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15_ミコト:新しい挑戦

 カクシ君が書籍紹介雑談をしてから一カ月余りがたった六月二十八日のこと。


 ボクたちの配信は順調だった。

 ボクのチャンネルで行われている、解説実況ヤマトタケルはもうすぐで最終回。

 テーマ別書籍紹介も、カクシ君のチャンネルで隔週で行われている。



 そのどちらも好調で、紙カクシチャンネルは六万人に到達した。 ドッキリ動画が今では百万再生に到達した影響が大きく、二カ月でこの上昇量はかなりのものだ。



 また、配信とはあまり関係がないが、カクシ君は自分の過去について少しずつボクに話してくれることが増えてきた。

 親がずっと自分を放置していたこと。

 毎日机の上に置かれているお金だけで暮らしていたこと。

 親の顔を殆ど見ることなく、もはや顔も名前も全く覚えていないこと。


 そのどれもが辛そうな話なのに、彼の態度からは全然そんなことを感じさせなくて、きっとそれよりもつらいことや苦しいことが今も傷として残っている。 そんな気がした。


 一歩ずつだけど、彼の人格を形成する大事なところに触れられるようになった気がして少しうれしかった。

 いずれ本当に深いところの傷をボクに吐き出せるようになったとき、きっと彼の傷も、自分のことを認められない頑なな部分も解けるのではないかと思えた。



 そんな、配信も心の距離も上手く生き始めたある日のこと、ボクはカクシ君に通話を繋げて相談をしていた。



 内容は、ある企画のお誘いについて。

 The apocalypse city、通称TACと呼ばれるゲームの配信者サーバーに参加しませんか?という連絡がきたことについてだった。



 TACは世界的に人気のある三人称視点のゲームで、主人公は秩序が無くなり力が支配する世界で自由に生きていくというのが売りだ。

 ギャングを捕まえてもいいし、強盗してもいいし、ただ平和に店を営んでもいい。


 マルチプレイにも対応しており、現在ではサーバーを立てて十日間限定でその世界での役割を楽しむイベントが行われている。

 最初期はこのイベントも規模が小さかったのだが、回を増すごとに視聴者が増えて、当初はストリーマーだけだったのが、果ては声優・漫画家までが集まって思い思いに楽しみ、ドラマを生んでいる。



 期間は八月一日から八月十日まで。

 学生にとっては夏休み。 社会人にとっても開始二日は土日で、最終回は丁度翌日が祝日ということもあり、注目されるのが予想されていた。



「その参加するかどうか返答の期限が、月末なんだよ」

「俺はあまり詳しくはないが、ネットニュースでもたまに見かけるな。 何を迷ってるんだ?」

「キミが参加できるなら迷うことなく参加だったんだけどねー。 ……キミにはお誘いのDM来てないでしょ?」

「確認したが、特にないな。 俺はゲーム配信殆どしてないし、そんな人に連絡はしないんじゃないか?」

「はー……。 そうだよねぇ……」



 カクシ君の返答にボクはため息を吐く。


 注目度が高いゲームだから参加することに損はない。 新しいファンを呼び込むにはやはり注目度の高いコンテンツに触れていくことが大事だ。

 だが……。



「途中に誕生日があるからそこだけはお休みするとしても、九日間、十八時から二時にかけて八時間の配信。 ……できなくはないんだけど、流石に朝活含めて他の配信を全部休んじゃうことになる」



 他の配信をしながら、ピンポイントでの参加だって可能ではあるし、そういう人だってたくさんいる。

 しかし、その参加方法だと大きなチャンネル登録の増加にはつながらない。


 登録者を増やすことを考えるなら、その世界に根を張って様々な人と交流して、とにかく目に触れる機会を増やすことが大事だと思う。



 だけどそれは、カクシ君との配信もお休みするという事だ。

 今ようやく注目度が高くなり始めたと言ってもいい時期に、十日間休んでいいんだろうか。

 もちろんカクシ君とは毎日配信をしているわけじゃない。 大体週に二回、多くて突発企画を含めた三回程度だ。

 だから十日位休んでいいと言えば、いいのかもしれないけど……。



「参加したらどうだ?」



 そう悩んでいるボクに、カクシ君は背中を押した。



「俺のチャンネルはミコトのおかげで五万人増えたけど、この二カ月でミコトが増えたのは一万人。 もともと規模が少ない俺とコラボしてるせいで、新規をそれほど取り込めてないんだと思う。 ……つまり、俺が足手まといになってるってことだ」



 カクシ君は、自分が足手まといになることを気にする。

 ボクは彼にそんなことを気にしなくていいと度々言っているけど、そこだけは頑なだった。



「……でもこの期間、ボクはキミとコラボできないよ?」

「元々別々に配信してただろ。 それに、ミコトのおかげで俺も一人でかなり人数を集められるようになったし、企画だって立てられるようになった。 だから俺を気にせず、もし企画が楽しそうだとちょっとでも思ってるなら参加してほしい」



