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13_玉水物語

 話をする前にディスプレイに映る時刻を見る。

 今日で既に五つ紹介しているが、あと一つ紹介してもまだ時間は余るだろう。 感想についての話を長くとってもいいかもしれない。



「では、最後の紹介は玉水物語です」



 俺は本日最後のお話のタイトルをお読み上げた。



「全く聞いたことないんだけど、どんな話?」

「お姫様に恋をした雄狐の話ですね。 最初は男に化けて結婚しようかと思うんですが、自分みたいな獣と結婚しても辛い思いをさせてしまう。 そう思い悩んだ末に、女の子に化けてお姫様の女房になるんです」

「お嫁さんになったの!?」



>コメント:え、TSケモ百合とか昔にあるんだ

>コメント:ちょっとそれは読んでみたい

>コメント:聞いたことなかった

>コメント:何年か前に大学入試に出てたよ



 コメントの方流れが少々速くなったように感じる。

 興味を引けたのなら成功だろう。



「ここでいう女房は、姫に仕える身分の高い侍女みたいなものです。 ややこしいですよね。 そこで狐は玉水の前と名付けられて、姫から非常に溺愛されました」

「奥さんを指す女房って元はそういう意味だったんだ」



 位の高い仕様人という意味合いから、今では正妻を指す言葉になっている。 言葉としての格は今の方が高いだろう。



「玉水は自分の欲ではなく、相手を思う理性的な心を持っています。 その清らかさからか、姫だけでなく養子にしてくれた母からも愛されました。 少し後の話になるのですが、彼女も義母を慕っていて、その母が物の怪に祟られた時は何とか母を見逃してもらえないかと懇願し、それで母は助かりました」

「ここまでは結構良い流れだね」

「えぇ、お互い幸せに暮らしています。 でも、彼女が歌う和歌は憂いの歌ばかりでした」



 今回は互いに通話を繋ぐ形だから表情はわからないが、やっぱりか。 という顔をしているのだろう。 俺はそのまま話をつづけた。



「ある時、紅葉合わせという他の人と紅葉を比べ合う競技が行われたとき、玉水は兄弟たちの力も借りて、緑から赤まで五色の葉を付けた素晴らしい紅葉の枝を見つけ出しました。 その結果、姫は五度の比べ合いで全て勝利します」

「好きな姫様のために頑張って見つけてきたんだろうね」

「えぇそうです。 ですが、その評判から帝は紅葉を献上させて姫を妻として迎え、姫や玉水にたくさんの褒美を与えました」

「え……」



 この当時の価値観としては、良いことだろう。 姫は帝の妻として迎えられる。 ただの従者にも褒美を与えられ、義父母はそれを喜ぶ。

 輝夜姫のように拒絶するそぶりも無いため、玉水の感情を抜きにすれば幸福なお話だ。



「玉水の義父母も喜びましたが、玉水は別です。 愛した姫は帝と結ばれることになり、玉水は姫への贈り物の箱と文をしたためて、姫に別れを告げた後に消えてしまう。 あとに残された箱には自分がキツネであること、来世まで姫を守ること、姫の幸せと健康を祈るものが残されており、姫は涙にくれる。 ……そんなお話です」

「……またハッピーエンドじゃないのか。 今回は人の姿で夫やお嫁さんになろうとしたわけじゃないのに、それでもダメなの?」



 ミコトは他のお話よりも玉水に感情移入したのか、少し悲しそうな声色だ。



「……そうですね。 やはり獣とは結ばれることはできないようです。 でもハッピーエンドじゃないんですが、私はこのお話が好きなんですよ。 実の親ではありませんが、二人の関係から玉水が本当に愛し、愛されてたことがわかります。 玉水は憂いの詩をよく読んでいるのですが幸せだったからこそ、愛した姫に黙っている罪悪感や、この幸せが終わることを憂いていたんじゃないでしょうか」

「……キミはそこを見るんだね」

「私はあまり親とうまくいってませんでしたからね。 初めて読んだ時、玉水の前が少し羨ましかったです。 ミコトも知ってるように十七で亡くしてますし」



>コメント:まじ?

>コメント:突然爆弾みたいな新情報投げないで

>コメント:早くない?



