07_初めての新衣装、初めての3Dお披露目
初めてその男を見かけたのは、大学に入って二カ月程度の頃。
節電が習慣化して薄暗くなったキャンパス内。
可愛らしい服にスカートを履いた一人の男が、スマホを眺めながらニコニコと何かを選んでいる。
自分の好きを楽しんでいる様子に、何故だかその周りだけが明るく見えて目を引かれた。
まるで、家の中に暗いところがなく光に満ちたという輝夜姫のようだ、なんて思いながらその日は離れた。
だが二度三度と、キャンパス内で見かけるうちに目で追ってしまい、勇気を出して声をかけた。
楽しそうですね、だったか。 友達になりませんか? だったか。 ……もう今では最初になんて話しかけたかは覚えていないが、帰ってきた言葉は覚えている。
一瞬きょとんとした後、彼は軽く笑った。
「お前変わってるな、オレに声をかけるなんて」
今ではボクと呼び、完璧な女装に女声で話すVTuber睦実ミコトも、この当時は普通の男性。 ただ可愛い服を着ていただけで、口調も声も、はっきりと男のものだった。
俺は言っている意味がわからず、思わず何が? と聞き返す。
「オレ、避けられてるだろ?」
その言葉に初めて周りを見れば、彼の周囲三席分は誰も人が座らず、ぽつんと空白になっていた。 そして、そんなミコトと俺を遠巻きに眺めて話す奇異の視線。
それらをしばらく見渡した後に納得して思わず呟いた。
「……あぁ、ホントだ。 目に入ってなかった」
彼はそれを聞くと、彼は大笑いした後、荒くなった息を落ち着けながらこういった。
「ああいいよ、友達になろう。 ……オレこういうこと言うの小学生以来だな」
手を差し出したミコトと握手して、その日は隣で同じ講義を受けた。
楽しかった日々の想い出。
***
親バカバトルと題された八周年配信から四日後の五月九日。
土曜日なので俺は朝からミコトの家に招かれ、フルトラッキング部屋で様々な打ち合わせを行った。
周年配信ではバーチャルの世界でただクイズをするだけだったため、トラッキングは腰と胸と両手のコントローラー程度で良かった。
しかし今回の3Dお披露目では実際に立って歩くなど様々な行動をする必要があり、二人で動き回れる広さがあるミコトの部屋で配信を行うことになったのである。
ミコト自身、企業のVRスタジオでの経験はあるものの、流石に自室のトラッキング部屋で二人が動き回った経験はないため手探りだった。
「パソコンの処理的には全く問題ないんだけどねー。 3Dモデルと最新のゲームを同時に余裕で動かせる程度のスペックはしてるから。 最悪、複数のPCで処理させればいいだけだし」
そのため、主に確認していたのは互いにHMDを付けた状態で問題なく動き回れるか。 見えている視界と現実の相手の位置が合っているか。
難しいなら頭にトラッカーを装着し、部屋に大型のモニターを配置して視聴者に見えている光景を確認する。
その方面で両方試してみたのだが、最新デバイスの性能は素晴らしく、HMD上の視界でも肉眼で見てるのとさほど変わらない。
腕に触れようとすれば実際に腕がそこにあり、何もないところにぶつかるなどの事故も無かった。
これならいけるだろう。
俺はミコトと共に配信の流れを話し合い、全ての準備を終えると、予定時間ピッタリに配信開始のボタンを押した。
***
OP映像が終了し配信画面を切り替えてリスナーに向かって手を振って挨拶をする。
「こんばんは、本や物語を紹介するVTuber、紙カクシです。 今日は3Dお披露目にきてくれてありがとうございます」
>コメント:こんばんは!
>コメント:このチャンネルで始めてみる3Dのアップだ!!