 その言葉を聞いて、しばらく悩む。

 新規の人を増やせるというメリットは、その期間彼と遊べないという部分で相殺してしまっている。 あとは楽しそうかどうか……。


 それで言えば、類を見ない大規模な人数でのコラボ配信とも言えるTAC企画は、とても楽しそうだった。



「……そっか。 キミが言うならボクも新しいファンを楽しませられるよう、ちょっと頑張ってみようかな」

「ああ、応援してるよ。 流石に仕事があるからリアルタイムでは見れないけど、アーカイブや切り抜きも見させてもらうよ」

「ふふふ、ありがとう」



 ボクは軽く笑って、カクシとの通話を終了した。

 椅子の背もたれに背中を深く預けて、ため息を一つ。



「応援も嬉しいけどどうせなら。 ……一緒に配信できなくて寂しいって、言ってほしかったなぁ」



 なんて思ったけど。

 この十四年、ボクの知る限りで寂しいと言ったことがない彼に期待するのは無理な話か。




***




 そして向かえた当日、八月一日。


 スマホを確認すると、まだ勤務中だろうにカクシ君から「楽しんで」の連絡がメールで届いており、思わず頬をほころばせる。


 ニヤつきを抑えながら配信を開始すると、予め決めておいたキャラの見た目に設定して、TACの世界に降り立った。 この世界でのボクは睦実ミコトではなく、名前を若干変えた睦実マコトだ。



>コメント:こんばんはー

>コメント:十日間リアタイするんでよろしく!

>コメント:キャラ、このゲームにしては結構美人だね



「ふふふ、キャラクリ褒めてくれてありがとね。 男性キャラでなるべく女の子に見えるように結構頑張ったんだよ」



 TACはイギリス製のゲームだ。 グラフィックはリアル寄りで、体系は男女差はあるが固定。 だから顔つきを中性的な美人寄りにするのが限界だった。 女装も出来なくはないが、この分だと可愛くするのは望み薄だ。 ファンアートに期待するしかない。



「それと、今日からボクはこの世界で十日間、過ごし続けることになるわけだけど……、喉に負担掛けちゃうから、二時間に一度休憩を取るよ。 その時に皆も一緒に、軽くストレッチとかしようね」



>コメント:はーい!

>コメント:了解、眠気覚ましにもいいね



「確かに眠気覚ましにもなるだろうけど、眠くなったら布団で寝るんだよ? 十日間あるんだから、無理しすぎないようにね」



 ボクの言葉にリスナーは了承の返事を返す。

 八時間の配信時間は大変だ。 どうしたって喉に負担をかけるから、日常的に長時間配信を続ける人は喉が原因で活動休止をすることがときどきある。


 ボクの活動方針は健康第一。 それは自分のためでもあるけど、ファンやカクシ君に心配をかけないためという要素も大きい。 そのため今回は、のど飴を溶かした水を飲んだり、数時間おきにストレッチと喉を休める時間を作ると決めていた。



>コメント:TACでは何やるか決めてるの?



「まだ詳細は決まってないけど、白にするつもり。 ボクのチャンネル、子供も割とみるからあんまり悪いことしたくないしね」



 白とは何も犯罪を犯さない善良なプレイヤーのことだ。 黒は対照的に犯罪をメインにするギャングなど。 基本的にこのゲームは犯罪をするものだが、どちらもいないとロールプレイとして成り立たない。


