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14_ミコト:ボクから見たカクシ君

 彼に声をかけられた時のことを今でも覚えている。


 その時の口調は、まだオレで通していた。




 オレは昔から周囲に好かれるタイプだった。


 親からも兄妹からもたくさん愛されて、男の子向けのおもちゃも大好き。 だけどそれと同じくらい、可愛いおもちゃも好きでお小遣いで買うことも有った。

 そんなオレを家族は肯定して、女の子向けのおもちゃを時々買ってくれた。

 妹と一緒にドールハウスを選んだりもした。



 だけど流石に、女の子の服を着て外を歩きたいという気持ちは家族に言えなかった。


 別に女の子になりたかったわけじゃない。

 ただ可愛い服が好きで、そういう服を着たいだけ。



 当時、女装は全然一般的じゃなくて、一部アニメオタクのコスプレぐらいしか知られてなかったし、それもネットやメディアでは笑いものにするような扱いが基本だった。


 もしそんなことを地元でやれば、きっと家族にも迷惑になるだろうと思って言えなかった。



 だから大学に通うとき、チャンスだと思った。

 一人暮らしをしてみたい、遠方の大学に通ってみたいと両親に告げた。


 両親は少し悩んで、いくつかの条件を出した。


 学費は全部出すけど仕送りは出来ないこと。

 学業とバイトを両立してきちんと結果を出すこと。

 お金がないからと健康を犠牲にしないこと。

 本当に困ったときは遠慮せず連絡してくること。



 後は、危ない友達に近づかないだとか、飲み会での危険なことだとか、身近な犯罪や詐欺、その他色々な心配事と対策をオレに教え込んでようやく許可が下りた。



 大学生活が始まってからは順風満帆だった。

 バイト先を見つけて、家賃や家電などの初期費用は高校のときにずっと溜めていた貯金から払って、一ヶ月も立たないうちに友達だってたくさんできた。


 講義にも余裕でついていけたし、予想されるバイト代と出ていく生活費を計算すれば、趣味に仕えるお金だって多少は残していけそうだった。



 そこでオレはようやく、念願だった女装に手を出し始めた。



 高校の時にしてたバイトの貯金で、ネットで見つけた可愛い服を注文した。

 最初は家の大きな鏡の前で、可愛いスカートやトップスを着て確認する。

 動くたびに膝にスカートの端が当たるのがくすぐったくて、普段着ている服とはまるで違った感覚だった。




 そしてオレはある時、大学にもその姿で通ってみた。




 ……周囲の反応は冷ややかだった。

 可愛いものが好きだと知っている友人すら、罰ゲーム?と聞いてくる。

 オレが好きで着てるんだよと言えば、引いた顔をして去っていく。


 気付けば、オレの周りからドンドンは減っていった。



 講義の時間も、オレの周りの席は常に空いていた。

 そんな日々が続いたころ、隣に彼が座って声をかけてきた。



「始めまして、話をしてみたくて声をかけました。 友達になりませんか」



 あまりにも不器用な、機械翻訳みたいな言葉に思わず笑ってしまい、お前変わってるな。 何て返した。



 言葉もだけど、声をかけてきた事実が一番変わっていた。 周囲はオレのことを遠巻きに眺めるばかり。 今その瞬間も、俺の周りの席はぽっかりと人がいなかった。

 そんな中でオレに声をかけるなんて、興味本位にからかう奴くらいだった。


 だけど彼の目と言葉には嘲りの感情は一切なくて、オレの言葉を聞くと周囲を見渡し、初めて気づいたように驚いて。



「ああ、本当だ。 目に入ってなかった」



 と真面目な顔で呟いた。


 オレはそれがあまりにもおかしくて、しばらく笑い続けたあと、友達になろうと握手した。




***




 友達になった彼の印象は"おかしな人"だった。


 授業以外でテレビを見たことも無いし、ゲームをしたこともない。

 昔流行っていたオモチャも「見たことある」というくらいで、全然話が噛み合わなかったけど、オレが話す色々なことをニコニコしながら楽しそうに聞いていた。


 同じように独り暮らしをしていると聞いたけど、常にアイロンがかかって皴一つない服を着て、寝癖も無ければ遅刻だってしたことが無かった。


 女の子のように見せるつもりが欠片も無いオレの女装を見ても、何も気にせず普通に接していた。



 だからきっと、彼は箱入りのお坊ちゃまなんだろうと思っていた。



 そんな化石みたいに珍しい友達に、オレは色々と教えるのが楽しくなった。


 ダサくはないが無難な服ばかりだった彼に、似合う服を教えたり。


 ゲームを遊んだことがないという彼に、実家からゲームを送ってもらって一緒に遊んだ。


 逆に節約しながらきちんと栄養を取るコツも教えてもらった。 体格が良くてオレの倍近く食べる彼の節約術は非常に参考になって、趣味に回せるお金もまた少し増えた。



 次第に教え合うのではなく、考え合うようになった。


 一緒にパソコンを見ながら似合う髪型を話し合ったり、きっと全く興味の範囲じゃないだろうネイルアートについても、この色が似合いそうとか、このデザインが可愛いとか意見を出してくれた。



