その7
仕事のストレスが溜まってきたと自覚すると、私は心寧と会ってご飯を食べるようになった。詩織も参加して三人でというのもあったけど、二人きりの方が多い。特別な再会が日常にまた戻る頃、もう一年が経ちまた春風が吹き始めていた。
「ねぇ和葉、六月に学校祭があるんだけど来れるかなぁ」
メッセージでのやり取りも相変わらず多いけど、こうして通話でのやりとりも多くなった。心寧の声は嬉しいものの私は週末の疲れを重く感じつつ、卓上カレンダーに目を遣る。
「一ヶ月先でしょ。ちょっとわからないけど、六月のいつ?」
「第一週目の土日、どっちか空いてたら一緒に行きたいなって思ってて」
「学校祭、かぁ」
心寧と一緒に出掛けるのは嬉しい。けど、学校祭は行きたくなかった。ただその行きたくない理由は素直に話せない。劣等感だと思われるだけだから。それが恥ずかしくて、たまらない。
「すごいんだよ、うちの学校祭。色んなサークルが出店とかやるし、規模も凄いの。去年は学校の友達やサークルの人達と回ったりしたんだけど、圧倒されちゃった。高校の比じゃないんだ。だから和葉にも見て欲しいんだよね」
無邪気に熱く語る心寧の言葉が私をえぐる。悪意は無い、ただ純粋に楽しさを共有したいだけ。そんな事はわかっているけど、それで私のこの感情を抑える事は出来そうにない。
「まぁ、行けたら行くけど、でもちょっとわからないなぁ」
「土日は休みなんだよね。できたら空けてて欲しいな」
「二年目だからね、たまに土曜日の休日出勤も頼まれるようになったんだよね。その分、休日手当出るからなるべく出勤するようにしてるんだ」
「えー、初耳だったんだけど」
「言う機会無かったから、言ってなかったかも」
いい加減もう察して欲しいと願いつつも、心寧も簡単に引きそうにはない雰囲気がある。そんなじれったさが眉根を寄せていく。
「でも、日曜日は行けるでしょ」
「まぁ、行けたらかなぁ。さすがに土曜日出勤して、日曜日もまたどこか出かけての月曜日から仕事は辛くてね。何とも言えないかも」
「一緒に見て回ろうよ。すごいんだってば、本当に。絶対楽しいから」
楽しいのはわかってる。きっと北海道最大規模なのも。だからこそ、辛いんだよ。
「部外者が行くのってどうなんだろうねぇ」
何とか絞り出した答えに私の手が震える。圧迫されるような胸の痛みに、私はただ諦めてくれるようにと祈るばかり。
「結構来てるよ。家族連れの人達とか、おじいちゃんおばあちゃんとかも。だから大丈夫だって」
あぁもう、面倒臭い。行きたくないってわかってよ、理由まではわからなくてもいいからさ。他の事なら付き合うけど、それは嫌なのに。理由を言わないであげているのは私なりの気遣いなのに、どうしてわかってくれないんだろうか。
「仕事が忙しかったら難しいから、何とも言えないよ」
すると電話越しから強い不満の吐息が漏れる。それはすぐに私の中で不満が怒りに変わるスイッチを押そうとしていた。
「和葉、仕事忙しい忙しいって言い訳ばかりじゃない。私と行きたくないの?」
その言葉に私はもう一気に怒りが沸点に達した。強くスマホを握り締め、意趣返しのように溜息を吐き返す。
「仕方ないでしょ、暇で遊び歩いている学生と違うんだから」
語気強く言い放つけど、視界がじわりと揺らぐ。頭は熱く、背筋が冷たい。息苦しいけど、でももうハッキリ言わないとわかってもらえないだろう。
「何よそれ。和葉なんてもう知らない」
激昂した心寧の叫びは涙声が混じっていたような気がした。でももう通話を切られたから確認する術はないし、今は知りたくも無い。私は私で一方的な扱いに頭の血管が切れそうなほど苛立ち、涙目になりながらスマホを布団に投げつけた。
何なの、一体。ワガママばっかり。人の事、こんなに考えられない人だったんだろうか。
未だ心の片隅でくすぶる恋心、それが憎しみへと反転するのは自然な事だったのかもしれない。今までそれで覆い隠されていた心寧の嫌な部分が、一気に顕在化する。無邪気さは無自覚な加害となり、甘えはワガママに。気遣いは媚やへりくだりに見え、許容は優柔不断の結果のように思える。
するともう、止められない。過去の些細な違和感や嫌だった事がとめどなく押し寄せ、私を飲み込む。まるで大きな濁流のように。負の感情に溺れる一瞬、心寧の晴れやかな笑顔が見えたような気がした。
でもそれはほんの一瞬。気のせいだったかもしれない。




