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05_八周年親バカバトル! 一番子供を理解してる親は誰だ

 俺に親との記憶は殆どない。



 朝日がうっすら入ってくるだけの薄暗いリビングの一室に、一日の食事代としてお金が置かれている。

 小学生の時は五百円。 中学生からは千円が置かれて、それがずっと続いた俺の毎朝の光景。


 テレビも無く、オモチャも無い。 机の傍には図書館で借りた本が三冊。

 あるのはいくつかの衣装箪笥。



 目が覚める時間には既に親は仕事に行き。


 一人だけの時間を図書館の本で埋めて。


 眠りについたころにようやく親が帰ってくる毎日。


 親は朝も夜も、休日も無く働いていたから会う機会なんて殆どなかった。



 寝室の布団で寝ていると、親が帰ってきたのか俄かに騒がしい会話が聞こえてきた。

 疲れから口喧嘩に発展しているのだろう、何を言っているのかわからないが攻撃的な声色に、幼い俺はビクビクしていた。



 リビングに通じるガラス戸には、明りに照らされた男性と女性のシルエットが映っていた。



 今となってはもう親の顔も名前も覚えていない。

 覚えているのは、擦りガラス越しのシルエットと口論する棘のある声が殆どだ。



 親の姿がわずかに残る、貴重な想い出。




***




 周年配信当日、五月五日。

 配信時間である二十一時の三十分前にVR空間上のクイズ部屋へと集まり、顔合わせを行った。

 参加者は全員自分の家からVR空間へと入室している。

 ゲストは事前に知らされていた通り、Live2Dイラストを担当している二次色先生。 通称二次色パパ。

 それに3Dモデラーの平野律先生。 通称平野ママである。



「始めまして。 紙カクシです、今日はよろしくお願いします」

「二次色です、こちらこそよろしくお願いします」

「平野律です、よろしくお願いします」



 簡単に自己紹介をして雑談に興じる。

 俺以外の三人は配信内や仕事としての打ち合わせで面識があるものの、俺はミコト以外とは始めましてだ。


 配信の内容については事前にメールが送られているため、トラッキングや解答フリップの使い方を再確認するだけの十五分前集合でも問題なかった。

 それが三十分前になったのは、自己紹介と雑談で俺の緊張をほぐそうというミコトの計らいである。



「えっと、平野先生、で良いですか? 素敵な体を作っていただいて、本当にありがとうございます」

「平野ママ、でも良いですよー? ワタシの方が年下ですけど、ミコト君にはそう呼ばれてますしね!」

「……すいません、呼びづらいので先生でお願いします」



 ざんねーん、とカラカラと笑う平野先生。

 先生は3Dによるフィギュア原型も担当する原型師兼3Dモデラーだ。

 そのため、塗料汚れのついたエプロンに工具が入った衣装で、首元に防毒マスク、額に防塵ゴーグルをかけた格好をしている。



「ミコトはしぐさも可愛いから、3Dの体で、よりその魅力が出たんだと思います。 本当に素敵な体を作ってくださって、ありがとうございます」

「いやー、本当にミコト君のパパみたいですね」

「VTuberの文化だと確かにママやパパかもしれませんが……、友達ですよ」



 少なくとも自分が親と言うのは考えられない。

 世間的にはそういう立場でもおかしくない年齢なのは確かなのだけど。



「けど、ワタシの方こそ大丈夫でした?」

「何がですか?」



 少し心配そうにこちらに聞く平野先生。発言の意図がわからずに問い返した。



「その体、カクシさんの初期デザインから結構変えてるでしょ? ミコト君とワタシでたくさん打合せして、モデルとして破綻しない様にとか、動かしやすいようにとか、あとかなり性癖盛り込んだり色々アレンジしたんだけど……、クリエイターとしては、自分の作品を無断で弄られるのってやっぱりいい気持ちしないですから」

「ボクも平野ママにそう言われて、凄く悩んだんだけど……、サプライズに贈りたかったから、ボクの責任で作ってもらったんだ」



 確かに、衣装は多くの部分が異なっている。

 シンプルだった白衣(びゃくえ)をモチーフにしたデザインは、肩部分が無くなって上腕部分で袖が止まる形になり、細部も情報量が増えていた。

 色彩も白一色だったのが、要所に朱などの差し色が入って見栄えが良くなっている。



「すいません、3Dお披露目で驚かせたいから詳しく見ないで! なんてミコトに言われてるから、まだしっかりと細部は見てないんです」

「じゃあ3Dお披露目の日は、リスナーだけじゃなくてカクシさんへのお披露目でもあるんですね」

「本人が知らない何ておかしな話ですけどね」



 そんなことを言って笑ったあと、気持ちを切り替えて二次色先生に気持ちを伝える。



「……でもまだしっかりと確認したわけではありませんが、一目見た時の印象や雰囲気は私のイメージそのままでした。 私の技術不足で理想に届かなかったところを、よりよいものにしていただいたと思ってます。 きっと当日に詳細を見たとしても、感謝こそあれ何の文句もありませんよ」

