02_一万人が一つの区切り
大学時代に出会った親友は、女装を趣味にしていた。
自分の好きなことを好きなように楽しむ姿は、俺の目にはきらきらと輝いて見えて、声をかけて友達になった。
ただ可愛い服が好きで着ただけ、という女装は周りから浮いていたが、途中から声やしぐさ、男性らしい特徴を隠していくようになり、いつの間にか大学にも溶け込んだ。
だが、大学を卒業して社会人になってからはそんな女装もやめてしまった。
流石に面接や職場に女装していくわけにもいかない。心が女だというのなら一考の余地があったかもしれないが……彼は可愛いものが好きなだけで、女性になりたいわけでは無かった。
社会人になってからの彼は、持ち前の容量の良さで傍から見れば順風満帆。
だけど、趣味を封じたストレスからか、退屈そうな表情を見せることが多くなっていた。
力になれないことにもどかしさを感じる日々。
だが、たった一本の動画が全てを変えた。
VTuberなんて言葉も知らなかった二〇一八年、オススメに上がって来た動画を俺は何となく再生した。
そこに映っていたのは、イラストが人の声に合わせてまるでアニメのように動きながら話すものだった。
さらに衝撃的なことに、美少女のキャラクターなのに男性の声。 画面の右下にはLive中の文字が表示され、コメント欄の人間と話をしながらスーパーチャットと呼ばれる投げ銭機能でお金を集めていた。
男でありながら可愛い姿を纏うことを認められる。
そして、ネットの世界ではそれまで趣味で稼ぐなんてという風潮があったが、スーパーチャットがその風潮に風穴を開けていた。
俺はそれを見た瞬間、もしこれで生活が出来るなら、親友も楽しんで暮らせるようになるんじゃないかと思った。
そう思い立った俺は、社会人二年目の四月。
親友を家へ誘うと、ゴールデンウィーク期間でLive2Dと呼ばれる絵を動かす技術を学び、親友が入るアバターを作り上げた。
自己紹介動画を作りながら、どんな活動をするか。何がしたいか。
今後の展望を楽しく話し合う。
「ねえ、お互いに人気者になれたらリア友でしたってバラそうよ」
「えぇ!? い、いや……、俺にはお前みたいに人を集める魅力はないぞ?」
というより、俺は親友を裏方で支えるつもりだっただけで、自分がVTuberになるつもりはなかった。 しかし、彼の中では俺も一緒にデビューするのが前提としてあったようだ。
「えー? 自己評価低いなぁ。 ……だったら、キミの好きなものを紹介するとかどう? 自分の好きな本が皆に知ってもらえたり、買ってもらえるようになるのって嬉しくない?」
「……それは、確かに嬉しいかも」
「なら、一緒に目指そうよ人気者! そんで、二人で達成したら実は友達でしたってバラす!」
「結局そこに行き着くのか。 ……わかった。 良いよ、やろう」
俺は本が好きだ。
同じように本が好きな人に、その人たちがまだ出会っていない本を届けられたら嬉しい。
寂しい時に日々を彩ってくれた作家たちには、たくさん本が売れていい暮らしをしてほしい。
……そして親友の言葉が、自分を対等に見てくれているようで嬉しかった。
親友の言葉に押し切られる形だったが、そんな想いもあって俺もVTuberになることにした。
当時、十万人の登録者が居ればVTuberの上位十チャンネルに入ることができていた。
それを知った親友は「東京ドームのキャパより多いじゃん、それならその十分の一の一万人が目標だ!」 と言い出して「無茶すぎるだろう」なんて笑いあった。
だが、やると決めてからは残り数日のゴールデンウィークで急遽自分の体も作成した。
親友のVTuber名は睦実ミコト。
親友の意見を全面的に採用して桃色の髪に、ミニスカートの巫女衣装。
スカートは裾に向かうにつれてふわりと広げ、男性のシルエットを女性に近づけた。
俺のVTuber名は紙カクシ。
