03_新しい始まりへ
ミコトは俺を家の外へ連れ出すと、あれよあれよという間に俺を車の助手席に押し込めて発車、俺が驚いているうちにミコトの家へと運ばれていった。
元々、お互いの住居はそう離れていない。
徒歩で十分も歩けば付く距離だ。
とは言え、ミコトは大人気のVTuber、歩きながら話していれば気付くファンもいるかもしれない。
ミコトもそのことを警戒してか、家に入ってからようやく口を開いた。
「急にごめんね、サプライズは苦手だったかな?」
「気分転換したかったから丁度いいよ、ありがとう」
笑いながらブーツを縫ぐミコトに、俺はそういって礼をした。
勝手知ったる親友の家だ。
いつもの席に体重を預けて、深く息を吸う。
普段は無心で作業をすることでごまかしているが、動画を投稿した後は別だ。
次の動画や配信の構想を練る間、頭の片隅では焦りや不安が留まり続けていた。
余計なことを考えないように体を疲れ切らせて眠りに付く毎日。
気が休まる日なんて殆どなかった。
もっとも目標を達成した今、以前ほどの焦りも不安ももう無い。
そう考えると、幾分か心が楽になった。
ミコトは上着を脱いでクローゼットへとしまい込むと、こちらへ振り向く。
少し華奢だが女性よりも広い肩幅と、完全に平坦な胸が男性であることを主張する。
後から知ったことだが、大学時代、多くの後輩がミコトに告白し、正体を知って歪んだそうだ。
……何がかは知らない。
「……どうかした?」
「いや、相変わらず良く似合ってる」
「ふふ、ありがとう」
俺がそう休んでいる間に、ミコトは暖かいコーヒーとケーキを運んで、テーブルの上に置いた。
「もう一度だけど、一万人! おめでとう!」
「ありがとう。 ……約束、ようやく守れたよ」
少しばかりしんみりとした空気に包まれる中、ミコトが空気を一変させるように大声を出す。
「でも八年は待たせすぎだよ!」
「ホントにな」
俺はそういって強引に笑った。
互いに決して笑える日々ばかりじゃなかったけど、俺は何とか笑ってケーキを口に運ぶ。
ミコトは顔出しこそしなかったものの、実写も伴うVTuberとして活動の初期に何度も炎上した。
VTuberは中の人を出してはいけない。 キャラクターを演じなければいけない。
女の子みたいな格好で活動してるのは、女を油断させて近づくため、などなど。
見るたびに不愉快になり、人間を嫌いになりそうな多数の声。
だがミコトはそれにめげず、ネイルや女声の出し方、ボディメイキングやスキンケアを含めた女装ノウハウを何度も動画に出して黙らせていった。
俺はただただ、伸びなかった。
炎上したことは一度だって無い。
だが一方で自分が面白いと思って作った動画も配信も中々再生されず。
配信の同時接続が一人や二人ということもあった。
悪意ではなく、無関心。
俺はそこで始めて、自分の人生を彩ってくれた好きな物達が、世間ではそれほど興味を持たれていないことを知った。
そんな苦い思い出も、甘いケーキと共に飲み込んでいく。
「人気者になったら、二人で動画作ってリア友だったと明かすって約束だったけど。 八年で随分変わっちゃったよね」
「十万人で十位なんだから、その一割もいれば人気者でしょ! なんて言ってたのにな」
「今じゃ一万人超えのVTuberなんて、何千人いるんだろうね」
デビューしてから半年もすれば、VTuberというだけで見てくれる時代は早々に終わり、実力の時代が来た。
企業も個人もどんどん人が参入していった。
必死に学んだLive2D技術はより分かりやすいノウハウ動画が出回ったことで、様々な技術を持った個人勢が増えた。 大手企業は数十人規模でデビューさせ、小さな企業も注目度の高いVTuber業に手を出しては撤退するものもいた。
一万人にたどり着いた今の俺が人気者かと言われたら、全然そんなことはなく。
いろんな個人VTuberを追うのが趣味の人でも、俺を知ってる人は稀だろう。