 コメントでは俺の親が亡くなった話に反応が多いが、親が亡くなったことについてはとっくに心の整理もついており、ミコトも知っていることだ。

 だからミコトも、それは流して自分の感想を話してくれる。



「……そっか。 ボクは、少し玉水の前の気持ちがわかるかなぁ。 やっぱり普通のレールから外れちゃうと、好きって伝えられなくなっちゃうよ。 だからせめて、好きな人の側に居たかったし、自分の代わりに誰かが幸せにしてくれることを祈って仕えていたんじゃないかな」

「確かにそうかもしれませんね。 結婚のできない同性に化けていますから。 ……この物語、姫にとっても悲劇なんです。 姫は玉水が他の人と会っているとき、玉水が義母の元にいる時、そして自分が帝の元へ行くとき。 どれも玉水を傍に置きたがっています。 ……それが恋慕かはわかりませんが、姫にとっても玉水は一番大事な相手で、離れたくない相手だったんでしょうね」



 恋愛ごとについてはあまりよくわからない。

 独占欲なのか、愛情なのか、性愛なのか……。 だが少なくとも、姫が大きな感情を玉水に向けていたのは確かだ。



「その思いをもし知れてたら、玉水は嬉しかったのかな。 それとも、結ばれても姫を悲しませるだけなのに、なんて思ったのかな」

「さぁ、どうでしょうね。 ……玉水は、正体を聞かせて怖がられるのがつらくて、失踪してしまいます。 誰しも見せたくない部分はありますしね。 ……もしこうならどうだっただろう、別の道は無かったのか。 そんな風に夢想するから、悲劇は後に残りやすいのかもしれませんね」



 英雄譚も昔話も悲劇が多い。

 ハッピーエンドだって当然あるが、英雄が順風満帆な話から突然転落することだってある。

 浦島太郎なんて、亀を助ける善行をしたのに何故一人孤独に老いなければならないのか。



「でも、この話は少しだけ希望は残るんですよ。 玉水の送った歌は二首あります」


『色に出て 言はぬ思ひの 哀れをも 此の言葉に 思ひ知らなん』

『漏れ出でて またかへらむと 玉水の 濁りなき世に 君を守らん』



「前者は『打ち明けられなかった心の哀れさが、この言葉で伝わるでしょう』、後者は『零れた水が戻るように、濁りの無い世で貴方を守り続けます』というものです。これが以前のように傍にいくよという意味なのか、それとも、離れても心は以前のように見守っていますよと言う意味なのかは分かりませんが……。 もしかしたら、また再会することもあるかもしれませんね」

「……そうだといいね」



>コメント:私ハピエンIFの二次創作するわ

>コメント:自分の好きな人を他人が幸せにするのを側で見るの頭狂いそう

>コメント:バームクーヘンエンドってこんな昔からあるんだ



「あはは、二次創作ですか。もし完成したら読ませてほしいですね。 許可をいただけたら配信で朗読だってしたいくらいですよ。 ……でもすいません、バームクーヘンエンドって何ですか?」



>コメント:女性向けで、好きな相手が結婚するのを友達として見送るエンド。

>コメント:結婚式って引き出物にバームクーヘン多いからね

>コメント:恥ずかしいから朗読は辞めてね

>コメント:三十前後になると周りドンドン結婚していくんだよな……。

>コメント:自分は結婚しないのにご祝儀だけドンドン出ていく。



「へぇー、面白い表現ですね。 私、結婚式って出たことないんですよ」

「大学でボク達の深い友人関係は壊滅したからね。 まぁボクの女装のせいだけど! 高校までの友人関係は多少あるけど、結婚式に行くほどの関係じゃないしなぁ」



>コメント:あっあっあっ

>コメント:すいません



「いや笑って笑って。 ボクが友達より趣味を取ったって話だよ。 キミ達だって、VTuberオタクキモい、っていう友達がいたら距離を取るし、趣味を捨てて! なんて言う彼女が居たら冷めるでしょ?」



>コメント:それはそう

>コメント:隠して縁は残すけど……、まぁ距離は取るね。

>コメント:推しグッズ捨ててって言う彼氏なら早いうちに別れるわ



「別に友達が離れても、ボクにはカクシ君が居たしね」

「私も別に。 離れていったのには少し寂しくなりましたが、ミコトと遊ぶ方が楽しかったですしね」



>コメント:またイチャついてる

>コメント:親戚の結婚式とかは無いの?