「……そうですか? そういってもらえると、安心しました」



 なんてお互いに笑い合って、そのまま二次色さんにもミコトの体を作ってもらったことのお礼を言いに行こうとする。

 だけど、流石にそろそろ配信時間が近づいてきた。



 こちらが話そうとして断念したことを察したのか、二次色先生は、また後でお話ししましょう。と言って所定の位置へ移動する。



 今頃、ミコトの配信画面ではOPの待機映像が流れているだろう。

 Youtubeプレミア登録者と非登録者が、CMの有無で配信開始のタイミングがずれないように、およそ三十秒から一分程度の待機映像を入れる人は多い。

 俺自身、本当に簡易なものだが三十秒のカウントダウンを入れている。



 今回の待機映像は周年用の特別版。

 八年間で変わってきたミコトの歴代衣装が演出と共に順番に流れていくもの。

 VR空間にいる今はその映像を見ることはできないが、事前に見せてもらったその映像は、昔から追っているファンほど胸が熱くなるものだろう。



 今回はそんなファンにも、ちゃんと楽しんで貰えるように失敗しない様にしよう。




***




「はーい!みんな、元気してたかなー?睦実ミコトだよー」



 VTuberは特徴的な挨拶の口上を持っている人も多いが、俺やミコトは特に工夫のないありふれたものだ。

 いつもの通り挨拶をしながら、リスナー視点の仮装カメラに向かって手を振るミコト。



 周年配信ではカメラマン役の人に協力を依頼することも多いらしいが、今回は同じ場所でMCをするだけだから、コントローラーを使って自分でカメラを操作するらしい。


 "だけ"等とミコトは言っているが、ミコトはコメントのリスナーたちの相手と、ゲストに問題や話題を振り、カメラなどの様々な対処を常にすることになる。

 俺にはとても真似できない行いだ。



「告知通り、八周年親バカバトル! 一番子供を理解してる親は誰だ! 今日はボクのパパママをゲストに呼んでるから、最強の親を決めてくよ! ……え? 最強の親って何って? 細かいことは良いんだよ!」



 楽しそうにコメントとじゃれ合うミコトを見て、思わず笑う。



「それじゃ、最初に紹介するのはボクの一番最初のパパ! 動画で今話題になっている紙カクシくんだよ!」



 ミコトに紹介され、宙に浮いているカメラモジュールに向かって手を振り、打合せ通り軽く自己紹介をする。



「初めまして、紙カクシです。 普段はいろんな本やお話を紹介しています、同じく八周年を迎えました。 付き合いの長さなら一番長いので、絶対勝ちます!」



 ミコトと遊ぶときは、負けたら次は勝つと言ってきたし、最初から勝つつもりでぶつかってじゃれ合っていた。 だけど今日会う人は初めての相手ばかりだから、もう少し謙虚な態度でいいんじゃないか? とそう相談していた。

