4. 太陽は見てる ー槇ー
「ちょっと飲ませてくれ、槇」
夜十時。扉を開けたら、珍しく妙に暗い顔をしたうちのバンドのギタリストが一人立っていた。
「……どうぞー……」
俺は、一人暮らしの狭い部屋に大介を招き入れる。今日のあじさい祭りライブの打ち上げかなと思ったが、大介は通常、そういうことは皆でやろうと言う。これはその後で何かあったなと、俺はにやにや笑いながら聞いてみた。
「カリンとなんかあった?」
予想的中。うちに大介が来た時の定位置、ベッドの足元に寄りかかって座りながら、奴はぷしゅっと缶ビールのプルトップを開けた。
「……付き合ってって言ったら、いいよ、どこに行く? だってよ」
その台詞に俺は思わず吹き出した。
◇
最初にカリンと会ったのは、一年くらい前だ。高校の制服を着てるのに、長い髪をピンクに染めていた。金曜日の夕方、六時過ぎ。駅前を行き交う老若男女は足早に家路を急ぐ。そんな中、俺と大介は一時間程度、その場所で路上ライブをするのが恒例だった。
当時は俺だけじゃなく、交代で大介も歌っていた。俺の歌は天才だけど、大介の声は低くて味がある。声の相性も合うから、状況で伴奏したりコーラスを入れたりして、楽しんでたんだ。
聴きに来てくれる客は少しずつ増えつつあった。その内の一人は、俺が高三の頃から付き合ってる菜々子。カリンは菜々子の友達らしく、ぴたっと菜々子にくっついていた。
「菜々子の友達?」
俺が歌い始める前に何の気なしに聞いたら、頷いた。そこで大介が低く笑って言った。
「髪色かっこいいな」
言われたカリンは一瞬驚いた顔をして、その後、ほっとしたように笑った。
それが二人の始まりだったんじゃないかと、俺は思ってる。
◇
「……なんでわかんねえんだアイツは……」
愚痴る大介というのも珍しい。その日のあじさい祭り、ライブが最高の出来だったことで俺は機嫌が良かった。冷蔵庫からコロナビールを出してきて栓を抜き、かつんと大介の缶ビールと乾杯してやる。
「何ひとりで瓶ビール飲んでんの」
絡むなあと思いながら俺は笑う。こんな大介をカリンは知らないだろうなあ、なんて思いながら。
「飲みたいなら二本目にどうぞ。冷蔵庫に入ってる。
だってさ~カリンは最初に会ったときから、菜々子にぴたっとくっついてたようなタイプだぜ? 直球で言わないと伝わらねえって、一年の間にわかってんだろ」
俺の言葉に大介は頭を抱える。
「これ以上どう言えと……」
「す き だ」
肝心な一言を言ってないに決まってる。そう思いながら、一字一字を区切っていったら、大介は真顔で俺を見つめた。
「かっこつけて、まだ言ってないだろ、〝大ちゃん〟は」
黙って頷く。ほらみろ。お見通しだ。
「次いつ会うの」
聞いたら、素直な返事が返ってきた。
「今度の日曜。美術館行ってくる」
「じゃあそこで、どストレートに! 自信ないカリンにもわかるように! 言うしかねえよな」
わかった、と小さな声で呟いた。仔犬みたいだ。カリンにもこういう所を見せてやればいいのにと思いながら、軽く酔いが回った俺はくすくすと笑った。
◇
そういえばあの日、初めてカリンが路上に来た日は、大介が途中で演目を変え、ビートルズの〝ヒアカムズザサン〟を歌うと言った。持ち歌だったから、じゃあ俺コーラスな、と言って、ギターも大介に任せて俺はコーラスに徹した。
その曲はきらきらとした前奏から始まる。孤独な日々もいつしか太陽の光で消えることを感じられるような曲だった。
コーラスを入れながら、聴いている人々を眺めていたら、カリンは泣いてた。
ふと大介に視線を流したら、大介もカリンを見ていた。大介の本質が、激しい中に優しさを秘めていることは、奴の弾くギターの音や声の色で知ってる。その瞬間から二人が惹かれあっていることに俺は気付いてた。
◇
一週間後、デートどうなったかなと思っていたら、再びインターホンが鳴った。
「どうぞ~」
迎え入れると、今日はすっきりした顔の大介がそこに立っている。
うまくいったな。
「……おめでとう」
思わず聞く前にそう言ったら、口の端を上げていつもの笑いで皮肉っぽく言った。
「なんでわかった?」
「全然こないだと顔違うし。ちょうど晩飯作ろうとしてた。食って祝杯あげてく?」
そうする、と頷きながら、大介はヒアカムズザサンを口ずさんでる。俺はあの時の予感がついに成就したと微笑みながら、冷蔵庫からコロナビールを二本取り出した。




