9_保護者飲酒配信(酔)
「しっかし、大人用の哺乳瓶でも飲みづらいものですね。 ワタシ、もうちょっとチューって出てくると思ってました」
「まぁ大人用と言っても哺乳瓶ですからね、僕の子供たちも飲むの遅かったですし、こんなものでしょう」
「あー確かに赤ちゃんがミルク飲むのって遅いですよね。 ワタシの妹の時、母は哺乳瓶の口をハサミで切って、ミルクを出やすくしてたんですよね」
「そうですね、子供の吸う力に合わせて先端を切るんですよ」
「それがなんていうかこう……真ん中からスパッと斬り落とす感じで」
「ちょ、妹さんおぼれませんでした?」
「それが全然! ごくごく飲んでむくむく大きくなってましたよ」
「配信を聞いてる皆さんは真似しないで下さいね」
>コメント:しないしない!
>コメント:いろんな家の育児があるんだなぁ
「……あれ? カクシさんの反応が無いような」
「カクシさん、起きてます?」
その言葉に、若干ふわふわしていた頭が戻ってくる。
「…………はい、大丈夫ですよ」
「あぁよかった。 今回の配信枠はカクシさんですからね、眠っちゃうと大変です」
「あ、僕ミコトさんから緊急連絡用の番号貰ったので、危険な時はミコト君にかける予定です」
「あれ、ミコト、そんなことお願いしてたんだ……」
「愛されてますねぇ……。 まぁ実際お酒の席で転倒して怪我とかよく見ますしね。 バーチャル飲み会はその場にいないから心配になるのかも」
心配されたりするのも昔はちょっと苦手だったけど、今は愛されてるから心配されるんだと思えて、少し嬉しいかもしれない。
もちろん、出来ることなら心配はかけたくないのだけど。
あぁ、そうだ。 お酒を飲むときは水を飲むんだった。
お酒ではなく、別に用意しておいた水のペットボトルを飲んでおく。
多少頭がリセットされた。
「……ちなみにですね、その。 今回の飲み会を開いたのはお酒の力を借りて聞きたいことがあったからで……。 あの、ワタシって迷惑じゃないですか?」
「……? 何がですか?」
平野先生の言葉がよくわからず、聞き返す。
「すみませんワタシ、カクシさんのことは結構前からファンでして……。 そのせいで暴走しがちというか。 モデルをセクシーな感じに露出上げたり、首輪付けさせたり、バレンタインになんかエッチな感じのスクショ撮ったり、成人向け同人誌を贈ったり、バニー服着せようとしたり、哺乳瓶贈ったり……迷惑、かけてるんじゃないかなーって……」
>コメント:何やってんだこの人
>コメント:余罪多すぎだろ
>コメント:けどこのモデルのちょっとエッチな感じは好き
>コメント:わかる
>コメント:たすかる
その言葉を聞いて、そのまま思ったことを話す。
「首輪は結構嫌でした」
「あぅ……! そ、そうですよね……!」
「そりゃそうでしょ、僕なら嫌ですよ……」
>コメント:ぶった切った!
>コメント:珍しいね
>コメント:実際かなり恥ずかしそうにしてたし
「けど、ホントに無理なのはきっちり断りますから、気にしなくて大丈夫ですよ。 今日も、お酒に誘ってくれたのが嬉しかったです」
「カクシさん……!」
>コメント:聖人か……?
>コメント:普通にいくつかド直球のセクハラ混ざってるぞアレ
>コメント:成人向けを本人に送るの結構ヤバいよね
「成人向けでもいいんですよ、愛のこもったファンアートですから。 ちゃんと耐火仕様の宝箱に入れてます」
>コメント:思ったより保管場所が厳重だった
>コメント:俺達の手紙が成人向け同人誌と並ぶのか
>コメント:健全なファンアートもちゃんと送って希釈しようぜ
「ワタシ! ワタシ! 来年の夏は健全本出します!」
「じゃあ青空読書で朗読していいですか?」
「やめて! ……いやむしろあり、か……?」
>コメント:実質フルボイス同人誌か……
>コメント:言い値で買おう
「ふふふ、平野先生には感謝してますよ。 素敵な人がママになってくれたと思ってます」
「え、えぇ?!」
「家族飲み会とか、私じゃそんなタイトル付けられませんでしたから。 平野先生も二次色先生も、私に素敵な親が出来た、嬉しいって思ってます」
「おや、僕もですか」
>コメント:これ絶対酔っぱらってるよね
>コメント:普段は恥ずかしそうにデレるけど、今は直球すぎる
>コメント:【500】私達のこと好き?