白衣を元に、顔部分を薄絹で隠した男性の姿。
白紙をイメージして、髪も衣装もイメージカラーは白で統一した。
Live2Dを作る前のデザインラフには薄絹の下にある目も描いていたものの、流石に残された時間が短く、真っ白な布で目元を完全に隠して工数を削減。
白紙をモチーフにしたという言い訳で、塗り分けにかかる工数も削減している。
そして二〇一八年五月五日。
決して上手いとは言えない絵を第二の肉体に。
自己紹介を含めた数件の動画と共に、チャンネルを二つ立ち上げた。
それが俺達、VTuber紙カクシと、睦実ミコトの始まりだった。
……だが、やはり素質が数字という形で可視化されるのは残酷だ。
「一万人達成だー! これであとはキミを待つだけだね」
「確かにお前は人を惹きつけると思ってたけど、こんなに早いと思ってなかったよ」
「依頼してた新しい体も届いたし、ボクはドンドン伸びてくよ? キミも頑張ってね」
「あぁ、わかってる」
当初の目的を、ミコトはたったの四カ月で達成した。
「五千人おめでとう! あと残り半分だね!」
「そっちは一年でもう四万人か、差は大きいなぁ」
俺が一年で得た数字はミコトの二カ月程度の数でしかなく、俺が約束の数を目指そうとする間もドンドン差が開いていく。
「銀の盾おめでとう。 まさか二年で達成するとは思わなかったよ」
「実写の女装ノウハウが転機だったね、百万再生するとは。 ……そろそろ専業になってみるよ」
「応援してる。 ……こっちはまだ五千四百人、少しやり方を考えてみる」
「一気に止まっちゃったね……。 けど、応援してるよ」
仕事をしながらVTuber業をするのは本当に忙しい。
Vtuberになる前は退社後や休日に頻繁に遊んでいたが、その機会ももはやなく。
月に一度、忙しい日々の合間を縫って、食事をとりながら近況を話す程度になっていた。
悪い事実に気付いたのは三年目のころ。 ……俺が一年で得た五千人にファンなんて殆ど居なかった。
ミコトと同じ日にデビューして、初期モデルと似た絵柄。 バラす必要なんて最初からなく、何かの関係があると考えた人達が俺のチャンネルに、ミコトが現れないかと登録していただけ。
でも俺は必死に足掻いた。
ミコトとの約束を守りたかったし、今でも配信に遊びに来てくれる人を出来る限り楽しませたかった。
人を引き付ける才能がない分、トライ&エラーで少しずつ積み重ねていった。
「紙芝居朗読。 作成期間五日、二千再生。 大変だけど、ありかもしれない」
「ゲーム。 同時接続は三人。 動画は三百再生。 需要の多いジャンルだけど、供給が多すぎて埋もれてしまう。 ……せめてもっとゲームが上手ければな……」
「羊皮紙を実際に作ってみる動画。 撮影期間二週間、再生数八百。 ……需要が薄かったか?」
「古代文字の書き方読み方。 ……再生数がイマイチか。 ……しまった、大学教授がすでに投稿してたのか、卒論でも先行研究を調べるのは基本なのに」
「書籍紹介雑談配信……同時接続十二人、配信の準備にはそこまで手間が掛からない。 新規はそんなに来てくれてないけど、活動が続いてることを知らせるためにも残しておこう」
新しいことに挑戦して、伸びたものを残し、伸びなかったものを切り捨てる。
試行錯誤を繰り返した末に、八年かけて残ったのが、週に動画を一本、配信を三回。ショート動画を五本という活動内容。
ショート動画は短くまとめた書籍紹介。 日曜日に五本作り、月から金の朝に投稿する。 YoutubeだけではなくSNSにも上げて、顔と声を覚えてもらえるように。
配信は事前にスライドを作って話す書籍紹介雑談と、青空文庫にある本からその場で朗読する青空読書、あとは状況に応じて臨機応変に行う自由枠。
動画は風土記や民話など、昔から日本にある話を再話して紙芝居に仕立てた紙芝居シリーズ。
