06_親バカバトル終了
後半戦は、選択問題や並べ替えだけでなく、記述問題も多く出題された。
難易度で言えば、五問目と変わらず、難しくも無理難題ではないものばかり。
初めてコミケで販売したボイスCDのタイトルを記述するものや、ミコトのオリジナル楽曲を再生数の多い順に並べ替えるもの。重要な部分を隠したサムネから配信内容を当てるものなど。
九問目を終えた時には、俺と平野先生が七十点。 二次色先生が八十点というほぼ横並び状態になっていた。
「うんうん! 予想外のデッドヒート! みんなボクの配信をちゃんと見てくれてるんだねー。 嬉しいな!」
楽しそうに全員の特典を見ながら笑顔を振りまくミコト。
そして始まる最終問題。
「最終問題は逆転チャンス! ……ボクの平日朝配信では、よく朝食を作りながら雑談をしています! 今回はそこからの問題!」
ジャジャン! という効果音と共に、A~Fの番号が振られた六枚の料理の写真が表示された。
Aから順に焼き鮭と卵焼き、ワッフルサンド、ベーコンエッグ、おにぎりとウィンナーと目玉焼き、フレンチトースト、エッグベネディクト。 それぞれに小さなサラダや副菜が付けられている。
「この六枚の写真の内、ボクの料理を当てたらその分だけ十点加算!」
その発言ににわかに色めき立つ俺と平野先生。
最終問題も同じ点数だった場合、同率一位か敗北しかなかったからだ。
「た・だ・し! ボクの料理じゃないものがいくつか紛れ込んでいます! もしそれを選んでたら、どれだけ正解していても最終問題の特典はマイナス十点! ……当然、他の人の料理をボクの料理と間違えたりするパパママはいないよね?」
可愛く小首をかしげ、我々に問いかけるミコト。
しかし、俺以外の参加者はその言葉に不安げだ。
「フリーのイラストレーターは生活時間が終わりがちなんですよねぇ……たまに朝配信のアーカイブは見てますけど」
「私も、会社所属のモデラーやめてから生活リズムが……」
「朝配信はみんなに健康的な暮らしをしてほしくてしてるんだから、無理にとは言わないけど、出来れば生活リズムを見直してほしいなぁ」
「「はぁーい……」」
自信なさげに返事をする二人の先生。
俺は幸い、通勤電車の中でラジオ的に聞いているのだが、それでも視覚情報が無いから写真問題は難しいだろう。
……と思ったのだが、俺はある事に気付く。
もしかして、この問題……。
俺は少し考えた後、六枚の写真から四枚を選択して解答ボードに記入した。
「シンキングタイムしゅーりょー! 順番にオープンするま・え・に! ……ボクの料理と間違えて他の料理を選んだ人はー……?」
カメラがミコトから順に、それぞれ回答者の姿を映していきながら、不安を煽って溜める。
「……いませんでした!! みんな流石だねー」
その言葉に、全員ホッと安堵の息を漏らす。
そしてオープンされた解答は次の通り。
カクシ:ACDE(焼き鮭と卵焼き、ベーコンエッグ、おにぎりとウィンナーと目玉焼き、フレンチトースト
二次色:AE(焼き鮭と卵焼き、フレンチトースト)
平野:AD(焼き鮭と卵焼き、おにぎりとウィンナーと目玉焼き)
「というわけで最終問題はー? ……ってドボンの人がいないんだからわかるよね。お見事! カクシ君かんぜんせいかーい! 今回、ボクが作った物じゃない料理は二つで、リスナーがタグをつけて投稿してくれた写真でしたー」
カメラが俺を映し、回答者卓に表示された得点が四十点を示す。
二次色先生、平野先生にもそれぞれ二十点が表示された。
最終問題なので、点数は優勝者発表まで隠すのだろう。 さっきまで普通に映していたので最終特典も簡単にわかる物ではあるが、盛り上げるためのお約束というものだ。
「ちなみに今回の問題、見分けるポイントはお皿とカメラだよ。 結構画角とかは似せてくれてるんだけど、ピントの合わせ方がボクと若干だけど違うんだよね」
「あぁ! ホントだ! これよく見たらいけたなぁ……」
イラストと写真はカメラと筆の違いはあるが、どちらも見せたいものを美しく見せる点では共通している。 イラストレーターの二次色先生は少し悔しそうだ。
「あと夜雑談でも、『いくつか区画の別れてるプレートタイプだと、自然と品目が増えるから栄養バランスが良くなるよ』って話も何度かしてるから、覚えてれば答えられたかもね。正解は全部そのタイプの皿にしているよ」