>コメント:動画の時と口調全然違うね
>コメント:だがこの体を最初に見てるのは紙リスじゃなくてミコリスなんだよな……
HMDに映る視界の右端には常にコメントが半透明で表示されて流れており、その光景はまるでSF小説のようで面白い。
「もー、カクシ君固いよ? お祝いの時くらい、こんばんはー! って元気にやってもいいじゃん」
隣に立つミコトは標準衣装だ。
標準衣装は俺の初期デザインを基に、二次色先生がブラッシュアップし、平野先生が3Dに仕立て上げたものだ。
八年前デビューしたあの日のようなデザインが3Dになり、当時出来なかった二人で並んで配信出来ているという事実が胸を打つ。
だが、今は配信中。気を取り直してミコトに言葉を返す。
「そう言われても、リスナーの前では普段から敬語ですし。 私のキャラじゃありませんよ」
「えー!? お祝いぐらい羽目外してもいいじゃーん! キミ一度だってお祝い配信したことないんだから!」
>コメント:そうなの!?
>コメント:五年推してるけど一度も記念配信見たことないよ
>コメント:誕生日すら無い
>コメント:【500】初めてのお祝い代
>コメント:【1000】もっと軽率にお祝い配信してね
「ああ! 文車さん、けもすきさん、スーパーチャットありがとうございます。 ……その、お祝い配信って何をすればいいかわからなくて……」
何件か届いていくスーパーチャットに返事していく。
投げ銭とも言われるそれは、ファンから配信者への支援の形だ。 紙カクシチャンネルは動画の広告収入が主で、基本的にスーパーチャットを投げられることはない。
こういったものは、例えばゲームで高難易度を達成したとき。 何かの祝いの時。 リスナーが配信者に何かを伝えたいときに使われることが多いが、このチャンネルではそれらがほとんどないからだ。
配信視聴者が数十名規模のチャンネルなら、殆どのコメントを拾うことができる。わざわざスーパーチャットを送る必要も無いし、俺としても貴重なお金を送ってもらえるほどのコンテンツを提供できていると思えない。
動画の広告収入で受け取るぐらいが一番気兼ねなく受け取れるというものだ。
>コメント:ケーキ食べるだけでもいいよ
>コメント:初配信を振り返るとか
「ケーキに配信振り返り。 それ……皆さんは楽しいんでしょうか……。 って、そうじゃなく今日は3Dお披露目でしたね」
「そうだよー。 あ! しまった! ボクも自己紹介を忘れてたね。 はーい、みんなー。 始めまして! 女装VTuber睦実ミコトだよー。 隣のカクシ君と一緒にデビューした大学時代からのお友達です!」
今この空間はミコトの家のVR用トラッキングルームで有り、ミコトのPCを使って俺のアカウントで配信している形だ。
そんな環境であるため、自分がゲストであるということをうっかり忘れていたミコトが自己紹介を行った。
>コメント:謎の縁過ぎるんだよなぁ……
>コメント:カミカクプライベート全然語らないから全く知らなかった
>コメント:ミコトさんのチャンネル調べたら80万人じゃん!?
>コメント:ミコリスです、告知があったので来ました
ミコトの挨拶に、普段配信に来てくれているリスナーが驚いていく。
俺のリスナーは室内で本を読むのを好む人が殆どだ。 一方ミコトのリスナーはキラキラとした陽の空気が半数近い。
ミコトのリスナーは可愛さに惹かれた古参の男性オタク層と女装に興味のある層、コスメやファッションについて理解のある男性を推したい女性層。 あと平日に朝食を作りながら雑談してくれるため、出勤・通学前に見るファミリー層で構成されている。
俺も紙芝居動画を出している影響で同じファミリー層に強いチャンネルではあるのだが、両方見ているというリスナーは少ないのだろう。
ハッキリと男性の姿をしている紙カクシと、まるで女の子のように見える睦実ミコトという見た目の違いもあるかもしれないが。
「ボクのリスナーたちも来てくれてありがとう。 だけど今日の主役はカクシ君だから、ちゃんと応援してあげてねー? あ、ちなみに紙リスの皆? ボクも君たちと同じ紙リスだから、よろしくね?」
そういうとミコトは、近くにあるパソコンの前に行き、コメントを打ち込んだ。
>★睦実ミコト/MutsumiCh:みんなみってるー?