…………そこまでして。 八年かけて。 ようやく約束の一万人を目前にした。
***
二〇二六年四月十九日の日曜日。
朝八時。 俺は前日に作っていた紙芝居動画を紙カクシチャンネルへと投稿すると、スマホアプリのYoutubeStudioから登録者数を眺めていく。
九九九二人。
投稿前の数字を覚えてから、一度スマホをポケットにしまい込んだ。
俺の活動頻度は専業VTuberであるなら少ないとも言える程度だが、本業は会社勤めのサラリーマン。 一万人にも満たない登録者で、専業VTuberなどというリスクが高すぎる形式を選ぶことは出来ない。
今朝投稿した紙芝居シリーズは当初二千再生だったが、今では平均して四千再生され、チャンネルのメインコンテンツと言えるほどに育った。
登録者は体感だと、百五十再生に一人くらいは登録してくれる。
だから仮にこれまで通りの再生数で、これまで通りの登録者数の伸びなら……今日の夜には、一万人を達成できるだろう。
動画編集の疲労から一息つくために、電気ケトルでお湯を沸かす。
「八年、か……」
待っている間に思わず口をついて出た言葉。
気付けば俺はもう今年の九月で三十二歳になる。
必死過ぎてすぐに過ぎ去った八年だけど、もしこの活動をしていなかったら、俺は何ができただろう。
中学生が社会人になるような長い時間。
仕事や趣味に打ち込んだり、転職したり、何か今とは違う生き方をしていたはずだ。
毎日原稿を書いて、絵をかいて、配信をして、動画の編集をする。
一ヶ月の内、生活やVTuberとして以外の時間は数時間程度。
客観的に見たらどうかしている生活だった。 実力の足りない自分が約束を守るには、これしかなかった。
親友との約束を守らないという選択肢は俺にはなかった。
だが……それで得られたものは、その苦労に見合うものだっただろうか。
物思いにふけるうちに、気づけば電気ケトルで沸かしていたはずの湯は冷めており、白湯というにはぬるすぎるそれを、苦笑しながら一息に飲み干した。
そんな時、ピンポーン。 と玄関から軽快なチャイムの音が鳴り響いた。
室内から防犯用の玄関カメラで確認すれば、それは見覚えのある友の姿。
「登録者一万人、おめでとー!!」
ドアを開けると同時に、クラッカーの音が鳴り響く。
そこに立っていたのは、同日にデビューした友人にして、現在は登録者数八十万を超える人気VTuber、睦実ミコトのリアルの姿だった。
女装は大学時代にめきめきとレベルアップし、今では男性と見抜くことができる人はそう多くないだろう。
今日の姿は、ふわふわした髪質の長髪を首の後ろで束ね、春らしいトップスとロングスカート。
身長168cmで少々華奢な彼は、傍目には綺麗な女性のように見える。
VTuberとしての姿が可愛いなら、現実の姿は美人と表現するのが妥当だろうか。
驚いてスマホを取り出して登録者数を確認してみると、登録者数は一万人をわずかに上回っていた。
どうやら物思いにふける間に、俺は一万人の瞬間を見逃していたらしい。
「ほんとだ、達成してる……」
思わず声が漏れた。
……夜に達成するくらいかと思っていたが、元々キリのいい数字まで近かった。
普段登録してないけど、たまに見てるタイプの人が登録してくれたんだろう。
俺の動画のアナリティクスには、八割以上が登録してない人による視聴と出ていたはずだ。
――特殊な機会でもないと、登録してくれないという事かもな。
そんな、思わず浮かんだ卑屈な気持ちを胸の奥に押し込めて、画面から顔を上げてミコトを見る。
彼は本当に楽しそうに、まるでずっと待たされていた子供のように強引に俺の手を引いてきた。
「さ、いくよ!」
「いくってどこへ」
「ボクの家!」
突然の言葉と共に手を引くミコトに。
俺は、約束の数字を迎えたことを強く実感する前に運び出されるのであった。