 爪や肌、髪のケアみたいな、オレの些細な変化でも気付いて、それを受け入れてくれる。

 オレが周りに避けられてることを知りながら、自分の友達にもオレを「友達」とハッキリ明言して紹介してくれる。


 買い物の時でも、レジに並んでいるときでも、オレを見てひそひそと噂をする視線から遮るようにしながら、オレと話を続けてくれた。



 いつの間にかスマホを見る時間が殆ど無くなっていて、それを何故かと考えた時に、彼が側にいたからだと気づいた。

 一人で可愛いものを探すより、隣にいる彼と話したかった。




 ――気付けば、オレは彼に恋をしていた。




 最初は戸惑った。 何かの勘違いかもしれない。

 だってオレはそれまで女の子の方が好きで、可愛い服が好きでも別に女の子になりたかったわけじゃない。


 だけど、すぐに勘違いでもなんでもなく、ハッキリと彼を恋愛対象に。 もっと言えば性愛の対象に見ていることがわかった。



 そんな時、彼がオレのせいで友達との関係がギクシャクしているのを見てしまった。


 自分を受け入れてくれる想い人。 自分の好きなことを肯定して共に歩いてくれる人。

 それなのに、色んな事を与えてくれる彼にオレは不利益ばかり与えていた。



 ……オレがもっと女の子に見えたら、彼を見る他人の目は変わるだろうか。



 そう思って、男の子と女の子の見え方の違いを沢山調べた。



 髪をもっと伸ばして、メイクもして、男の特徴を隠す衣装選びをすれば、周囲はオレや彼を遠ざけなくなった。

 女装趣味の変態をつれているのではなく、女の子を連れたただの男性に見えたから。



 ……なんだ、こんな簡単なことだったのか。



 それからは口調もしぐさも、声の出し方も練習して、胸も自然な大きさを作って、完璧な女の子の振りをした。

 一人称も"オレ"から"わたし"に変えた。


 元々のオレを知っている同期達は、ただ避けるのをやめただけだが、何も知らない先輩たちは見た目に惹かれて近づいてくることも増えた。



 彼以外にそういう目で見られることは、たまらなく不愉快だった。

 彼はオレが可愛い女の子の見た目になる前から、周りが白い目で見ている頃からずっと傍にいたのに、今更近づいてきてなんなんだと思った。


 女性を真似るのは特につらいことじゃなかった。 だけど、自分が女であると言い聞かせて振舞うのは些細な違いなのに心が軋んだ。


 やはりどこまで行ってもオレは男で、本当の意味で女にはなれなかった。


 男だとばらしてやろうかとも思ったが、また彼に迷惑をかけるかもしれないと考えて、作り笑顔でやんわりと断った。



 だけどこれでいい、彼はいい人だからおかしな異物が一つ減れば、すぐに周りに人が集まる。

 ……それに、女と思われるのは嫌だけど、彼がオレを女と思えるようになれば恋愛対象に見てくれるかもしれないと、そう思った。


 だけどそんな時に、彼はオレに言ってきた。



「お前はそんな無理して、何がしたいんだ」



 オレのどんな行動も受け入れてくれた彼が、始めて叱る声だった。