「Almiさん、大好きですよ。 もちろん他のリスナーさんも大好きです」
>コメント:絶対酔ってる!!
>コメント:酔うとこんな風になるんだ!
「まだ酔ってませんよ、二本目開けたばかりですし。 ちゃんとお水も飲んでますから」
「……これ気化した奴吸っちゃったせいですかね」
「かもしれません。 酔うと呂律がハッキリしてても寝ちゃうらしいので、連絡も考えておきます」
「了解です」
平野先生と二次色先生が俺の限界について相談をしているけど、俺はまだ大丈夫だと思う。 確かにふわふわしているし思考も鈍ってるけど、まだそれほど眠くはない。
「カクシさん、ワタシのことママって言ってくれますか?」
「どさくさに紛れて何言ってんですか貴方」
「……平野ママ?」
「あ゛っ!!!い゛い゛!!!」
「うわぁ……」
>コメント:女性があげちゃいけない声してる
>コメント:気持ちはわかる。
>コメント:私も呼ばれたいなぁ。
「二次パパ?」
「………………んふふふ」
「人のこと言えないじゃないですか」
「息子がパパって呼んでくれてた頃を思い出しただけです。 倒錯的なあなたと一緒にしないでほしい」
「ひどーい!!」
……少し遠くになりつつある二人の声。
もしかしたら本格的に酔っているのだろうか、飲み物を水に切り替えたほうがよさそうだ。
何か先程から、考えと行動が直結している気がする。
「……なんか、パパママって呼べるのが嬉しいけど、ちょっと恥ずかしいですね」
「カクシさんはご両親のことを何て呼んでたんですか?」
「あ! 二次パパそれはだめ!」
>コメント:カクシ親の話題はNG
>コメント:早くに亡くなったらしいよ
「いいんですよー、私は平気です。 ミコトにもたくさん話を聞いてもらいましたし、なんにも気にしてません。 だからリスナーさんもあまり気にしないで下さい」
お話をしながら、喉を湿らせようと飲み物を飲む。 少し甘酸っぱい……あれ、これ水じゃなかったっけ。
「えっと……そうだ、なんて呼んでたかでしたっけ。 覚えてないです、多分最後に声をかけたのって小学校の入学くらいだったと思うので、お母さん? かなぁ」
>コメント:おもぉい!!
>コメント:今だったら絶対通報されてるよね
「通報はされたんですけど緊急性無いとかでそのままでしたねー」
「おぉ、もう……」
「すいません、NGワードみたいなのもミコトさんから聞いておくべきでした。 っていうかコレホントに僕聞いてよかったんですか?」
「あははは、ミコトは私がもう気にしてないのを知ってるから、NGにしなかったんだと思いますよ。 ミコトもいて、リスナーさんもいて、パパママも出来て、今とっても幸せですからね」
>コメント:そのまま笑っててくれぇ……
>コメント:そう言ってくれて嬉しいけど、なんで笑えてるかわかんないんだよな
>コメント:ミコト君ほんとありがとう
「よし! じゃあ今日はパーッと楽しみましょう!」
「もう楽しんでますよ」
「じゃあもっと楽しませます!」
そう言うと平野ママは、普段連絡を取り合うチャットツールにお絵かきチャットのURLを張り付けて、俺と二次パパを招待した。
「ここの全員が共通してる趣味って、やっぱり絵だと思うんですよ」
「なるほど、それはいいですね」
アニメ化も経験しているイラストレーターの二次パパに、3Dもイラストも出来る平野ママ。 彼等と共に一枚のキャンバスに全員で絵を描いていく。
自然と二次パパが左に、平野ママが右に絵を描き始めたので俺が真ん中のスペースを使うことになった。
……けど。
「……上手く描けません……」
俺の絵のスキルは高い方ではない。
八年間継続して描き続けたためそれなりに見れる方ではあるが、お二人に比べればダメダメだ。
更に言えば、酔っているせいか線がよれてしまっている。
「おや、ミコトさんを描いてるんですね」
「……今までで一番、頑張って描いたのがミコトだったので……」
俺はよれた線を何度も重ねた後に、消しゴムで細かく削って線を整える。
十五分ほど経ってようやくデフォルメされたミコトの絵が出来たころ、周囲に見覚えのない線がいくつかある事に気付いた。
「カクシさん、キャンバス全体が映るようにしてみてください」
「私たちからのプレゼントですよ」
そう聞いて、画面の拡大率を変更する。
……キャンバス全体に描かれた絵は中央に紙カクシ、左右に平野ママと二次パパを配置した今日の記念になるもの。
