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金木犀を知らない私達  作者: 砂山 海


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13/22

その7

 半月後のオンライン模試での判定はBになっていた。

「和葉、すごいじゃない。もう手が届くよ! このまま行けば、一緒に大学生になれるね」

 その結果を心寧の部屋で知った私達は互いに満面の笑みで見詰め合うと、パチンと両手を合わせた。そうして手を繋ぎ、ぶんぶんと振る。心寧と触れ合えるのも嬉しかったけど、今はただこの結果がそれ以上に嬉しかった。

「心寧のおかげだよ。もしかしたら私、本当に大学生になれるかもしれない」

「うん、絶対なるよ。私、和葉と一緒の大学でたくさん思い出作りたいんだ」

「ちょっと、それは気が早いよ」

 謙遜するけど、でも私は自信があった。一年生の時には学年の平均かちょっと下だった。それが目標を持ってから徐々に順位を上げ、こんな私が北大の合格圏内に手をかけている。それもこれも、心寧のおかげだ。

 心寧がいたからこそ、頑張れた。

「でも、気を緩めたら駄目だよね。当日まで何があるかわからないから、もっと頑張ろうね」

「その日までよろしくお願いします、心寧先生」

 私は深々と頭を下げると、意気揚々と参考書を開いた。

 最近は本当に、勉強が楽しい。嫌だ嫌だと思っていた勉強も、もしかしたらこういう学びは人生で最後かもしれないと思うと急に愛おしくなっている。そのせいか勉強をするのが楽しくなってきていた。

 好きなものこそ上手であれ。その言葉通り、楽しいと思い始めてから吸収力が段違いで、私は殻を破ったかのように苦手な数学や英語をどんどん上達させている。

 もちろん、心寧の教え方が上手いのはある。そして心寧と一緒に勉強できているという喜びが私を加速させていた。

 三年生の初め頃までは大学進学をやんわり反対していた両親でさえ、最近は応援してくれるようになってきていた。金銭面も入学金と、一年分の授業料は確保できている。足りない分は奨学金を使ってでも、何とかしようと思っている。

 やはり就職するにしても、高卒と北大卒じゃ札幌では大きな違いがある。生涯年収の差もかなり違ってくるだろう。札幌市民だからこそ、そういうのを骨身に感じているので両親も応援してくれているのかもしれない。

「それじゃあ、今日はこの辺にしようか」

 夕方六時、いつものアラームが鳴り響くと私達は大きく伸びをして微笑み合う。下ばかり向いていたからか、首が痛い。でも、気怠く幸せな疲労。私はノートなどをカバンにしまうと「また明日」と笑いながら心寧の家を出た。

 たくさん勉強したからか、お腹が空いた。一月頭の夕暮れは身を凍らすほどの寒さがあり、私は古着で買ったボアコートを着つつも首をすくめ、街灯が煌々とした雪道を歩く。それでも家に帰れば温かいご飯が食べられると思えば、元気が湧いた。

 不意にスマホから着信音が鳴り響いた。私は手袋を取ってスマホを取り出す。母親からだった。

「もしもし」

 夕暮れの寒風が瞬時にスマホを持つ手を凍えさせる。それにちょっとだけ苛立ちながらもどこか呑気だった私の心をお母さんが開口一番ぶち壊した。

「和葉! お父さんが、お父さんが倒れたの」

「えっ?」

 私は思わず立ち止まり、訊き返す。電話越しにお母さんが浅く早い息をしているのが耳に届く。それだけで私の胸がぎゅうっと締まり、息が止まりそうだった。この寒さも忘れるくらい、背中が冷たくなっている。

「会社でね、倒れたみたいなの。さっき電話が来て、今は徳洲会病院に向かってる最中。あんた今、どこ? お友達のとこ?」

「あ、ううん。もう帰ってるとこ。ねぇ、私も病院行った方がいい?」

 お母さんの切迫した声が私を押し潰してしまいそう。息ができているのか、もうよくわからない。ただスマホを当てた耳から響く風の音にお母さんが聞こえにくくないかと、そればかり心配していた。

「どうしようか……家にいてもいいし、でもご飯何も無いから何か買ってから帰って。もし来るにしても、あぁどうしよう……来たいなら来ても良いよ。その時はお母さん、部屋に案内するから」

 こんなにうろたえているお母さんを一人になんてしておけない。それに家に一人でいたって、心細くてどうにかなりそうだ。

「とりあえず行くよ。着いたらまた連絡するから」

「わかった」

 私は震える手で通話を切ると、大きく息を吐き出した。白い息がすぐに夜に消え、溶けていく。視界がじわりと滲んだけど、うずくまるわけにはいかない。落とさないようにとスマホとバッグをしっかりつかみ、足元が雪と氷で覆われた歩道を駆け出す。

 小雪が降り始める。暗く白い闇の中、駅までの道は果てしなく遠く感じた。

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