>コメント:バッジの絵柄的に最古参メンシじゃねえか
>コメント:負けたわ
「いや、推してる期間の長さは勝ち負けじゃないよ? 単純に仲間と思ってくれると嬉しいな。 ……それで、カクシ君。今日の配信は何をするのかな?」
「そうですね、こんな立派な体を頂いたお披露目! なのですが……私の普段は紙芝居の動画や朗読配信なので、ビックリするくらい3Dでやることがないんですよね」
「まぁ活動内容に3Dで出来そうなことあったら、自分で買ってるよね」
「うぇ!? か、買える、かなぁ……?」
兼業Vとして八年も活動していれば貯金も溜まる。 VTuberとしての収益自体はようやく年に数万円になった程度だが、単純に忙しすぎてお金を使う暇がなくなるからだ。 それで言えば十分支払える範囲ではある。
だがそれでも流石に3Dモデルを「必要だから買うか」とポンと購入できる人はそう多くないだろう。
……なお、ミコトから貰ったこの3Dモデルは未だに値段を教えてもらえていない。
>コメント:薄利多売モデルとかじゃないと手が出ないよね
>コメント:フルスクラッチのワンオフモデル、一体いくらするんだか
「そんなわけで今日の3Dお披露目ではまず、この体の発注をしたミコトを通してリスナーさんと一緒に衣装や体を見ていこうと思うわけです」
「カクシ君には今日のために、モデルをじっくり見たりしないでってお願いしておきました! なのでこれはカクシ君へのお披露目も兼ねてます!」
「自分の体なのに自分が知らないってどういう事なんでしょうね……」
>コメント:ほんそれ
>コメント:でもカミカクと一緒に同じ経験できるの嬉しいよ
>コメント:ドキドキするね
「よーし! カクシ君のリスナー達も楽しみにしてるみたいだし、早速やっていこう! この手に持ってるカメラで拘りポイントを一つ一つ見せていくよ!」
そういうとミコトはしゃがみ、足元から徐々に移し始めた。
カメラの映像はバーチャル空間上の大きなモニターに映し出されており、この映像がリスナーの見ている配信に直接映し出されているらしい。
「まずは足元、設定画の通り鼻高靴にしてもらいました! ……だけどカクシ君はやっぱり室内で本を読むのが似合うからね。 お部屋用に脱げるようにもなってるよ」
「へぇー、それはありがたいですね。 ……これ、普段の配信で何とか使えませんかね」
「あはは、僕たち配信者は基本的にバストアップが多いからね。 この辺りのこだわりはあんまり見せる機会無いかも。 ボクもオシャレの時、ブーツとかにも拘ってるんだけどなぁ」
>コメント:でも需要はあるよ
>コメント:生足じゃん
>コメント:袴の下って暗黒空間じゃないんだ
「次に腰から上!」
「一気に飛びましたね」
「カクシ君はどこが変わってるかわかるかな?」
「最初に見た感じだと袖部分の装飾と、肩と袖が分離したことでしょうか? 個人的には、袖裏からちらりと見える赤の布が大変気に入っています」
元の紙カクシのモデルを、より洗練させた衣装。
白衣を元にしていたそれは、今や大胆に肩を出し、袖は二の腕で固定する形になっている。
「うんうん、それじゃ手をばんざーいってしてみてくれる?」
「え? いいですけど……」
腕を真上へ上げてモニターを確認してみれば、白衣の下に本来あるはずの襦袢はなく、脇口からは大胸筋や腹筋まで見えるようになっていた。
ミコトはそんな様子を横から撮影している
「ちょっと……。 肩は3Dの稼働に干渉するって聞くから、まぁいいとして、襦袢はどこへ行ったんですか」
「平野ママが工数節約のために脱がせちゃったらしいよ」
「ホントか? ホントに工数のためか?」
>コメント:エッッッッ!!!!
>コメント:いやぁこれは仕方ないしかたない。
>コメント:袴の横から若干鼠径部見えてない? 履いてないの?
