六話 joker
もうこれを使う…?
せっかく持たせてあげたのに。
月は泣く。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
「…っは」
気を失っていた…?
「…エルス何をしたの」
「…詳しい事は言えませんが、ティア様の記憶の一部を呼び起こした、ということしか…」
記憶を呼び起こす…
「…どういう事?」
「そのままの意味です。ティア様の記憶の一部を呼び起こしました」
「…だからそれは」
「そのままの意味です。ティア様の記憶の一部を呼び起こしました」
「…」
エルスの目がおかしい…
私を見ていない、気がする。
記憶を呼び起こした…一体どんな記憶を?
それにさっきの呪文のようなものは?
「とりあえず、行こう。エルス」
「はい!今度はしっかり守りますよ!」
…ひと段落したら問い詰めよう。
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
テントを出て、数分間歩いたところで一つの壁にぶつかった。
「…これは」
テントを中心として半径数百メートルにわたって球状の壁が覆っていた。
見た目や質感は煙のようだが、手を入れてもすぐ戻される。
最初外に出た時はただの曇り空と思っていたのに…
「恐らく、バンさんの権能でしょう」
「権能?」
「権能とは天恵を利用して、あらゆる現象を引き起こす力のことです。」
現象を引き起こす…
「他人の天恵を操作するのは、難しいんじゃなかったの?」
「それは天恵だけを活用した場合の話…だと思います。シャクヤさんが言ったように天恵が血液だとしたら、権能はそれを扱う心臓や、肉体といったものでしょうか。」
「つまり天恵はあくまでもエネルギーでそれを扱う為の道具が権能ってこと?」
「えねるぎー……たぶんそれであってます」
会話しながらエルスも壁に攻撃しているけど、効果が無いみたい。
「なんでエルスはこれがバンの権能だって分かったの?」
「エルスがあの2人と戦った時の違和感と、会話から推測した結果です。…効果は『自身が設定した範囲、もしくは物体に認識阻害をかける』だと思います」
つまり、この煙に包まれているものは他から見えなくなるということ。
「内側から通らないのはそういう効果だから?」
「それもあるかもしれませんが…一番の理由は、天恵の反発でしょう。権能で発生した現象には、その人の天恵が強く染み込んでいます。そして、天恵というのは双子でも無い限り、反発し合うものです」
「バンとシャクヤは外で何をしていると思う?」
「それはエルスにも分かりませんが…うーん…あっ!食料の調達とかでしょうか?」
「テントに入るときに、少しだけ隣のテントから血肉の匂いがしたから、それは違うんじゃない?」
「確かに…食料の備蓄もなしに、私達を迎えるというのは無理がありますしね…それもあってバンさんは反発したのかもしれませんが…」
エルスはずっと壁に向かって攻撃していたからなのか、汗だくで暑そうにしている。
「はぁ……っこれだけ攻撃して、この程度しか凹まないなら、向こうに行くのは無理そうですね…」
エルスはそういうと、分厚い上着を脱いだ。
「…でかいね」
「…何がです?」
「一回、テントに戻る?」
「そうしましょう。エルス達では手も足も出ないようです」
…そういえば
「エルス…死臭は?」
「スンスン…確かに、エルスの獣臭以外は匂いませんね」
外で何が起こっているんだろう…
「どうしたの?エルス」
ピン耳が張って毛が逆立っている。
エルスは結構見た目で分かりやすい。
「言いにくいのですが…その…お花摘みに行ってもいいですか…?」
「…お花摘み」
周りを見渡す。
「ここは砂しか無いけど…」
「…そういうことじゃないですよー…」
急に花が摘みたいって…そんな趣味あったんだ…
「とっ、とにかく!エルスは用事があるので、先にリルリエットさん達の所に戻ってください!」
「…分かったよ」
自分から言っておいて…?
♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎
勝手に抜け出したのがバレたら怒られるかな…
クロイジアはなんか言ってきそうだけど…
ここはこっそり行こう。
「…あれ?」
空を見ると、煙の壁が消えていた。
…ひとまずは、テントに戻ろう。
「…ッッ」
…これは、死臭?
なんでここで…
もしかして、最初に私達が感じた匂いは…ここから?
でも、エルスが外からすると言って、煙の壁まで行ったのはどうして…
まさか…バンの権能の影響は内部にも僅かながらある?
だったら…煙の壁がまだ無い頃…私が感じた血肉の匂いの正体は…
そして…煙の壁が消えた今…私が感じたこの匂いは…
急いでそこに向かう。
「ん?…お前がなんでここにぃ〜?オオカミさんと一緒に出てったんじゃなかったのか〜?迷子の魔人ちゃ〜ん」
「何をしているの…クロイジア」
私達が最初に立ち入った赤いテント…その隣のテントには、血が染み込んだ砂の上で何体もの死体を貪っているクロイジアがいた。
そしてその中には…
「…リルリ…エット」




