その3
『東京は今、桜前線が到着してお花見が賑わっております』
朝の全国ニュースを見ていると、ニュースキャスターが嬉しそうにそう伝えていた。紹介されている隅田川沿いでは桜が満開で、圧倒的。北海道ではなかなか見られないし、桜の時期も一ヶ月は遅い。
今頃心寧、満開の桜を見ているのかな。
先週、心寧が札幌を離れた。平日だった事もあって、私は最後の見送りには行けなかったけど、強烈な寂しさは湧かない。だってもう、決まっていた運命なのだから。
それでも心はただ虚しさだけが広がっており、テレビを見る私の視界はぼんやりとしてる。
それでもメッセージや通話でのやり取りは以前よりも頻繁に行っているから、そこまで寂しくはない。ただ、時折ふと簡単には会えないなぁと思うだけ。
それは他の友達だってそうで、この春は大学に進学した人達はほとんど就職しているはず。心寧のように東京に行く人も少なくは無いだろうし、北海道内だって帯広、釧路、函館と結構離れた場所に行ってしまうと難しい。
だから私は日常に戻るだけ。生きていくために。
テレビではもう桜のニュースはやっていなかった。私は朝ご飯を食べながら窓の外へ目を遣る。外はまだ雪が残っており、春の息吹は感じつつもまだ遠い。例年より雪が溶けるのが早いとはいえ、東京との差は大きい。
私は目を伏せ、味噌汁をすする。申し訳程度に入っているワカメを味わいながら。
「おはようございます」
いつもの時間に出社し、定位置にバッグを置くとパソコンを立ち上げる。メールをチェックし、次々にやってくる人達に挨拶をしていく。半ば自動化されたルーティーン、けれどそれが心地良い。これが崩される時は大抵、問題が発生している時だから。
「いやー、やっぱあそこはうどんもそうだけど天ぷら食べにいくとこでしょ。吉野さんもそう思わない?」
「確かにあそこのかき揚げ、美味しいですよね」
「かき揚げもだけど、オススメはとり天だよ。今度頼んでみなよ」
仕事の合間の雑談だって、慣れてきた。五年目にもなれば、どのタイミングで会話に入ればいいのかどうかもわかる。向こうも私が話しやすい話題がもうどんなのかある程度把握しているため、お互いまごつきはしない。
それでも私は事務所内で一番下っ端というか若手なので、何かあれば怒られる。それは他の人よりも強く、長い。他の人達は私なら大きく怒られる所を笑って済ませている。信頼関係なのかもしれないけど、それが私の心を削っていく。
そんな仕事が終わると私は基本まっすぐ帰宅する。たまに晩酌したくなった時はスーパーに寄って缶チューハイを買い溜めするだけ。帰宅してお母さんが調子悪そうなら私が簡単な料理を作る。あり合わせのもので肉野菜炒めかチャーハンが多いけど。
ただ……時折ふと考える、私は生きているのかと。
もちろん仕事に行っているし、息もして心臓も動いているから生きている。けれど職場と家を往復し、会社の雑談では中身のない会話で愛想笑いして、家に帰れば軽い晩酌をして眠るだけ。休日は日用品の買い出しがほとんどで、何も無ければ基本的に家でスマホを見ながらゴロゴロしている。
いいのかな、なんてたまに思う。でもどうにもできない。疲れているから。
私は自室で小学生の時から愛用している勉強机をテーブル代わりにして、缶チューハイを傾ける。グレープフルーツのスッキリとした味わいと喉越しが美味しい。頭曇らせぼうっとしながらスマホで動画を眺めていると、不意に通知音が響いた。
『和葉、おつかれー。私もやっと、部屋の片づけが一段落しそう。今日はね、疲れてたからスタバでアイスモカ頼んだよー。そっちにもあるでしょ? 今度飲んでみて。オススメだから』
相変わらず、心寧らしい。楽しそうで、キラキラした日々。本人は純度百パーセントの好意で送ってきている。だから何も言えない。想っているからこそ、余計な事を言って険悪になりたくないのだから。
そしてすぐ、画像が添付される。美味しそうで、可愛らしい。カップには有名なロゴが入っており、クリームも乗っている。あぁ、美味しそうだな。心寧と一緒に楽しめたら、どんなに幸せだろうか。
『美味しそうだね。今度機会があったら飲んでみる。そっちはやっぱりもう暑いの?』
『そっち出た時はまだ雪あったでしょ。こっちはもうすっかり春ってか、初夏みたいな感じ。暑いよね』
『今時期は羨ましいよ』
何気ない日常のやり取り、約束した頻繁な連絡。どちらも私の心を幸せな気分にさせるはずなのに、満たされない。何がそうなのか、どうしてそうなのかわからない。ワガママなんだろうか、私。
まるでまだ溶けずに残っている黒くなった歩道の雪のようだ。