俺の場合は、もはや登録だけ残したままになってる人が殆どで、定期的に動画を見に来てくれるのは登録者の一割か二割程。
だが、それでも約束は果たせた。
「八年、長かったね。 お疲れ様」
「毎日毎日必死に考えて、工夫して、気づいたら一年たってた。 それを繰り返した八年だったよ」
本当は、一万人の数字を見たら泣くかもしれないと思っていた。
ずっとそこに辿り着くことを目標にして、足掻いて足掻いて、駆け抜けた日々だったから。
だけど、ミコトに言われて数字を確認して、それを目にした時、あったのは歓喜でも達成感でもなく、荷が降りた安堵だった。
そんな俺の姿を、ミコトは何も言わずじっと見つめている。
「家からずっと録音してるこれが、約束の動画になるんだろ? 何かやった方がいいこととかあるか?」
「あ、バレた? ……それならね。 当時の会話を再現したいな」
「よし、任せろ」
二人して、パソコンの前のマイクに、当時の会話を思い出しながら収録していく。
約束を交わしたあの日のこと。
ミコトの初期デザインを、なんども意見交換しながら作り出していった時のこと。
ところどころミコトからの演技指導が入りながらも、無事に音声の収録を終える。
自分の持っている武器で唯一、比較的伸びやすかった朗読。
自分なりに勉強して努力しながら八年続けてきたけれど、ミコトにはまだまだ及ばなくて、得意分野ですらトップ層とは差があることを実感させられる。
もっとも、専業になってからはプロの指導を受けて技術を伸ばし、ボイス収録なども積極的に行っているミコトと比べる方がおこがましいのだろうけど。
そんな初めて行う、二人で一つの動画を作る作業。
とはいえ編集も企画もこれはミコトのもので、俺はただの素材提供だが。
「しかし、なんで家に呼んだんだ? これくらいなら俺の家でもできただろ。 もちろん、マイクの性能は違うけど」
「うん、今日は八年頑張ったキミにプレゼントをしたくてね!」
「プレゼント……?」
ミコトはそういうと俺を手招きして、机の横に置いてあったいくつかの機器を俺に装着していく。
「なにこれ」
「フルトラッキング用のセンサーだよ。 キミにVR空間を体験してもらいたくってね……はい、次はこのHMD。 被って」
言われるがまま、機械を装着していく。
フルトラッキングとは、自分が手足を動かした際、バーチャルの肉体も連動して動くようにするシステムだ。
HMDは、ヘッドマウントディスプレイ。
視界の全面を覆うモニターで、圧倒的な臨場感が魅力のデバイス。
近未来的で俺も憧れがあったが、自分の配信や動画で使えるようなアイテムではなかったため憧れだけで終わっていた。
忙しいVTuber活動では、活動に利用できそうなもの以外は自然と遠ざかる。
趣味だったものにすら中々手を付ける時間が無いくらいだ。
そんなことを考えながら、画面の指示に従ってピントを調節した。
「あまり動き回ると危ないから、フルトラ部屋ではなるべく座っててね」
「それフルトラッキングの意味ある? ……というかそれなら先に部屋で座らせてから機器を付けさせてくれよ」
「あ、ホントだね。 ……はーい、こっちですよー。 あんよが上手、なんてね」
外してから再設定しようという考えも、先に両手を引かれてしまっては大人しく運ばれるしかない。
握れば包み込めてしまいそうなミコトの手に両手を引かれながら、暗闇の中を歩いて別部屋に座らされる。
沈みこむような柔らかい感触は、おそらくソファーだろうか。
「よし、これで準備完了。 ……それじゃ、起動するね」
その言葉で、先ほどまで何も映していなかった画面が切りかわった。
***
突然明るくなった眼前の光景に驚けば、そこはどこかの室内らしい。
キョロキョロと周囲を見渡すと、正面にはモニターと、折り畳み式のローテーブルに、ゲームキューブが置かれている。
モニターの反射を見れば、ワイシャツとスラックスに身を包んだ、髪も顔も無い男が映っている。
