深淵の樹海の先は暗黒の大空
夏祭りの会場はやはりというか混んでいた。宮島政哉はついさっきまで妹・美佳と手を繋ぐことを恥じていたのに、今では手を繋いでおいて正解だと思っていた。僅かな隙でも目を離そうものなら離れ離れになりそうである。政哉達の住む街は元々そこそこ大きいところなので毎年混み合うが、今年は10年目の節目とあって例年以上に混雑が激しい。
「美佳、この手は絶対離すなよ」
「う、うん…」
美佳に警告しておき大河を進んでいく。その先で焼きそばの屋台を見つけると、早速そちらへと向かった。
屋台には先客がいた。それが誰なのか分かった政哉は、背後から近づき肩を叩いて話しかけた。
「あと3つ頼んでくれよ、敬人」
山江敬人は驚きながら振り返り、一瞬政哉に雑用じゃねぇよと文句を言いそうになったが、後ろの美佳を見て憚られたのか引っ込めた。
「…良いけど後で払えよ」
「そりゃ払うわ」
敬人は若干不満そうながらも、追加で注文し2つに分けてもらっていた。少し離れたところから見ていれば屋台の店主が苦笑いしていたが、大食いだと思って笑ったのかパシリにされていることを笑ったのかよく分からなかった。
政哉は敬人と共に会場を移動しながら会話していた。花火が上がり始めたからか広場に人が集まりだし、混み具合も幾分かマシになっていた。
「なんで敬人は2個買ってんだ?愛しい雪の為か?」
「ぶっ、んな訳あるか。あいつは実家に帰ってるんだろが。そもそも俺達はそんな関係じゃねぇよ」
「じゃあ誰の為なんだよ」
「兄さんの為だよ。ウチの兄貴は人混みが無理だからな。兄貴に代わって俺が動くんだよ」
美佳は鮮やかな花火に目を奪われていて会話に気づいていないらしい。
「お前のとこの兄さん、対人恐怖症なのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどな。人がいるだけなら良いんだが、大量の人がいると駄目らしい。何故か知らんけど」
「え、敬人も理由を知らないんだな」
「前に一回だけ聞いたけどぶちギレられて退散した。母さんに聞いても本人が言うまでは明かさないって言われてな」
話している内に、敬人の表情はどんどん曇っていく。政哉はそろそろ切り上げようとタイミングを見計らうことにした。
「兄さんが明かさないなら別にそれで良いんだ。俺と兄さんは家族だけど、家族だからと言って全てを知る義務も権利も無い」
「理由も分からないまま働くのも大変じゃないか?」
「別に。物心ついた頃からそうだからな。当たり前としか考えてこなかった」
「そうか…」
政哉は潮時を感じ、会話を終わらせると敬人と別れ百合奈らと合流することにした。恐らく広場にいるだろうと広場に足を踏み入れると、後ろから肩を叩かれた。
☆
山江敬人は宮島政哉と別れた後、兄の元へ戻った。
「買ってきたよ」
「ああ、すまないないつも」
「良いよ、別に」
兄・翔樹の元へ戻った敬人は、突然切り出した。
「兄さん、なんでここまで人混みが駄目なの」
翔樹は無言で敬人を睨み、震えながら声を出した。
「…言わないと言った筈だろう、また殴られたいのか」
敬人は思わず言ってしまったと僅かに後悔していた。さっきの政哉との会話が敬人の中で縦横無尽に踊ったようだった。
だが敬人は今更戻りたくはないと思い、言い放つ。
「分からないんだ、兄さんが。あんなに真面目で、あんなに皆から尊敬されて、あんなにまとめ役になれる兄さんがそこまで恐れるのか」
敬人は翔樹に抱きつくと、必死に訴えた。
「俺がなんとかするから!兄さんを不憫な思いにされたくないから!だから!兄さんを救って見せるから…!」
すると、翔樹は頭を掻きながら敬人に話しかける。
「…分かったよ、なら教えてやる。その代わり、二度と救ってやれるなんて思うんじゃねぇ。そんな軽々しい理由じゃねーんだからな」
敬人は翔樹から離れて正面に相対した。翔樹が話し始める。
「俺はあの時…死体の山を…」
それは留まるところを知らない絶望の海だった。