俺の描いたミコトの絵は、ちょうど紙カクシの肩にぬいぐるみが乗るような感じで配置されている。
ほんの十五分程度だというのに出来上がったその絵はとても素敵で、ずっと大事にしていたくなる宝物だった。
「ありがとうございます。 ……印刷してこの絵も、宝箱に入れさせてもらいますね」
「そんなに大事にしてもらえると、描いた甲斐があります」
「今度はお酒抜きでやりましょうか、お絵かき雑談。 もちろん、全員の予定が空いてる時なのでいつになるかわかりませんけど」
「いいですね」
お酒が本格的に回ってきて、そんな二人の言葉もどこか遠くに感じられる。
頭がふわふわと地に足がつかない感じがする。
このお酒の酩酊感も確かに、幸せな気持ちと呼ぶのかもしれない。 だけど、俺の求めてる幸せとは少し違う気がする。
……一緒に三人で絵を描いたときの気持ちや、完成した絵を見た時の心地よさ。 俺にはこちらの方が好きな幸せだ。 やっぱり、俺にはあまりお酒は合わないのだろう。
そろそろ配信を切らないと不味い……と思っていると背後の扉の方でノックが鳴り、扉が開く。
入ってきたミコトが俺の目の前で手をひらひらと振りながら声をかけてきた。
「カクシ君? ……うん、本格的におねむみたいだね」
「二次パパ、予めミコト君呼んでたんですね。 確かに、お絵かき中も線がふにゃふにゃでしたし」
「途中で配信を終わった方が良いと伝えようと思ったのですが……すいません、描き上げて贈りたかったもので……」
「二次色パパー? 聞こえてるかな? カクシ君がそろそろ限界のようなので、配信はこっちで切らせてもらうね」
ヘッドホンからだけでなく、その外からの声。
目の前で立ちながらPCを操作しているミコトを見て、ふと立ち上がって背後から抱きしめてみる。
筋肉が付いてはいるものの、骨格から細身で華奢な体が腕の中に納まった。
「ちょ、カクシ君!?」
……うん。 やっぱり俺にはお酒よりもこっちのほうが良い。
「お酒よりこっちの方が頭がふわふわする……」
「ちょ、待って待って! 配信切るから!」
>コメント:は???
>コメント:何してんの!?
>コメント:どういうこと!!!
「なんでもない! カクシ君が抱き着いてきただけ! それじゃ、カクシ君寝かせてくるから、リスナーの皆もお休み!」
「あ゛あ゛あ゛脳がごわれるぅ……! イチャついてるの見たくなかったからミコト君以外の家族飲み会にしたのにぃ……!」
「貴方そんなこと考えてたんですか。 そもそもミコト君を中心にした家族なんだから、仲間外れはダメでしょうに」
「わかってるけど……! 推しに幸せになってほしいし付き合ってるのは知ってるけど、それはそれとして複雑なの!!」
ミコトがマウスをカチカチと操作して配信を切る。
その裏で二次パパが呆れ、平野ママが騒ぐ。
……俺が良く聞いていた両親の喧嘩とは違って、騒がしくはあっても楽しい喧騒に、俺はイスに座りこみながら思わずクスリと笑ってしまう。
「ふふふ、カクシ君。 家族が増えて嬉しそうだね」
「うん、ミコトのおかげだよ。 ありがとう」
重くなっていく瞼に抵抗を諦め、目を閉じながらミコトに礼を言う。
「いつかはボクの家族も増えるんだから、もう寂しい思いはしなくて済むよ」
「……うん……けど、本当の家族になるのは、もうちょっと待ってほしい。 多分、そんなに待たせないから」
「わかってるよ。 キミの頑張りを一番近くで、見守らせてもらうね」
今の登録者は……確か、八万人だったか。 本当に、約束を果たすまでそう遠くない未来のはずだ。 俺は頬をつつくミコトの指の感触を楽しみながら、そのまま眠りに落ちて行った。
***
「あ、のですね……お二人共。 配信は切れてるんですけど、通話はそのままなんですよ」
「…………」
「平野ママ放心しちゃってますし」
裏話
平野ママはカクシとミコトのお付き合いに関しては「幸せならオッケーです」のスタンス。
ただ「付き合えるなら付き合いたい」と考えてるタイプのガチ恋勢なので、目の前でいちゃつかれるのは流石にきつく、この飲酒配信にはミコトを呼んでいませんでした。
カクシは配信時の通話をヘッドホンで行っていたため、平野や二次色の会話はミコトには届いておらず、通話を切り忘れていたのは純粋なうっかりミスです。
二次色だけはミコトから、カクシと同棲している話を聞いています。 この辺りは配信初期から交流している付き合いの長さが理由です。