「うわ……。 それ聞き覚えありますね、悔しい」
そう聞いてみれば、あまり理不尽な問題ではない。 二人の解答が二問ずつになったのも、不正解を選んでしまった場合を恐れてのものだろう。
減点の仕様が無ければ、あと1つくらいは追加で選んでいたのではないだろうか。
「さてさて、これにてクイズ全十問が終了しました! 優勝者はー!」
カメラが俺を映し、回答者卓に表示された特典が百十点を示す。
最終的に二次色先生百点、平野先生九十点できれいに順位が付いている。
「ジャジャン! 紙カクシくーん!」
「よし!!」
思わず拳を作ってガッツポーズをする。
「男の子な部分が出てるねー。最強のパパおめでとう」
「……なんか、そう言われるとちょっと恥ずかしい……ですね」
ミコトと話すときはどうしても普段の口調に戻ってしまいがちだ。 俺は意識して丁寧語になるよう語尾へと付け足した。
「カクシパパさん、いいなー」
「ご褒美貰えちゃいますね」
その言葉で少し固まる。 そうだ、一番多い得点には投げキッス、だったか。
普段の配信ならともかく、このまるで目の前にいるかのような臨場感で、平静に居られるだろうか?
二次色先生、平野先生の言葉を聞いたミコトはニコニコしながら答える。
「うんうん。 ちゃーんと覚えてるよ? ……それでは、最多得点者へのご褒美が送られます。 ……最多得点者はー!」
手元のコントローラーを操作して、ドラムロールが始まる。
おや?
優勝者を発表していたのに、何故今更そのようなことを……?
「ジャン! リスナー君!」
「それおかしくない!?」
思わず素になって叫ぶ。
「ズルだー!」「横暴だー!」と援護射撃をする保護者陣。
「はーい、一番偉いのはチャンネル主のこのボク! 批判は一切受け付けません!」
解答者席に背を向けて、きこえなーい、というポーズをとる。
「君たちの解答待ちの間、リスナー君も参加して遊べるようにアンケート機能で問題出してたんだけど、アンケートの最多項目が常に正解の選択肢だったんだよね。 ということは、リスナー君が最多得票。 なにもおかしくないでしょ?」
ミコトがそう答える。
確かにクイズはそのまま見るだけより、思い思いに回答した方が楽しめる。 だからリスナーも参加できる形式にするのは、楽しませる上では大事だろう。
ただ……。
「それ、自信が無い人は未回答にして、自信がある人が回答するだけで、正解に投票が集中するんじゃないか?」
第一、記述問題や並び替え問題もアンケートで解答できるようにしていたということは、ある程度の確率で正解出来るようになってるわけで。
「流石カクシ君。 実際、難問ほど投票数がガクっと落ちてたからそういうことみたいだね。いやーしっぱいしっぱい」
あちゃー、とわざとらしく表情をコミカルな物へと変化させながら、手を額に当てて首を振るミコト。
「だけどさぁ、キミたちも全員正解してれば最多得点者になれたよね? ……それとも、ゴネてでもボクからの賞品が欲しかったのかな?」
「そりゃ……確かに俺は全問正解じゃなかったけど……!」
煽るような表情でこちらを見上げるミコト。 全問正解じゃないから敗者、ということならそれは確かにそう。
最強というなら、全問正解で当たり前だ。
「それじゃ、今日は遊びに来てくれてありがとね。 リスナーの皆! 今年も一年、付き合ってくれると嬉しいな」
ちゅっ。なんてわざとらしく口で可愛く言って、ウインクと共に投げキッスをカメラに向けて飛ばす。
カメラは解答の保護者陣を映し、それぞれが別れの挨拶をしていく。
コメントは見えていないがおそらくほとんどの人はミコトの投げキッスの感想で、こちらを見ていないような気がする。
「優勝したカクシ君は五月九日に3Dお披露目を控えてるよ! ボクも一緒に参加するつもりだから、どっちのチャンネルも登録・高評価。 スクショとかも沢山拡散してくれると嬉しいな! またねー!」
しばらくミコトはカメラに手を振ると、手元のコントローラーとマウスを操作するような動作をした。
おそらく、それで配信は終了したのだろう。 こちらに向き直ると、ミコトが挨拶をする。
「はーい、皆さんお疲れ様でしたー! カクシ君。 どうだった? 初めてボクのチャンネルに来て、緊張した?」
「凄い緊張した……。 皆さん、私変なこと言ってませんでした?」
