その2
「吉野さん、だったら新古車でもいいんじゃない?」
翌日、会社にて車を買おうかと悩んでいると富永先輩に相談した私。するとすぐ望月課長達が一斉に私の周りに集まってきた。さすが運送会社、車が好きな人が多いのかそういう話題にみんな目が輝いている。
「新古車、ですか。それってどういうやつなんです?」
「要はディーラーとかで試乗車だったり展示されていて、ほとんど走っていない車の事を言うの。だからほぼ新品みたいなものだけど、完全な新品じゃないから安く買えるの」
富永さんが丁寧に教えてくれたおかげで、私はやっと大きくうなずけた。なるほど、そういうのもあるのか。
「予算はどのくらいなの? ローン組む予定は?」
長野さんが自分の机で書類整理しながらちらりと私の方へ顔を向けてきた。私ははにかみながらみんなの顔をさっと見回す。
「予算は一応、百五十万ですね。ローンは考えてないです。貯金が少しあるから、なるべく金利払いたくないなって思ってて」
「そっかぁ。買えるならその方がいいよね。まだ独身だったら、貯金すっからかんになっても何とかなるもんね。うちみたいに子供が小さかったら、そういうのはできないからさ」
確か長野さんは四歳になるお子さんがいるみたいだった。やっぱり家庭を持って生活しているとお金だって自由に使えないんだろうな。
「生駒さん、トヨタとスバルに知り合いいたでしょ? 可愛い後輩のために訊いてもらえる?」
望月課長が声をかけると、電話を終えた生駒さんがゆっくりとこちらに顔を向けてきた。生駒さんは五十代だけど、すっかり髪が白い。いつも寡黙で、忙しそうにドライバーとやり取りしているからまともに話した事は無い。
「いいですよ。吉野さん、軽だったら車種は何でもいいの? 希望とかある?」
「いやぁ、詳しくはないんで特に。でも、燃費がいい方が嬉しいですね」
「了解。二日ほど待ってね。望月課長も探してあげてくださいよ。顔広いでしょ」
「じゃあホンダと三菱に知り合いいるから訊いてみるわ。おっし、生駒さん勝負だ。どっちが吉野さんに選ばれるか」
生駒さんは苦笑いしつつ、また電話が鳴ったのでそれに取り掛かった。望月課長は私に目を向け、にこりと笑いかけてくれる。
「免許持ってるんだったら、早く欲しいよね。なるべく安く、良いやつ見つけてあげるからさ」
「ありがとうございます。もし見つかったら、何かお礼……缶コーヒーを一ヶ月分買ってきますから」
精一杯のユーモア。けれどすぐ、望月課長が大きく手を振った。
「いやいや吉野さん、そんなの気にしないでよ。俺の仕事取ったら駄目だよ」
「そうよ吉野さん、課長の仕事それしかないんだから」
大きく笑い合う中で、私も少しだけ素直に笑えた。それがちょっとだけこの組織に認められたかのようで嬉しく、胸が熱くなる。心寧と話していて嬉しいのとは違うけど、でもやっと溶け込めたかのような嬉しさ。
お客様ではなく、仲間になれたような気がした。
会社の人に色々相談に乗ってもらい、私は新古車でダイハツのタントを購入する事が出来た。貯金は一気に無くなったけど、それでもそれなりの装備はついているし最低グレードではない。何より車を持てたから、自分の行動範囲が一気に広がった。
けれど維持費もかかる。うちはもう駐車場は父親の車が占めていたため、私は近くにある月極駐車場を契約した。その他にもガソリン代とか色々かかる。それら諸々を見て、世の中の車を持っている人達が素直にすごいと思えた。
「そんなわけで心寧、ドライブ行こうよ。久々に会えないかな」
真っ先に乗せたかったのは心寧だった。私は車が届いた日の夜、すぐに心寧に電話すると電話口の声もすごく弾んでいたので嬉しくなる。
「すごい、和葉。車買ったんだ。いいよ、行こう行こう。日曜日がいいでしょ。うん、次の日曜日に会おうよ」
私はもう、胸が熱くなった。正直、車の契約を結んだ時よりも。この感覚は最近あまり無かったかもしれない。会社では仲良くしてくれているものの、友達ではない。就職する際、お父さんに口酸っぱく言われたのだ。
『会社は友達を作る場じゃないぞ。そこで作ると、痛い目に遭うからな』
詳しくは聞かなかったけど、でも何となく理解はできていた。だからこそ、久々に心寧に会えるのが嬉しい。卒業してから会っていないので、もう二ヶ月近い。お互い新しい生活でバタバタしていたけど、そろそろそういう余裕も生まれる頃だ。
二ヶ月……あんなにも高校の頃は毎日友達と顔を合わせていたのに、就職すると寂しくなるものだ。子供の頃はお父さんにもお母さんにも友達がいないものだとばかり思っていた。寂しい人生だなと勝手に思っていたけど、そうじゃない。
そんな暇、お互いに無かったのだろう。
だからこそ、この縁は離したくない。私はまだ、心寧や詩織と繋がっていたい。