ソファ代わりに座っているのは、どうやらシンプルなベッドのようだ。
非常に懐かしい感じがする……というか。
「……………ここ、俺の部屋?」
「そうだよー。十年前、大学を卒業するまでキミが済んでた部屋をVR空間に再現しました」
「え、すご……こんなこと出来るんだな」
もちろん、ローテーブルの足の形など細部は違うが、雰囲気はかなり似通っている。
きょろきょろと周囲を見渡すも、ミコトの声は聞こえるがこの空間にその姿はないようだ。
「フリーで使える家具データとかがあってね。 それを使えば、似せることは結構できるんだよ」
「へぇ……! これは、本当に未来って感じだな……」
「ボクたちがVTuberデビューする数年前からこのくらいは出来てたんだけどね。 実は未来どころか、ボクたちよりも先輩な技術なんだよ」
そうだったのか。 と呟いていると、視界の端にひらひらと揺れる影。
隣を見れば同じベッドに座り、肩が触れ合う距離にミコトが突然現れた。
「はい! これでボクも入室完了!」
隣に座るミコトをまじまじと見る。
ミニスカートのように短い巫女服をベースに、薄桃色の長髪をした可愛らしい少女のような姿。
男性的な腰つきは、腹部をコルセットのように締め付ける袴風のスカートが裾に向かう程外向きに広がり、シルエットを女性的に見せている。
しかし、喉元や膝などが少年的特徴を残しており、わかる人には男性だとわかるデザインになっている。
ミコトのアイデアのまま俺が絵にして、プロのイラストレーターがブラッシュアップし、同じくプロの3Dモデラーが作り上げたミコトを代表する基本衣装だ。
「この距離で見るのは初めてだな。 ……うん、凄く可愛いよ」
こちらを少し見上げて見つめるミコトに、俺は素直にそう告げた。
「うーん。 この距離ならもっと面白い反応見れると思ったんだけどなぁ。 ドッキリのかけがいが無いよ」
「そりゃ、俺にとってはミコトの服の一つって気持ちだし……」
むー、と不満げな表情に変えてこちらを見るミコト。
やはり、これだけ手が込んだ設備だ。
忙しいミコトに取ってこのような準備をするということは、この一連のVR体験も動画にするネタの一環なのだろう。
だから、『一緒にゲームしてるときもこのぐらいの距離だっただろう』とは言わなかった。
多分燃えそうだ。
「……でも、ありがと」
可愛く首をかしげながら、こちらにウィンクをするミコト。
投稿される動画は俺の視点になるだろうから、さっきの映像も動画になるのだろう。
自分だけの思い出にしたい気持ちも少しだけあり、どこか勿体なく感じる。
そんな気持ちは声に出さずに。
ミコトは懐かしい部屋で机を指して、思い出話に花を咲かせる。
「あの頃は、ここでキミと一緒にゲームしたよね。 ゲームをしたことないなんて君が言うから、ボクが古いゲーム機をキミにあげて。 ……あれ、まだ持ってる?」
「もちろん。 今じゃ忙しくて全然遊べてないけど、大事にしてるよ」
よかった、なんてミコトは笑う。
親におもちゃを買ってもらえなかった俺にとって、最新機器があるからと渡された古いゲーム機は本当に面白いものだった。
レースゲームや対戦ゲーム、パーティーゲーム。
ミコトがゲーム機といっしょにくれたソフトは、主に友達と遊ぶものが多くて、ミコトが遊びに来たときはハンデを付けてもらいながら、次は負けないと盛り上がったものだ。
「あの時のボクたちに、今やってることを伝えても信じてもらえるかな」
「どうかな……あまりにSFすぎて、十年ぐらい鯖を読んでるんじゃないか? なんて思われそうだ」
数万人を超える人間が平面や3Dの体を纏い、ファンと交流をする。
テレビやラジオ、書籍にもなり、大きなドームでライブもする。
……いや、そういえば電子の歌姫の3DライブはVTuberの誕生よりもずっと前だったか。
それなら、多少は想像がつく未来ではあるのかもしれない。
流石に、企業ではなく個人が行うとは思わないだろうけど。