「大丈夫でしたよ」
「はい。やっぱり配信歴が長いと慣れてるように見えますね」
不安と緊張からの解放で、イスの背もたれに体を預けて休む。
合間合間で茶番を挟みながらのクイズ大会で、配信時間は1時間半ほど。
普段の配信である二時間よりも短く、他の三人も話してくれているため喉や体力への負担は軽いが、心への疲れは普段よりも多い。
それでも、楽しかったですよと全員に軽く挨拶を交わす。
「ワタシも楽しかったです。 ……それでは、先にお暇させてもらいますね? カクシさんも、二次色さんとお話したいこともあるでしょうし。 ……カクシさん、次の3Dお披露目配信の時は、コメント欄の方で応援させてもらいますね? ワタシ、ママですので、授業参観です」
それではまた、と言って平野先生は退出していった。
少し気を使ってくれたらしい。
名残惜しくはあるが、平野先生とは配信開始前にたくさんお話しできた。
また別の機会もあるだろう。 ……先生の言う通り、この体のママなのだから。
ミコトの方を見れば、数歩離れた場所に座っており、配信後の雑務を片付けているのだろう。
俺の視線に気づいたミコトは、『こっちは気にせず、二次色先生とお話ししておいで』と言うようにひらひらと手を振っている。
配信前なら緊張していたところだが、クイズの時のじゃれ合いで少し話しやすくなっていたため、先生に伝えたかったことを伝えに向かう。
「……平野先生にも言いましたけど、二次色先生のモデルもイラストも全部素敵で、最高です。 たくさんミコトの衣装を手掛けてくれて、本当にありがとうございます」
先生はニコニコと、俺の話をただ聞いてくれていて、俺はそのまま続きを話す。
言いたいことが沢山ありすぎて、早口にならないように意識しながら。
「最初ミコトのデザインをするとき、男性の骨格を書いてから衣装でシルエットを変えて……。 でも肩幅の広さがミリ単位で違うだけで全然雰囲気が変わってしまって、納得がいくまで何枚も書き直しました」
絵は自分の頭の中にある物を伝えやすくする手段でもあり、紙とペンさえあれば出来る娯楽でもある。
オモチャもテレビも家に無かった俺は、一人の時間を図書館で借りた本を読んだり、貰った紙に色んな絵をかいたり、本の挿絵を模写したりして遊んでいた。
ただそれはあくまで誰に見せるでもない、自分だけで完結したお遊び。
ミコトの体を作るにあたり、いろんなイラストレーターの絵を参考にしながら、何枚も描いていく内に、線一本一本の強弱やデザインのセンス。
自分が慣れ親しみ、ただ見ていただけの絵に込められた技量や工夫を知った。
「毎シーズン新しく出る衣装は、女装してないものも女装してるものもあって、でも体つきは何も変わってなかった。 ホントに、男性のミコトに衣装とポーズでいろんな姿を見せてくれてるって伝わって感動しました」
男のシルエットはどうしても女性と大きく異なる。 女の子を描いて、胸を完全に削ればいいというものではない。
男を男として可愛くするのでもなく、男でありながら女の子のように可愛くするとなればいくつもの制限が出来てしまう。それでも二次色先生は、体格を変えてしまうのではなく、表情やポーズでいくつものパターンを作り出していた。
二次色先生は確かにゲームのキャラデザインや、ライトノベルの挿絵で男性も描いていたけれど、ミコトのような女装少年を描いていなかった。 だからきっと、ミコトの依頼を受ける時に色々と慣れないことも多かったはずだ。
「だから本当に、ミコトのパパとして担当してくれて本当にありがとうございます」
プロとしての仕事に、友人として。最初の体を担当した人として、尊敬と共に頭を下げる。
二次色先生は俺が頭を上げるのを待ってから口を開いた。
「ふふふ……、描いた意図をきちんと受け取って、言葉にしてくれて……。 やっぱり直接そういうことを言ってもらえるのって、励みになるね」
バーチャルの表情は変わっていないけど、その言葉からは嬉しそうな声色が伝わってくる。
「イラストは君の言う通り一ミリのズレだけで変に見えてくる。 どこがおかしいのか言語化できない初心者でも、何かおかしいとは思ってしまう。 だから何時間も、何日もかけて丁寧に作って、……それが、コンテンツが飽和した今じゃ数秒でタイムラインを流れて消費されていく。 割に合わないと思うことも増えたよ」