>コメント:袴のエロい隙間ってあれ何のためにあるのかな。 ポケットでもないし
足元を映してた時と違ってコメントはすさまじい勢いで流れていく。
画面の広さの関係で同時接続数は表示していないが、おそらく普段の十倍で効かない数の視聴者がいるのだろう。
流れてくるコメントも普段見るものとまるで違うもので、座りの悪さを感じて姿勢を正す。横から見えないように、カメラの正面に立って腕を組んだ。
「…………」
「もしかして恥ずかしい?」
「……恥ずかしい。 これまでリスナーに私をそういう目で見る人はいなかったから」
>コメント:は?いたが?
>コメント:あーーー照れてそわそわしてるのいいーーー
>コメント:どんなVにもガチ恋勢は何人かいるんだよね
>コメント:3Dマジありがとう
「ほらほら、いたってさ? 嬉しい?」
「複雑すぎる……」
「あと個人的な拘りはやっぱり口元だね。 カクシくんは目元がベールで隠れてるから、口元だけで表情がわかるように、とにかくたくさんのパターンを仕込んでおいたよ」
「うわ! 私の意思に反して口が動く!」
「ふふふ! いまキミのお口はボクのデバイスのものなのさ!」
笑顔、怒り顔。口を尖らせたり、コミカルな三角や丸に四角、とにかく様々なものがボタン一つで切り替えられていく。
>コメント:三十歳↑のむくれ顔可愛い
>コメント:キス顔いつ使うんだよ
>コメント:いい仕事ですねぇ
「後は後ろ姿かな。見てみて、後ろもサラサラの長髪。設定資料じゃないと後ろ姿は見れないし、リスナー君たちも始めて見たんじゃないかな?」
「Live2Dの体は可動域狭くて髪も動きませんし、設定資料を見せたことも無かったですしね。 平安時代の方は烏帽子を髷で固定しているのですが、この体はその髷をほどいてるイメージなんです」
>コメント:ほえー、初めて知った
>コメント:髷って江戸時代より前からあったんだ
>コメント:なんで平安なの?
「なぜ平安かは私、今昔物語や御伽草子が好きなんです。 なので衣装もそのイメージで設定しました。 白色なのは白紙のイメージですね……ってあれ? もしかしてこれ初出し情報でしたっけ」
「キミの配信は大体聞いてるけど、初出しだね。 ……キミさぁ、ちょっとずつでも自分の話はしていった方がいいよ?」
「……うーん、あまり面白い話が無いので、自分の話をするのは苦手なのですが……。 でも、気を付けますね」
自分のことに興味があるリスナーがそれほど多いとは思えないし、自分の話に面白いものは殆どない。だから、配信テーマから逸脱する内容は話さないようにしていた。 だが、ミコトが苦言を呈するのであれば、気を付けた方がいいのだろう。
少しずつ改善することにしよう。
「ちなみに、そのまま髪を帯で軽く束ねたバージョンとか、更に髪を伸ばしたり、ポニーテールなんかも作ってもらってるよ。 口元には帯を咥えたパターンも作った」
「どんなとこに拘ってるんですか……。 というか、ホントに色々要望入れてますね! 本格的に値段が怖くて聞けないんですけど!」
「いいじゃん細かいことは。 ねぇねぇ、ポーズ取って! そのまま両手で、髪をポニーテールにするために纏めてる感じで」
「まぁ……、別にいいですけど……」
流石にモデルのこだわりがどんどん明かされ、かかる工数や費用を想像すればもう断る気も失せるというものだ。
ポニーテールに変更された自分の姿を見る。
標準の髪型では鎖骨にかかる程度の長さだった髪は、鳩尾ほどまで長くなっていた。
映し出される映像を見ながら、両手をポニーテールの根本部分に当てて髪を束ねるポーズをとる。口で咥えてある白の帯はそれなりに長く、結び方を工夫すればそのままワンポイントの装飾にもなるのではないだろうか。
3Dだから予め設定された帯の結び方にしかならないけど。
「うーん……これ女性とかミコトがやった方が需要あるんじゃないですか?」
>コメント:スクショタイムだ!!
>コメント:長髪男子の髪型変化いい!
>コメント:脇エッッッッ!!!!!