「それまで普通の社会人をして、普通の人生を送ってたボク達の道が大きく変化したのは……」
ミコトが虚空に向かって何かを操作すると、もう一度風景が切りかわった。
「八年前のあの日、キミがボクを生み出してくれたこの場所」
思わず立ち上がって見てみると、シンプルな事務机の上に、ペンタブレットやマウス、パソコンが置かれている。
スキャンして取り込んだのだろう、何枚も書いた睦実ミコトと紙カクシのデザインスケッチ。
この部屋もすでに引っ越してしまったけれど、想い出だけは鮮明に残っている。
「キミがボクを誘って、ボクを作ってくれたから睦実ミコトがいる」
同じくミコトも立ち上がり、パソコンのモニターに触れる。
その画面は、睦実ミコトの自己紹介動画を投稿する手前で止まっていた。
……まるで本当に、あの日の、あの時間のよう。
「キミがくれた居場所は、ボクをずっと楽しくさせてくれたよ。 だからね、本当に、本当にありがとう!」
こちらを覗き込みながら、満面の笑顔を浮かべるミコト。
VR上で再現されたそれは本人のものとは少し違うけれど、本人が笑う姿を俺に重ねさせた。
「どういたしまして。 ……でも、俺は特に何もしてないよ。 ミコトが頑張って、受け入れられただけだ。 楽しかったのなら、それはリスナーのおかげじゃないか?」
配信者としてのミコトと俺の関係は、公表していない以上ただのリスナーとファンでしかない。
時々時間を作って会っていたけど、VTuber睦実ミコトに対して、俺は何もしていないし出来もしない。
「ふふ。 そんなことは無いんだけどなぁ……。 でも、もちろんリスナー君達にも感謝してるよ! リスナー君達と遊んで、毎日充実してる!」
その声色は、普段よりもほんの少し高い、VTuber睦実ミコトとしての声だけど。
大学の時一緒に遊んでいた時と同じ楽しそうな声。
同じ日にデビューした俺に、VTuberとして大した実力はなかったけれど、ミコトをVTuberとして送り出したことだけは確かに誇らしく思えた。
「でもね……。 少しだけ、ワガママも言っていいかな。 ……ボクは君と、この動画だけじゃなくて配信でも遊びたいな」
伏目がちに、庇護欲をくすぐるようなしぐさで呟くミコト。
「いや、でもそれは……俺とお前じゃ規模が違い過ぎるだろ」
ミコトがこれまでゲストに呼んだ中には、チャンネルを持ってない人たちもいた。
だけどそれは作家や声優。
他にはミコトのLive2Dモデルを作ったイラストレーターであったり、3Dモデルを作ったモデラー。
VTuber界隈では所謂パパやママと呼ばれる人たちだ。
配信を見ていたファンは誰? となったあとに、ああ! と納得するような人ばかりだった。
だが俺は、最初の体を作ってからは鳴かず飛ばずのVTuberだ。
それがこのように、ミコトと距離の近い関係というのはファンもあまりいい顔はしないだろう。
「ときどき、この部屋が懐かしくなるんだよ」
寂しそうな声色と表情。
演技では無い。
それはまぎれもなくミコトの本心で有り、俺の本心でもある。
「大学を卒業してからでも、仕事の後とか休みとかは何も考えずに遊びに来て、何も考えずに遊んでて……。 VTuberになったらそれができなくなっちゃった」
VTuber活動は忙しい。
兼業VTuberである俺が一万人を達成しようとすると、月に数時間程度しか余暇を作れなかったように。
専業VTuberであるミコトも同様に忙しい日々を送っている。
別に誰かに強制されたわけでもない。
だが周囲のライバルが多く、常に走り続けなければ同じ立ち位置にすらいられない。
鏡の国のアリスで、赤の女王が話したような世界がVTuber界だ。
……本当は、この動画を機に活動を縮小することを考えていた。
配信を週に一度にして、動画を二週間に一本投稿する。 才能の無い俺には、おそらくそのくらいが身の丈に合った活動なのだと。
