころじゃなかった。