>コメント:脇ペロ
思わず疑問を口に出した後にコメントを見て見れば、勢いは凄く殆ど読むことが出来なかった。
「ホントに君は需要がわかってないなー。 こういう髪型を変えたりするのはボタン一つより、アクションを伴った方が質感が上がってグッとくるんだよ?」
「……何人か脇にしか反応してなかった人いるんですけど。 しかも昔から来てくれてる私のリスナーだったし」
「まぁ……、それも需要だよね」
ミコトはそういって少し目線をそらした。
これまで遊びに来ていたリスナーたちの違う一面を垣間見てしまった。
何かが好きだという気持ち自体は何も恥ずかしいことではないし、否定されるべきでもない。
だが、自分がそういう目を向けられるのは少々気恥ずかしい。 もちろん冗談で言ってる人もいるだろうけど。
髪型をポニーテールから基本の物へと一度戻して気を取り直す。
「大体衣装の見どころはこれで全部でしょうか。 ホントに凄い出来ですよね。 平野先生、素敵な体をありがとうございました」
リスナーカメラに向けて頭を下げる。 見守ってくれているといった平野先生にも伝わるだろう。
「ふっふっふ。 甘いよカクシ君? こだわりのギミックはまだあるんだから!」
「ギミック?」
そういいながらミコトはリスナーに見せるカメラを向け、俺のバストアップを映し出す。
「顔布をいくつか切り替えられるようになってるんだよ。 喉元まで伸ばしたものとか、その長さで左右で別れて口が出るようにした奴とか」
「へぇー、これは結構雰囲気が変わりますね」
俺が元々使用していた顔布は頬骨辺りまでの長さしかないが、新しく喉元まで伸びた顔布も、秘匿性が高く良い雰囲気だ。 ミコトの裏方に徹するときなど、黒子のように使えるかもしれない。
そう思っていたのだが……。
「そして極めつけはね、スイッチを入れると君の顔布、半透明になるんだよ」
「うそ!? この下にある目、Live2Dに実装してなかったのに!?」
「体を作ったときの設定画、昔もらったでしょ? あれを元にママにお願いしました」
ミコトがコントローラーを軽く操作するだけで、宙に浮かぶ俺の映像にある顔布は透明度を持ち、隠れていた目を映し出している。
ともすれば冷たくも見える鋭めの目元も、眉や表情から穏やかで優しそうな印象を受ける。
おそらく、俺の普段の配信イメージからそのように作ってくれたのだろう。 自分の拙い絵の顔よりも何倍も美麗に描かれており、八年布に隠れて見てこなかった顔に、誰だお前はという気持ちも若干ある。
俺なのだが。
>平野律:全力でイケメンに作りました!!!
>コメント:超顔いいじゃん
>コメント:ママこの瞬間まで隠れてたのか
>コメント:最高の出来過ぎる
「平野先生!? これ周年の時に黙ってたんですか!?」
「ほらほら、紙リス君たちー! 貴重なカクシ君の目だよー」
「や、やめろって……」
>コメント:助かる
>コメント:こんな瞳してたんだ
>コメント:もうちょっと寄ってほしい
思わず腕で顔を隠してしまった俺に、ミコトは半歩下がって疑問を投げかける。
「んー? そんなに恥ずかしがることかなぁー。 ちゃんと設定に薄絹って描いてあったのに、Live2Dだと顔が全然見えないんだもん。 顔つきもほぼ初期設定どおりだよ?」
「そう言われてもな……」
バーチャルの体は現実の体では無い。 だから、見られて困るものでは無い。 それはわかるのだが……、さっき体をまじまじと映されたとき思ったが、バーチャルの体であってもやはり俺の体だ。
だから……。
「…………八年隠してたんだぞ? なんか……、リスナーに顔を見られてると思うと……、恥ずかしい……」
頬やHMDで覆っている部分が自分でもわかるくらい熱く、気恥ずかしい。
思わず顔をそらしたが、ミコトはしばらく無言になったあとに口を開く。
「…………ねぇ、機械外して君の顔見ていい?」
「良いわけないだろ!」
>コメント:エッッッ!!!!