VTuberは、ファンに楽しい時間を提供するものだ。 少なくとも、俺とミコトはそう思って、裏での大変なことやつらいことは表には出さなかった。
だがそんなミコトが始めて吐いた弱音。
それなら、叶えるしかないだろう。
「……はぁ、そう言われたら断れないだろ。 いいよ、炎上ぐらいするよ」
「やったぁ! ありがとう!」
満面の笑みを浮かべたミコトは、俺の胸に飛び込んで抱き着いてくる。
現実の方では肌にほんの少し触れる程度、しかしVR空間上ではしっかりと抱き着いているように見える見事な技だ。 俺がスキンシップをそれほど得意じゃないため、気を使ってくれているらしい。
「意図的に燃やそうとしてないか?」
「そんなことないよー? むしろリスナーだって、このガチ恋距離のボクを視られて喜ぶんじゃない?」
「脳を破壊されてる人ばっかだと思うが」
胸元から上目遣いで覗き込んでくるミコトの姿、ご丁寧に頬を赤らめる表情変化までつけている。
「本当にお前は……。 俺の体、八年前からアップデートしてないんだぞ? 王子様の舞踏会に行ける格好じゃないっていうのに」
「あはは、確かに。 一万人Vが八十万人Vの配信に出る。 まさにシンデレラストーリーだね」
「この王子様はお気楽すぎる」
ミコトが一度距離を離し、どちらともなくベッドに戻る。
現実だと、ミコトはソファの隣に座っているのだろう。 隣に座りこむ振動が伝わった。
「……見窄らしい姿って言われないか不安だよ」
「もう……。 キミはボクが隣で下手な女装しても気にしなかったのに、自分の格好は気にするの?」
「……気にする。 炎上くらいするって言ったけど、人に悪く言われるの、やっぱり怖いだろ」
企業勢含めても十分上位に入るクオリティの3Dに、八年前に素人が作ったLive2Dが並ぶ。
それも、目元は隠してるからアイトラッキングも無く、体の可動域すら少ないモデルだ。
あの時あった殆どのリソースはミコトの体に使ったから、必然的に俺の体は間に合わせの突貫作業に近かった。 体に使用されている色彩だって、肌の色以外は白と影ぐらいだ。
流石にそれで並ぶのは気後れしてしまう。
「ふふふ、大丈夫だよ! この程度なら燃えやしないから。 ……右手のコントローラーを貸して。 キミのために、ボクが魔法をかけてあげましょう」
「王子と魔女の二役か」
「キミの紙芝居動画に、その役でボクも声を当ててあげようか?」
「だったらシンデレラの声俺になるだろ」
「継母や意地悪な姉もキミがしてね?」
「ギャグにしかならないぞその紙芝居。 なんで可愛い声が魔女と王子だけなんだよ」
ミコトがコントローラーを操作している間、何も考えずに友人としての掛け合いをする。
ああ確かに、昔なら毎日のようにできていたこんな遊びの頻度が増えるのは、それはとても楽しいだろうな。
そんなことを考えてると、ミコトから声がかかる。
「……はいできた。もう良いよ」
「何か変わったか? 特に何も……」
そういってミコトからコントローラーを受け取るために左手を伸ばす。
すると、俺の視界に入ってきた手は、先ほどまでのワイシャツ姿の手ではなく、白衣に身を包んだ俺の手だった。
「うわ、俺の服装が変わってる!?」
そのまま一度立ち上がり、手や足元へと視線を向ける。
白衣に袴。 俺の衣装がかなり和のイメージではありふれたものである、ということを踏まえても雰囲気が非常に似通っていた。
「……俺の作った奴よりも細部が凝ってて凄い。 こういうのって、汎用アバターがあったりするのかな? 俺のデザインは元々目元を隠してるし、何か黒子の頭巾とか被るだけでも代用できるかも……?」
何が役に立つかわからないな、なんてミコトの方を振りむいて笑う。
俺の喜ぶ姿を見たミコトは満足そうに笑った。
「ほんと喜んでもらって良かったー。 頭巾なんて被らなくて大丈夫だよ。 顔も含めて全部作ってもらってるからね!」
「そりゃ喜ぶだろ、こんな俺みたいな衣装があるなら。 こんな………………え、作って、もらった?」
