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金木犀を知らない私達  作者: 砂山 海


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2/5

その2

「あのさ、心寧って大学に行くとか考えてるの?」

 翌朝、教室に着いた私はカバンを置くなり、もう既に登校して自分の席で詩織と話していた心寧に開口一番訊いてみた。二人ともどうしたのと不思議そうに私を見ていたけど、私の勢いと真剣さに茶化す事は無く心寧が静かにうなずいた。

「まぁ、一応。親からも大学は行けって言われてるから」

「どこの大学? 北大とか?」

「そうだね。一応そこを目指しているけど。それがどうかしたの?」

 二人の視線が私に集まる。私は机に手をつき、ぐっと身を乗り出した。

「私も大学に行きたいんだけど、お金無くてさ。そういう人ってどうすれば行けるんだろう? そもそも無理なのかな?」

「奨学金、とか?」

 間髪入れずに詩織が答える。私もそれはぼんやりと知っているけど、詳しくは知らない。

「それってどういうの? 何か申請したらいいの?」

「いや、私も詳しくは知らない。心寧、何か知ってる?」

 救いを求めるように私達は心寧へと視線を向ける。すると小さく微笑みながらうなずいてくれた。

「私も詳しくはないけど、二種類あるのは知ってるよ。一つは借りるタイプの奨学金。これは働いてから月に何万円か返していくみたい。ただ、下手すれば四十歳になるくらいまで払わなくちゃならないから、かなり将来しっかりした職に就かないと厳しいんじゃないかなぁ」

 えぇと、大学卒業するのが二十二歳だとしても、二十年くらい借金の返済が続くのか。確かに軽々しく借りられない気がする。

「もう一つは返さなくていいタイプの奨学金。これはもう、学年トップとかの実力が無いと審査に受からないらしいから、貰える人もかなり限られるみたいだよ」

 学年トップ……。先日の中間考査では私は学年で半分くらいだった。頑張れば二十位くらいは上げられるかもしれないけど、そこから上は壁がかなり高いだろう。

「和葉、大学行くの?」

 無垢でどこか嬉しそうな心寧の微笑み。そして静かに垂れた横髪をかき上げ、耳の裏に持っていく。それがもう私の心をほのかに揺らす。

「あー……まぁ、そういう風に意識して勉強したいなって。心寧ほら、塾に通ってるって言ったよね。私も今から勉強すれば、頭良くなって大学行けるかなって何となく思っただけなんだよね」

 するとパッと薄曇りから晴れ間が差したかのように心寧の顔に笑顔の花咲く。

「偉いじゃん、和葉。そう言う人がいると、私も張り合いが出るなぁ。ねぇ、もし一緒に大学に行けたらいいよね」

「そうだね、そうしたいなぁ。そうなりたい」

「じゃあ一緒に頑張ろうよ」

 パッと心寧が私の手を両手でつかみ、軽く何度も揺らす。暖かく、柔らかいその手の感覚に私は思わずドキリとしながら誤魔化すように笑う。それが変にぎこちなくなっていないか、自然にできているかはわからない。

 ただその手のぬくもりが私のおぼろげな目標を明確にさせた瞬間でもあった。


「いやー、暑い。年々夏が早まってる気がするんだけど」

 六月の終わり、本州からの台風が温帯低気圧に変わった頃の暑さは異常だった。今日は最高気温が三十二度にもなるみたい。まだ朝の八時ニ十分なのに、もう教室の中は蒸し暑さを感じさせる。私はノートをうちわの代わりにパタパタとあおぎ、何とか風を作る。

「うちのお母さんがさ、小さい頃は六月なんてまだ長袖着てたって言ってたんだよね。調べてみたら一九九〇年の六月の平均気温で十八度、七月の平均でも二十度ちょっとしかなかったらしいよ」

 机にぐったりと身体を預けながらハンディファンを回している心寧の発言に私も詩織も思わず「えぇ」っと大きな声を上げ、目を丸くした。確かにそれだと涼しいどころか寒い。でもこの暑さなら、正直羨ましく思う。

「そこまで寒くなくてもいいけど、でももうちょっと控えてくれないかな。まだ七月、八月が待っているんだからさ」

 詩織も制服の胸元を引っ張りながら何とか風を取り込もうとしている。ふとクラスを見回せば、みんな暑さでうんざりした顔をしていた。

 うちの高校はまだエアコンが完備されていない。理科室や調理実習室などはついているものの、普通の教室には無い。もう北海道も本州と変わらないくらい暑いのだから早く着けて欲しいけど、きっと頭の固い年寄り達が「自分の頃は夏にそんなのいらなかった」とか言っているんだろうな。