「それだと、ボクは兄と妹、あと従弟の三回かな」

「私は兄弟も居ませんし、親戚とも会ったことないですね。 遺産の時も特にそういう話が無かったので、いないんじゃないでしょうか」



 警察から遺体の引き取りの連絡が来たが、その際も特に親戚などは姿を現さなかった。 既に全員が死んでいるか、単に両親が勘当されていたか。 ……どちらもありえるだろうな。



>コメント:あ

>コメント:爆弾その二

>コメント:ホントすいません……



「いやその、ごめんなさい……。 やっぱり私の話面白くないですよね。 気を使わせちゃうのでこれまで人に話してこなかったから、どこまで言っていいのか慣れてなくて……」

「ごめんごめん。 ボクがキミに自分の話もしなよって言ったせいだね。 ……心の整理とかはついてるの?」

「心の整理というか、最初からいない存在については何とも思えませんよ」



>コメント:まあそれもそうか、私ひとりっ子だから兄弟いないけど、周りが羨ましいなー程度だし。

>コメント:[1000]わしがお婆ちゃんじゃよ。お団子でもおたべ

>コメント:ミコちゃんも初耳なの?



「Almiさん、いやAlmiお婆ちゃんスーパーチャットありがとうございます。 今度これでお団子買わせてもらいますね」

「ミコちゃんも初耳なの? ……初耳だよ。 カクシ君、自分の話は全然してくれないからね。 ……学生の時に家族の話を無理に聞いたらもう亡くなってるって言われて……、そこからはボクも話してくれるのを待ってた感じ」



>コメント:そりゃ聞けんし話さんわ

>コメント:ミコちゃん渾身のプレミ



「だって、面白い話が無いんですよ……。 やっぱり私の話は封印しておきましょうか」

「気にしないで、みんな失敗しながらどこまで話していいか学んでいくものだよ。 ボクも聞きたいし、リスナーもきっとキミの話が聞きたいと思うよ」

「……そうでしょうか」



>コメント:うんうん。推しの話は聞きたい

>コメント:でも出来れば楽しい話とか聞きたいな

>コメント:カミカクはなんでそんなに本が好きになったの?



 気を使ってくれているのか、リスナーたちは温かい言葉を返してくれる。

 そして、本が好きになったきっかけという、答えやすい話題も振ってくれていた。




「本を好きになったきっかけですか? それならちゃんと楽しい思い出がありますよ」



>コメント:良かった!

>コメント:カミカクと言えば本だもんね

>コメント:好きな本はいっぱい聞いたけどきっかけ聞いてなかったから気になる。



「四歳の頃、母が図書カードを作ってくれたんです。 それを使って絵本を借りてました。 自分の背より二倍くらいある本棚をどれが面白いんだろう、って思いながら図書館のいろんな棚を見て回るのも好きで、成長するにつれて読める棚も増えて行って、世界も広がったような気持ちでした」



 小さな子供の足と、まるで反り立つ壁の様な本棚たち。 たくさん本棚が並んでいるため、自分がどこを歩いているのかわからない迷宮を探検しているような気持にもなっていた。



>コメント:本は人の人生を追体験できるって言うよね

>コメント:嬉しそうなの伝わってくる

>コメント:図書館の奥深くって今でも誰が借りるんだろう、って難しい本あるよね



「難しい本ありますよね。 小学校の時に私、ちょっと背伸びして古事記を読もうとして、全然読めなくて現代語訳に切り替えました。 途中まで頑張ったおかげで、古文や漢文の授業は親しみやすくなって満点でしたけどね」



