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金木犀を知らない私達  作者: 砂山 海


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20/30

その5

「うわぁ、和葉やっほー。ハンドル握って、カッコイイじゃん。ねぇ私後ろの方がいい? 隣は心寧のがいいでしょ?」

 約束の土曜日、詩織を迎えに行ったら早速騒がしくて私は窓を開けたまま少しだけ意地悪するようにブレーキから足を離した。とろとろと動き出す車に詩織が慌てたので、すぐにブレーキを踏んで私は詩織を見詰めて微笑んだ。

「どっちでもいいよ。まぁ、あれだったら助手席に乗ってよ。折角最初に迎えに行ったのに後部座席だと寂しいからさ」

「じゃあ、失礼しますよっと」

 そう言いながら詩織が助手席に座る。

「にしても詩織、金髪になったんだね。大学デビューってやつ?」

 詩織が照れ臭そうに髪の毛を一撫でする。

「まぁ、そう言う事かな。でもね私、高校の時から金髪にしてみたいって思ってたんだ。どう、結構似合うでしょ?」

「うん、いい感じ。詩織ボブだから、凄く似合ってるよ。マジで」

 すると詩織が照れたようにはにかんだ。私はちょっと可愛いと思ったけど、でもそれは一般的な女の子の可愛さに対するもの。心寧のそれとは違う。

「しかし詩織も化粧上手になったねー。私なんて会社で必要に迫られてやってるだけだから、可愛くなんてできないや」

「いやいや、私もたまにしかしてないよ。和葉は会社でいい人とかいないの? なんかそういうのがあれば、ちょっとはやる気も出るんじゃないの?」

「うちの会社、五十代のおじさんばかりだよ。若い人もいるはいるけど、金髪で横刈り上げてるのだったり、そういうヤンチャな感じの人ばかりでさ」

「あー……和葉のタイプじゃなさそうね」

 苦笑する詩織に私はうなずく。

 そもそも私、心寧に恋心を抱いてから他の人なんて気になった事も無い。女の人はもちろん、男の人だって。少しでも格好良いなと思える人がいればまた別なのかもしれないけど、そんな人は少なくとも会社には一人もいない。

 そして私、まだ心寧に恋をしている。でもそれは大学に一緒に行けず約束を果たせなかった、まるで抜け殻のような恋心。たまの連絡と再会に心躍らせるけど、もうきっと交われない燃えカスのようなもの。

 未練しかない片思いを抱き続けている。

「まぁとりあえず、出発しようよ。心寧は家で待っているんだよね」

「そうだね」

 詩織がシートベルトを締めると、私はドライブにギアを入れる。車はゆっくりと心寧の家へと走り始めた。

「和葉、詩織おはよー。三人で会うなんて久々だねー」

 心寧を助手席に乗せると、私達は国道三十六号線に入って千歳方面へと車を走らせる。これは詩織の提案だった。車内は私の好きな音楽が流れているけど、音量は小さめ。だってそれよりも三人での会話が思っていたよりも弾んでいたから。

「和葉の運転、上手じゃない。私もいつか免許取ればこのくらいできるのかなー」

「詩織なら運動神経とか反射神経いいから、すぐだよ。心寧もね」

「いやー、私はどうかなぁ。でも運転出来たら楽しいだろうね。こうしてどこまでも自分の力で行けるんだからさ」

 自分の力……。確かにそうなのかもしれない。自分のお金で免許を取って車を買って、こうしてドライブしている。優越感ってほどじゃないけど、確かに今は私じゃないとこういう体験はさせられないだろう。

「それにしても詩織、千歳方面に向かってって言ったけど具体的にどこ行くの?」

「新千歳空港だよ。色々食べる所もあるし、見て回れるでしょ。心寧だって空港の中をじっくり散歩とかした事無いんじゃない?」

「そうだね。いつも搭乗口にすぐ向かったり、帰る時にちょっと食べるくらいだからあまり見た事無いかも」

 なるほど、それは良い考えだと素直に思えた。あても無くドライブをするのもいいけど、目的があった方が私は走りやすい。行きは下道で楽しく話し、帰りは疲れるから高速で帰るとしようか。

 場所としては知っていても、実際に行った事のない場所は多い。札幌の近くでもある恵庭や千歳だって、まるで見知らぬ土地。こんなところにこんな建物があるんだ、大きな工場だな、公園だなとワイワイ騒いでいるうちに私の心はいつしか軽くなっていた。

 あぁ、やっぱり友達は良い。職場で仲良くしてくれている人も嬉しいけど、でもやっぱり別格だ。こうして会えばあの頃に戻れる。まだ半年も経っていないけど、高校生の頃に。

 ふっと自然に笑みが生まれた。そうして窓の外を見れば、気持ち良い青空が広がっている。少し遠くに流れる雲の形が猫のように見え、可愛いなと思いながらハンドルを握り直す。

 まだ一日は始まったばかりだ。

 ナビを使って空港に着くと、車はゆっくりと駐車場へと入る。あまりに広いのでちょっと迷いながら、空いている所を探してなるべく隣に車がいない場所に停めた。

「ごめんねー、まだ駐車苦手でさ。遠くなっちゃった」

「いいよいいよ。全然気にしないで。少しくらい歩かないとね、心寧」

「そうだよー。お腹空かせてたくさん食べよう」

 太陽を受けてきらめく二人の笑顔に救われる。私はいつだって、一人じゃ何もできない。こうして元気をもらわないと駄目なのだろう。働いていて偉いって言うけど、それは遅かれ早かれみんなやるんだ。

 それよりも私、こうして誰かに元気を与えられるようになりたいな。

 駐車場から空港に入ると、長い廊下をひたすら歩く。無機質な連絡通路に高揚感はまだ湧かず、寂れた駅を歩いているかのよう。それでも徐々に空港というものが顔を見せ始めてくると、人も増え内装も変わってきた。

「わぁ、なんか空港らしくなってきた」

「だねー。キャリー持ってる人見ると、修学旅行思い出すよね」

「いやいや私達、誰もキャリー持ってきてなかったでしょ」

 ケラケラ笑いながら私の隣には心寧が並び、詩織が一歩下がって歩いていた。さすがに横並びで歩けば邪魔になる。それに、詩織ならば一歩下がっても会話にぐいぐい入ってくるからさほど気にならない。これが私ならば、きっと黙って二人の会話を聞くだけになっていただろう。

「うわぁ、すっご」

 詩織が驚いて声を出したのを誰も笑えなかった。私も心寧も少なからずそうなったからだ。搭乗ゲート、大きなお土産売り場、そうして窓から見える飛行機。歩を進めるにつれ興奮も上がり、私達は時折スマホで写真を撮りつつ他の人に邪魔にならない程度に全力で満喫していた。

「うわー、あの飛行機カッコイイ。あっ、ほらあれ見てよ心寧。あっちのは可愛いキャラが描かれてる」

「ほんとだー。うわぁ、あれ二階建てだ。おっきい」

「二人とも、こっち見て。今から飛び立つよ」

 詩織の声に目を向ければ飛行機が滑走路をぐるりと回り、離陸する寸前だった。私達は窓ガラスに張り付くようにそれを見ていると、やがて飛行機は速度を上げて飛び立った。まるで男の子のようだったけど、でもかまわない。遠くの空へと飛び立つ飛行機に私は憧れと切ない夢を勝手に乗せ、見送る。

 私はただ、青い空の彼方に消えるそれをずっと見ていた。

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