インターネットの普及、SNSの普及により、誰でも発信者となれる時代になった。
それがミコトのような存在を生み、新たな輝きを生み出している。
だがそれは同時に、コンテンツが飽和する原因にもなった。
どんな時代だって流れる時間だけは一定だ。
消費者はそれまで一つの作品をなんども見返していたのに、今となっては次々に供給されていく作品を慌ただしく追う人が多くなっている。
「……だけどね。 僕が作った体に魂が入って動くことで、何分も何時間も見てくれるようになった。 配信や切り抜きで、YoutubeだけじゃなくSNS全体に広まっていく。 こんなに私の仕事を広めてくれる存在は他にないよ。 こちらの方こそ、ミコト君を世に出してくれてありがとう」
俺は昔から誰かに褒められても、俺にそんなことを言ってもらえるような価値はないと思ってしまう。 俺は、俺のことが嫌いだから。
だけどミコトをVTuberの世界に送り出したことだけは別だ。 きっとミコトは、俺が勧めなければVTuberにならなかった。
二次色先生も、平野先生も、俺にとっては尊敬するクリエイターだ。
だから、そんな人がミコトを担当してよかったと思ってくれるのは本当にうれしい。
それは全てミコトの魅力によるものだけど、そのミコトと彼らが出会うキッカケを作ることが出来たのなら、やはりあの時ミコトをこの世界に送り出した行動はきっと正解で、自分の行動を誇らしく思えた。
「こうしてファンの声を聴けるのは、SNS時代の強みだね。カクシ君もそう思わないかな?」
「その、私はあまり……。 エゴサーチとかもしないので……」
二次色先生の言葉に思わず口ごもる。
俺はエゴサーチをしていない。俺は人のネガティブな声や反応を拾いやすい性格だ。
だから今では配信に遊びに来るリスナーや、動画に残してくれるコメントだけがファンとの交流であり、ファンの感想を見る手段になっている。
「……そうか、まぁ聞かない方がいい言葉だってたくさんある。 今の時代、それも一つの正解だよ。 ……僕だってミコト君の方で有名になりすぎたからか、ちょっと胸の小さな子を描くだけで男の娘と疑われてるし……。 失礼な話だよね!」
俺が気にしたことを笑い飛ばせるように、ジョークを織り交ぜて話す先生。
人徳か、年上の人生経験か。 尊敬できるお人だ。
「もしLive2Dの新衣装が欲しくなったら、私に依頼してくれてもいいよ。 仕事が空いている時に、ちゃんと作っておくからね」
「いいんですか? ありがとうございます。 ……では、今後収益が増えた時はご相談させてもらいますね」
最後に、バーチャルで握手を交わす。 触れ合う熱も感触も、錯覚でしかない。
それどころか二次色さんの体とバーチャルの体は体格が一致していないから、俺の手が触れている場所に先生の手はない。
……だけど、感謝と親愛をこめてそうする。
「それじゃ、私はこの辺りで。 お疲れ様です」
「お疲れ様です。 ありがとうございました」
そうして、二次色先生は去っていった。
後に残されたのは、俺とミコトだけのバーチャル空間。
配信でこんなに楽しんだのはいつ以来だろうか。
普段の配信も楽しくなかったわけじゃない……と思う。リスナーと好きな本について語り合う読書雑談だって、俺は楽しみながら配信しているつもりだった。
だが、親友であるミコトと一緒だからか。
それとも、伸びることとかを考えずに気楽に配信出来たからだろうか。
少なくとも、久しぶりに心から純粋に楽しめたと思える配信だった。
そんなことを考えていると、ミコトが話しかけてくる。
「……話せて満足した?」
「あぁ、待っててくれてありがとう」
話し終わるまで、ずっと少し離れたところで待ってくれていたミコトに感謝を述べる。
配信後にやることなんて、殆どない。
録画ファイルや配信画面に使用したデータの整理、別に放っておいて溜まった頃にまとめて作業したってかまわないものだ。
それをただ、俺や二次色先生が話してるとき、待たせてると気を使わないようにポーズとして作業中のように見せてくれていた。
「……どうしたの?」
「感謝してる。 色々な気遣いも、今日の配信についても。 ……本当に楽しかったよ」