>コメント:ほほえましい

>コメント:現代語訳の無い本とかあるから、古文は出来て損ないですよね

>コメント:くずし字とかマジで読めんわ



「ボク、古文苦手だったからその話題は乗れないんだけど、図書館で絵本なら色々読んでたよ。 カクシ君はどんな絵本が一番好きだった?」

「どれも好きだったんですけど……。 一番は花咲爺さんかもしれませんね。 枯れ木に花を咲かせましょう、ここほれワンワンとか、特徴的なセリフがあるじゃないですか」



>コメント:定番だよね

>コメント:犬が可愛そうで私は苦手だったかも。

>コメント:どんぶらことか、特徴的なのあると強いよね。私は桃太郎好き。

>コメント:はらぺこあおむし好きだった



「私、まだ文字が読めなかったんですけど、幼児用の読み聞かせコーナーで誰かのお母さんが読んでるのを聞いて話を覚えてるうちに、自分が偶然手に取った絵本がそのお話で、あ、この文字ってそう読むんだ! ってなったんです。 その瞬間、一気に読める本が広がりました」



>コメント:あー、あの床に座って絵本読んでいいスペースか

>コメント:絵本って目でも楽しめるからね

>コメント:ヘレンケラーのウォーターみたいなエピソードだ

>コメント:勉強でもそういう瞬間あるよね、歴史が繋がったり、一気に能汁出て中毒になる

>コメント:カミカクに朗読系のコンテンツが多いのって、その影響なのかな



 楽しかった思い出を誰かと共有する。

 なるほど、これまで経験が無かったけど、自分を知ってもらいながら相手を知れるのは確かに良いものなのかもしれない。

 これまでずっと、過去を話せば相手の表情が良くないものになっていったから黙っていた。 この思い出だって今日初めて話すことだ。


 もう少し前からいろんな人に話しておけばよかったかな。

 そんなことをふと思う。



「花咲爺さんかー、小さな絵本でボクも読んだなぁ。……あれ、お母さんは読んでくれなかったの?」



 だが俺の当たり前は、世間のあたりまえとは違うのだ。

 どんな話をしても周りに気を使わせてしまう結果になっていた。 だから今まで黙ってきたというのに……。



「え? そうですね、母は毎日私を図書館の前に置いて、そのまま仕事に行っていたので」



 ミコトのちょっとした疑問に、何も考えずに俺は答えた。

 四歳の頃から小学校に入学するまで繰り返された、そんな俺の当たり前の日常を話したのだけど、ミコトからの返答は無い。

 通話による配信なので表情は見えない。 Live2Dのモデルは動いているため、通信が切断されたわけでもないのに。 静かな時間が続く。



「…………ごめん、やっぱやめよっかこの話」



>コメント:は?

>コメント:ネグレクトじゃねえか!

>コメント:なんで楽しいエピソードから出力されるのがこれなんだ

>コメント:いきなり急降下したんだけど



 たっぷり数秒ほど時間が空いて、ミコトはそう話を切り出した。

 コメントの反応を見て、また昔と同じ間違いをしてしまったことを悟る。



 それから後は少し気まずくなって、ちょっとした話でもぎこちなくなってしまった。

 配信時間の終わりとしてちょうど良かったこともあり、最後の挨拶をして終わりにする。



「今日は遊びに来ていただいてありがとうございます。 古典紹介は定期配信というわけでは無く、時々行う形になるので、よければまた遊びに来てください」

「カクシ君のチャンネルもボクのチャンネルも、チャンネル登録・高評価もよろしくねー」

「それでは、またお会いしましょう。 お疲れ様でした」

「バイバーイ」



 コメントのお疲れ様でしたを眺めながら、俺は配信を終了した。




***




「さっきの話、ホント?」



 配信が終わっても通話が繋がったままのミコトがそう聞いてくる。

 さっきの話とは、図書カードに関することだろう。



「嘘なんかつかないよ。最初に母親が図書カードを作ってくれて。 そこからは閉館前に子供向けの本をニ、三冊借りて、家に帰って一人で読むのが好きだったんだ」



 嘘をつく必要がない。

 もちろん配信者は特定をされないように、リスナーにフェイクを交えながら想い出を話すことだってある。 だがこんな幼少期の話にフェイクを混ぜる必要なんてないだろう。



「さっきも話したけど、自分の背よりも何倍もある本棚を見て回ったり、最初は絵だけで楽しんでた本が、他の親が読み聞かせてるのを聞いてるうちに自分でも読めるようになったのが本当に楽しかったんだよ。 だから俺は今でも本が好きなんだ」