 しかしミコト曰く、最初の挨拶はプロレスと同じ。 ビッグマウスぐらいが丁度いいんだよ。との事だったので少し勝気に発言していく。



「ボクとの付き合いは十四年! その積み重ねが勝利の決め手になるかな? お次は、二次色パパ!」



 そう紹介され、カメラは隣のイラストレーター、二次色さんへと移動する。



「新モデル発表の時に度々お邪魔させていただいています。 毎シーズンの衣装担当、二次色です」



 低い男性の声だが、その姿は身長一六〇cmにも届かず、胸や太腿がムチムチとして女性らしい特徴が非常に強調されたアバターである。

 元々二次色さんのSNSやウェブサイトで使用されていた、いわゆる"ウチの子"がアバター化され、それに二次色さんが入った形だ。

 この場にいる中で一番女性らしい見た目なのが虹色さんだが、彼は俺やミコトが学生のころからゲームやライトノベルで活躍してきた年上の男性だ。


 もっとも、見た目と声が一致しないのはVtuberにはよくあることである。 ……いや、二次色パパはVtuberではなくイラストレーターだけど。



「仕事中にはミコト君の配信を見ながら作業していますし、同じパパには負けられません。 今日は勝つつもりです」



 こちらを見て胸をそらし、フフンと挑発的な表情をする二次色先生。

 カメラがミコトの方に戻ったのを確認すると、笑ってひらひらと手を振った。

 なるほど、これがプロレス。

 あまり多くの人とコラボしない自分には慣れてなかったけど、リスナーを楽しませるために軽い情報を共有して、お芝居をしているようで少し楽しくなってくる。



「二人のパパの勝負はどうなるんだろうね? ボクはMCだから、どっちも応援しているよ! ……さてさて、それじゃ、最後の紹介。 平野ママ!」



 ミコトがコントローラーを操作して移動したカメラに、平野先生がそれに向かって手をひらひらと振る。



「どうも。 平野律です。 ミコト君を担当してから、色んなお仕事が入って嬉しい限りです。 今回親バカ対決とのことだけど、ワタシはこの場全員のモデルを担当したママなので、全員叩きつぶして、子は親に勝てないということを思い知らせてやろうと思います」



