閑散とした表情を背面に許し
学校に到着し、俺宮島政哉と佐野雄輝はお互い席で用意を始める。俺の席は真ん中の方のやや後方で、雄輝は俺のちょうど一個前だ。そして、雄輝は当たり前のように隣に声を掛ける。
「香保さん、おはようっ!」
「えっ、ああ、おはよう…」
彼女は安濃香保。大人しい性格と可憐な容姿からクラス内でもかなりの人気を誇る少女である。たまたま隣の席になった雄輝は香保に猛烈にアタックを仕掛けているが、どうにも空振りの様である。
「香保さん、今日も綺麗だよね!」
「…露骨じゃない?」
香保は天然というか何というか、ビクビクしている様子の割には思ったことははっきり言ってくる。雄輝も今の返答で顔を真っ赤にして退散した。後ろからクラスメイトの笑い声が聞こえた気がする。
雄輝への冷笑に巻き込まれない様にわざと普通に用意をしておく。雄輝からアイコンタクトが送られるけど当然無視。
当然のことながらわざと目を逸らしていた政哉が、香保の僅かなため息と呟きを捉えることなど出来なかった。
☆
安濃香保はまたやってしまった、と思った。必死に意識しようと思っても、思ったことを馬鹿正直に言ってしまう。これまで何度もそうやって何度も辛い思いをしたと言うのに、それは彼女を縛り付けて話さない。
呪いだ、と香保は思った。半ば自分が原因なのだが。あの出来事以来、嘘をついたりお世辞を言ったりということが出来なくなってしまった。幼い頃の苦い記憶が、今も彼女へ干渉を憚らないのだ。
ちらり、と雄輝の方を見た。香保の発言で周りから弄られている様だが、本人も笑っていることから傷つけたりはしなかったらしい。彼は強いな、と思った。これまでの数多の人間は、自分と話すと調子を崩したり不快になったりして離れていった。彼は自分と話すことをやめない初の事例と言えた。いや、正確に言うなら2番目なのだけど。
「…またなんか余計なこと考えてたでしょ」
思わず顔を上げた。視線の先には一人の少女がいた。香保の中で親友だと思える唯一の人物だった。
「…バレた?」
「そんなに表情変わったら嫌でも分かるわよ」
彼女は砂川百合奈。お互いに独りぼっちだったことから仲良くなった奇妙な親友だった。
政哉、百合奈、雄輝、香保。お互いに秘密を持ちながらお互いに明かせない、そして絶妙に友人とも言えない、複雑な関係が絡まり合っていた。その絡まりに小さな変革が求められようとしていた。その結末がどの終着駅に着くのかは、彼らがどんな列車を選ぶのかにかかっていた。
列車は定刻通りに走り出す。