 だが、俺の言葉を聞いたミコトから言葉が返ってくることは無かった。



「……ごめん、やっぱ間違えたかな」

「ちがう。 キミは悪くないんだよ。 何も悪くなくて……。 クソ! ああもう、なんで今日オフコラボにしなかったんだ」



 ミコトが思わずと言った様子で悪態を吐く。 学生時代でも殆ど聞くことのなかった言葉だ。



「それはさ、まだひらがなも読めてなかった子供を親が置いていってたってことだろ。 ……それに、多分迎えにも来てない」

「それは……。そうだけど」



 ミコトは平静に努めようとした口調で俺に事実の確認をする。 だがその返答をした後は、徐々にまた声を荒げていった。



「キミは、感情を出すのが下手すぎるよ。 玉水を羨ましいって言ってたじゃん。 自分でも、内心では放置されるのが辛かったんじゃないの? だったら、そんなのを笑って、楽しいエピソードにするなよ!」



 咎めるように、怒った口調で俺に言う。

 これまで一度も聞いたことのない、ミコトの姿。

 周囲が自分から離れた時も、身勝手に近づいてきたときも、炎上したときも。 相手に呆れることはあっても怒ることはなかった。

 そんなミコトを怒らせてしまったことを申し訳なく思う。



「ごめん、怒らせて」

「ちがっ……!」



 ミコトは深呼吸したのか数秒黙ると、落ち着いた声色でもう一度話し始める。



「……キミに怒ったんじゃないんだ。 怒ってるのは、キミの親にだよ。 辛かったところから目をそらして、楽しかった部分だけ見て……。 そりゃ、そういう視点も大事だよ。……でも、辛いことは辛いでいいじゃんか」



 ヘッドホンから聞こえてくるミコトの言葉は辛そうで、ハッキリと俺に同情していることがわかる。



「寂しかった思い出を、無理に楽しい思い出にしないでよ」

「……ありがとう、でも」



 ミコトの言っていることはわかる。

 ミコトが俺のために言ってくれているというなら、それも嬉しいことだ。


 ……だけど、一つだけ言わないといけないことがある。



「これはホントに、俺の楽しい思い出なんだよ。 無理なんかしてないんだ。 親なんて顔も声も思い出せない。 引っ越したからもうあの図書館にも行ってない。 それでもあのカードは今も財布に入れてる宝物なんだ」



 この記憶が、俺にとって本当に楽しい記憶だという事。



「だから、辛い記憶なんで言わないでくれよ。 ……惨めになるだろ」



 自分にとっての楽しかった記憶が、周りにそれは辛い記憶だよ、と憐れまれる。

 宝物の想い出を、それは悲しいねとラベルを貼られる。


 じゃあ、俺が支えにしてた想い出は一体何なんだ。

 俺のそれまでに、楽しかったものなど無かったと言うのか。



「……ごめん。 そんなつもりじゃなかったんだ。 キミにとっては楽しかった思い出で、だからあんなに楽しそうに話してたんだよね。 ごめんね、それは伝わってたのに同情して」

「……うん。 そこをわかってくれたならいい」



 俺達が子供なら、俺も大事なものを軽んじられた気持ちになって怒ったかもしれない。 ミコトも上手く謝れず喧嘩になったかもしれない。 だが、俺達はもう十分なほど大人だから、互いにそういって水に流した。


 少し落ち着いた後に、ミコトがもう一度口を開く。



「でもね。 例えキミが楽しかった思い出だと思っていても、周りは笑えないよ」



 一瞬、まだ言うのかとも思ったが、きっとそれだけ伝えないといけないことなのだと思って、俺は黙って聞くことにした。



「ボクが女装で周りに友達がいなくなったのとは違う。 あれはボクが友達よりも趣味を取った、ボクはそれで何の後悔もしてない。 キミだって、ボクから離れることが出来たのにそうしなかった。 だから周りだってそれがわかれば、その自虐ネタをイジることも出来るし、笑い話にも出来る。 ……だけどキミのその話は違う」