「……だって、キミはわたしと一緒にいて避けられてるでしょ? わたしがちゃんと女の子に見えたら、隣にいてもキミが避けられないんじゃない?」



 彼にそんなことを言われると思っていなくて動揺した。

 だから、何人もの先輩に良い寄られることになった、鏡で必死に練習した笑顔で彼にそう答えた。


 だけど……。



「俺は別にそんなこと望んでない」



 彼から帰ってきたのは、明確な拒絶の言葉だった。

 オレはそのとき、ボクが女の子として彼に近づいても、どれだけ可愛くなろうとも、きっとこちらを見てくれることはないのだと思った。



「……そっか、わかった」



 初めての失恋に胸が張り裂けそうになり、オレは足早にその場を立ち去った。






 翌日から、口調を今度はボクに変えた。

 胸も作るのはやめた。 アタックしてきた先輩にも、勘違いさせてすいません、ボクは男ですと早い段階で告げるようになった。



 似合う服を着るのも楽しかったから、同じ女物の服でも可愛くて似合う服を探すようになって、大学では無理をせず周囲に溶け込めるようになった。



 自分の好きなことと、周りへ溶け込むこと。

 それが測らずしも両立できるようになって、好きな服を楽しく着て。

 隣にいる彼を見れば、彼もまた楽しそうに笑っていた。



 ――ああ、これが正解だったんだ。 女の子になって彼の傍に近づこうとしたのが間違いだったんだ。



 子供を抱かせてもあげられない。

 相手に遺産を残してあげることもできない。


 もし結ばれても、彼を普通のレールから大きく外して苦労をさせてしまうことになる。



 彼は良い人だから、きっと幸せにしてくれる人が見つかるはず。



 だからボクは報われない気持ちに蓋をして、ただ友達として、一番の親友として。

 彼を幸せにしてくれる誰かが出来るその時まで、彼の傍にいる事に決めた。




 ……だけど、やっぱり諦めきることは出来ず、彼と触れ合いたくて。


 ゲームをするときは、肩が触れ合うかもしれないぐらいの距離にした。 ギリギリ友達の範囲やジョークでごまかせそうなスキンシップも、チャンスを見て何度もした。


 彼が夜勤のバイトをするときは、まるで同棲しているような気分を味わうために、家に泊めて朝ごはんを作って一緒に食べた。


 バレンタインはチョコを送ると露骨すぎると思ったから、代わりに服を贈った。


 誕生日にもクリスマスにも、同じようにお互いに物を贈り合った。




 誰かに彼を幸せにしてほしいのに、本心では恋人が出来てほしくなくてずっと女の子の格好で傍に居続けた。

 告白されて、それを断る彼を見るたびにホッと胸をなでおろした。



 だけど、彼とずっと一緒に居られた大学生活はあっという間に過ぎていった。



 卒業してからは人前での女装はきっぱり辞めた。

 彼と会うときや自分の家だけで女装するようになって、趣味の一つが出来なくなったことは悲しかったけど、それ以上に彼と会う機会が大きく減ったことは、ぽっかりと胸に穴が開いたようだった。