 今回ボクはチャンネルイメージのブランディングも込みで、悪事よりも善良で可愛さ全開のプレイングをしようと考えていた。



>コメント:あー……、まぁこの手のゲーム、親は気にするよね。

>コメント:口悪いNPCも多いしね

>コメント:実際、息子にはやらせたくない

>コメント:ゲームはゲームだし、混同しないように教えればいいだけだけどね

>コメント:子供が笑いながら市民に火炎放射器使ってるのを見るとちょっと流石に……



 コメントでもそれに同意する声が上がっており、親目線ではやはりプレイさせたくないという声が多い。



「よし、それじゃ今から本格的に仕事を探しに行こうか。 人と話すこと増えるから、コメント読めなくなるかも」



 ボクはリスナーにそう伝えると一時間ほど町を散策しながら、色んな人に会って仕事を探した。

 救急隊、警察、飲食店。



 以前コラボしたことのある配信者や、企業所属のVTuberと会って世間話をしたり仕事に誘われた。

 ……コンカフェやキャバクラを経営してる人にも誘われていたけど、流石にそれはちょっとチャンネルに合わないからと辞退した。

 まぁ、ちょっとだけ過激な音声ドラマCDとかは出しているけど、有料コンテンツと無料のコンテンツでは少しわけが違うので。



 最終的に、歌い手として活動している、ゆあめろさんが店長のパン屋さん、ゆめベーカリーで働くことになった。

 以前ボクとはコラボで歌動画も出しており、配信に遊びに来てもらったこともある。 そのため話しやすい相手であるということも大きかった。



「エプロンドレスもわりと可愛い感じだったし、ちょっとボクも着替えてくるね」



 ボクはそういって、Live2Dモデルを標準衣装から、朝活でよく使っているエプロン姿に切り替える。

 普段の長い髪を後ろで縛り、明るいエプロンの可愛い衣装。

 朝配信は週五でしているから、実は基本衣装よりもこのエプロン衣装が一番使用頻度が高かったりする。



>コメント:夜にこの格好みるとなんか頭バグっちゃいそう

>コメント:今は土曜の夜だけど仕事行くかーってなるな

>コメント:俺この後夜勤なんだよなぁ



「あはは、確かに夜配信でこの格好することって滅多にないものね。 たまーに夜に料理配信もするけど、月に一回有るか無いかだし。 あと、夜勤の人はちょっと早いけど、いってらっしゃい。 行くときも帰るときも、事故とか無いように気を付けてね。 ……人と会ってる間はコメントと話せないから、今のうちに言っておきました」



>コメント:うおーー!

>コメント:頑張ってきます!!

>コメント:行ってらっしゃいって言ってもらえるの良いなぁ、俺も朝配信参加しようかな



 コメントを見ながら、同時接続者数を横目で確認した。

 初見の人がそこまで多いという印象は無いが、同時接続者数は八千人。

 通常時の二倍くらいなので、普段はアーカイブ視聴をしている人たちが土曜ということもあって遊びに来てくれているようだ。


 朝配信への動線にもなりそうなので、仮に新規が見込めなくとも、今まで離れていた層がアクティブ層に戻ってくる可能性があるだけでも、参加した価値はあっただろう。



 店長から出張販売用の車で町を巡回してほしいと言われたため、車に積めるだけのパンを積み込んで出発した。



「パン屋さん♪ パン屋さん♪ 美味しいパンは如何ですか? あったか焼きたて、ゆめベーカリーの出張パン屋ですよー♪」



>コメント:かわいい

>コメント:かわいい

>コメント:明日の朝、近所のパン屋行ってこようかな



 ボクが即興で歌うパン屋の歌にコメントは盛り上がる。

 その様子を見ながら、今日の配信が終わったら店長のゆあめろと一緒に歌を作って、録音して運転中に流すことを検討した。



 長時間の配信だから、喉を休められる機会があるなら休めておきたいけど、配信中の無言時間はリスナーの離脱を招く。

 勿論それは、常に変わらない録音音声でも無言と同じではあるのけど、本人の声が流れることで多少緩和される……と思いたい。



「すいません、パンください」

「いらっしゃいませ。 ホットドッグにカレーパン、サンドイッチ色々ありますよ」

「じゃあとりあえず部下にも配るんで、全部三十個ずつで」

「はーい、お買い上げありがとうございます」



 移動販売での初めての客は二人組の男性。 真っ黒な衣装に、肩に銃を背負っているところを見ればギャングだろう。 企画開始当日だというのにためらわずに大量に購入してる辺り、どこかで強盗でも成功させたようだ。


 販売車に積んでいるパンは各五十個。 あともう少し売ったら一度店に戻ってもよさそうだ。



「あの、男性ですよね? 女性が男性アバターで入ってるとかじゃなく」

「ボイチェンとかは通してないですが、男ですよ。 地声聞きます?」

「やめとくやめとく! 夢壊れるから!」

「あはは、ボクのチャンネルの動画だと普通に地声も出してるから、気になったら聞いてくださいね」



 軽く宣伝だけして、パンを手渡した。

 名前と声でわかったが、相手は男性VTuberでは登録者数トップ層の企業勢、ガロさんだ。


 長時間配信と卓越したゲームスキルが魅力で、競技性の強いゲームがメインコンテンツにして、良くプロゲーマーに混じって大会に参加している。 デビュー時期はボクやカクシ君とそう変わらない、VTuberの中でも最古参に当たる。



 ガロさんとは軽く挨拶して別れたけど、どうやら部下の方はまだボクと話したいことがあるらしい。

 部下は少し離れたところで、ガロさんと話すとボクの方へと戻ってきた。



「すいません、俺、マーブルinc所属の一条レイって言います。 こっちではゼロイチです」

「個人勢の睦実ミコトです、コッチではマコト、よろしくおねがいします。 ……確か昨年デビューした新人さんですよね?」



 マーブルincは先ほどのガロも所属するVTuber企業で、三百人近いバーチャルタレントが所属する人気事務所だ。 レイはそこの新人としてデビューしていて、ミコトも名前だけは聞いたことがある。