「あぁもう、暑くて溶けちゃう。今日体育無くて良かったけど、移動教室も無さそうだから辛い」

 ノートを動かす腕も辛くなり、私はぐたっと天を仰ぐ。すると心寧が立ち上がり、私の後ろに回った。

「ん、どうしたの?」

「和葉、縛ったら少し涼しくなるんじゃない?」

 見下ろす心寧と目が合い、私は何だか胸の奥がくすぐったくなるのを感じて誤魔化すように座り直す。

「そうかな」

「うん、見てて暑苦しい。背中まであるのに、そのまんまなんだもの」

 横から詩織が意地悪そうににやけながらそう言ってきたので、私はぺしりと彼女の肩を軽く叩く。すると詩織が笑いながらしっしと追い払うように手を振った。

「もー、暑いんだからやめてよ。ほらほら和葉、心寧に縛ってもらいなさい。髪ゴムある?」

「ちょっと待ってて」

 私がカバンの中を探ると、すぐに水色のゴムが出てきた。少しよれて使い込んでいるため、取り出した時に内心恥ずかしく思ったけど、今更ひっこめられない。私はそれをつまみながら後ろにいる心寧に渡す。

「そうだなぁ、とりあえずこういうのはどうかな」

 手早く私の髪の毛がまとめられ、心寧の手の動きが頭に伝わる。何だかくすぐったいような気持ち良いような感覚に襲われ、つい笑ってしまう。

「どうしたのさ、和葉。くすぐったいの?」

「違うよ詩織。こうして誰かに縛ってもらうなんて、最近無かったからさ」

 小学生くらいまではお母さんが縛ってくれた。不器用ながら三つ編みにしてくれたのを今でも覚えている。でも中学に上がったくらいから、自分の事は自分でしなさいと言われるようになり触られなくなった。

 私も私で面倒臭がりだから自分でやると言ってもせいぜい後ろでまとめるくらいで、基本的にはそのまま。だからこうして誰かに髪を触ってもらうのは久々だったし、幼い頃の自分に戻ったような気がして思わず笑みがこぼれてしまった。

「はい。とりあえずポニテ。これだけでも涼しいんじゃないかな?」

 パッと心寧の手が離れると、髪の毛の重心が変わって不思議な感じがした。私達はすぐにスマホからミラーアプリを開いて、色んな角度からそれを見る。何だかいつもの自分と違う感じがして新鮮だし、何より耳がはっきり出るから涼しい気がした。

「へぇ、上手だね心寧。自分の髪ではしないでしょ」

 私はまじまじと慣れない髪型を見ながら心寧の方へ振り返った。心寧は肩くらいまでの長さしか無いから、自分では試せないだろう。なのにこうしてササっとできてしまうのはやっぱり心寧自身が器用だからに違いない。

「うん。だから和葉くらい長いと色々試したくなっちゃう。ねぇ、もっとやってもいい?」

「いいけど」

 すると心寧が嬉しそうに笑う。彼女が笑えば、えくぼができる。それがまた可愛らしさを増幅させているのだろう。私がまた前を向けば、心寧はすぐにゴムを取って髪を解く。そうしてすぐに手際よく髪の毛を集め始めた。

 不意に心寧の手が私の耳に触れた。意図的ではなく、まとめている最中に当たってしまっただけ。先程とは違って横の方に髪の毛を集めているからか、どうしても当たってしまう。

 心寧の手の感触、そして一瞬のぬくもりが何度もかすめる度に私はちょっとずつ胸の奥が温かくなるのを感じていた。どうしてかはわからない。ただ無理矢理にでも答えを当てはめるならば、楽しかったからかもしれない。

 中学の時、私にも当然友達は少なからずいたけどこんな事はされなかった。表面的な付き合いを意識したり、心掛けていたわけじゃない。それなりに仲の良かった子もいた。でもこうして自然に髪を触ってくるような子はいなかった。

 だからそれだけでも特別な感じがして、心寧になら嫌な感じもしなくて、私も普段見れない自分になれそう。

 だから自然と笑顔になれた。

「ほらー、ツインテール。ゴム一つしかないから、片っぽは手で押さえてるけど形にはなってるでしょ」

 私と詩織がスマホでまたミラーアプリを使用して確認すれば、何だか子供っぽい感じの私がいた。自分じゃ絶対にしない髪型におかしさが込み上がって笑いそうになる。

「あ、そうだ。一度やってみたかった髪型があるんだよね。ちょっとやらせてよ」

 心寧はそう言うと手を外し、また髪の毛を解く。今度は右の方の髪の毛の真ん中あたりを寄せ集め、どうも編み込みをしているみたいだ。見えないけど、引っ張られる感覚でわかる。

 その際また、心寧の手が私の耳に触れる。今度はもう少しだけしっかりと当たるから、私の耳が熱くなっているのがバレなきゃいいなとドキドキしてしまう。この暑さのせいにする準備はできているけど、どうかな。素直に納得してくれるんだろうか。

 先程より少し時間がかかり、やっと完成した時にはもうチャイムが鳴り始めていた。

「っと、何とか出来たよ。後で写真撮っておきたいからそのままにしておいてね」

 私が自分の席に移動する際、心寧にそう釘を刺された。まだ私は自分がどうなっているのかわからない。私は自分の席に座るともう先生が来るのをわかっていながらも、そっとスマホから自分の姿を確認した。

 えっ、凄い。なにこれ、自分じゃないみたい。

 それは左右の編み込みが側頭部を通り、後ろでまとまっていた。自分じゃとてもこんなに凝った髪型にはできないからか、感動さえ覚えてしまう。私はすぐにスマホをしまうと心寧の方を向き、笑ってみせる。

 心寧が笑い返したのと同時に教室のドアが開いた。

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