 ミコトは悲しそうに話す。



「キミに何の非も無い辛いことじゃ他の人は笑えないよ……。 推してる人ならなおさら辛くなっちゃう。 例えキミが楽しい思い出と思っていても。 自分に置き換えたら、やっぱりつらいと思っちゃうよ」



 その言葉を受け止めて考える。

 俺にとって楽しかった思い出だと理解してくれたうえで、それが周囲にはそう思ってもらえないとミコトは言う。



「……ごめん。 やっぱり、自分のことを話すのは辞めとくよ」

「違う、話したって良いんだよ。 きっと、リスナーも受け止めてくれるから。……ボクは君が想い出を話してくれるようになってうれしかった」



 大学に通うまでの人生で俺にとって一番楽しかった話。 だけどそれで周囲に楽しくない思いをさせた。 その気持ちから話すのを辞めようと考えたが、ミコトは話してもいいという。



「でもそれは、相手の負担にならないか?」

「リスナーとボクたちには画面を挟んでハッキリ線引きがあるんだ。 現実に一対一で向き合ってるわけじゃないから、面倒なら黙って退出できる。 こっちの悩みも、リスナーは全員で受け取るから一人で重く受け取ることもない。 ただの作り話と思う人だっているだろうしね。 ……だからね、気持ちを楽にしたいなら吐き出したっていいと思う」



 悩みや愚痴、苦しい気持ちを聞くというのは負担になる。

 俺はそれをリスナーに抱えさせたくなかった。



「企画の時にも言ったよね、自分で抱えすぎだから頼ってもいいって。 それは作業だけじゃなく、気持ちもだよ。 一人で抱えるのが重いことなら、リスナーにでも、他の人にでも吐き出して分けちゃいなよ。 一度吐いて元気になって、そこからもっと楽しませればいいんだよ。 ……まぁ、流石に同接とか登録者とかは減るだろうけどね」

「……わかった、まだちょっと難しいけど、考えておく」



 どこまで話していいか。 どこまでリスナーに聞いてもらうか。 それはまだ決められないけど、少しずつ何かをリスナーに聞いてもらおうと思う。

 今日で誰かと想い出を共有するのは楽しいことだとわかったから。



「うん。 今日キミの話を止めたのは、キミがリスナーには楽しいところだけを見せたいって人だから、さっきの話はそのスタンスに合わないと止めたんだ。 ……よければまた聞かせて欲しい。 ちょっとずつでいいから、ボクは配信以外のときに聞きたいな」

「……お前とは一対一だ、リスナーよりもずっと負担になるだろ」

「キミからの負担ぐらい軽く背負ってあげるよ。 たまにはキミも助けたいんだよ、ボクだって」

「俺はずっと、お前に助けられっぱなしだったと思う」

「あれ? ボクの方がずっと助けてもらってたと思うけど」



 そういって、お互いにあんなことをしてもらった、こんなことをしてもらったと学生からこれまでにしてもらったことを思い出す。


 俺にとっては、貰って初めて遊んだゲーム。 似合う服や選び方を教えてもらったこと。 夜勤で疲れてた時に泊めてもらって、朝食まで用意してくれたこと。 そして一万人を達成してからのこれまでのこと。


 ミコトにとっては、避けられてた時に構わず友達になってくれたこと。 俺の友達にも当たり前に自分を紹介していたこと。 大学でも買い物でも隣にいてくれたこと。 そして、約束を変わらず守ろうとしてくれていたことが助けになっていたのだという。


 互いに自分がしたことは当たり前のことだと考えていて、してもらったことばかり恩として大切に抱えていたようだ。 似た者同士だなと思わず笑い合う。



「ねぇ、ボクと一緒に居た学生の時は楽しかった? 良かった探しとかしてない?」

「してない、ほんとに楽しかったよ。 高校までと、大学からの時間はまるで別物で……、俺の宝物だ」

「なら、次に昔のことを聞かれればそれを話せばいいよ。 今はもうキミとボクの繋がりを隠してないんだから。 好きに話してくれていい。 許可なんて要らないよ」

「……いいのか?」

「名前とか住所以外は大丈夫だよ。 ……最悪、身バレしても構わない。 ボクは何度か学生時代の知人にバレて連絡きたことあるし、バレたなら引っ越したって良い。 あ、でもその時は君も近くについてきてね」