 おもわず驚いて平野先生の方を向く。 あ、このぐらいの発言でもいいんだ。 という気分だ。

 だが二次色先生も平野先生を二度見していたので、あちらが例外らしい。

 ミコトはそれを見ながらも愉快そうに笑い、進行していく。



「参加者は全員やる気十分! ただ、最後でコメント欄が"ひぇっ"とか"ヤバい"に染まっちゃったね」

「アーカイブ後で見るけど、毒親って言った奴いたら全員名前覚えとくからな」

「言わせようとして言ってたでしょ?」

「当然! でもほんとに言った奴には怒る!」



 理不尽! と笑いながらミコトはメインカメラを、参加者全員が画角に収まる位置へと移動させた。

 カメラはミコトの手元のボタンで、予め設定された位置に瞬時に移動することができるらしい。

 そのため、クイズの解答中や状況に応じて、最適なものを選べるそうだ。

 だからキミが思ってるほど大変ではないよ? とのことだが、自分にはそこまでのマルチタスクは出来ない。



「なお、今回は公平を期すために配信で言ってない問題は一切出てこないよ。 リスナーの皆も何点取れたか競ってみてね!」



 まぁ、そこは当然だろう。 配信外の情報が出てきたらリスナー達はおいてけぼりだ。



「ちなみに、最多得点者にはそうだなぁ……。 ボクが投げキッスでもしてあげようかな? ……うわぁ、コメントが爆速だ。 だからみんな、頑張ってね?」



 カメラに向かってウィンクをするミコト。

 俺達の出題者側の正面にある壁には、カメラが映している映像がそのまま投影されている。

 そのため、ミコトの言葉はモニターの前にいるリスナーへのものであると同時に、出題者側へのものでもある。

 隣の参加者たちが気合を入れてバーチャルのペンを握ったのを見て、俺も気合を入れることにした。




***




 始まったクイズ本番。


 第一問から四問までは簡単な物が続いた。

 ウォーミングアップのようなものというよりは、周年を機にミコトの配信に初めて来た人への自己紹介を兼ねているのだろう。

 非公式で使われているリスナーネームや、ミコトの趣味、配信ジャンルを答えるものや、ゲーム配信で一番回数が多かった作品のタイトルを答えていった。



 しかし、続く第五問。



【画面に表示された四つの衣装の内、2026年に使用された頻度が高い順に並び替えよ】


 映されているのは

 A.初期衣装をブラッシュアップした基本衣装。

 B.もこもことした服で厚着した冬部屋着衣装。

 C.女装要素が全くない、中性的な少年にも少女にも見える非女装衣裳。

 D.腰回りをパレオで覆い、腰の括れをフロントジッパーのパーカーを羽織ることで隠した女性水着衣装。



「いきなりレベル高くなってないですか? これ……」

「結構難問ですねぇ……」

「シンキングタイムは三十秒だよ! スタート!」



 ミコトは現実でも、バーチャルでも色んな服を着るのが好きだ。

 そのため大体年に4つモデルを作成しており、3Dが三点、2Dが二十八点ある。

 それに古いものを全く着なくなる訳でもなく、気分次第で使い分けたり、配信中に着替えることもあるため自信をもって答えるのは難しい。

 更に言えば、空いている時間の少ない俺の場合、配信は動画編集中や電車で移動してる時に音で聞くことが多くなってしまっていた。

 そのため、配信中の視覚情報がわからない。


 現在五月なことと、ミコトが好む見た目の順を考えればBが一番多く、AとCはほぼ同じ。そしてDの水着が一番少ないだろう。

 ミコトは男装……というのもおかしな話だが、男物の衣服を着ること自体別に嫌っておらず、その方向性で着飾るのも楽しんでいる。

 ただそれ以上に可愛い服が好きなだけだ。

 水着は一月から五月は使わないようにも見えるが、ゲームで海やプールが出るときに合わせて使いそうなイメージもある。

 俺が頭を悩ませていると、隣の二次色さんから声がかかった。



「カクシさん、こっち見てくれます?」

「なんですか……?」



 バーチャルでの筆記なのでいくつか便利な機能がある。

 今回はカンニングが出来ないように、表示ボタンを押さない限り自分以外のプレイヤーには解答が見えない仕様だ。

 この仕様があればカンニングになることも無いため、チラリと隣を見てみると、机の上にあるフリップにペンで書いているハズなのに、二次色先生の手は机にめり込みペンは宙に浮きながらボードに文字を記入していた。



「超能力です!」

「あはははは!」



 思わず笑ってしまったおかしな光景。

 二次色先生の入っているアバターは正式には身長一五七cm(ヒール込み)、しかし先生の身長は一七五cmあると聞いていた。

 その結果、ペンを握ると空中にペンが固定されてしまうらしい。



「じゃれてる二人、残り5秒だよー?大丈夫?」

「ヤバッ!」

「ははは作戦勝ちだよカクシさん!」



 俺は考えるのを辞めて、急いでミコトの好みをそのまま反映した答えを記入した。



「はいそこまでー! 回答を一斉にオープン! ……おや? 初めて全員バラバラな答えだねー」

「難しいよ!」

「明らかにさっきまでと難易度変わってますしね」



 平野先生と二次色先生が口々にそう答える。


 全員の解答は次の通りだ。

 カクシ:BACD(冬部屋着→基本衣装→非女装→水着)

 二次色:BCAD(冬部屋着→非女装→基本衣装→水着)

 平野:ABCD(基本衣装→冬部屋着→非女装→水着)


 全員、水着はやはり一番使用頻度が低いという判断なのだろう。



「みんなしっかり考えてくれてありがとね! この問題……、正解は二次色パパー!」

「えー!? なんでー!? 標準衣装が一位じゃないのー!?」



 平野ママが机をバンバン叩くふりをしながら抗議する。



「二月までは寒いから、夜配信はふわもこの部屋着配信が多かったんだよねー。 やっぱりバーチャルでも衣装は季節に合わせるのが一番だよ」

「ぐぬぬ……。 それはそうだけど! 水着とか候補に入れてたのに?」

「水着は問題を簡単にするためのサービスだよ。 二つの意味で。 リスナーの皆、嬉しかった? …………おー、やっぱり露出の需要ってすごいね。 ……ちょっと怖いよ」



 水着はもっと頻度を下げて特別感を出すか、とつぶやきながらミコトがこちらに向き直る。



「カクシ君も惜しかったけど、標準衣装は今着てる通り3Dにもあるでしょ? 3Dで見せてるから使用頻度がそっちと分散しちゃって、逆に女装してない衣装は数が少ないからそっちが上回ったってわけ」

「しまった、そう聞くともう少し時間があれば正解出来たかもしれませんね」



 そう言われると納得ではある。

 作戦がハマり、コミカルな表情で挑発する二次色先生に、こちらも手元のコントローラーで悔しそうな表情に変える。

 配信前に休日を利用して何度も練習したため、使用頻度の高い表情は特に何も考えずに変更できるようになっている。

 感情が動いたとき、無意識に指で操作する癖がつき始めており、すこし可笑しな気分だ。

 そんな風に二次色先生と遊んでいると、ミコトが俺の方にツカツカと歩いてきて、頬を指で突いてくる。 バーチャルだが、何となく触られている気分がしてムズムズする。



「……ダメだよー? 今日はボクとキミの周年配信なんだから、主役が主役から目を離して気を取られちゃ。 全問正解ぐらいしてくれないと」

「……はい、気を引き締めます」

「よろしい」



 こちらの答えに満足げに笑ってから、巫女風衣装のスカートをふわりと翻すように回って、リスナーカメラへと向き直る。



「さぁ、ここからは後半戦だよ! まだまだ巻き返しは有るから、楽しんでいこうね!」

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― 新着の感想 ―
最後のカクシさんの頬を指でつつくミコトさん。この様子がすでに親密さを隠せてない。 リスナーさんがここで「おや?」と気付いたかも。
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