その4
心寧からのメッセージは少なくとも週に三度は送られてくる。ハッキリとどの頻度でとは約束していないけど、社会人になっても仲が良ければこのくらいで私には十分なのかもしれない。
毎日は重いし、週に一度だったり月に一度だと寂しい。
もちろん私からも送る事はある。でも毎日会社と家の往復で面白い事は何も無いから、話題が無い。せいぜい自分で晩ご飯を作った時にこんなのを作ったと報告するくらいだけど、それだって手の込んだ料理じゃないから若干の恥ずかしさはある。
『えー、でもとろろご飯美味しそうだよ。とろろ定食とか素敵。お味噌汁は何の具?』
『わかめだよ。乾燥わかめだから、出来上がりの時に入れるだけでいいから簡単なんだ』
『いいよねー、わかめ。私好き。自炊もしないとなーって思うんだけど、なかなかできないんだよね。北海道だと素材が美味しいからいいんだけど、こっちはどうしても鮮度が落ちると言うか……』
まぁ、北海道のメリットはそれが大きいかもしれない。むしろこれが無ければ、もっと本州に引っ越している人も多いだろう。
『一人分だけ作るのって難しいでしょ』
『そうなのー。それに余しちゃうし。だから最近は出来合いの物を買って帰るのがほとんどだね。あー、和葉の作ったお味噌汁飲みたい。インスタント飽きてきたなぁ』
『出汁入りの味噌をお湯で溶かしてるだけだよ』
ポチポチと返信しながら、缶チューハイを自室で傾ける。やたら褒めてくれる心寧は優しい。ハッキリ言って気分が良くなる。
そしてそれに甘える。本当に大したものを作っていないから、ふと我に返った時に恥ずかしさが襲う。大体とろろ定食だなんて言ってくれてるけど、単に長芋をすりおろしただけだし、味噌汁はさっきの通り手抜き。それを三人分作っただけ。何も誇れるものじゃない。
溜息をつきながら私が缶チューハイを置く。勢い余ったのか強く置いてしまい、カンッと軽い金属音が響く。それがまた私の心を苛む。
『そう言えば心寧は今晩、何食べたの?』
『コンビニで買ったカルボナーラだよ』
そんな返信の後にすぐ、画像が添付された。見た事のあるパッケージ。でも私はそれ以外の事でおやっと気付く。
『あれ、ネイルの色変わってるね』
確か先週は赤だったような気がする。それが淡い黄色になっていた。
『よく気付いたね、和葉。そうなのー、昨日ちょっと会社帰りに行ってきたんだ。なんか気分変えたくてね。そしたらこれ、いい色でしょ』
テンションの高い心寧の返信を見ながら、私はそっとスマホを置いて自分の手を見る。まだ潤いはあるし、荒れてもいない。けど、何もない手。マニキュアはたまにするけど、ネイルサロンなんてもうずっと行ってない。一緒に行く相手もいないし、そういう気分にもなれないまま。
五年目になってもまだ、私は何をも成し遂げていない。ただこなしてるだけ。
『うん、綺麗だね。凄く似合ってる』
胸に痛みを感じつつ、何とか返信をする。電話じゃきっと、声の感じでバレる。対面だと、表情でバレる。だから文字だけだと寂しさもあるけど、こういう場合はいい。お酒を流し込んだって、わからないのだから。
『よかったー。和葉にそう言ってもらえるのが誰よりも嬉しい』
あぁ、そうか。やっと私の中に渦巻くこの汚れた気持ちの正体がわかった気がする。
取り残されていると感じてるんだ、私。
夢を追い求め、東京でキラキラした生活を送る心寧。それに対して私は日々の労働に負け、何も自分を磨いていない。スキルアップはもちろん、メイクなどの身だしなみさえも。だからどんどんと綺麗になっていく心寧に、釣り合わないんじゃないかと思っているんだ。
まだ好きでいるけれど、分相応じゃないのかもしれない。想いが通じ合っているかもしれないと思っていたのがもう遠い過去の話で、今は私がそれにすがってるだけ。
私の好きは再会してもきっと、届かないだろう……。
「和葉、今週の土曜日の夜って空いてる?」
そう詩織から連絡を受けたのは仕事帰り、行きつけのスーパーで半額の総菜コーナーを物色している時だった。私は突然の誘いに驚きつつ、手早く白身魚フライが入ったパックを二つカゴの中に入れる。
「空いてるけど、どうしたの? こっち戻ってくるの?」
詩織はこの春から旭川の繊維メーカーに就職した。一人暮らしをしているけど、札幌までは高速を使えば車で二時間程度、電車だと特急で一時間半くらいなのでそこまで離れていない。だから気軽に私を誘えるのだろう。
「まぁね。会社はいいとこなんだけど、友達ってのは何だかんだ言って和葉か心寧が一番繋がり深くてさ。心寧は東京に行ってるから、和葉と会いたいなって」
「嬉しい事言ってくれるよね」
自然と頬がほころぶ。私はそのまま見切り品のさつま揚げとやや葉が痛んだ白菜をカゴに入れる。
「やっぱさー、就職したら和葉の苦労の一端がわかったというか。それ含めて、色々話したいなって」
「ふふん、やっと詩織にもわかったか。まぁ、じゃあ札幌駅の近くで飲もうか。お店は私が適当に決めて予約していいかな?」
「へへっ、頼みます姐さん」
こんな小芝居ができるのも詩織だから。何だか心がむず痒く跳ね、頭の中がさざ波のようにくすぐったさが広がっていく。暗く淀んでいた視界の彩度が急に上がり、眩しい。でも嫌な感じはしなかった。
「わかったよー。それでね詩織、今買い物途中だから、さ」
「あっ、ごめんごめん。タイミング悪かったね。また連絡するから」
そう言うなり通話が切れた。一方的だけど、悪い気はしない。私はそっとスマホをしまうと、空いてるセルフレジの方へと向かった。




