その6
「お腹空いたね。そろそろ何か食べない?」
心寧の提案に私も詩織も顔を見合わせ、うなずいた。色々美味しそうなお店が私達の食欲をさっきから刺激しており、空腹を感じつつあったから。
「詩織、どこのお店に行こうかって何か考えてたりとかしてた?」
「いや、何も」
あっけらかんに笑う詩織に私と心寧が眉根を寄せる。するとすぐに詩織が笑みを浮かべてきた。
「だってさー、ここに来たら何でもあるよ。その時の気分に任せようかなって思って。でさ、和葉は何食べたい?」
「え? 何って……」
お腹は空いてるけど、これだというものは無い。となると、みんなの苦手なものから外していこうかな。心寧は脂っこいものが苦手で、詩織は……。
「和葉、単純に和葉が食べたいものを言って。今日の主役は和葉なんだから。私達もね、そこそこはお金持ってきてるから。単純に食べたいものを言ってよ」
詩織の言葉に私は胸を打たれる。そうして私はちらっと二人の目を見ると、笑みを浮かべながらも覚悟が見えた。それを見て私は胸にむず痒い震えを感じると、もうあれこれ考えるのはやめて自分の思考だけに集中する。
「んー、蕎麦かなぁ」
肉系を食べたいなとチラッと頭によぎったけど、最近食が細くなっているから食べられないかもと思ってしまった。そうこう考えていると、蕎麦が最適解なのかもしれない。割と好きだし、店内に入って食欲がわけば丼ものだってあるのだから。
そう言いながらおそるおそる二人を見ると、実ににこやかに笑っていた。
「いいね、蕎麦。暑いし、さっぱりしたの食べたいよね」
「うん、そうしよ。私お腹空いたから、何かミニ丼あったら食べようかなー」
軽やかに笑いながら同意し、お店へと足を向ける二人に私は感謝と共に申し訳無さを抱いてしまった。ここまで来て蕎麦というのもきっと肩透かしさせただろう。だから私は一瞬だけ視線を沈める。胸に広がる苦しさを捨てるように。
「ねぇ和葉、ミニ丼みんなで頼もうよ。でさ、シェアしない? 私さ、かつ丼も食べたいけど豚丼も食べたいんだよねー。詩織もやってくれれば三色丼だよ」
心寧が私を見て微笑みながらそう言うと、何だか力が抜けた。
どこまで計算し、どこまで本当なのだろうか。でも、何でもいい。心寧と一緒にいて、心寧が私を気遣ってくれている。それだけでもう、満たされるのだから。
ただ……あぁ、恋心と言う一点だけは虚しいままだ。
お昼ご飯を食べ終えると、私達は別の店でソフトクリームを買った。もうお腹はいっぱいだったけど、このバニラソフトがとてもクリーミーで絶品。すっかり満たされた私達はお土産コーナーを一頻りぶらついた後、車に乗り込んだ。
「帰りは高速使うね」
「へー、和葉高速もう使った事あるんだ」
「いや……初めて」
私の苦笑いに二人が何とも言えない顔をする。まぁ、真っ直ぐ走るだけだから気を付けていれば大丈夫だろう。それよりは街中で車や人が多い中で右左折する方が怖いし、一方通行かそうでないかの方がわかりにくい。
とは思っていたものの……。
「ちょ、ちょっと和葉。車来てるって」
「あっ、今行けるんじゃないの?」
早速合流地点で凄いスピードで駆け抜けていく車の隙間をなかなか見つけられず、止まってしまった。幸い後ろにはまだ誰も来ていないが、このままだとクラクションを鳴らされてしまう。
「今! 今行けるって!」
詩織の叫びに私はアクセルをぐっと踏んだ。すごいエンジン音と共に急加速する車。短い叫び声が車内に響く。私はもうずっと背中に冷たい汗をかきながら、ハンドルに手が食い込むくらい握っている。
それでも何とか本線に入り車の流れに乗る事ができると、車内の空気が和らぐのを感じた。私も思わず安堵の息が漏れる。
「いやー、一人だと乗れなかったかも。かと言って引き返せないし」
「よかったねー和葉、私と心寧がいて」
「でもちゃんと乗れたから良かったよ。それに友達の車で高速って、なんか特別感あるよね。私の周りだと車持ってるの、和葉だけだもん」
心寧の言葉に胸がくすぐられる。数年のアドバンテージだとしても、だ。
「やっぱ大学生で車持ってるなんて、ほとんどいないもんね」
「私のとこは通学に使ったら駄目だけど、詩織のとこは?」
「うちも駄目だよ。この前、知らない先輩が見つかったらしく学内掲示板に違反者として名前貼られてたよ」
「そうなんだ。まぁでも、大学って人多いんでしょ。みんな車で来たら大変だろうね」
確か受験しようと北大の概要欄を見ていた時に、在籍者が一万何千人とかって見たような気がする。一割使ったとしても、千五百台くらい。幾ら大きな敷地があるとはいえ、さすがに無理だろう。
「そうだねー、絶対ちゃんと停めない人とか出るから混雑するだろうね。そうじゃなくても校内でお酒飲んでケンカする人もいたみたいだし、学食だって使い方の酷い人もいるからね。停学とか退学の掲示、たまに見るよ」
「北大くらい頭の良いとこでもそうなの?」
ちょっと信じられなかった。北海道で最高峰の大学であるのに、そんな人いるなんて。
「だって何だかんだ言って、大学生だもんね。うちのとこだってそうだよ。荒れてるってわけじゃないんだけど、ノリが過激すぎるとかそれを逸脱してね。ほら、高校でもいたでしょ。ノリはすげーバカなのに、やたら頭良い人とか。橋場君とかさ」
「あぁ、そうだね。色んな人がいるよね」
にこやかにそう返すけど、正直悔しかった。私があれだけ頑張って勉強し、苦渋の決断で諦めた憧れの場所。だからせめて、あぁやっぱり私がかなわない人達のいるところなんだと思わせて欲しかった。
「大学って高校までと違って、生活指導の先生とかなくて自由だから、そこ履き違えてる人多いよね」
「そうそう。髪とか服装自由なんだけど、結構奇抜な人とかいるからね。迷惑かけなきゃ別にいいんだろうけど、この前校内でスケボー乗ってた人いたんだよ」
「ほんとに? それはヤバいね」
盛り上がる二人を尻目に、私は前だけを見詰める。大学の事は良く知らないし、正直あまり触れたくない。でもそんな事を言ったら、大学生の二人を悲しませるだろう。もしかしたら、もうこうして会ってくれなくなるかもしれない。
いつしか私の耳には音量の小さい音楽だけが響くようになった。