 冗談めかして言うミコトに、その時が来たらな、とこちらも笑って返す。

 その笑いが終わった後、何と言えばいいかわからなくなって、ぽつりと反省の言葉が漏れた。



「…………はぁ、失敗したな。 リスナーを嫌な気持ちにしてしまった」



 いや、リスナーだけじゃない。 ミコトのことも嫌な気持ちにさせたか。



「それを言うなら、ボクも失敗だよ。 キミの思い出を辛いって決めつけた。 オフコラボにしなかった。 ……学生の時に、もっと踏み込んで聞くべきだった」

「踏み込まずに待ってくれたのはお前の優しさだろ。 別に、悪いとこなんてない。 ……何も聞かずに傍にいてくれるだけで俺は嬉しかった。 それに、どこまで話していいかなんて皆、子供のうちに学ぶことなんじゃないか?」

「だとしても、キミのそれを責めたりはしないよ。 ……だって、中々打ち明けられることじゃない。 それで経験なんて積みようがない」




「……キミが変わろうとしてくれてるのが、ホントに嬉しかった。 今日は失敗したかもしれないけど、キミは成長してる。 企画を作ったり、自分のことを話そうとしてくれたり、平野ママに頼ったり。 いつかボク抜きでももっと人を呼び込めるようになるよ」



 ミコトはそういって俺を慰める。



「今日の配信は楽しかったよ。 企画自体は絶対成功だったからまたやろう。 今度はもっといろんな話を聞かせてね。 次は絶対ハッピーエンドの奴で」

「わかってる。 ……今日はありがとう」

「オフコラボもしようね。 また辛そうな話が出たらボクがギュッとしてあげる」

「それは遠慮して置く。 弱いとことか人に見せたくないし……。 」

「意地っ張りめ、じゃあ無理やりするから。 つらいときは抱きしめられると楽になるんだよ?」



 そうか、俺にはその経験がないからわからないけど。 ……多分これも言うと悲しませるんだろうなと思って胸にしまった。



「キミのこと、ちょっとだけわかったよ。 キミは一人で何でもできる強い人じゃなくて、ただ人に頼れなかっただけなんだね」

「……そうだよ。 頼れる人も居なかった。 お願いして断られるのが怖いから、全部自分一人で何とかした。 弱いところを見せて、付け込まれるのが怖かったから虚勢を張ってた。 ……まぁ、身体が強いのだけはホントだけどな、風邪も全然ひかないし。 ……幻滅したか?」

「別に? キミの良いところ、ボクは沢山知ってるからね」



 こんなことで幻滅するなら十四年も傍にいないよ、とミコトは笑う。



「……でも出来たら、キミの弱いところも教えて欲しいな。 助けてほしいときも、何かお願いがあるときも、ちゃんとボクには伝えて欲しい」

「……考えておくよ」



 今まで助けを求めたことはなかった。


 助けてもらえるかもしれないというのは最後の希望で、それだけに、助けてもらえなかった時に希望が無くなってしまうから、これまで助けを求め無かった。


 そしてもう一つ、憐れまれるのが嫌だった。 助けを求めるには、今の自分が周りの境遇より下だと認める必要がある。 ちっぽけなプライドだが、俺はそれが嫌だった。 周りのみんなと同じだと、対等でありたかった。


 だが、助けを求めても良かったのだろうか。


 ミコトと会ってから助けてほしかったことなんてないはず。 ……いや、そうか。 伸びなかったVTuber期間は、つらかったな。 あの時くらいは、こちらからどう伸びればいいかとか助けを求めてもよかったかもしれない。



「そうだな。 もし助けてほしいときは、頑張って声に出してみるよ」

「うん、待ってる。 ……それじゃ、今日はお休み」

「あぁ、お休み」



 そういって通話を閉じた。


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― 新着の感想 ―
玉水物語、調べたら室町時代くらいの作品らしいですね。そんな時から異種恋愛だの獣が変化して人間と仲良くなるだの、まるで現代のオタク文化みたい。むしろ昔から日本人はオタクの心があったということか。 図書…
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