 無数に生まれ続けるVTuberを把握することなど出来はしないが、マーブルincはVTuber業界の中でもトップを走っている。 たまにコラボする機会もあるため、デビューした新人の顔と名前くらいは覚えるようにしていた。



「そうです。 十月にデビューしたので、もう少しで一年ですね」

「おぉ……、若い。 とりあえず、ゼロイチ君と呼んでいい?」

「はい、それでお願いします」



 ボクは話しながら片手で、サイドテーブルに置いているタブレットを操作して名前と設定を検索する。

 現在登録者十二万人、デビュー時の年齢は十八で、今は十九歳の歳を重ねるタイプ。

 設定上はハッカーで、活動は主に歌ってみたやFPSゲーム、同期との爆弾解体ゲームなど。 ……なるほど、デビューから一年経ってなくてこれなら、十分順調な滑り出しだろう。


 ボクはひとまず車をゲーム上の車庫にしまい込んで、パンの移動販売は一時中止にして話を聞くことにした。



「俺今なんとか伸びたくて、色々考えてるんですけど……」



 相談してきた一条ことゼロイチ君は、どうやらこの世界で恋愛ショー的な奴をしようと考えていたらしい。

 カクシ君も以前マーケティング調査で言っていた通り、恋愛物は男女問わず強い人気がある。 コンビ売りもしやすくなるし、新人が伸びようと思えばそれはアリな選択肢だとは思う。



「理想は同じグループの女性だったんですが、このゲームにインしてる女性ってベテランの先輩が多くて、どうしても子ども扱いされちゃうんですよ」

「あー……、キミまだ未成年だしね」

「いえ、十九なので成人はしてますが」

「……そうだった、成人年齢引き下げられたんだ」



 だけどもうこの時点でジェネレーションギャップだ。 年齢は干支がちょうど一回りする差がある。

 特にマーブルの一期生なんてデビューはボクよりも数ヶ月早い。 それを考えれば新人のゼロイチ君なんてお菓子をあげたり、面倒を見たくなるような相手にしか映らないだろう。



「それで、難しいお願いだとは思うんですが、マコトさん。 相手役をお願いできませんか?」

「うーん……。 ボクは別に焦らなくていいと思うけどね。 まだ一年経ってなくてその登録者数なら、同期に比べて明確に遅れてるなんてこともないでしょ?」



 企業所属というのはそれだけで注目度が高い。 熾烈なオーディションに勝ち残った時点で本人の素質は担保されており、同じ企業内で企画やコラボも行える。

 おそらく普段の同時接続者数としても、登録者数八十二万人のボクとそう大きくは変わらないだろう。



「それはそうなんですけど、俺はダンスが売りで所属させてもらったので、まだ3Dの体も出来てない状態だと、ホントにリスナーを楽しませられてるのか不安なんです……。 お願いします!」



 ゼロイチ君はゲーム内のエモートで深く頭を下げた。

 確かに他の企業だと異性コラボNGな場所もあるし個人勢の中で選ぶにしても、デビューしたてだとコンプラ意識も育っていない。 その点で言えば同姓で、ベテランで、登録者数も個人勢上位なボクは相手としてうってつけだろう。



「いいよ。 伸びたい、リスナーを楽しませたいというのは大事なことだもんね。 こっちも注目度が上がるならメリットもあるし、引き受けよう」

「ありがとうございます!!」



 ゼロイチはエモートで喜びの舞を踊り始める。



 とはいえ恋愛ロールプレイかぁ、全力でやるのはちょっと抵抗あるんだけど……。

 まぁ、TRPGのときにやってたみたいに、普段カクシ君相手にしてることをダウングレードすれば大丈夫かな?



 ボクはそう考えて、軽い気持ちで引き受けることにした。


なおミコトがカクシにしていること。


・記念日に贈り物を贈り合う

・カクシが仕事の準備をしている時間から、会社に着くまでの間に朝配信。

・おはよう、いってらっしゃいの連絡たまに

・お休みなさいの連絡たまに

・肩が触れ合う距離でのゲーム。

・ほんの少し触れあうレベルのハグ(たまに)

・耳元でリップ音(ビズというフランスの挨拶 一度だけした)

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― 新着の感想 ―
配信は楽しいものなんだよってミコトさんが思い出させてくれたんだから、カクシさんとしては自分を理由にして楽しそうと思える企画を流してほしくないでしょう。 と思ったら、恋愛ショー。ちょっと空気感が変わる話…
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