もう一度体を眺めながら楽しんでいたところ、聞き逃せない単語が聞こえて思わず首をミコトに向ける。
「はい、魔法で鏡の部屋へご招待! ……どう? 自分の姿見えた?」
「――――こ、こ、これ!!」
今まであった机は消え去り、代わりに全身を映せる鏡が大きく正面に登場した。
そこに写るのは、立ち上がったまま困惑している紙カクシと睦実ミコトの姿。
……そう、汎用モデルなどではない。
本当に、俺がデザインした紙カクシをブラッシュアップした美麗な3Dがその場に立っていた。
「ボクの体を作ってくれたママに、去年の一月から依頼してました! これでボクの配信に遊びに来れるよね?」
「ま、まって……、一体いくらした……?」
3Dの体は、一体いくらするのだろう。
自分に縁がなさ過ぎて計算をしたことも無かったけど。 二桁万円では決してない。
三桁は確実にする、それもミコトの体を作っている有名な3Dモデラーの作品だ。
一体いくらになるのか想像もつかない。
「聞きたい?」
無邪気に小首をかしげるミコト。 恐ろしくて聞きたくないかも……。
「さ、流石にこんな金額のもの受け取れない……なんて言っても」
「そうだね、もうとっくに支払いは済ませてるし、ママの作品は発表されなくてお蔵入り。 全員悲しい結果になっちゃうね」
「ああぁぁ………」
思わずどさりとソファーに座り、顔を覆ってうずくまる。
「んー、おかしいなぁ。 キミだって、ボクがデビューするとき、体を作ってくれたじゃん。 そのお返しだよ?」
「なら、もうちょっと気軽に受け取れる金額のやつにして……」
素人が作ったLive2Dのお礼に、人気のプロクリエイターが作った3Dモデルを返す。
ミニカーを送ったら本物の車が返ってきたようなものだ。
「君はそういうけど、ボクだってちゃんとしたイラストレーターさんに依頼する時に、相場を見て同じこと思ったよ」
「…………初めて会った時から、ミコトに口で勝てる気がしないよ」
「いや、これはボクの口が上手いとかじゃなくて、キミにブーメランが帰ってきただけだからね」
ミコトは呆れたように言うと、そのまま両手で顔をこちらに向けさせて俺に言い聞かせた。
「素人だろうと、技術的に拙かろうと、それにかけた労力と想いは変わらないよ。 僕はそれだけの価値がある物を受け取ったと思った。 だからボクが等価だと思う物を返した。 文句ある?」
「…………ないです」
ミコトの圧に負けて、そう答える。
確かにあれは当時の俺の全部を捧げたものだ。
技術的には拙い。 世間的には評価も低い。
周りで輝くVTuber達の姿に一枚も二枚も見劣りする。
だけど確かに、もしも俺がミコトと同じ立場で、ミコトが俺にそれを作ってくれていたのだとしたら。
俺も同じように"価値がある"と返しただろう。
何とかそう納得させていると、ミコトはまたも何気ないことのように爆弾発言を落とした。
「あ、ちなみにそのHMDとトラッキングソフトは、レンタル用じゃなくてキミ用に買ったやつだから。 こっちは一万人のお祝いだよ」
「いや高価すぎるって!?」
「3Dに比べたら端数みたいなもんだよ」
「この機器が端数になる金額……?」
春真っただ中の4月。 昨今は春の陽気を感じ無くなり、上着無しでは寒い日々だというのに、背中にじっとりとした汗をかいているのを感じている。
「ふふふ、約束も果たした。 体もできた。 キミは約束を守る人だもん。 今更、配信に出ないなんて言わないでしょ?」
「あ……あぁ……」
俺のうめくような同意の声に、ミコトは隣に座ると、俺を下から覗き込んで甘えた声で話す。
「手始めに、五月五日の周年配信は合同でやろうか。 当日はよろしくね、ぱーぱ?」
「はは、はははは……」
ミコトの周年配信は、同時接続数が二万人から三万人を超える注目度の配信だ。
配信の平均同時接続数が三十や四十人の俺からすればおよそ千倍近い。
もはや、乾いた笑いしか出てこない。
「あぁ、胃が痛い…………」