 少しずつ心にストレスが蓄積してきたころ、彼はVTuberという世界を進めてきた。



 バーチャルの体で自分の好きなことを発表する世界。 動画の広告収入や投げ銭機能でこれを本業にして暮す人もいるらしい。



 好きなことで生きていけるのは面白そうだと思った。

 会社にバレないように女装を封印する必要がなくなるし、アバターとは言え可愛い服を纏うことも出来る。


 そして、これを本業に出来れば、彼と会う時間ももっと増やせるようになるかもしれない。


 ボクは元々人に好かれるタイプだったし、大学で人が離れた後でもまた周囲に人が集まるくらいには出来たから、きっとこの世界でもやっていける。



 だからボクは彼に軽い思い付きで提案した。



「ねえ、お互いに人気者になれたらリア友でしたってバラそうよ」



 条件は()()()()一万人。

 彼はとても素敵な人だから、きっとVTuberになってもすぐに達成できるし、そうしたら一緒に沢山遊ぶことができる。



 彼は自分に人を集める魅力はないと言っていたが、最終的には了承してくれた。



 そしてお互いにVTuberになって……、ボクが間違えていたことが分かった。 一万人に興味を持ってもらうというのは、ボクが思っていたよりも厳しい壁だった。


 たしかにボクは四ヶ月で一万人を達成した。 自分が思ってたより一カ月遅かったが、そこは誤差だろう。



 だけど彼は全然伸びることが無かった。


 ボクは広く浅く、軽い付き合いをするうえで人を惹きつけるタイプだった。

 彼は逆に、一対一で接するとき、相手を深く深く惹きつけるタイプだった。


 多くの人と接していくVTuberとしては、彼の魅力は発揮されなかった。



 一緒に会える時間が増えると思って提案したのに、逆に会えるのは月に一度程度になっていた。

 それでも、彼が約束を守ろうと頑張ってくれてたのはうれしかった。


 彼と中々会えない寂しさは、リスナーたちとの交流や彼の活動で埋めていった。

 少しずつ工夫しながらでも目標に近づけていく彼の配信や動画を見て、ボクも頑張ろうと思えた。



 日々を忙しく過ごすうちに、時間の経過を忘れていた。



 気付いた時にはもう三年が経ち、流れていくときの速さに愕然として約束を辞めにしないか提案するか迷った。

 だけど、そんなことをすれば本当にこれまで彼が頑張った時間が無駄になると思って言えなかった。



 代わりに、ボクが縛り付けてしまった時間の分、それだけ頑張ってくれた彼に何かお返しが出来るようにと、準備を進めることにした。


 コラボしたときに彼の登録者やファンが増えるように、ボク自身のチャンネルを前よりもっと頑張って伸ばした。

 一緒にコラボできるように、資金に糸目をつけず3Dモデルを準備した。

 注目度が伸びるように、一万人達成の動画の草案や、その後に行うコラボ企画を何件も考えておいた。




 だけど、一万人を達成して彼が浮かべていたのが喜びではなく、解放された安堵の顔だったのを見て、その準備すらも間違いだったと気付いた。




 毎月ボクと会っているから。 配信ではいつも楽しそうにしているから。

 きっと彼も楽しくボクを追っているのだと思っていた。


 そうじゃなかった。

 ボクが思っていたよりも遥かに、彼は生活のすべてを捧げてくれていたのだ。



 ボクは彼を頑張らせすぎてしまっていた。

 最初は楽しく配信出来ていたはずの彼に、その楽しさを感じることができないほど追い詰めてしまっていた。


 どうすれば癒せるか迷って迷って……、結局、元々考えていた通り、彼とコラボして彼を伸ばす方面でいくことにした。




 それ自体は正解だったと思う。

 二次色パパや平野ママとの交流でも彼は何か得るものがあったみたいだし、周年配信の後も、約束はもう終わったのに自分から動画を作りたいと帰っていった。

 ゲーム配信も、彼の魅力に合わせたものを選べばきちんとやれることが証明できたし、彼はいろんな忠告を受け入れてどんどんチャンネルを伸ばしていった。




 だけど昨日、ボクはまたしても間違えた。




 彼が自分のことを話さないのは大学時代から知っていたのに、リスナーに自分のことを話すようにと教えた。

 そこから出てきた彼の過去は、箱入りの世間知らずとかじゃなく、真逆の虐待児童だった。


 彼はボクと話していたから気づいていなかったようだけど、あんな話が出れば同時接続数は大きく下がる。 おそらく登録解除した人だっていただろう。

 今はそれ以上に登録者が増加してる時期だから解除した人は可視化されないけれど、きっとあの話を出さなければ登録者数はもっと増えていたはずだ。



 自分のことをリスナーに話させるよりも先に、ボクに彼の過去を全部話してもらうべきだった。

 そうしておけば、不意打ちのように話をさせるんじゃなく、しかるべきタイトルでリスナーに心の準備をさせておけただろうに。


 いや、もっと言えば学生の時に踏み込んで聞くべきだった。

 そうすれば、そんな傷を抱えさせ続けなかったのに。



 彼はいつもボクを守って、色々なことをしてくれるのに。

 いつだってボクは裏目に出ることばかりしてしまう。



 どうしてボクはこうなんだろう。

 離れることもできず守ることも出来ず、中途半端で傷つけて。




 多くの人を楽しませる才能なんていらないから、せめて好きな人くらい、ちゃんと守れるような人になりたかったな。


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― 新着の感想 ―
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