「それはよかった。 思い出させてあげるって言っておいて楽しませられなかったら、カッコ悪いもんね。 ……でも、あまり気にしないでいいよ? リスナーにもゲストにも楽しんでもらおうとするのは、ボクにとって当然のことだしね」
ミコトはなんでも無いことのように言いながら、さっきまで二次色先生が使っていた座席まで移動すると腰を下ろした。
バーチャルの世界、現実にイスがある以上どこで座ろうと問題ないのだが、空中に座るなんてことにならないよう移動したのだろう。
「出題を工夫したのも、その一環か?」
「ふふふ、わかった?」
「……最終問題の正解の料理、全部学生の時に作ってくれたことがある」
アルバイトで割のいい夜勤をしていた時、終わったら大学が近いミコトの部屋で仮眠させてもらっていた。
出題された料理は全て、その朝にミコトが作ってくれたものだ。
皿も写真も当時のものとは違っていたが、メニュー自体は変わっていなかった。
リスナーが作ったものは、ミコトが配信者になって後から覚えた料理たち。
だから、そのことに気付けば迷う必要は無くスラスラと解答できた。
「せいかーい。 ……でも、不公平になり過ぎないように各自に答えやすい問題は作ってたんだよ? 歌ってみたや衣装のイラストは二次色パパが担当してるから解答しやすいし、サムネの問題はゲストが平野ママの時の配信だしね。 ……まぁあの人間違えてたけど」
案外自分が出た配信なんて覚えてないんだよねぇ……。 結構いっぱいいっぱいだし。 何てことを言いながら、ミコトはこちらに視線を向ける。
「それで言えば、キミは十年ぐらい前の記憶で勝負することになるし、忙しいから配信もあまり見れてないだろうし、ちょっと不安はあったかな」
「でも会社員が見やすい時間の朝配信を最終問題にする辺り、仮に俺が学生の頃を忘れててもここで俺に点を取らせるつもりだったんじゃないか?」
そんな俺の言葉に、当たり前でしょ? と笑う。
「キミはボクと同じく周年の主役。 次に3Dお披露目も控えてるんだから、ここで弾みを付けないといけない。 差がついていたとしても、顔を知られてるパパとママを最後は追い上げたという盛り上がりは作りたかった」
ミコトはコントローラーを握って話しながら、こちらをまっすぐに見つめる。
「君たちに台本はない、ヤラセもさせない。 でも配信はね、ある程度盛り上がりどころを想定して作る物だよ? ……何も考えずつまらない配信になってしまったら、それが一番時間を作ってくれるファンに失礼だからね」
「…………はぁ。 伸びてる人ってホント凄いんだな」
きっと、しっぱいしっぱい。 なんて笑っていたリスナーアンケートも、勝った俺へのヘイトを逸らしてリスナーを盛り上がらせるための物なんだろう。
今日の殆どのことはミコトの手のひらの上ということだ。
思わず天井を見上げて感服する。
追いつこうと走ってきたけど、最初の約束を果たすまでの間に相手はいろんな経験を積んで、更に前へ前へと走っている。
追いつける気がまるでしない、大きすぎる存在。
本当に昔から、尊敬と憧れのやまない相手だ。
VTuber活動は楽しいもの。 今日の配信でそれを思い出せた。
ただ俺がその初心をいつの間にか忘れて、追い立てられるような焦りで見えなくなっていただけ。
ミコトがファンやゲストを楽しませるためにしていることを見て、俺も同じようにファンを楽しませたい。楽しませられるようになりたいと改めて思う。
「あ、そうだ。最後にちょっといい?」
「ん?なんだ?」
決意を新たに、そろそろ退出するかと思っている頃、ミコトから呼び止められて顔をそちらへ向けた。
見ればミコトはいつの間にか席を立ち、自分と抱き合うかのような距離にいた。
驚いたのもつかの間、すぐに耳元で、ちゅっ、という軽いリップ音が聞こえて思わず固まってしまう。
ミコトはすぐに離れて、バーチャルの姿をイタズラっ子のような表情に切り替えた。
「ふふ、本当にしたと思った? フランスとかだと、こういうリップ音だけの挨拶もあるらしいよ。 優勝のご褒美。 ……それじゃあ、またねー!」
固まったままの俺を置いて、こちらの反応を待つことなくミコトはバーチャル空間から退室していった。
バクバクと激しく音を立てる心臓を落ち着かせる。
「……数万人の同接より今のが一番心臓に悪かったかも」
少なくとも、数日後に俺のチャンネルで行う3Dお披露目は今ほど心臓が動かなくて済むだろう。