>コメント:これからずっとその薄絹状態でやって
>コメント:いやたまに透明にするレア度も捨てがたい
>コメント:メカクレキャラが目を出すアレ
リスナーも少々おかしな方向に盛り上がっている。
普段は本の話題を共有し合う落ち着いた空間だったのだが、まるで違うことになってしまった。
ミコトのリスナーが流入した影響だろうか?
……いや、熱狂してるコメントには結構、元からいるリスナーの名前が混ざってるな。
「……はぁ、需要はわかったけどさぁ。 ……何人か変なことしか言ってないし。 女性配信者って普段こんな気分なのかな」
>コメント:すいません
>コメント:ごめんなさい
>コメント:調子に乗りすぎました
>コメント:控えます
「あ、違っ! 気分を害したとかでもなくて! ……なんていうか、何かを好きなのはいいと思います。 ただ、それを私に向けられるのは戸惑ってしまうだけで……」
と、そこまで言ったあたりで考え直す。
俺は、俺に好意を持っているという言葉を信用出来ない。 自分にそんな価値がないとどうしても思ってしまうし、口で『好きだ』『どんな配信でも見る』なんて言っていても別の配信テーマの時は来てくれないなんてことはよくあるからだ。
配信の活動指針にしているアナリティクスに表示される数字は、どうしたって言葉以上にリスナーの行動を可視化させてしまう。
だが……少なくともこの体は、ミコトと平野先生の情熱がこもった素敵なものだ。
「……そうですね。 せっかく素敵な体を贈ってくれたんです。 ……今の私は、カッコいいですよね?」
>コメント:カッコいい!
>コメント:イケメン!
>コメント:叡智がにじみ出てます!!
自分で自分のことをそういう気恥ずかしさに顔が熱くなり、思わずコントローラーを持った手で顔を抑える。
そんな様子を見て隣に立つミコトは嬉しそうだ。
「うんうん。 そうやって少しずつ受け入れていくといいよ」
「……いいんでしょうか」
「もちろん! 例え自分が納得できてなくても、そうでしょ? って受け取ってあげなよ。 誰だって好意を受け取ってくれたら嬉しいもの。 ……それに、謙遜しすぎは相手の見る目を否定するようなものだからね」
「……そう、かもしれませんね」
俺が学生の時ミコトを見つけ、輝いて見えたから声をかけた。
それはきっとミコトが、自分の好きと楽しいことを全力で追っていて、そんな自分を全力で肯定していたから。
きっとミコトのファンもそういう所を推していて……。 逆に、俺があまり伸びなかったのは、自分を認められないそんな態度が見えてしまっていたのも一つの理由だろう。
少しずつ、少しずつ。
俺も自分を受け入れていけるだろうか。
いや、受け入れていこう。
だって少なくとも、ミコトは一緒に配信したいと言ってくれているんだから。
俺の価値を俺が認められなくても、ミコトが認める価値を信じていきたい。
……そう思っていると、一つのスーパーチャットが届いた。
>コメント:【1000】露出多めの和装男子からしか得られない栄養ってやっぱあるんだよね。 薄布一枚に隔たれた目もエキゾチックでセクシーだし。 でもこれに加えて、自分なんかを好きになる人いないでしょ? って無自覚なのもエロかったっていうか、体育でシャツを引っ張って汗をぬぐってる男子みたいなところがあって、それが無くなっちゃうのももったいないと思う。 でもちょっと恥ずかしそうにカッコいいですよね? っていったのはなんかよくてもう今晩コレでいいかな。
「あの、スーパーチャットありがとう。 これは、好意……かな、あの。 えっと……ミコト、どうしようこれ……」
「スパチャだろうが度が過ぎてる奴はもうセクハラだからタイムアウトしな」
ミコトの言葉はびっくりするほど冷ややかだ。
……その日俺は初めて、荒らしに来た人間以外に独裁スイッチを使用した。
服の横から脇や肌が見えるようにノリノリで設定したのは平野先生ですが、ミコトはあえて止めませんでした。見たかったようです。




